8. 妖精の粉 - 魔剣の力と双つの光
『お前が本格的に覚えるのにはチョイと掛かりそうだから、繋ぎ代わりに素人でも度胸があればできる剣を取り敢えず教えておくわ。まあ剣術っつーより、――ケンカ剣法だな』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
冒険者としての経験があるランツェは、才能がないガメオでもひとまずは使える技術のような物でも詳しく知っていた。
ガメオが教わった事は本当に単純だ。
先手を取り、思いっきり踏み込み、鍔で殴るぐらいのつもりで斬る。
「っづえあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
全力ダッシュからの魔剣での一撃はオークの棍棒で防がれたものの、怯ませるには十分だった。
大量の妖精の粉で死の淵から蘇った影響で、既にガメオの腕力脚力は働き盛りの大人の男ぐらいはある。
ただ体格と体重が足りず、よろめかせるまでには至らない。
ランツェから習ったケンカ剣法は体格が同じ程度、または勝ってる時に威力を発揮しやすいもので、やはり対人戦に向いたものでしかない。
そして鈍重そうに見られがちなオークという魔物は案山子でもなければ見た目ほど鈍くもなく、手の棍棒を振るって反撃した。
風圧に頬を叩かれながらガメオは跳んで下がり、壁を蹴って再び剣で斬りかかった。
と言うか殴りかかった。
少し前の自分であれば出来ない程の動きで、殺人モンスターの代表の一種であるオークを翻弄出来ている。
不思議なことに手にしている魔剣も一振りごとに手に馴染んでいる気がする。
・・・どう贔屓目に見ても魔剣としての刃の鋭さなどを有効活用出来ている戦い方とは言えないが、オークの体に幾らか傷を刻むのに成功しているのは確かだ。
いける!と思ったその時、ガメオの膝はその主の闘志に反してガクンと落ちた。
命の掛かった戦いと言うのは、短時間でも急激に体力と精神力を削る。
慣れていなければそんな加減も分かるものではない。
ましてや、当たれば即死不可避の棍棒を掻い潜りながら飛んだり跳ねたり、そんな無茶がいつまでも続くわけはないのだ。
『ウガアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!!!!』
必倒の隙を見逃さなかったオークは渾身の力を込めて、小さく鬱陶しい敵を確実に砕くべく、棍棒を振り上げた。
以前ここでゴブリンに襲われた時よりもずっと確かに、ガメオは死を意識した。
(あっやべぇ)死の迫る瞬間、人は全てがスローモーションになって見える。
そのスローの世界の中で心が折れかけた時、少年は今までの戦いで気が付かなかった、決して許しがたいものを見てしまった。
オークの棍棒を持っていない側の指に巻かれた、青い物。
何で。
何でてめーが。
てめーみてーな薄汚ねークソッタレ豚が。
シィタのブレスレットを着けてるんだよォーーーー!!!!!!!
そして、時はスローモーションを通り越して完全に止まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ガメオは手に持った魔剣からの言葉にならない言葉を受け取り、この止まった時が剣に秘められた力だと言う事を理解した。
≪これは所有者の魔力ではなく、今までに吸った生命力を使い発現される能力≫
≪今まで魔剣で命を奪った相手は小鬼一匹、当然大した時間は止められない≫
≪止められる残り時間は感覚でわかる≫
≪この力で止まる時間の中、動かせるのは魔剣所有者の心と魂のみ≫
≪敵も動けず、同時に自分自身も指一本、目線、呼吸すら出来ない≫
≪止まった時間の中で出来る事は考え、次の行動に備える事のみ≫
どうやらこの魔剣は凄い火が出るとか、そういうのじゃない。
地味だな。
地味な力だ。
そして、最高だ。
あのクソ豚をブチ殺す方法を考える時間が欲しかったところだ。
膝の力の抜け方に逆らわず横に転がれば、次の一撃は避けられる。
だがザアレと奴の間を遮るものが無くなる、駄目だ。
と言うかそんな器用な真似をしてどうする。
突っ込め。
棍棒が来るより早く突っ込めば、豚は隙だらけだ。
足に力が入らない?
