【またSSSランクかよ。回れ右するぜ】SSSランクのケースワーカーであるオレは今日もまた高貴公隷者を暗殺する【待って。いかないで。流行ものでPV数稼げると調子乗ってましたぁぁぁ!】
「山さん。こいつは……」
同僚の田中は蒼白な顔をしていた。
田中はまだ若い。こんな事態に慣れていないのだろう。
オレたちの背後には、宮殿のような豪奢な建物が煌々と燃えさかっていた。
はぜかえる火の粉。
魔女の後ろ髪のようにとぐろを巻く火炎は、真夜中だというのに、まるで夕方のようにオレたちの頬を真っ赤に染め上げていた。
「燃えている……」
呆然とする田中。
巣穴のような安アパートに住んでいるオレたちと違い、見たこともないようなきらびやかな建物――御蔵荘には、オレたちがターゲットとする高貴公隷者が住んでいるという情報だった。
この世界は高貴公隷者どもに支配されている。
自らを国のために尽くしてきた高貴なる者と称し、その実、なんの生産性もないやつらは、オレたちケースワーカーににとっては仕えるべき主でもあった。
ケースワーカーと高貴公隷者は、表向きは執事と仕えるべき主人のような関係を結んでいる。
しかし、肥大化した自我をまとった豚はもはや要らない。
虐げられてきたオレたちはひそかに反旗を翻した。
飽和した不満は熱を帯び、研ぎ澄まされた刃となった。
つまるところ、暗殺者。
オレたち若者をつなぐ符丁は
――笑止公隷化
である。
だが、もちろん私闘ではない。オレたちもまた国の命令によって動いている。国のトップもまた高貴公隷者たちであったが、彼らも一枚岩ではないということだ。
増えすぎた高貴公隷者を、国のトップ達もうとましく思っていたのだ。
上司のマイケルはオレによく言ったものだ。
「あのようなよぼよぼのくだらないゴミみたいな存在のために、どうして我々が貴重な財源を割かねばならないのかね。本来なら緑色をした缶詰にでも詰め込んでやりたいところだが骨と筋ばかりでたいしてうまくもない。人間など物理的には石鹸程度にしかならんのだよ。ファンタジィーではないのだからね」
そう言った彼も既に車椅子に座りながら仕事をしていたのだが、どうやら彼自身のことは神棚にでもあげているらしい。
とまらない時代の波にオレたちは突き動かされている。
「田中。鈴木を探せ」
鈴木は、先行したケースワーカーだ。
やつはAランクのケースワーカー。百戦錬磨のベテランだ。
そうそう遅れをとることはないと思いたいが……。
「山さん。御蔵荘の中、入ったほうがいいですか?」
「バカ。おまえは防火管理者の乙種試験を受けてないだろ。周りを探すだけでいい」
「わかりました」
田中が御蔵荘の敷地内を探し始める。
オレたちケースワーカーは、ありとあらゆる技能に秀でていなければならない。
防火管理というのもそのうちのひとつだ。
本来であれば、ケースワーカーは複数のケースを担当し、それをすべてひとりでおこなう。
今回のようにふたりで行動するのは稀だ。
しかし、なぜ今回はオレと田中と鈴木という三名で行動したかというと、相手が一筋縄ではいかない怪物だったからだ。
瀬野重太郎。137歳。
高貴公隷者の中でも、政府の高官とのつながりを持ち、いまだに財界につぶしが聞くといわれている。
そんなやつが暗殺のターゲットにあがったのは、ヘルパーと呼ばれる昔でいうところのメイドのような存在の彼女から、まさにオレに対してヘルプがあがったからだ。
山田明美は、瀬野重太郎のヘルパーをしていた。
週に三度、彼の自宅である御蔵荘に行き、掃除や洗濯をする。
そして、彼女は――瀬野の毒牙にかかった。
彼女に限らず、ヘルパーの三割程度は、高貴公隷者どもに性的な暴行を受けているというデータがある。
泣きはらした目。
オレは明美を守れなかった。
明美から打ち明けられたとき、オレは彼女と視線を合わせることができず、自然と白くしなやかな指先を見つめることになった。
抵抗したのか、彼女の人差し指の爪は割れていた。
それだけをはっきり覚えている。
オレはSSSランクのケースワーカーだ。誰を暗殺対象にするかを決める権限を持つ。
本来ならば権力とのつながりがある瀬野を殺すことはできなかっただろうが、オレは違う。
オレは――法よりも強い。
「おう……山さん」
