76. 名も知らぬ共闘
彼等がもしカバと言う動物を知っているなら、その魔物の頭の形からすぐに想像した事だろう。
但し遥かな土地の魔物でもない野生動物についての知識を持つのは学者か好事家ぐらいのもので、仮に知っていたとしても沼に棲む強大なバケモノから「ベヘモス」の名に辿り着く方が早いだろう。
そのベヘモスにしても本来、四肢と共にグロテスクな触手など生やしては居ないのだが。
「まだ近づくなよ!≪雷弾槍≫!」
ワイルドな冒険者の男が、魔石の埋まった指輪を発動体として魔法の雷を棒状にして手に集め、ジャベリンの様に鋭く投げつけた。
バリバリと火花と煙が上がり嫌がっているのは見て分かるものの、巨体ゆえかあまり効いていない様子に舌打ちが為された。
しかし余りにも鮮やかな剣筋を見せたにも拘らず、このチャチな発動体なのにこの速度でこの威力の魔法を放つと言うのはベヘモスなのか何なのか良く分からない魔物のみならず、共闘者達を驚かせるにも十分だった。
剣だけでもガメオの見立てでは聖剣の勇者の一人シグナムに匹敵、あるいは凌駕する物があったのに加えて、この本職の魔法使い以上に優れた魔法の力である。
驚きながらも、敵に出来た隙は見逃されない。
低い背を何やらゴチャゴチャした全身鎧で固めた人物が思いきり巨大なハンマーを振ると、全体に比べてもやや大きな先端のトゲ状の部分が外れて飛んでいった。
それと繋がった鎖がジャラララと凄まじい勢いで伸びるが、ハンマー本体に収まる体積ではなく魔法的な仕組みがあるのだろう。
「フン!」と気合の声とともに振り下ろされると、魔物の肩口にインパクトする瞬間に鎖全体に魔力が走り一本の固まった棒となった。
硬化した鎖の線は衝撃をどこにも逃さず、轟音とともに魔物は沼に一段めり込んだ。
ハンマー(?)の珍しい機構もさることながら、なんとも人間離れした膂力である。
鎖の固まった瞬間を捉え、足場にして身軽にも程がある体捌きで人影が跳躍した。
人とも妖精とも獣人ともつかぬその男はあっという間に魔物の首元に取りつくと、まるで小さな旋風が縦横に飛び回るかのように左手の鉤爪と右手の斧をアクロバティックに振るいまくった。
装甲のような表皮に大量の傷を付けられた魔物は首を振り回し苦悶の唸りを上げた。
その時、ガメオが既に魔剣を使って観ていた魔物の動きの前兆を察知して警句を放った。
「背中にいるな、毒だ!」
男は一瞬はっとして、次の瞬間には立っていた場所が魔物の背中から勢いよく噴射された毒々しい何かに覆い尽くされていた。
そして、男は素早い跳躍によって既に地上に降りていた。
だが魔物の攻撃は終わらない。
同じくガメオが「横に跳べ!」と叫んだ瞬間、大きく開いた口から真っ黒な液体が球状に固まって放たれた。
どうしても反応の遅い鎧の人物は、ガメオの声が無ければ土をジュウジュウと鳴らし凄まじい悪臭を放つ液体の飛沫が少しかかる程度では済まなかったろう。
更に追撃を加えるべく、魔物の巨体が沼から乗り出した。
魔物と言うのは巨大な場合でもそのサイズ通り鈍いと言う事は必ずしも言えないが、この時のスピードはそれを鑑みてもなお恐ろしいものがあった。
漸く姿を見せた右の前足が、良く鍛えられた格闘家の拳の様に鋭くガメオに迫った。
この狙いは敵集団の司令塔あるいは軍師的な存在を判断する知能か、生存本能か、それともまったくの偶然か。
いずれにせよ、刹那の後には爪の付いた巨大な手が切断面を晒して宙を舞った事でその目的は達成されなかった。
魔剣の刀身より太い魔物の手首は左右二方向からの連撃、と言うよりほぼ同時の斬撃で切り離されていたのだ。
ガメオが呼び出したのは、ヴギルの剣技だった。
腕輪の鎧の特性が変化してダメージや負荷を肩代りするようになった事で、大きすぎる技量差から来る反動を無視して、隙を作らず強力なヴギルの技を使えるようになったのだ。
僅かに軋んで皹の入った白銀の鎧は、すぐに修復された。
この超越者じみた剣閃といい珍しすぎる魔物の攻撃方法を知っていた事といい、共闘者たちのガメオへの驚愕も大きなものがあった。
怒り狂った魔物が、景色が陽炎で歪む程の瘴気を滾らせた。
(コイツ、あの時の飛竜よりも強え!一人だったら厳しいってレベルじゃねえ・・・だが!)
(何の因果か今日この時、この場に集いしは吾輩に匹敵する強者達!)
