兄妹愛は世界を救う
そのオーガが現れてからの戦闘は圧倒的だった。
オーガとはゴブリンの中でも高い知能を持つ個体が限界まで強くなって進化する個体である。しかもこのオーガは特殊な進化をしていて本来のオーガよりも小柄で人間らしい体つきをしていた。
暗殺者たちは知っていた。最近、戦場に現れては人間を殺さずに物資だけを奪っていく迷惑極まりないモンスターの集団がいると。
敗者として捕虜にしていた人間たちを解放し、犯した後は奪った金品を持たせて故郷に捨て去る奇行を繰り返しいると。
それがこいつらなのだろうと暗殺者の一人は気づき、祖国に情報を持ち帰るため踵を返そうとしたが、その首は既にオーガの剣で切り飛ばされてしまった。
あっという間に生きている敵がいなくなってしまった。
「お嬢様、デュークの後ろに。命に代えてもお嬢様の命だけは……」
「大丈夫よデューク。この人は敵じゃないわ。そうでしょ?お兄ちゃん」
私がそう言うと、気まずそうにオーガは振り返った。
「いい加減、オレを兄と呼ぶのをヤメろ。オマエは人間、オレは恐ろしいモンスターだ」
「モンスターだって家族になれるってお兄ちゃんが教えてくれたじゃない」
「あれはまだオマエが子供だったから仕方なく育てただけだ。今のオマエには仲間がいるだろォ?それに大人になった……胸も尻もデカい」
「それは好き嫌いせずに食べたからだよ。お兄ちゃんこそおっきくなりすぎじゃない?」
「気づいたらこんな風になってた。おかげで群れの連中も賢くなった」
オーガの背後に並んで待つゴブリン。私が知っている彼らならすぐに死体を漁ったりしそうなんだけど。
「あれ?洋服や武器はどうしたの?ちゃんとゴブリンサイズになってるけど」
「それは仲間に作らせた。戦争しているところで死にかけのやつを助けたら色々と作ってくれることになった。娼婦達を買って子供を作らせたら強くて賢いゴブリンも産まれるようになった」
いつの間にか私が知っていたゴブリンとは違う生態系が形成されつつあるみたい。
しかも今、聞き捨てならないワードが。
「この子たちはお兄ちゃんの子供なの⁉︎女性を孕ませたのお兄ちゃん⁉︎」
「おイ!女の子が孕んだだの人前で言うもんじゃないぞォ。オマエを拾った後に躾けた連中の子供だ。第一にオレはまだ誰も襲ってないし子作りもしたことがねェ!!」
その言葉を聞いてホッとした。私、未婚のまま叔母さんになってなかった。それに、お兄ちゃんが童貞のままだった。
「とりあえずここは増援が来る可能性もあります。オーガ殿、お嬢様を安全な場所へ」
「あの時の騎士かァ。ついてこい。ゴブリン供は怪我人を運べ。それと死体から武器や装飾品を剥いどけ」
生き残ったのはデュークを含めた数人だけだった。私のせいで何人もの仲間を失ってしまった。倒れた騎士の中には私と同年代の子もいたのに。
お兄ちゃんに案内されて連れて行かれたのは隣国との国境付近にある場所だった。
かつて群れがいた場所から少し離れていたので、私が探しにきても見つけきれなかったわけだ。
洞窟を利用した住処だったけど、あちこちに小屋のような物や戦争で使っていたテントのような物まであった。
ゴブリンだけじゃない人間の姿も少なくなかった。眼帯をした男性が鍛治をしているし、片腕の女性が一生懸命に裁縫をしていた。
「おや、鬼人様。どうなさったので?」
「ジジィ。怪我人だ。治してやってくれ」
デュークを含めた怪我人たちはジジィとお兄ちゃんが呼んだ医者のところに運ばれた。
かすり傷くらいしかない私は消毒した後、洞窟の一番奥にある部屋に招かれた。
「洞窟の一番奥って苗床の管理場所じゃないの?」
「苗床って呼び方は辞めたァ。今は協力者、もしくは娼婦さんと呼んでる」
お兄ちゃんは群れに私がいた時からゴブリンの生態について悩んでいたらしい。
私はそれがゴブリンらしいからと納得していたけど、私のために捕まえた女性たちから話を聞くたびにどうにかしてやりたいと思っていたらしい。
死を望む人には致死量の麻薬を与えていたけど、最終的に今の方法に落ち着いたらしい。
「成人してない子供はダメだァ。許可してるのはどうしても金が必要な奴、家族がいない奴、ゴブリンを産みたい物好き、後は死ぬならせめて何かの役に立ちたいと思ってる連中だけだァ」
もちろん産んだゴブリンの母親が誰なのかは教えないようにしているし、子供を産めば母親はすぐ故郷やモンスターに襲われて慰め者にされた人達が住む集落に預けるという。
産まれたゴブリンたちは群れで家族として育てて教育し、許可が無ければ盗みも殺しも強姦もしないようになるとか。