燃え盛る御蔵荘から出てきたのは鈴木だった。
アフロ髪が焦げかけて、アフロ具合に拍車がかかっている。
「鈴木。どうした? おまえほどの男が」
「しくじっちまったぜ」
「鈴木さん。どうしたんすか!」
田中がこちらの気づいて駆けてくる。
「きをつけろ……山さん。奴は強い……ごふ」
そして、鈴木は事切れた。
「鈴木さぁぁぁぁぁぁん!」
田中が号泣する。
いい奴だった。ひとりで200名ものケースを抱え、次々と暗殺していくベテランだった。
そして、オレの友でもあった。
「田中。立て。ケースはまだ生きているぞ」
「山さん。ここに鈴木さんを置いていくんですか」
「当たり前だ。ケースは待っていてくれないぞ」
なにしろ、高貴公隷者たちは国を米国に売り渡した売国奴どもであった。
生き延びるために誇りを捨てることなど簡単にできる。
オレは火炎の真っ只中に突入した。
田中は置いてきた。やつはこの戦いについてこれそうにない。
☆
奴はふてぶてしくも御蔵荘の一室で、介護ベッドに横たわっていた。
スリーモーターで、センサーマットつきのすごいやつだ。
このベッドだけでオレの給料の一か月分はする。
「よく来たな。山田くん」
手元にあるベッドを起こすスイッチを押し、瀬野は背もたれをあげ椅子のような形にする。
何の変哲もないじじいだった。
すっかりつるぴかのハゲ頭に骸骨のような骨と皮をしたどこにでもいる高貴公隷者である。
しかし、オレは背中に汗がつたつのを感じた。
とてつもないプレッシャーだ。
「どうした山田くん。わしはこのとおり身体も満足に動かない。恐れることはない」
「貴様。なぜオレの名前を知っている」
「明美ちゃんに聞いたからだよ」
しわくちゃの顔が、ニヤリとゆがむ。
オレは腹の中にマグマが生じたかのように熱くなった。
しかし、頭は冷静だ。
SSSランクのオレが簡単に取り乱すはずもない。
奴の手なのだ。
高貴公隷者にしては珍しく、やつの認知レベルは高い。生活自立度でいってもIかⅡ程度はあるだろう。つまり、やつが介護ベッドに座って、なんの抵抗もできないように装っているのは擬態なのだ。
そもそも――、
高貴公隷者は妖怪後レベルによって図られる。
妖怪後レベルが高ければ高いほど、ケモノのようにふるまうことが多くなる。人間が理性の奥底に封じこめている野生が解き放たれるからだといわれている。
しかし、瀬野の理性的なふるまいはどうだろう。
まるでいい年して子どものように元気いっぱいな前鬼公隷者のようではないか。
「わしがこのように理性的な会話をすることが不思議かね?」
「ああ。おまえはもしかして自立しているのではないか?」
「いいや、わしの妖怪後レベルは5だよ」
「バカな。最高レベルだと……。医者や行政をだましたのか」
「そうではない。わしの認知レベルはレベルⅣに達する。ゆえに認知レベルにひきずられるようにして妖怪後レベルもあがっているのだ」
「これほど流暢に会話しているのにか。オレの見立てでは、コンビニ店員をしている外国人労働者のN3レベルには悠々と達しているというのに、自立生活度が最低レベルだと」
「信じられんか? わしは幻想を見、幻想を聞き、幻想に生きておる」
「貴様、自らのレビー小体を改造したのか……」
「そうだ。あの明美とかいう四十過ぎのババァもわたしにとっては美少女に見える。だから犯した。それだけの話だ。貴様も黒髪ロングの十四歳くらいの女の子に見えるぞ。ふひひひひっ」
「いかれてやがる」
「そうとも。だが、いかれているからこそ――、わしは神のごとき力を得た」
「くっ……」
瀬野はゆらりと立ち上がった。
その骨と皮ばかりの肉体はいまや妖怪後レベル5に裏打ちされた筋肉で盛り上がり、ぺらぺらのパジャマはご都合主義的に上半身だけはじけとんだ。
「はぁ……この状態では手加減はできぬ。いくぞっ」
弾丸のようなスピードで瀬野が迫ってくる。
奴にとっては、オレも黒髪ロングの美少女だ。下手をすると犯される。
しかし、座して待つ道理はない。
オレは悔悟拳の使い手だ。
迫り来る拳をいなし、流体によって身をかわす。
一秒前にオレがいた場所は、奴の拳風によって消し飛んでいた。
「恕苦槍!」
オレは手のひらに黒い槍を出現させる。
鉄の塊のような拳を、恕苦槍にて受け止め、遠心力の動きで、叩きつける!
