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ゴブリンの妹

 

 オレには妹がいる。といっても血は繋がっていない。

 母親もオレが知らない奴だ。まぁ、親だの家族だのってはあんまりオレ達には関係ない。


 ゴブリン(小鬼)。それがオレの種族の名前だ。小さくて卑しい生き物。自分たちで何かを作り出すほど優れていなくても他から奪ったものを使いこなすことはできる怪物。

 妹はそんなゴブリンの中でただ一人違う姿をしている。

 生後一年もすれば立派なゴブリンとして狩りをするのに妹はまたまだ子供だ。肌も白い。小さなツノも生えていない。


「オマエ、本当ニ弱イナ」


「?」


 こてん、と首を傾げる妹。口の周りに食べた獲物の血がついていたので雑巾で拭いてやる。


 きっかけは去年の冬だった。

 オレのオヤジは群れの中でも知能が高く、群れの中では相談役として仲間やリーダーから頼られていた。

 その息子のオレはオヤジから色んなことを教えられた。他の生き物のことや人間のこと。

 そんなオヤジが仲間達と狩りに行ったとき、人間同士が争っている場面に出会った。両者が弱ったところでオヤジたちは襲いかかったらしい。女は何人か連れ帰ってきて群れの苗床になっている。妹はオヤジが人間同士の争いで死んだ女性が大事に抱えていた子供だった。


『……ムスコよ。この子をオマエの妹として育てる』


『ナンデ?人間ジャナイノ?』


『この飾りをこの子が持っていた。ワタシが昔人間に飼われていたことは話したな? そのワタシを逃してくれた人間がこの飾りと同じ印のを持っていた。だから、借りを返すためにこの子だけは殺さない。群れのリーダーにもこの子をゴブリンとして育てる許可を貰った』


 そう言われて妹になった。

 オヤジが今年になって狩りの最中に崖から落ちて死んだから妹の面倒は全部オレがみることになった。


「イイカ。ゴブリントシテ育テル以上、酷シクスルゾ!」


「うんっ!」


 ニコニコ笑って元気に返事をするんだけど、わかってないだろコレ。

 妹の世話は本当に大変だった。オレたちがよく食べる虫や動物の生肉を食べたらすぐお腹を壊す。言うことを聞かないからと軽く叩くと骨にヒビが入ったりするし、すぐ泣く。よく泣く。なんにも自分一人でできない。

 それと、オレが四六時中見張ってないと他のゴブリンたちに何をされるかわからない。


「やーめーてよ!」


「ケケッ!痛メツケロ!!」


「食ベヨウゼ。殺シテカラ」


 ある日、子供のゴブリンたちが妹を囲んでいた。こいつらが生まれたのは最近なので体格的にも年数的にも妹の方が上だったのだが、手も足も出ずにイジメられいた。弱い者は死ぬ。わかりやすい弱肉強食の世界だ。


「フンッ!」


 なのでわかりやすく子供のゴブリンたちをぶん殴った。


「ギギギ、ナンデダヨ……」


「妹ニ手ヲ出スナ!オレハリーダーノオ気ニ入リダ。オマエヲ殺シテモリーダーハオレノ味方スルゾ」


 定期的に脅しておく。実際、リーダーは妹については物好きがやってることだと放置してるから味方してくれているわけじゃない。ただ、オヤジから知識を与えられたのはオレだけだから殺すことはないだろう。

 脅しが効いたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく子ゴブリン。


「にーに、ありがとう」


「別ニ。オレハオヤジノ頼ミヲ守ッテルダケダ。見捨テラレタクナカッタラ強クナレ」


「うん。にーに大好き」


 本当に話がわかってるのかこいつ?まぁ、懐かれるのは別に悪い気はしない。











 それから数年が経った。

 人間よりも寿命が短めのゴブリンの中でオレは若いとは言えない年齢になった。

 大人の人間の腰くらいまでしかない身長だが、ゴブリンとしては平均サイズだから問題ない。狩りで体を鍛えているからその辺のゴブリンよりは強い自信がある。まぁ、リーダーよりは弱いが。


 妹は成長してオレより大きくなっていた。

 泣き虫なのは変わりないが、何事も一生懸命にやっていた。背だけじゃなくて体つきもメスらしくなってきている。

 当然、そんな妹を狙って襲いかかる命知らずもいるが、


「シッ!!」


「グギャア⁉︎」


 オレが用意してやった棍棒で殴られ、一匹のオスゴブリンが吹っ飛ぶ。


「命を取られないだけ感謝しなさい。次は殺す」


 ……オレより強いんじゃないのかアイツ。


「にーに、また勝ったよ!褒めて」


「ウン。頑張ったナ」


 オレにべったりなのは治らない。というより前より酷くなっている。

 手先が器用な妹は色々な物を作り始めた。まずは服だった。前からゴブリンが雑巾同様のボロ布を着ているのが気に入らなかったらしく、奪った人間の服をつぎはぎして新しい服を作った。

