86. 約束の芽吹き
「なあ、こんな所あったっけか?」
アクセルは結婚と同時に冒険者とギルド職員を兼ねた立場に収まっており、今はとあるダンジョン化した森の入り口付近に仲間達と共に調査に来ていた。
冒険者達の安全を可能な限り確保するというのが彼の方針だが、この日彼は奇妙なもの・・・というか場所を見つけた。
ダンジョンとなっている領域の周辺は基本的に魔境になっており、ここも同じだった。
しかし今彼らの眼前には、瘴気のない清浄な空間があった。
森の中に不意にぽっかりと空いたその広場のような場所には、鬱蒼とした周辺と違い温かな木漏れ日が降り注いでおり、その中心には一本の木が立っていた。
木と言うには些か若すぎる、人族の成人男性の背丈にも満たないサイズではあるが、柔らかい葉には瑞々しい生命力が満ちているように思えた。
「・・・どうやらモリナシ、みたいだな。まだ実を付けるには早すぎるか」
「不思議な木だな。まだ交流があった頃エルフの里の前まで行った事があるが、雰囲気が似ている気がする・・・ん、どうしたアクセル?」
25年近いキャリアのあるベテラン野伏に名前を呼ばれて、アクセルは少し呆然としていた時間から我に返った。
「あ、ああ・・・。いや、何でか分からないが・・・ガメオの事を思い出したんだ」
「ガメオの坊主か!全く、挨拶も無しで消えやがってあの野郎」
先輩冒険者のその言葉に、アクセルは返答に詰まった。
彼はガメオが既にこの世に居ない可能性が濃厚であることを知っている数少ない一人であるが、奇妙ではあるが同時にその生存を心のどこかで信じても居るのだ。
「兎に角、この周辺は魔物も寄り付かないようだ。ダンジョン前の貴重なキャンプ地点として保全する価値はあるな。あのモリナシの木が荒くれに切り倒されんよう・・・いっそ管理小屋でも作ろうか」
いつか遠い日にそれは守り神の様な巨木となる事を、彼らは当然知る由もない。
妖精の眼を通せばその場には精霊が満ちる事も、ただの人族では気付きようもない。
ただ大きく温かな何かが確かにそこに居る、それだけは分かっていた。
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「ねえお母さん、こんなところに芽が生えてるよ?」
ガメオからのモリナシを食べてすっかり元気になったプライムオークの男の子エンリは、家の裏に小さな緑の芽吹きを見つけた。
乾いた大地にはこう言うものは非常に珍しく、エンリはこういった物が畑の外で生えているのは生まれて初めて見た。
息子の声に呼ばれて出てきた母親は、そこに何があるのか思い出した。
先日エンリの命を助けたモリナシの種を、何となく埋めてみたまさにその場所なのだ。
しかしこんなにも早く芽が出るものなのか訝しくも思った。
里の中に設けられている決して広くはない畑ではイモなど多少の作物を育てているが、種を植えた翌日に芽が出るようなものでは少なくともない。
(そう言えば、今日は地面の草が増えてないかしら?精霊も少しだけど活性化してるし)
エンリの母親は疑問に思ったが、朝方は湿気が多少あったからだろうとそれ程深くは考えなかった。
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王都近郊の秘匿された聖地。
聖女アーフィナは屋敷の自室にいながら、神の力とも蠢く魔の者とも違う何らかの力のネットワークが神聖王国内に形成されつつあるのを感じていた。
あたかも何者かの旅の足取りを追うような形で、精霊が頻繁に行き交う道が出来始めているのだ。
あり得るとしたら、妖精族の旅人か。
王都の工房街はそうでもないが、地方ではホビットに次いで人と関わりの深いドワーフ族さえも街から出ていくケースが増えていて、妖精族は総体として明らかに人間との接点を絞っている。
報告はなくても大まかな動きを掴める能力が聖女にはある。
「アーフィナ様、勇者イオンズ様がいらしました。・・・例の無粋な機械を持って」
「そう。私にできる準備は何とか間に合いそうね」
屋敷の周囲三方には、部屋の中央にあるのと同じ魔力一時保存器が屋根付きで設置され稼働していた。
アルテアを送り出してからイオンズに依頼し、元あった場所から何度も往復して持って来てもらったのだ。
筒状の保存容器部分は最初の一機が持ってこられた時点で協力者のドワーフにより多数のスペアが作られていたため、最低限の増産で数を揃える事が出来た。
