二話 高名なる奴隷使い トーマス・ウォーク
回想。数日前。とある街道にて。
やぁみんな! 俺だ!
最初だし自己紹介といこう。
俺の名前は――。
「おい、御者くん。目的地まではあとどれ程かかるだろうか?」
そうそう、俺は御者くんだ。皆、よろしくな! ってそんな訳あるかい!
御者ってのは今の俺の職業あって、俺の名前ではない!
声の方を振り返る。
そこには眼帯をつけた優男が一人、荷台に座り込んでいた。
歳の頃は俺と変わらない。二十前後といったところだろう。
こっちの世界では珍しい、黒い髪に黒い瞳を持っている。
そして特筆すべきは俺に不思議と似ているところだ。
背丈や体格、そして髪色や瞳の色、髪型といったところまでが一致している。
ただこの優男の方が圧倒的に上位互換であるのは間違いない。
多分彼を三日ほどお酢に漬け込んでふやかすと俺になるのではないだろうか?
彼は眼帯をつけているが、決して中二病というわけではないことを、俺は彼の為に明言しておく。
この世界は、剣とか魔法とかがある王道で中世チックな世界なのである。奇抜な格好はおおい。眼帯くらいは、まぁ普通の部類に入るだろう。
そんな世界になぜ日本人である俺がいるのか?
俺はつい半年前に、こっちの世界に転移してきたのである。
異世界転移というやつだ。
俺はいつも通りに寝ていただけなのに、気づいたらこっちの世界に来ていた。
完全に着の身着のままであり、チートやスマホなんかは持ってきていない。
ついでに神と名乗る爺さんとも出会えていない。
何らかの特別な力もなしに、知らない世界に放り出される。
そりゃあもう、苦労の連続ですよ。
何度リアルに死にかけたことか。
そんなデンジャラスな日々を何とか生きぬき、流されるままに生きた結果、俺は現在、御者をやっている。
うん、本当になんの裏もない、ただの御者だ。
「――くん。御者くん。私の話を聞いているのかね?」
「えぇと。商業都市ハイデルまで掛かる時間ですよね。すでに半分は進んでいるので、このままの天候で、なんのトラブルもなければ、二日後の夜には、門が閉まるまでに到着できるかと思います」
「ふむ、よろしい。それなら、私の大切な仕事には間に合いそうだな」
眼帯の優男――その名をトーマス・ウォークは満足そうに頷いた。
聞くところによると、彼は界隈では有名な『奴隷使い』であるらしい。
本人が道中でそう話していたので、多分そうなのだろう。
俺は知らなかったけど。無知な自分が憎いぜ。
「ウォーク様が仕事というと、やはり『奴隷使い』としての?」
「うむ。その通りだ。今回は商業都市ハイデルの領主様、直々のご指名なのだよ。それと、私のことはトーマスと気軽に呼んでくれて構わないよ」
トーマスさんは上機嫌に話す。
しがない御者である俺にも気さくなので、結構いい人なのではなかろうか?
「いえいえ。ウォーク様は領主さまにお仕事を依頼されるようなお方。俺程度がそのように呼ぶなど、恐れ多いですよ」
「ふふふ。君はただの御者にしておくには勿体ないほど礼儀正しいね。良いんだよ、私は世間ではかなり嫌われ者なのだ。なにしろ『奴隷使い』だからね。そんな私を、君は丁重に扱ってくれる。なんの嫌味もなしに、純粋に。だからこそ君には、トーマスと呼んでほしいのだ」
彼は意外なことをいう。
「はて。『奴隷使い』は嫌われているのですか? お偉いさんは誰もが奴隷を便利に使っているではないですか。だというのに、その運用をより円滑にしてくれる『奴隷使い』を忌み嫌うとはおかしな話ですね」
「うむ。君の言う通りなのだが……。人々は、奴隷の便利な部分は使うくせに、暗い部分を、そのイメージを『奴隷使い』のみに押し付ける。そういうものなのだ」
なるほど。武器を使うくせに、武器商を憎むような感じなのかな?
