75. 荒野にて
かなり空きましたが再開します
赤茶けた荒野、やや湿った一陣の温い風タンブルウィードを転がした。
地平線近い青空の隅の方には暗雲が広がりかけており、ゴロゴロと響く遠雷が乾いた大地への恵みの雨の到来を告げていた。
しかし巻き込まれる旅人には堪ったものではない。
旅人とは言っても、その一団の中で人間は一人だけだった。
残りは肩に乗るサイズの妖精、巨大なお化け猪、ピンクのスライム風の生き物という風変わりの一言では済まされない一行だった。
やがて天からの水滴がポツポツと届き始め、地面を激しく叩き始める前に幸運にも彼らは雨をしのげそうな岩陰を見つける事が出来た。
そこには倉庫なのか掘立小屋なのか分からない建物が地形を生かして作られており、朽ち果てかけているそれをありがたく使わせてもらう事にした。
『雨の前に見つけられてよかったね!アタシは魔法で平気だけど、それでも濡れちゃうのは気持ちよくないもんね』
「ムシロ水分補給ガ出来ルノハアリガタイ」
≪正直我も、雨を不快に感じる事は無いな。魔物の頃はそうでもなかったが、亜精霊と呼べるであろう在り様になった頃からは病や毒が効かなくなった≫
「・・・雨に打たれて風邪引くかもしれないのオレだけかよ」
とは言いつつも、幼い頃に妖精の粉を使い病気を治した影響で彼も普通の風邪と言うものを引いてしまう可能性は低い。
ざあざあと言う雨音を聞きながら、少年ガメオはショートソードの鞘を腰から外しその辺の床に置いて適当な場所に座った。
ピクシーのゾオレに飛竜かスライムか分からないモモ、≪変身≫の魔法でうり坊並みのサイズになった化け猪のスプーと種族的にバラエティ豊かの一言では済まない面々もそれに寄り添うように座り込んだ。
『あ、そォいや俺も風邪とか引かねェわ。悪いな相棒』
そう軽く語ったのは、鎧の腕輪に宿った人格であるデッキー。
これも仲間にカウントするとなると、ますます多彩さは過剰となる。
広大な神聖王国には人の目や開発の手もほぼ届かぬ地方が点在する。
瘴気が非常に溜まり易く頻繁に魔境化、ダンジョン化してしまう地域と言うのはどうしてもあり、開拓しようもないため王下直轄地として監視に留めておく管理方法が取られるのだ。
ガメオ達が居るのはそんな地域の荒野だ。
実のところこの風変わりな一行にはそこまで求めるべき目的と言う程のものがない。
ガメオ個人には故郷を滅ぼした魔王派への復讐と言う目的があると言えばあるが、実のところどこに行けばそいつらのアジトがあるか、次にどこで何をするつもりかなどが分かるわけではない。
なので目下、閉鎖されてしまった妖精郷へ再び入る道を探るため唯一道が開いていると言うエルフの森を目指して最短距離を突っ切っていた結果、この荒野に居るのだ。
こんな事ならエルフの元長であるディロラールの申し出を受け、里に入れるようにしてもらうべきだったかも知れない。
ポーチに掛かった≪収納≫内から規格外に巨大化した瑞々しいモリナシが一つ取り出され、ガメオはナイフで器用に人数と同じ四等分に切り分けた。
同時に他の果物も取り出されたが、ザアレの≪収納≫の効果で味も栄養も向上しているもののモリナシ程に劇的ではない・・・魔力や精霊まで増えるような現象となるとモリナシ特有だ。
≪収納≫は基本的に掛けた術者本人以外は新たに物を入れる事は出来ないが、ザアレの力で生み出されたゾオレは例外であり、それで色々試して分かった事だった。
(こんな荒地に種を植えて育つとは思えないけど・・・ま、穴掘って埋めるだけだし念のためやっとこう)と、大量のモリナシを種ごとドライアドから託されたガメオは白い果肉にかぶりつきながら考えた。
『――――――あ、あー、―――やっと繋がったよガメオー!』
「相変わらず元気そうだな、ザアレ」
空中に浮かんだ幻影の中で、ザアレが笑顔いっぱいに頷いた。
ザアレとゾオレは時空を超えて魔力と精霊を共有していて、その交換を通じた意思の疎通と感覚の共有はいつでも出来ている。
しかし妖精郷のザアレがガメオと直接会話するための魔法の幻影は、モリナシを食べた直後などゾオレ側の魔力に若干以上の余裕が必要で、更に通信の通りのいい時と悪い時というのもある。
また必ずしもタイミングが合う訳でもなく、この時間はお互いにとって貴重なものだった。
他愛ない話は尽きないが、時間は無限ではない。
