82. 鬼娘と祝福の実
遅れた分ちょっとだけ長くなりました
でも話が進まない
遥か地平線を、赤い煙が舐めるように覆っていた。
ガメオ達にはその予兆など分からなかったが、荒野の民であるプライムオーク族であれば分かる者も居るようだ。
外からやってきて荒野の外縁に居を構えるヴィリアンボゥでは「何の前触れもなく天気が変わり命が危険」程度しかわからない。
そんな砂嵐が去った後には魔物や動物のズタズタになった死体がたまに落ちているという。
瘴気渦巻く魔境の砂嵐らしく、あの中にいると≪風刃≫の魔法を弱くしたのに延々と晒されるのと似たような状況になるのだそうだ。
ガメオ一行がここに足を踏み入れたのは思った以上に危険な行為だったのである。
プライムオークの里は荒野のど真ん中にありながら砂嵐の極めて起きにくい貴重な場所に存在するが、それでも周囲は風除けのための重く頑丈な石材を可能な限り積んで囲っていた。
遠くの方でゴゴゴゴゴ、と風音か地鳴りか分かりにくい低音が鳴りやまずにいるが、里の中に居る限り風はそこまででもなく存外過ごしやすい。
借りた小屋の中でサブのショートソードとレザープロテクターの念入り気味の手入れも丁度終わったが、まだ昼にさえもなっていなかった。
不意に、自分が本当の意味で手持ち無沙汰になっている事にガメオは気付いた。
ゾオレはモモの口の中の異空間に入って休んでおり、そのモモも小さくなって寝息を立てるスプーとともに提灯を膨らませていた。
ここは元来瘴気の強い魔境であり、いかに瘴気耐性を獲得してもフェアリー族と体質が変わらないピクシーでは負担が無いわけではないのだろう。
腕輪のデッキーも相変わらず言葉を話さない・・・お前相棒じゃなかったのか。
フロスギンは戦士の中でも責任ある立場で、色々忙しくしていた。
ヴィリアンボゥもそれについて何やら話し合いに参加していた。
ゼタニスは昨日は確実に初対面だった里の女性達に囲まれ談笑するという恐るべきコミュ力を発揮していた。
完全に暇になったのはガメオだけだ。
これから実戦に突っ込もうと言う時に休みを取るのは全くおかしくは無いが、それにしても一人で時間を持て余す状態になったのは、ザアレに拾われて以来初めてじゃないだろうか。
いつもザアレか誰かが傍にいた。
冒険者と言う生き方をしながらも、不思議な事に彼は今まで押しつぶされるような真の孤独を知らないでいた。
(・・・あれ、ひょっとしたらオレって魔剣と戦い以外に何も持ってなくないか?)
茣蓙の上に大の字で寝そべりながら、不意に少年の脳裏にそんな考えが鎌首をもたげた。
しかし幸いにと言うべきか、愕然としたその時間もすぐに断ち切られた。
研がれた刃先の如く刺すような敵意を、どこかから向けられたのだ。
蝋燭の灯が一瞬で吹き消える様に、少年の内面が戦闘に向けたものに変化した。
手入れしたばかりの鞘入りのショートソードを手に取って立ち上がると、ドアの横の壁に背を預けた状態になって戸板本体を鞘で軽く叩いた。
次の瞬間、決して薄くはない小屋の扉をバキッと勢いよく貫いて槍の穂先が現れた。
ガメオの喉の高さを正確に捉えたそれは、手応えが無いと分かったのか掴まれる前に一瞬で引っ込んだ。
「運の良いやつだ。そのツキで兄様に取り入ったんだろうけど、あたいの目は誤魔化せないよ!出てきな!」
扉が開いた向こうにいかり肩で仁王立ちしていたのは、ガメオと同じぐらいの年頃に見える里の少女だった。
歓迎の宴の時にもフロスギンを兄様兄様と呼んで纏わりつきながらも、やけに面白くなさそうな視線を向けて来ていたので覚えていた。
シグナムの炎のような赤とも違う宝石のような赤髪を、額の角を中心に左右に分けてアゴの高さで切り揃えており、一房の編み込みにはカラフルなひものような飾りが付いていた。