ともあれ、これで機械は五基となる。
そう言えばイオンズによると、機械のあった遺跡の内部にはこれまで苔一つ生えていなかったのに、モリナシらしき苗がいくつか芽吹いたのとともに僅かではあるが緑が発生していたらしい。
そしてその遺跡は、アーフィナの感知した新たなる精霊のネットワークの一部と重なっていた。
偶然・・・ではないのだろう。
それをしたであろう何者かの目的が全く分からないが、悪しきものではないからひと先ず考える必要はない。
何はともあれ、これが設置されたとしても事の終わりまで本当に出来る事は何もない。
後戻りできない所まで≪滅びの予言≫が成就してしまったなら、この機械の準備も全くの無駄に終わるのだ。
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見張り番の一人が、洞窟基地の外に小さな緑の芽を見つけた。
こんな乾いた荒野の真ん中、それも瘴気の沼のすぐ近くに生えるとは珍しいな、と彼は思った。
だがそれだけだ。
洞窟の中には、あの誰の手にも負えないと思われた怪物の討伐を成し遂げた英雄達が休んでいるのだ。
彼等を護るためには万が一の魔物の襲撃の兆候を見逃してはならない。
ゼタニス、ヴィリアンボゥ、そしてフロスギンの三人は普通に動けるまで丸一日休むことになった。
とは言え鍛え方が足りなければ反動で即死してもおかしくない大技を撃って一日で回復できるならば十分に超人の類である。
「そんなわけで、またモモが沼の底からこのビンを拾ったわけだけど」
「・・・どう見てもアレよりデカイな」
「入ッテイル瘴気ノ量モ、染ミ出ス量モアレヨリ多イ」
寝ていたようなピンクのスライムが喋り出したことで見張り番達とチャンカは驚きを隠せなかったが、今はそれどころではない。
「なあ、番人達よ。吾輩の記憶が正しければお主達は『プライムオーク族以外に沼には近づいていない』と言っていたな?」
「はい、確かに・・・ですが、それではまるでッ!」
「落ち着くのだバコール。これは平静な心と目で見据えなければならない事だ」
一同の前には、前に拾ったのも含めて二つ瘴気のビンが並べられた。
瘴気の浄化に長けた者やそういった施設設備がない場所では、こんなに処分に困る代物もない。
「ゼタニス、ビンを風魔法で包んで空気が漏れないように出来る?」
「その程度なら簡単だが、何をするつもりだガメオ?」
「多分・・・多分だけどこの瘴気、何かの生き物から来てると思う。オレの魔剣は生き物由来のエネルギーを吸収して能力を使うための燃料にしてるんだ。それは生命力でも魔力でも同じで、そしてこのビンの瘴気に刀身近づけたらほんのちょっとだけど吸収している手応えがあった」
「おいおい、まさか」
「条件次第だけど、瘴気に侵された人間の体から瘴気だけ吸い取るみたいな器用な使い方も結構出来るしね」
結局承諾したゼタニスはガメオ以外を下がらせ、魔法で作った泡状の空気の断層で二つのビンを包んだ。
そしてガメオは魔剣を抜き、剣先で二つのビンを纏めてカンッと貫いた。
一瞬にして直径数十センチの泡の中が不吉な漆黒で満たされるが、同時に魔剣の刀身に赤黒い光が走り出してしばしの時間の間に瘴気は薄まり、そしてやがて完全に透明になった。
ビンは割れるでも切れるでもなくスリット状の穴が開き、魔剣の恐るべき鋭さもまた十分に見て取れた。
「・・・どうだガメオ、何か問題はないか?」
「問題はないけど・・・ちょっと驚いてる。燃料切れを気にする必要がない位今までになく力を吸い上げたのもそうだけど、魔剣の許容量そのものに底が見えないのも初めて分かったし」
何もない場所を魔境に出来てしまうほどの瘴気を秘めたビンなので、これは当然かもしれない。
しかし魔剣の底なしっぷりにも驚かざるを得ない。
あの黄鉄の指親方は一体何をするためにこんな剣を造ったのか、少年は疑問が尽きない。
何はともあれこの場の懸案は片付いたことで、フロスギンが言葉を発した。
「さて、我々は今から里に戻らねばならない。今回の事に・・・真に決着をつけるために」
ゼタニスさんは雷が使える=光が使える=浄化が使える、なんだけどこれを浄化し切るパワーはないです。
能力がどうにも破壊寄りなので。
なおイオンズさんの機械運びは地魔法で重さを思いっきり軽くしています。