「この荒野を抜けたらエルフの領域のはずだ。すぐに行くからな、ザアレ」
『―――うん、楽しみだね』
その時のザアレの答え方に妙に元気がないのがガメオは気になったが、通信の限界はそこまでだった。
まあ何にせよ行かない事には何も分からないし始まらない。
気が付くと、既に雨は止んでいた。
不意に、強大な魔物の気配がした。
ザアレとの紲が意識され妖精の眼を借りられるようになって以降、それまでも鋭く鍛えられてきたガメオの勘に魔力的感覚もプラスされていた。
今まで出会った事がない種類、なおかつ強い存在と言う程度の情報なら直接対峙するまでもなく分かる。
そして、戦いに向けた気配を持つ存在もいくつか察知された。
「モモ、魔剣を」
ゾオレのサイズでは飛びながら大振りの魔剣を≪収納≫に出し入れするのに苦労するため、妖精以上に空間魔法に優れているモモに持たせている。
その空間は口を開いた中に広がっているため、手を突っ込んで剣を引っ張り出す様子の見た目はなかなかにシュールだ。
ガメオは小屋を飛び出して気配のする方向に駆け出し、一行もそれに続いた。
討伐依頼もない、こっちに襲ってくる可能性も低い魔物に自分から挑みかかるというのは本来なら愚挙の類である。
しかし斬った相手の情報を蓄え、練習相手にも自らの技としても使えるガメオの魔剣の特性上、初見の魔物と言うのはそれだけで財宝みたいなものだ。
無理そうなら逃げてもいいのだし、その場合でも掠り傷一つ負わせられたならある程度の情報は取れるのだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
雨水に侵食されてごつごつした岩場が窪地を作っていた。
中央にかけて地面が湿り気の多い土になっていき、真ん中では完全に泥になっていた。
全体的に乾いており雨水は池や川になるか、すぐ地中に浸み込んでしまうこのあたりの地質とは明らかに違う。
そしてあれはただの泥ではない。
ボコボコと鈍く泡が立ち、同時に濃厚な瘴気も立ち昇っていたのだ。
もともと魔境なので環境自体に瘴気はあるが、あの瘴気の濃さは狼の魔族の纏っていたものにも匹敵していた。
そして泥の下には、大きな魔物の気配。
流石にリスキーすぎる・・・諦めるか?
・・・いや、もう遅い。
十分に距離を取っていて岩陰で気配も物音も消しているのに、捕捉された。
殺気がこちらに向いている。
気配の強さだけで判断は出来た。
深緑の谷で共に戦ったような仲間達でもいれば話は別だが、一人じゃ撃破は無理だ。
そもそもあの時の彼等は派遣されてきた勇者だったり正体不明の超人だったりしたのでそのレベルを当てにするのは間違っているが。
プランは決まった。
体の一部が出たところに竜の突進を全速力で一撃当てて、そのまま速度を緩めず向こう側に離脱だ。
ゾオレたちを置いてけぼりにする心配はない。
胸の青石のネックレスがあれば、それを目印兼ブースターとして1km先からでもガメオの元に一瞬で全員時空魔法で飛んで来れるだからだ。
泡が弾けるのに続いた大きな水音とともに真っ白な湯気が上がり、頭部と思しきシルエットが地上に露出した。
デッキーの魔力変換で腕輪から白銀の鎧を呼び出しつつ、ガメオは放たれた矢のような速度で飛び出した。
すると全く同じタイミングで、岩陰や岩の上から別の人影も飛び出した。
特に意匠のないシンプルな盾と剣を携えた、ワイルドな風貌の冒険者の男。
背の低い体躯をゴーレムじみた装甲で覆い、機械っぽい巨大な槌を持つ人物。
妖精とも獣人とも人とも違う見た事もない種族の、斧と鉤爪の男。
思わずガメオは(何だこいつら)と思ったが、向こうもガメオを含む自分以外の全員について全く同じことを一瞬で思っていた。
現在のガメオにしても魔剣を携え、光る線の走る訳の分からない素材の白銀の鎧に身を包んだ只事ではない格好なのである。
そんな事より問題は敵か、味方か。
魔物の姿が見えた。
頭部は毛が少なく、馬か牛を横に広くしたような見た目をしていた。
しかしその口は咆哮とともに異常に大きく開き、成人男性の背丈の倍以上の大きさがある暗黒への入り口を作り出した。
それとは別に泥の中から蛇の様な何かが数本飛び出した。
鎧の様な表皮が節になっているが、それは触手だろうか。
飛び出したままの勢いの四人は、それぞれに向かう触手を切り裂き、叩き切り、叩き潰し本体へと殺到した。
少なくとも今は・・・味方だ!