「兄様って・・・フロスギンの事だよな?」
「アンタなんかが兄様の名前を呼び捨てにしてんじゃないッ!」
鋭い突きの一閃ではあるが、言葉を飾らなければ「ぬるい」。
材質が石か骨か牙かは分からないが、力と速度の十分に乗ったその槍の先端はオウガの筋肉の鎧も貫けるだろう・・・ただし当たれば。
ガメオにとっては、彼女の槍は初動も射線も打ち終わりも丸わかりだ。
首を傾けるだけでそれを避けたガメオは突然に襲撃者に訊ねた。
「やるんなら外でもいいか?荷物やツレが居る所で暴れたくないんだ」
「ああ、構わないさ。叩き出すときに手荷物の一つも無いと可哀そうだもんね!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
プライムオークの男衆に比べて女は多少大人しいと言えるが、必ずしも血の気が少ないわけではない。
取り敢えずその闘争心をガメオは嫌と言うほど思い知った。
しかしその少女の槍は、魔剣も鎧も使わない彼に届かなかった。
しなやかな肉体で素早く動きアクロバティックな攻防を行うのは、プライムオークに伝わる兵法なのだろう。
幾分翻弄されはしたものの、ガメオはそれを完全にあしらい切った。
喉元に突き付けられた鞘の先を悔しそうに見つめながらも、鬼族の少女は口角をにやりと上げて嘲笑交じりの言葉を漏らした。
「ははっ・・・やっぱり思った通りだ。アンタにはあたい如きにてこずる程度の強さしかない」
「・・・」
「兄様が連れて来たあと二人の客人は、ニオイがある。本当に優れた戦士のニオイだ。でもアンタからはこれっぽっちも感じられない。どうせ、あの小さい妖精の変な力あたりで兄様を騙くらかしたんだろう?兄様に掛けた妙な術を解け、そして出ていけ!」
肩で息をしながらも、負けた側がするとも思えない悪意も敵意も全く隠さない態度で少女は捲し立てたが、それはすぐに中断された。
「いい加減にしないか、チャンカ。剣の敗者がそうやって噛みつくのは戦士の血と誇りに泥を塗る行為と知りなさい」
現れたのは、杖を突いた鬼族の男だ。
年の頃はフロスギンよりも一回り上ぐらいだろうか。
「・・・父様」
「娘が失礼したね、ガメオ殿。昨日は挨拶できなかったが、私はこのチャンカの父でフォベルクと言う。フロスギンは私の年の離れた弟にあたり、後を継いで戦士の長になってもらっている」
左脚に多少不自由を抱えているようだが、多くが戦士としての修練を積んだ里人達の殆どと比べても隙が無い。
ややくたびれた印象はある物の、戦士だらけの里で一度は最も強い戦士の座にあった風格や佇まいは十分に感じられた。
「それはいいんですが、ずっとそこで隠れて見てましたよね?もっと早く止めてくださいよ」
「それに関しては・・・ま、済まぬとしか言えないな。この身では跳ねっ返りを躾けるのも一苦労でね、いい薬になるかと」
自分の足を軽く叩き笑って堂々と言い放つ父親フォベルクに「うるさい!あたいはこんな奴認めない!」と尚も騒ぎ続ける娘のチャンカ。
そこに巻き込まれているガメオが一番いたたまれない感覚を味わっていた。
手持ち無沙汰な時間が潰れてくれたのは良かったかもしれないが。
そんな時だった。
「あ、こんなところに居たんですかフォベルク様!大変なんです、ちょっと来てください!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「エンリ!エンリ、しっかりするのよ!今フォベルク様がいらしたわ!」
部屋の中では幼い男の子が寝ながら苦しそうに呻き声を漏らし、母親が懸命に励ましていた。
薬師も兼ねているフォベルクが傍らに腰を下ろし、男の子の服をずらしたり、首筋に手を当てたり数分間色々見た後で、一言。