分かったような分からないような。
俺は曖昧にうなずく。
「ふふふ。君のような純粋なものには分かりずらい感情だよ。寧ろ、わからなくていいさ。さて、それで君は、私をトーマスと呼んでくれるのかな?」
「ええと。それでは、トーマスさんと」
「うん。そう呼んでくれたまえ」
彼は少年のような無邪気な笑顔を見せてくれた。
このように笑っていると、やはり年相応に若い。
彼は笑い終わると、じっと目を細めて俺を見ていた。
「しかし、君は私によく似ているなぁ。生き別れの弟だったりしないか?」
「とんでもない。トーマスさんの方が相当にハンサムですよ。なんかもう、オーラが違います」
「そうかな? うーむ、じっと見ると変な気分になってくるね」
「その感覚は俺もわかります」
俺も相手の笑顔につられてほほ笑む。
随分打ち解けた雰囲気である。
今の感じだと、もう少し踏み入って聞いても大丈夫だろう。
俺には、まだこの世界の常識が少ない。
話を聞けるときには聞いて、勉強しなければいけない。
「それで、『奴隷使い』としての今回の仕事はどのようなものなんで?」
聞くと、彼は隠すことなく話してくれた。
なんでもとても強力で、かつ美しい三人の奴隷を調教する依頼らしい。
成功すれば、一生遊んで暮らせるほどの報酬がでるという。
なんか滅茶苦茶羨ましい依頼じゃん。
報酬の大きさに相応して、難しいことは想像できるけどさ。
でも美女奴隷かぁ。俺もそんな妄想をしていた頃もあったものだ。
今では生きていくための食い扶持を稼ぐだけで精いっぱいな毎日である。
『奴隷使い』ってなんだか魅力的な仕事に思えてきた。
次の転職先にありかもしれない。
俺は奴隷使いのコツをトーマスさんに聞いてみた。
「コツか。一言でいうならば……」
「ならば?」
「奴隷を、デレさせることだね」
「うん? すいません、もう一度」
「奴隷をデレさせることだね」
おや? 俺の頭がおかしくなったのかな?
「奴隷をデレさせることだね」
丁寧に三回いってくれた。うん、聞き間違いではなさそうだ。
俺は落ち着くためにぴしゃりと顔を強めに叩く。
……。いてぇ。
「人間、尊敬している人物の言うことには従いたくなるだろう? 奴隷だってそうなのさ。だから奴隷使いは、奴隷にとって尊敬できる存在になること。それが重要なのさ。性別にかかわらずね」
「ああ、そういうことですか」
最初からそういってくれればいいのに。混乱損である。
「それでは、トーマスさんは奴隷にそう思わせるような能力が高いということなのでしょうか?」
「もちろん、日々そういった能力を磨くことにしているよ。まぁそれ以前に私はスペシャルでね」
彼は眼帯に手をかけてずらす。
するとその奥から、怪しく光る金色の瞳が現れた。
彼のもう片方の瞳は、なんの変哲もない黒色だというのに。
「これは――」
「うん。私は生まれつき、この『魅了の魔眼』を持っているんだよ。だから、大抵の奴隷にはこれを使うだけで充分なんだ。勿論、効かない場合もあるから基礎的な能力とそれを磨く努力が一番大事なのだけどね」
魔眼。聞いたことはあるが、実物を見たのは初めてだ。
なるほど、彼にとって、奴隷使いとは天性の職業らしい。
彼を怒らせて、魔眼を使われないように注意しておこう。
こんな感じで、馬車の旅は平穏に終わりそう。
もう風呂に入ってしまっても、その事実は揺らぐことはないだろう。
この時の俺には、そう思えたのだった。
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しかし事件は、突然起こった。
魔鳥――イヤンククが馬車の周囲を旋回している。
間違いなく、我々を今晩のおかず認定しているに違いなかった。
俺は馬に鞭をいれ、必死になってイヤンククから逃れようとするが、如何せん、空を飛ぶ魔鳥を引き離すなど無理らしい。
困った。この街道は今まで何往復もしてきたが、イヤンククが出るなど聞いたこともない。
完全に不運だ。俺の不運に、今回はトーマスさんも巻き込んでしまってマジで申し訳ない。
「ダメです! 撒けそうにはありません!」
今、奴は慎重に上空から俺たちを観察している。
恐らく、こちらの力をはかっているのだ。野生の畜生の分際で厭味ったらしいほどに狡猾なことに。
そしてもう少しで気づくだろう。
俺達には、なんの武力もないことを。
そうなれば、あとは蹂躙が待っている。
だというのに、トーマスさんには余裕があった。
寧ろ、楽しそうにも見える。思いがけない玩具に出会ったような感じだ。
口角が愉快そうに吊り上がっている。
「そうか。ではどうするつもりだい?」
「悔しいですが、馬車を捨てるしかありません。運が良ければ、魔鳥が馬を狙い、その隙に俺たちは逃げられるかもしれません!」
「却下だ。それでは私は大事な仕事に遅れてしまうよ。加えて、君もこれからの生活がくるしかろう」
「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないですよ!?」
ああもう!