知らん、力を入れろ。
全力だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「イイイイイヤアアアアーーーーーーーーッッ!!!!!」
時の流れが戻った刹那。
ガメオの叫びと共に、魔剣はオークの口から後頭部までを貫いていた。
後から「狙って出来れば取り敢えず半人前」と言われた、「思わず」の跳躍のような踏み込みからの必殺の突きだ。
一人と一匹はズシンと言う音とともに倒れ込み、転がったガメオが勢いのまま立ち上がろうとすると脚が雷に打たれたような激痛が走った。
無茶の代償は小さくないが、どうにか堪えて魔剣と、指の青石のブレスレットを引き抜いて回収した。
「返せコノヤロー!」と叫ぶのは痛みを誤魔化す意味もあった。
そして周囲を確認する余裕が戻ってくると、目に入った光景は最悪の状況に近かった。
ヴギルと戦うオウガはいつの間にか二匹に増えて複数のゴブリンまでおり、流石のヴギルも難渋していた。
ピアルザとセバーは次々に追加されるオークに苦戦、敵を分断したはずが魔物が増えたせいでこっちが分断されている。
さらに周りを見渡すとさっきまでは無かったゴブリンやオークらしい影がいくつも動いていた。
『ガメオ、気配を探っていたけどあの家には絶対あたしの鱗粉がある。―――あたしを連れて行って、そうすれば何とかなる』
普段の様子からは信じられないぐらい真剣な表情のザアレ。
ガメオは一度だけ尋ねた。
「何とかなるんだな?」
ザアレは頷く。
しかしザアレの鱗粉があるガメオの生家に近付こうにも、棍棒などで武装した鬼だらけの中を突っ切る事になる。
とは言え、待っていても状況はほぼ確実に悪くしかならない。
せめて何か隙が出来れば―――とガメオが考えたその時だった。
空が、光輝いた。
王都がある方向の空に、金色の光の柱が生まれていた。
勇者を選び聖剣を与える「選定の儀」で唯一本の真の聖剣から放たれた光が天を貫き、神聖王国全土を照らした事など、当然ガメオ達は知らない。
重要なのはその光が、魔物たちにとって極めて有害な物だったと言う事だ。
あたり一帯がオークやゴブリンたちの苦しみの叫びに包まれ、どいつもこいつも肌からジュウジュウと音を上げ煙を噴きながらのたうち回っていた。
直接見た場合危険性が増すのか、顔を抑えているものが多い。
オウガでさえもうずくまり、その間に一匹がヴギルに首を刎ねられた。
そしてこの光はどうやら妖精にも人間にも有害ではない。
「走れ!」
1秒か2秒の驚き呆然とした時間を断ち切り、ガメオがザアレの手を取り二人揃って走り出した。
どうもガメオはへろへろの足で全力疾走させられる運命にあるらしい。
家の瓦礫には、幸運なことに大人は無理でも子供なら何とか入れる程度の大きさの隙間があるのは既に確認していた。
辿り着いた時には強く、神聖だがどこか冷たく怖い空の黄金の光は収まりかけており、オークの中には煙を上げながらも立ち上がるものが出てきた。
瓦礫の穴をガメオとザアレがくぐると、地下の倉に下りる階段の蓋があった。
ゴブリンの襲撃で村ごと焼かれる中でも偶然無事だったようだ。
地下は当然灯り一つ無い真っ暗闇だが、ザアレが懐から取り出した石が温かな光を出して室内を照らした。
ザアレが迷わず倉の隅にある小さな箱を開けると、小瓶と共に多くの花びらが入っていた。
ガメオも見覚えのある小瓶の中には間違いなくザアレの鱗粉が入っており、花びらはそれを包む袋としてザアレが使ったものだった。
萎れたり枯れたりしていないのは妖精の力を受けた影響だろうか。
『お姉さんのモリナシのパイ―――本当にさ、美味しかったよ』
そう呟くザアレの表情は、ガメオには見えなかった。
村の廃墟の天蓋になるかのように、虹色の光がその家を中心に発生した。
ピアルザとセバーは顔を見合わせるとオークを蹴飛ばし、ヴギルは剣の柄頭でオウガを殴りつけて虹色の光の発生源に駆け寄った。
ザアレはガメオと手を繋ぎ、翅を広げてゆっくりと下りてきた。
「すげぇ・・・どうなってんだ、これ」
『ああガメオは知らなかったか、ヴギルの娘ザアレは小さな妖精郷を一時的に作り出せるほどの指折りの力の持ち主だ』
あたりに溢れかけていた魔物たちは虹色の光の下で寝転んだり、ぼーっと虚空を眺めたり、犬猫のように四つん這いになってその場でグルグル回ったりと一匹の例外なく奇行に走っていた。
招かれずに妖精郷に入り込んだものは正気を失った状態でいつの間にか領域の外に叩き出されると、ガメオは以前聞いた事をセバーの返答で思い出した。
『さあ、みんな帰ろっか!』
いつも通りの天真爛漫な笑みを浮かべ、ザアレは言った。
だがしかし。
「あの・・・ザアレさん?そろそろおれの事下ろしてくれても」
ガメオの体がザアレの魔法でいつまでもフワフワ浮かされっぱなしな事について物凄く弱目な言い方で抗議した、が。
『だ~め!ガメオはあたしが危ない事したらいつも怒るでしょ?だから、あたしもガメオが危ない事したら怒ってもいいよね』
天真爛漫に悪戯さを加えた笑顔でこう返されただけだった。
違いねえ、と笑い声をあげたのはピアルザだった。
ヴギルも珍しく口元を緩ませていたようだ。
丸ごとニフラム→ムムムムーンサイドドドドド
哀れ鬼族。
魔剣覚醒回なのに魔剣が地味だった。
あ、シィタのブレスレットは紐ブレスレットってやつです。