「本能的なものもありはするが、ゴブリンはそれまでの習性が駄目だったんだよォ。最近じゃ見様見真似で物作りする奴まで産まれてきた」
私が人間に混じって生活している間にお兄ちゃんはゴブリンという種族そのものの生態を変化させたのだ。
いずれはこの辺一帯ではなく、あちこちにこの人間との共存方法を広げたいと話してくれた。
「で、どうしてオマエは襲われてた?人間の中で幸せに生きてるんじゃなかったのかよォ?」
「そ、それは……」
私はポツポツと今までの出来事を話した。
戦争の影響、それを止めるためにお見合いをしようとしたこと、そして罠に嵌ったこと。
「そりゃあ災難だったなァ」
「うん。だからお兄ちゃんが助けてくれなかったら私死んでた」
「それで、これからどうするんだオマエはよォ」
どうすればいいのかわからない。
屋敷に戻っても戦争が終わるわけじゃないし、別の貴族と結婚しようとしても同じ罠に嵌められるかもしれない。
今回の襲撃の件を素直に話しても祖母や知り合いの貴族達が怒って隣国に文句を言って、それに反撃した隣国と戦争が激化するかもしれない。
「あれ?私、どうすればいいんだろ。………グスッ」
「泣くなよォ。もう大人なんだろ?オレとしても力にはなってやりたいけどそう簡単にはいかないだろうしよォ」
お兄ちゃんのタオルで涙を拭われて頭を撫でられる。久しぶりの感覚に頭がぽかぽかする。弱っている心にはよく効いた。
「それなら簡単な方法がありますぞ」
やってきたのはさっきの医者だった。
「なんだよジジィ。怪我人はどーした」
「あれくらいすぐ終わりですな。後は彼らの回復力次第。あぁ、お嬢さん。ワシはこう見えて元政治家でしてな。戦争に意を唱えて追放されたものです」
「はぁ……」
「あなたの国も隣国も国力にそう差はありません。このままいけば戦争は長引くでしょう。なら、どちからをとてつもなく強くして戦うのすら馬鹿馬鹿しいと思わせればよいでしょう」
「何言ってんだァ?それができれば苦労はしねェだろ」
「………あるよ。一時的かもしれないけど相手が攻めあぐねる方法!!」
「そんな都合がいい話あるわけないだろ」
「お兄ちゃん、私と結婚しよう!!」
「ハァ⁉︎」
そうだ。大貴族の跡継ぎの私とお兄ちゃんが結婚すればこの群れがそのまま私の家の戦力になる。普通のゴブリンなら大した強みにならないけど、お兄ちゃんの仲間みたいにキチンとしてたら即戦力になる。
しかも、人間より成長が早いから協力者や活動が国中に広がれば短期間で爆発的には増える。
お兄ちゃんはオーガで一騎当千だから、ゴブリン達の中からお兄ちゃんみたいなオーガが現れるかもしれないって思ったら、
「そうです。隣国との戦力差は一目同然ですぞ」
「だとしても、人間的にゴブリンを支援なんてできねぇだろォ?」
「実際にしなくていいんだよ。一、二回だけ派手に暴れて相手はこの戦力を量産できるかもしれないって思わせればいいの」
「多少手荒でも、時間を稼いで停戦に持ち込めれば後は話術による対話です。もし、無理にでも戦争しようとすれば兵士や民から不満が爆発して隣国はガタガタになるでしょう。だからそうならないように和平を結ぶでしょうぞ」
「話はわかるが、その……妹と夫婦になる必要はねぇんじゃないのかァ?配下や部下じゃダメなのかよォ」
「「ダメだよ(ですぞ)」」
これはお兄ちゃんが、というよりゴブリンのイメージが悪い。
ゴブリンを従えたとしたらゴブリン達は不当に扱われるかもしれないし、父ゴブリンのように奴隷されてしまうかもしれない。必要なのはここにいるゴブリン達のような存在であって、悪戯に数を増やせばゴブリンで国が潰れかねない。
協力者、もしくは傭兵として雇うにしてもゴブリンはお金には興味がないというのが常識だ。宝石を集める習性がゴブリンにあっても、彼らはただ持つだけでそれにいくらの価値があるかもわからない。通貨の価値や使い方すらわからないのだ。
そんなゴブリンを雇った? 何を犠牲にしたんだ?食糧や女性を対価として支払ったという情報が流れでもしたら世間は国を信用できなくなる。
その点、私がゴブリンのリーダーであるお兄ちゃんと結婚すれば、縦社会で強い者にしか従わないゴブリンに説得力が増すし、人間の私と家は白い目で見られても戦争を止めさせれれば権威は戻せる。
ゴブリンとオーガのおかげで平和になれば彼らの社会的信用も高まるだろう。
いいや、そうしてみる。
「いや、ダメだ」
「どうしてですかな鬼人様?これ以上ない方法だとは思いますぞ」
「……だって、オレとコイツは兄妹だぞォ⁉︎」
はい?