(これぞ世界樹の差配か・・・呪沼の囚獣よ、お前の宿命を今ここで・・・)
(・・・終わらせる!)
向こうの山まで震わせそうな咆哮とともに、魔物は気色悪い色合いの触手を一斉に展開して敵に襲い掛からせた。
狙いは絡めとって動きを封じる事なのは明らかで、それさえしてしまえば丘の様な巨体で押し潰す事も纏めて毒を浴びせるのも自由自在だ・・・しかし。
「この気味の悪い触手は任せろ!ウオオオオオオオ!」
目視も困難な速度で種族不明の男が駆け回って、視界一杯から迫る触手が次々に小間切れになっていき共闘者達には届かなかった。
冒険者風の男と、鎖の先のトゲがほぼ同時に飛んだ。
先に届いたのはトゲ付き鎖の方で、破れかぶれにさっきの毒液を吐こうとしていたのか開きかけていた魔物の口をグルグル巻きにしてしまった。
トゲ部分自体にフック機構があり、この状態で鎖を完全にロックした。
大抵の動物において顎の咬合力は全身で最も強い一方、開く力と言うのはそれほどでもない。
しかしそれを振り解こうと暴れる力は巨体から察する通り。
だというのに、小柄な全身鎧はハンマーより延びた鎖を体の後ろに回し完全にそれを制していた。
「≪大加重≫の掛かった吾輩、容易く振り回せると思うなよ!」
自らを極限まで重くするという狂的な魔法の使い方によりすでにその膝位まで地面に埋まっており、尚もメリメリと音を立てていた。
『怪力』と言う言葉を使った事がない人物も、この姿を見たなら思わず頭に思い浮かべてしまう事だろう。
丁度そのタイミングで、風魔法を足場に駆け剛腕の一撃を空中で避けながら野性的な風貌の冒険者が魔物まで辿り着いた。
そして首を半周したところで剣を振ると「ズバン」という破裂音のような音と共に、凄まじい硬度を誇る装甲の様な皮膚が大きく、深々と裂け中の肉が見えた。
「新必殺技エアスラッシュだ、見たかこの野郎!」
余人にはただの魔法を加えた斬撃に見えたが、そんな単純なものではない。
彼は以前、ある強大な敵にほとんど有効打を与えられなかった自分の攻撃力不足を痛感させられる事件があった。
それを補うために編み出したのがこの技だ。
得意技術である魔法の遅延発動により限界近くまで魔力を込めた≪大風刃≫をセットし、それに寸分違わず完璧に合わせた斬撃を放つと言うものだ。
最下級攻撃魔法の≪風刃≫を軽く改良しただけの≪大風刃≫ではあるが、最高の一撃を合わせるのには彼であっても相当な訓練が必要で、その甲斐あってこの『エアスラッシュ』と名付けた剣技はそれまでと次元の違う切断力となった。
鎖に引っ張られ傷口は大きく開いた。
しかし致命傷にはまだ足りない。
その時、最後の一手が漸く動いた。
≪身体強化≫の発動の印である漏れ出すような魔力の光を纏い、ガメオが大地を蹴って飛翔した。
あどけない少年が発する常軌を逸した殺気にそれ以外の一同は体温が下がるような錯覚を覚え、中でも冒険者風の男は「あの光は・・・まさか!」と、魔物から飛び退きながら呟いた。
ガメオは身体強化を物にすべく今まで色々訓練してきて、集中して抑えて使えばどうにか使えるかも知れないレベルにはなってきた。
中でも、身体強化発動状態なら普通に剣を振るより遥かに使える技がある。
飛竜の幻影を身に降ろしての突進攻撃だ。
技を借りながらの身体強化は制御可能な範囲を超えてしまい実質使えないにも拘らず、何故かこれだけは当たり前のように使えたのだ。
その魔物は、自身が存在する生存圏においては常に絶対者だった。
自分以外の全ての動くものは取るに足りない羽虫でなければ餌であり、故に恐怖と言う概念を知らずに生きてきた。
宙を弾丸のように駆けてくるそれに対し自身が抱く謎の感情が「恐怖」であると、最後まで気付く事は無かった。
白銀の飛礫が命中した魔物の首は、文字通り爆散した。
これにより先に斬られていた側の反対側が大きく抉れ、そこから鎖の張力によりあれ程に太かった首は完全に千切れて宙を舞った。
少年がさっき見せた鮮やかと言う言葉すら追いつかない剣とは真逆の、唯速度と力のみによって齎された純粋な暴力と破壊。
その少年はと言うと・・・自らの攻撃の運動エネルギーの残滓で空中を飛びながらなにやらバタバタしていた。
「ちゃ・・・着地の事考えてなかったーーーーー!」
「「「嘘だろお前!?」」」
しかし、少年は無事だった。
どこからともなく駆けてきた巨大な猪がクッションとなり、落下を受け止めたのだ。
兎に角この戦いは、終わった。