この人、今が命の危機だとわかっているんだろうか!
緊急事態でおかしくなってるのか!?
「安心したまえ。私が魔眼を使おう」
眼帯を外し、金色の瞳を露出する。
そうか、この人にはこれがあった!
最強のジョーカーがあったのだ!
勝てる! これなら! なんだよ、俺って一人で焦り散らかして、スゲーモブみてぇじゃん! というかモブか! 最初からモブだったわ!
トーマス・ウォーク。高名な『奴隷使い』。この人を光らせるためのモブが今回の俺の役回りらしい。
「一応聞きますが、その魔眼はイヤンククにも効くのですか?」
「ああ。99%効く。だから君は安心して、ただハイデルまで私を送ってくれればよろしい」
トーマスさんが渾身のどや顔をみせてくれる。いや、かっこいいよ。かっこいいけどさ……!
99%!? おいおいおい! それってもしかして……!
「別に、私がここで魔鳥を魅了してしまってもよいのだろう?」
やめろ! やめてくれ!
「ハイデルに到着したら、パインサラダを食べようか。名物らしい」
もういい! 積み重ねなくていいんだ! あんたが積んでいるそれは――。
眼前に魔鳥が迫る。
それを御者台に仁王立ちしているトーマスさんが迎え撃つ。
魔眼は、視線が交差するだけで効果を表すという。なんともチートじみた力である。
ただ睥睨するだけで、相手を支配できるなんてなんとも万能で、全能な力ではないか。
そして両者の視線が今、交差して……!
「ぬわぁぁぁぁああああぁあああああ!!!!」
「トーマスさーーーーんッ!!」
情けない悲鳴とともに、トーマスさんは魔鳥のカギ爪でがっちりと掴まれて、上空に浮かび上がる。
凄い速さで、魔鳥は遠ざかっていく。
すぐに俺の視界から消えてしまった。もう、追跡するのも助けに行くのも不可能である。
魔眼は、効かない1パーセントをひいてしまったのだ。
高名な奴隷使い、トーマス・ウォーク。彼はこの世界から突然退場してしまった。
「死亡フラグだよ。それは」
俺の遅すぎるツッコミが何もない街道に響く。
「ヒヒーンブルブル!」
馬が同意を示すように啼いた。
「どうすんだよトーマスさん! あんたは三人の美女奴隷を調教して、一生遊んで暮らせるほどの報酬をもらうんじゃなかったのかよ! クソ! そんな美味しい、夢みたいな仕事を目の前にして逝っちまうなんてあんまりじゃねぇかよ!」
拳を固く握る。唇を強くかむ。
「勿体ねぇよ! 誰もが望んでも、できる仕事じゃない! 高名な奴隷使いのアンタだから、指名された仕事なんだろうさ、それなのに、それなのによう……。畜生、代われるものなら、俺が代わりにやりたいくらいだぜ……!」
代われるものなら? 待てよ? トーマスさんに俺は似ているのではなかったか!?
俺の脳に、イケない発想が突如として生まれた。
俺が、奴隷使いトーマス・ウォークに成り代わるのだ!
ダメだ。これは死んだ彼を冒とくする行いだ。
いや、しかし、死者にはもはや感情とかそういうのもないわけで……。
というか、彼の果たせない仕事を俺がやってあげた方が、トーマスさんも草葉の陰から喜ぶのではないだろうか? うん、そうだ。そんな気がしてきた。感謝こそされても、恨まれるとか呪われるとか、そういったことにはならないはずである。
「トーマスさん、俺やるよ! あんたの代わりに、絶対に美女奴隷を調教しきってみせるからさ、成仏してくれよな!」
そして俺の馬車は明るい未来に向けて走り出したのだった。
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トーマスが連れ去られてから、彼に成り代わる決意に至るまでの時間。
実に、僅か二分! これを早いと判断するのか、遅いと判断するのか。
それは貴方次第である!