「オレと妹は家族だ。血は繋がっていなくても兄妹が結婚して夫婦になるのはダメだろうがァ。人間の本にもあったぞォ?兄妹愛は禁忌だって!」
「えっと、お兄ちゃん?血は繋がってないから問題ないし、私にとってお兄ちゃんは兄みたいな存在だけどそれだけじゃないというか、」
「ジジィ。それにオレはオーガで妹は人間なんだ。オーガはオーガと、人間は人間とじゃないと幸せにはなれないだろ!オレは群れを増やすために仕方なく人間を利用してるだけであって、妹にもそんなことをさせたいじゃないんだよォ!!」
「お兄ちゃんは私見て何も思わないの?」
「凄くキレイになったと思うぞォ。それに女らしい体つきでオレ好みで今すぐにでも押し倒したいくらいにはよォ。……今だから言うが、まだゴブリンだった頃もオマエに手を出さないように我慢してた。騎士の男にオマエを預けたのだって、あのままじゃリーダーより先にオレが手を出したかも知れねぇからだァ」
「なら、問題ないよね。私、お兄ちゃんのことが大好きだから」
「………話を聞いてたかァ?」
「うん。大好き、愛してる、お兄ちゃんとの子供が欲しい。戦争のことも考えなきゃだけど、お兄ちゃんが昔から私に興奮してくれてたって知って凄く嬉しいの」
「ほほほっ、ではジジィは失礼しますぞ。話が纏まったらお呼び下さい」
そう言って医者のお爺さんは出て行った。
残ったのは私とお兄ちゃんだけ。
「オレはオーガだぞ?元はゴブリンだァ」
「ゴブリンも人間も見た目以外あんまり変わらないって私知ってるよ」
「苗床になってた人間を見殺した悪い奴だぞォ」
「死んだ人達を埋葬してあげてたの知ってるんだからね」
「人間を沢山殺した。これからも殺すことになる」
「生きてる以上は当たり前。これからは私も一緒に背負うから」
「オレが滅茶苦茶にすればオマエを壊すかもしれないぞ」
「うん。お兄ちゃんになら壊されてもいい。それにお兄ちゃんが私に優しくしてくれるのはわかってるから」
「オレはゴブリンだそォ?」
「それはさっきも言った。お兄ちゃんだったら何されてもいいし、私の全部をあげるから」
「妹ォ………」
「う〜ん。それだけは止めない?これから妹じゃなくなるわけだし。私の本当の名前はマーガレット」
「マー…ガレット……」
「そう。お兄ちゃんの名前は?」
「ゴブリンに名前なんてねェ。オーガだの化け物だの鬼人だの呼ばれてる」
「じゃあ、ゴブリンとオーガからとって鬼ちゃんでどう?」
「ふッ…。好きにしろ」
「じゃあ、鬼ちゃん」
「マーガレット、」
「「愛してる」」
この数ヶ月後。隣国との戦争は終結。
オーガと結ばれた少女は非難されることもあったが、少女の書いた自伝を読めば『小鬼に育てられた少女』という生い立ちがわかるとみんなが掌を返して祝福した。
オーガと少女の作った輪は広がり、のちに第三の亜人の国が誕生。二人の兄妹の話は末永く語られていくのでした。
めでたしめでたし。
これにて完。
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3話で終わらせるの少しもったいなかったかも。




