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【#書き出しと終わり】それは人魚の恋に似ていた。

作者: 海荻あなご

診断ネタで書いたものです。

Twitterに載せたものとは一部文章が変わっています。

空白改行除いて1400字ぴったりです!


 それは人魚の恋に似ていた。

 人間の王子に恋をし、儚く海の泡となって消えた人魚姫のような。


 僕の妻への愛はそれにとても似ていると思う。


 何故なら、これから先決して交差することはなく一方通行のまま、僕の妻への愛はこの身体と共に灰となり煙になって空へと昇るのだから。




 結婚してからずっと、僕が抱く妻への愛は変わっていない。


 けれど元は他人だった二人が親しい存在に変わっても、すれ違い衝突し合うこともあるだろう。

 僕たちの場合、そうして一度掛け違えられたボタンはずっとズレたままになってしまい、いつしか夫婦の会話も無くなった。


 当たり障りない他人のようなやり取り、家の中に響く笑い声は液晶から。

 それでも僕たちは静かに毎日一緒に過ごしていた。




 ある時僕の身体に異変が起きた。


 いや、前から異常は感じていたのだがただの体調不良だと甘く見てしまった結果だ。

 病院に運ばれ何度も検査を重ね、そして宣告された余命。


 妻は僕の余命を聞いても、特に取り乱したりもせずただ一言『……そう』と静かに溢した。



 それから入院生活が始まった。

 延命治療を受けても病魔に蝕まれた僕の身体は日に日に弱っていく。

 気付けば一日の半分以上を病室のベッドの上で過ごすようになっていた。



 妻は毎日見舞いに来る。

 小綺麗な花を持って来ては病室に飾り、窓辺の椅子へ静かに腰を下ろし、面会終了の20時になったら『……またね』と言って帰っていく。


 妻と過ごす時間は家にいた時とあまり変わらなかった。


 当たり障りのない会話と、笑い声は夫婦の間からは起きなくてテレビの中から聞こえてくる。

 いつもの僕たちと変わらない。

 それでも妻は毎日やって来る。



 ほとんど寝たきりとなり、意識も夢うつつのようなぼんやりとしたものになってからは、当たり障りのないやり取りも出来なくなった。


 起きているのか夢の中にいるのか、はっきりしない意識の中でも面会開始時間と同時にやって来る妻の存在は感じられる。

 妻はいつものように窓辺の椅子に座り、静かな時を過ごす。




「……ねぇ、あなた」


 久しぶりに僕へ呼びかける妻の声が聞こえた。

 返事もしない僕に向けて妻は静かに続ける。


「……こんな時に言っても、もうあなたの耳には届かないかもしれないけれど」


 ──静かで退屈で窮屈だったあなたとの日々は、穏やかで安らげる幸せな日々だったわ。


 そう呟く妻の声が、夢うつつな僕の意識の中へすぅっと染み渡っていくようだった。

 声が僕に届いていることにも気付かず妻は尚も続ける。


「いつからか、素直になる方法が分からなくなって、昔の私があなたをどう愛していたのかさえあやふやになってしまった。

 あなたは変わらず私を愛してくれたのに。

 私もあなたの愛に素直に答えたかったのだけれど、一度意地になってしまったら……できなかったの。ごめんなさい」



 僕は思った。

 これは人魚の恋になんて似てなんかいない。


 何故なら一方通行ではなかったからだ。

 僕たちの愛はずっと繋がっていた。ただ僕がそう思い込んでいただけなのだ。



 ぼんやりとした意識の向こうに妻の顔を見る。

 あの頃と変わらず僕を愛してくれていた妻は静かに涙を流していた。

 ああ、妻につられて僕も泣いているのだろう。僕の視界も霞み始めてしまった。


 もう声を出す力も残っていないけれど、それでも僕は妻に伝えたいと思う。


 沈む意識と霞みゆく視界の中、妻に向ける最後のメッセージ。


 たった五文字の言葉の代わりに、僕は満足げな顔で頷いてみせて────。

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