 次に料理の方法だ。オヤジから料理した方が飯が美味いとは聞いていたが、オレは手間がかかるからしたくなかった。妹が料理(焼いたり煮たりするだけ)を始めてから腹を壊して死ぬやつが減った。


 やっぱり人間は凄い生き物だとわかった。


 群れの中で一人にしても大丈夫になってきたので、たまにオレは妹と別行動をするようになった。

 行き先は群れが住んでいる洞窟の奥。群れ共通の苗床が置いてある場所だ。


「オイ、起きロ」


「はっ、また来たのかい物好きゴブリン」


 そこにいるのは痛々しい姿で逃げられないようにしてある全裸の女だった。


「飲メ。薬草を煮詰めた汁ダ。痛みが少しはなくなるはずダ」


 女は群れ共通の財産だ。逃したり独り占めすると群れのゴブリンから殺される。基本的に女は群れを大きくするための母体で、性欲をぶつけるための道具でしかない。オレはその女達が少しでも長持ちするように世話しているだけだ。


「いっそ毒でも盛って殺してくれればいいのに……確かにこの匂いは薬草だな」


「殺すのはできなイ。オレが死ねば妹が一人になル。妹は強いガ、一番じゃなイ。それよリ、もっとオレに色々教えロ」


「ゴブリンが人間を育てるとはな。そうだな、今日は私の故郷の話を……」


 人間に優しく振る舞い、同情するフリをする。そうしてオレは知識や人間の習性を学んだ。言葉だって今ではオヤジみたいに流暢に話せるようになった。

 ゴブリンによくて人間に悪いことも聞いた。人間の所作や生活の中から必要なものだけを妹にも教えた。


 捕まえてこられた女はしばらく話をすると何かを思い出したかのように泣き始めて喚いたので、とっておきを与えて眠らせておく。

 オヤジから教えてもらったとっておきの薬は植物の根から取れて幻を見せて痛みを快楽に変える物で、狂ったやつにはいい薬になる。

 もちろん、妹には兄であるオレがこんなことをしているなんて教えてはいない。


 数日後、女が息をしなくなって死んだ。子供を産む前に死んで群れはがっかりしていたが、多分オレが最後に与えた()()()()()()()()が原因だが、それは黙っておく。


「あーあ、また人間の女を捕まえてこなきゃだめだね」


 翌日の狩りの準備をしながら妹がそう言った。

 メスだからそういう行為の現場に行ってないし、人間を狩る時には付き添わないようにしていたのにどっから聞いたのか。妹の教育には悪い群れだ。


「先に言うガ、お前は狩り参加しなくてもイイ。物だけ作って大人しくしておケ」


「嫌だ!私も行く!!親父は狩りの途中で死んじゃったんでしょ?だったらにーにも死んじゃうかもしれないじゃん。私はそれが嫌だ」


「オレは死なないヨ。少なくともお前が大人になるまではナ」


「私だってもう十分大人だよ」


「ハッ。せめて捕まえた人間の女達みたいに出るとこか出てないとダメだな。だからオマエはまだ子供だ」


「ぶーぶー。他のゴブリン達は私にコーフンしてるみたいだし、リーダーだってもうしばらくしたら私をお気に入りにしてくれるって言ってたもん。だから私は大人だもん!」


「リーダーがか?……いつ言われた」


「にーにが洞窟奥に行ってる時だよ?」


 そうか。もうそんな時期になったか。妹は自分の功績がリーダーに認められていると思っているが、アレにそんな考えや知性はない。

 こうなれば腹をくくるしかない……。


 その夜は妹がひっついて寝てくるので困った。昔と変わらず甘えん坊なのだが、こちらとしては色々と気になってしまうので大変だった。オレも立派なオスだ。このままだとマズイことになる。











 今回の狩りは人間が目当てだった。前に手に入れた人間の武器や鎧が使い物にならなくなったからだ。

 捕まえた人間からの情報だけでは鍛治はできない。妹の手先が器用でも材料を用意したり炉がなければ作業できない。

 ターゲットは女の割合が多い旅の商人。通行人を襲うよりは荷馬車を手に入れれるので利益が大きい。昔は村を襲っていたのだが、オヤジ曰く『村は国が動いて大量の軍人がくる可能性高くなる。行商人は危険な仕事だから死んでもゴブリンのせいかはわかりにくくなる』らしい。

