88. 魔王の剣(前編)
誰にも気取られずに不意に黒い影が現れ、フォベルクを襲った。
ガメオの腕輪が喋った。
一度に起こった事の情報量は多いものの、ここに集う戦士達は手練れや強者と言う言葉にさえ収まらない超人揃いだ。
瞬きするほどの時間で精神を落ち着けて状況を把握すると、一斉に武器を取って身構えた。
姿を現した黒い影が放つ気配は余りにどす黒く、この中で魔族と直接対峙した事のあるガメオだけはそれに似ている事を察した。
黒い人影が選んだのは応戦ではなく、後方の壁を破ってのその場からの逃亡だった。
剣状の腕を振るい激しい破砕音と共に室内に煙が満ちて、それが収まると小屋の壁が破壊されて外と繋がってしまっていた。
「デッキー、お前がずっと黙ってたのはアレが居たからか?」
『その通りだぜ相棒、最初の沼の魔物を倒した時からずっと監視してやがった。あいつらは隠れるのがフェアリーより上手くてなァ、全然気づかなかったろ?だが俺は気付いてた。そして向こうは腕輪になってる俺には気付かなかった。だから最高のタイミングで嫌がらせが決まる機を待ってたんだぜ』
「腕輪の名はデッキー、と言うのであるか?そもそもあの黒いのは何であるのだ?お主は知っているようだが」
『魔王の影さ』
「「「「「魔王の影!?」」」」」
『グースカ寝てる魔王が漏らしたエネルギーに勝手に自我が宿ったモンさ。魔王に忠誠を誓いそのために動いちゃァいるが、別に魔王に指図されてるわけじゃねェ』
不穏という表現でさえも不足な単語が飛び出て、一同は思わず反応した。
『ちょ、ちょっと待ってよ。何、コレ!?すごく―――イヤなものが来る―――!』
隠さない恐怖と共にガメオの首に飛びついたゾオレが震えながら警句を発した。
次いで重い足音の様な、引きずるような何かが外から響いた。
突如として登場した黒い影同様、里の壁の外の方にどこからともなく不意に強大な気配が発生していたのに一同気付き、呆然として動けないフォベルクとチャンカを残し駆け出していた。
月の光の下に、ソイツは居た。
大きな体躯のあちこちに魔力の光を張り巡らせていて、身じろぎと共に妖しくうねる。
「あれは・・・最初に倒した方の沼の魔物じゃねえか!?だが何か様子がおかしい」
ゼタニスにそう指さされた通り、一度ミイラになった肉体を何かで強制的に埋め合わせてでっちあげたように見えた。
良く目を凝らすと、荒野に棲む他の魔物の死体か何かを大量に強制的に癒合させていたのが見えた。
元々グロテスクだったのが輪をかけて気持ち悪い在り様だ。
しかし問題はそこではない。
強まった凶悪な気配と瘴気、そして魔力。
明らかに元より強化していた。
「・・・そうか、あの黒い影が都合よく乗っ取れる強力な魔物の体を作らせるのが目的だったんだな!それで本命の方が壊されて使い物にならなくなったから、最初の方の魔物の死体を使ってフォベルクさんの口封じついでに里を潰しに来たんだ」
魔族に似た気配を持った何かに乗っ取られた古代のゴーレムと、ガメオは戦った事があった。
それを知識として持っている存在が敵に居る事、そしてスプーの異常な移動速度で対応が間に合ったのは本命がやられた事同様魔王の影の計算違いと言えるだろう。
『魔王の影本体はぶっちゃけそんな強くねェ、だからガメオ達を直接襲ってこなかったんだ。だが乗り物があるなら相当厄介だぜ』
色々言葉を交わしながらも、既に戦闘準備は整っていた。
しかし万全とは言い難い。
ゼタニスは念のため聖剣は送還してはいなかったが、最大魔法は不意打ちなど相当な隙が無いと直撃は期待できない。
フロスギンは室内に整備されてあった自身の予備の斧を手早く拾ってきたが、性能はほぼ同じものの≪鬼人化≫に耐えられる強度は無い。
ヴィリアンボゥのハンマーは重要部品を使い捨てにしてしまい、巨砲はもちろん鎖を使った機構も使えない状態だ。
一方、魔王の影の取り憑いた魔物から感じられる魔力と瘴気、プレッシャーは後で討伐した方の沼の魔物にも勝る。
「万全ではない。だが・・・ここは勇敢なる≪闘争者≫たる我等の土地であることを忘れるなよ!」
外の異状を察知して各々武器を持ち飛んできた数十人のプライムオーク達が、闘気を漲らせて一糸乱れぬ戦列を構成していた。
流石にフロスギンの水準は例外にしても、全員が手練れの魔法戦士である事を知りながら見れば壮観な光景だ。
「戦士長、命令を!」
「・・・アレはこの世にあってはならぬバケモノだ。我等の敵を撃滅せよ!」