「・・・滋養の薬草をいくつか煎じる。この子の天命が尽きていないことを信じよう」
「ッ!・・・そう、ですか・・・」
その家の外では、何人かの里人たちが明るいとは言えない表情で話し込んでいた。
何となく付いて来たガメオには、病気の男の子の運命がすでに決まったものと皆が受け入れているような様子に見えた。
何より精霊を感じ取れるようになったガメオにも、家の中で一人の命からぞっとする勢いで精霊が抜けているのが分かってしまっていた。
赤風熱と呼ばれる風土病らしい。
といってもプライムオーク族以外に住んでいないこの地では人族や獣人族、他の妖精族が罹るかはわからない。
だが体の中に瘴気が一定以上入り込んで定在してしまい精霊のバランスが崩れて追い出される状態では、種族がどうあろうと危ないだろう。
(精霊が抜けて危ないのか・・・ん?ひょっとして・・・)
「丁度ここに居たのか、ガメオ」
声を掛けてきたのはフロスギンだった。
ガメオ同様にフォベルクに付いてきていたチャンカが反応した。
「な、何で兄様がこんな奴を探すのですか!」
「チャンカも居たか。ああ、病に伏せる幼子の事でガメオに頼みがあるんだ・・・あの、強い祝福が掛かった果実を譲ってほしい」
「祝福の・・・ああ、あのモリナシ。オレも丁度・・・」
そうガメオが言いかけたが、返事を待たずにフロスギンは勢いよく頭を下げてしまった。
「頼む!あれ程の物、どれだけ貴重なのかは一目で分かっているつもりだ!だがそれを食べさせれば、必ずやエンリは助かるんだ!返せるものは何だって返す、だからこの通り・・・!」
「わーーストップストップ!違う騒ぎになるから頭上げてフロスギン!」
「何でこんな奴に、あ・・・頭なんか下げてるの兄様!?」
「あれはドライアドに山ほど分けてもらったのが何か変化したもんだからオレにはそんな貴重でもないって言ったよね?むしろ部外者の立場からどうやって食わせようかって考えてたところだよ」
ひとまず物陰に引っ込んだところで、ガメオは自分もあのモリナシが有効なんじゃないかと思いついたことを話した。
モリナシでさえあれば別にドライアドに貰った物でなくても、店で買った萎びかけた物でもザアレの≪収納≫で同様の変化が見られる事は確認していて、ガメオは不思議さは感じても貴重さは全く感じていないのだった。
「む・・・そうなのか。いや済まない、少し焦り過ぎた。私が居れば問題ないだろうが、そもそもあの大いなる力を秘めた実を見せれば断る者もいないだろう」
「ちょっと何の話してるの!?」
「待っててくれ、スプーにポーチを持って来させるから」
少しの時間の後、元の巨体でもうり坊でもない通常の猪の成体位のサイズになったスプーがトテトテと歩いて来た。
その背中にはポーチとスプーが乗っていて、一緒にゾオレも飛んできた。
ザアレを通してゾオレとも紲を繋いでいるので、簡単な合図なら念信で可能になっている。
『命が消えそうな気配があるね。使うんだよね?』
「ああ、頼む」
ゾオレがポーチの中に上半身を突っ込み、再び出て来た時には小さな体には一抱えになってしまう巨大な果実が抱かれていた。
「え・・・何、その・・・!?」
『今すぐに食べさせてあげて。すりおろせるならそれがいいけど、なるべく細かくね』
「それなら問題はない。・・・感謝する」
モリナシを受け取り、再び頭を下げてフロスギンは走っていった。
その後ろ姿を見送ったあたりで、チャンカが物凄い形相と握力でガメオの両肩を掴みガクガクとゆすった。
「ちょっと!何なのよ!何なのあの物凄いパワーの籠ったの!モリナシ?嘘つくな、たまにホビットの行商人が持ってくるモリナシあるけどあんなじゃないわよー!」
人の話を聞かない奴のパターンを、ガメオはまた一つ学習した。