 実際、隣山のゴブリンの群れは人間の町に襲撃をかけて目をつけられて全滅させられた。


「イクゾ」


 リーダーの合図で、群れが襲いかかる。

 人間たちも馬鹿ではないので護衛の冒険者と呼ばれる戦士を連れている。冒険者達は首の飾りで強さがわかる。今回の相手は数人。多少手こずっても勝てるだろう。


「くっ、ゴブリンの群れだ!冷静に戦えば勝てる。落ち着いて行動するんだ!!」


 冒険者達の指揮官らしきヤツが声を張る。人間達は頭がいいから作戦を立てたり陣形を組んだりする。

 ゴブリンは真正面から突撃するだけだ。獲物を前にして落ち着けないのが悲しい習性だ。


 なだれ込んだゴブリンと人間達が混ざって乱戦になったのでオレも動く。

 本来の役割は戦いが終わってからの死体漁りがメインだが、ゴブリン側がピンチになったら戦いにも参加するので不自然ではないはずだ。

 その中でオレは人間達の中でも重そうな鎧を着て冒険者達とは違う動きをしていた騎士に目を付ける。


「くそ!新手のゴブリンか!」


「クックックッ、オマエは騎士だナ?この家紋を知っているカ?」


 オレは懐から妹が持っていた飾りを見せつける。

 すると、騎士の男の表情が変わる。


「貴様たちがあの方の仇か!!」


 どうやら一発で当たりを引いたな。


「悔しかったら取り返してみーロ」


 普段なら絶対にしない口調で挑発し、飾りをこれ見よがしに掲げた。

 挑発に乗った男は見境なしに斬りかかってきたので、そのまま引き寄せてゴブリンと冒険者達から離れた場所に誘導する。


 ある程度離れた場所に着く。喧騒の音は聞こえるが、周囲にゴブリンの姿はない。


「おびき寄せられたのか……罠かっ⁉︎」


 オレが立ち止まり、騎士は辺りを警戒する。


「人間。お前に頼みがあル」


「世迷言を。ゴブリンは醜悪。ましては仇とわかれば容赦はしない」


 やっぱりそう上手くは行かないか。

 オレは手に持っていた武器を近くに投げ捨てた。なんなら着ている服も脱いだ。あるのは飾りだけだ。


「なんのつもりだ」


「危害を加えないという意思表示ダ。これで話を聞いてくレ」


「……少しでも変なそぶりを見せたら殺す」


「わかっタ。オレには妹がいル。これは妹が持っていた飾りダ。妹はーーーー」


 そこからオレは妹について出来るだけ簡潔に説明をした。オヤジのこと、妹の暮らし、妹が人間を襲っていないこと、これから妹がどうなるかの推測。


「というわけダ」


「にわかには信じられない。証拠はあるのか」


「オレのそこに脱ぎ捨てた服だ。服はゴブリンには作れない。それとオレの首飾り。装飾品はゴブリンには必要ないものだ。妹からのプレゼントで貰っタ」


「だとしたら、貴様の目的はなんだ」


「妹を連れて行って欲しい。ゴブリンに襲われない人間の国に。お金ならある。今まで捕まえてきた人間達が持っていたお金だが、価値的には人間一人がしばらくの間暮らせる額のはずだ」


「そうではない。何故、ゴブリンである貴様がそこまでして人間の少女を助ける!」


 決まってる。そんなの分かりきっている。


 例え、キッカケはオヤジの命令だったとしても。


 頭がいいからと同い年のゴブリンたちから嫌われ者にされて寂しかったとしても。


 オレは、オレは……、




「オレがアイツの()()()だからだ!!それ以外に理由はない!!」




「そうか。……ならわかった。この混乱に乗じれば俺だけでも逃げられるだろう」


「冒険者達は見殺しにするんだな」


「心苦しいが、俺の元々の目的は仇打ちだ。あの方のご息女が生きているとなればそちらの保護が最優先だ

 」


「それくらいじゃなくては信用できなイ。ついてこい、オレたちの住処を教えル。大半が狩りに出ているから残りは数匹しかいない。オマエなら対処できるだろウ」


「妹のために仲間を売るとは恐ろしい奴だ」


「有象無象の群れより、慕ってくれる妹の方が大事ダ。人間たちはシスコンと言うんだロ?」


 こうしてオレは作戦通りに騎士を使って妹を逃すことにした。

 群れは結果的に大きな痛手を負って荷馬車を奪うことに成功したが、冒険者や人間の女は手に入れれなかったらしい。

 嬉しい誤算はリーダーが深手を負って死んでしまったので群れの新しいリーダーにオレがなったことだろう。

 騎士の男が洞窟に侵入してきたので妹を差し出して幼い子ゴブリンや巣を守ったと話をでっち上げたのも大きなプラスになった。






 その先、オレたちの群れは強くなって近隣諸国に名を轟かせることになる。






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