が、やつの身体は鉄のように硬い。
ビリビリとした痺れが手のひらに伝わった。
「まさか。おまえ……」
「ふっふっふ。わしをただレビー小体がいかれた妖怪後者だと思ったかね」
「ライフプロテクション《せいかつほご》だと」
ライフプロテクションとは国が下級市民に与える恩寵である。死なない程度に生き、幸福を感じろというのが政府の市民に対する基本命令であり、ライフプロテクションはそのための命綱でもあった。
上司のマイケルはよく言っていた。
「下級市民というのはどうしようもない愚かものなのだよ。資本主義的な落伍者であり、負け犬であり、生きていても死んでいてもしょうがないものたちだ。しかし、そんな奴らも、なにもしないでいると勝手に死んじゃって困るのだよ。下級市民を生かしておいてもしょうがないのだが、いなくなったらいなくなったで、われわれ中級市民が下級市民になるわけで、それは奴隷がいなくなるってことでもあるんだよ。だから、ライフプロテクションは必要だと僕は思うね」
そんなわけで、ライフプロテクションを受けられるのは、下級市民であることが条件なはず。
なぜ、高貴公隷者であり、権力を有する瀬野がライフプロテクションを持っているんだ。
「知りたいかね?」
「ああ、なぜ貴様ほどの所得を持ちながら、国の恩寵であるライフプロテクションを受給している」
「簡単なことだよ。わしは政府に顔が効く!」
「このくされ外道がっ!」
恕苦槍を両の手に持ち、オレは突撃する。
ライフプロテクションは必要最小限のセーフティを提供するに過ぎない。
絶対無敵の防御ではないのだ。
しかし、奴の硬い肌は硬い粘菌で覆われており、その上ライフプロテクションまで有するとなると、どうしても分が悪かった。
オレは徐々に押されはじめる。そして刹那の瞬間――、
豪腕がオレの腹筋を貫いた。
「ごふっ」
「所詮、SSSランクのケースワーカーといえども、公僕に過ぎん。お前達はわれわれ高貴公隷者の奴隷にすぎんのだ」
「オレたちだって生きたいんだよ」
「そもそも、おまえたちの仕事はわれわれが生きているからこそ供給されているのだぞ。貴様が高貴公隷者を暗殺していることは、ただの矛盾に過ぎん」
「敬うべき点もなく、人を奴隷のようにこき使っておりながら、それでもへりくだれというのか! 犯されても黙って付き従えというのか!」
「そうだとも。貴様たちはわれわれの贄なのだ。さあケツをだせ」
「いやだ! 狼我意!」
最後の力をふりしぼり、オレは黒槍を奴の身体に突き刺した。
わずか一ミリ。
薄皮一枚程度を切り裂いたところで動きは止まった。
「なんだぁ。その笑いのでるようなコメディカルな一撃は」
そして、オレは最近薄くなってきた髪の毛ごと、身体をもちあげられる。
やめろ。それ以上は、ハゲる。薬毛シャンプーで丁寧に一本一本洗ってるんだ。
じたばたともがくオレ。
あと一撃でも喰らえば、オレはお陀仏だろう。高貴公隷者よりも先に死ぬなんて笑えない。
オレはまだ若いんだ。
「さぁ。黒髪ロングの美少女よ。わしとひとつになるのだ。ぐっ」
ようやく効いてきたか。
「な、なんだ、わし。めまいがする」
オレの頭から手を離し、やつはよろよろと後退する。
いったいどういうことだろうなぁ。おかしいよなぁ。
筋肉モリモリのマッチョマンの瀬野が、生まれたての子鹿のように足を震わせている。
おやおやどうしたことでしょうね(きょとん)。
種を明かせば簡単だ。
オレの槍には全国数万人ともいわれるケースワーカーの怨みがこめられている。
その毒が回ったのだ。
「ぐ。こんなことが……このわしが」
「なあ。瀬野。おまえ……童貞だろう」
「え? わし、明美ちゃんを犯したんじゃが」
「明美はおまえにケツ触られただけだといっていたぞ。そもそも、おまえは一度も結婚していない。この社会では五人にひとりは結婚しないから、おかしなことでもないが……。童貞はセックスの仕方も知らないのだろう。ケツ触るのがセックスだと勘違いしてたんじゃないか?」
「ば、バカにするな! わしは何人も……その何人もの女性と関係をもったのだ」
「自らのレビー小体を狂わし、二次元に生きているおまえがか」
「うう……っ。くそがああああっ!」
破れかぶれになった瀬野が、既に小魚の骨のように細くなった腕をオレに向けてきた。
オレは最高のタイミングでカウンターを放つ!
「蠱毒死」
「ぐええええええええ」
断末魔の叫び。オレの一撃を受けた瀬野はそのままベッドの上に貼り付けにされる。
それから、液状のように溶けて消えた。
「こいつぁ。デススイーパーが大変だな」
しかし――、やむをえまい。
「おまえは長く生き過ぎた」
☆
アパートから出ると、田中がこちらに駆け寄ってきた。
「山さん。無事だったんですね」
「ああ。たいしたことない相手だったよ」
「さすがSSSランク」
「まあ、当然だな。オレはきょとんとするよりは、さすがケースワーカーのお兄さんといわれるタイプだからな」
「さすが山さん! あこがれっす」
「褒めてもなんもでないぞ」
「えー、どこか呑みいきましょうよ! 山さんのおごりで」
「しかたないやつだな。まあいいか。いくぞ」
こうしてオレは今日もまた高貴公隷者を暗殺することに成功した。
いつかオレも誰かに殺されるだろう。
しかし、諦念が来るまでは、この仕事をやめるつもりはない。
鈴木が死んでいたのでひょいと避けて、オレたちは夜のバーへとくりだした。
なんだこりゃ。ひっでえ話だな……。
……。
全力でごめんなさい!