地響きのような怒号と共に武器を振り上げる戦士達。
戦端は開かれた。
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高エネルギー状態の魔力を体内に走らせるのは毒と相性が悪いのか、魔物は攻撃に毒を使わなくなっていた。
その代わりに灼熱の炎を吐き、触手の先端も赤熱するようになった。
そして元々そうなのか再生時に弄られたのかは不明だが、沼にいたときは見えなかった逞しい足により縦横に巨体を駆け回らせてもいた。
機動力はともかく、耐熱防具も飛び道具も持たないガメオには出来る事がほとんどなかった。
鎧の腕輪と内観魔力バーストでは、魔法を使える者が魔力と魔法を使うほどの対魔防御力にはならないのだ。
またあれほど激しく動かれては飛竜の突進もまず当たらない。
ガメオにとっては何から何まで相性が悪く、飛んできた触手を辛うじて二本切り落としたぐらいだ。
魔力の籠った矢弾が飛翔し、突風を巻き起こす尻尾で纏めて叩き落された。
大きく開いた魔物の口の奥が輝き、魔法によらずただ純粋にエネルギーを固めた火球が連続で放たれた。
ヴィリアンボゥが魔法で作った土壁に直撃すると見る間に融かされ、脱出の時間を多少稼ぐ以上の役割は果たせなかった。
ガメオには不可能な速力でフロスギンが駆け、触手や脚、炎などの攻撃を躱しながら牽制を続けていた。
ゼタニスの聖剣から放たれた強力な≪雷爆≫が魔物の首を抉った。
恐らくは今のところ一番有効な火力の保持者だ。
既に全身に火傷を負ったりしてプライムオークが何人か脱落していた。
(何かできないのか・・・何か!)と少年が焦ったところで、事態がどうにかなるわけでも無い。
善戦していると言えば聞こえはいいが、実態は圧倒的な力に対してどうにか食い下がり戦いの形を綱渡りで維持しているという状況なのだ。
連続で≪雷爆≫が直撃し、魔物が一瞬怯んだ様に下がった。
そこに殺到する前衛の戦士達。
しかしガメオは唯一人、魔剣の能力を通してある攻撃の予備動作を感知してしまった。
この魔物は、毒の代わりに熱や炎を得た。
そして背中から毒ガスを噴き出すのに似た攻撃はまだ使っていない。
「だめだ、離れろー!」
「!お前達、距離を取れッ!」
ガメオの叫びに応じフロスギンが戦士達に下がる指示を出した。
流石に素早い反応ではあるが、どうしてもワンテンポ遅の遅れは生じる。
・・・そして。
魔物の全身から低い轟音とともに一瞬にして発せられた高熱が、逃げ遅れた何人かの戦士を灰も残さず焼き尽くしてしまった。
赤熱して融けた大地の中心に立ち、持ち上げられた首にはあたかも嘲笑する様な表情をした頭部が乗り、チロチロと火が上る瞳で相対する者達を見下ろしていた。
・・・もし本来使うはずの肉体でこれをしていたなら・・・!
その時、ガメオの脳裏にまた碌でもない考えが閃いてしまった。
妖精郷の虚で飛竜と戦った時からたまにある実戦での閃き。
やった事も試した事もないぶっつけ本番でやる羽目になるのは初めてではないが、今回考え付いてしまった事は今までの全てと比べても圧倒的にヤバイ。
奴はデッキーによると魔王の影らしい。
魔王に忠誠を誓い、恐らく魔王が出てきたら膝を屈する。
そして魔王派の使う瘴気のビンの中身の出所はどこか?
魔剣で吸収出来た以上間違いなく生き物由来ではあるが、ではあのようななただ只管に純粋な黒、純度の高い混沌とでも言うべき強力にも程がある瘴気を作り出せる生き物とは何か?
「・・・ゼタニス、ヴィリアンボゥ、それにフロスギン。今からオレのやる事が正解なら、間違いなく奴は動けなくなる。みんなにも影響はあるだろうけど、奴に対するものよりは多分薄い。だから・・・トドメは任せたッ!」
三人が目を見開いてガメオを振り向いた。
流石に驚きは浮かべているが、彼等の目に疑いは微塵もない。
(オレ自身突拍子もないって思ってるんだけどな)と心の中で言葉を繰りながらも、少年の決断は変わらない。
魔剣の力、時間停止。
そこに展開された心象空間の中に、いつも通り魔剣に記憶した相手を召喚する。
しかし召喚される相手が、今までとは次元の桁が違った。
全貌すら見えない圧倒的な、巨きく黒いナニカ。
「お前の出したゴミを掃除するのに、お前の力を利用してやるぞ・・・」
――――――クソッタレ魔王が!!!
あの・・・マジで全く予定が無かったのに何で魔王の力使おうとしてんのガメオ君!?




