72. 宮廷魔術師タウルキアス
薄汚いドアが蹴破られ、室内に光が入ると同時に大勢の男たちがなだれ込んだ。
警備兵用の制式装備で固めた彼らが部屋の中に見たのは、身を寄せ合う何人かの浮浪者たちだけだった。
少し前まで何らかの集会に使われていたような形跡こそある物の、完全に放棄されているのが見て分かる状態だった。
「クソッ、ここも外れか!」
結果的に王都が飛竜に襲われる実行犯となった卵泥棒の男、それが牢屋から忽然と消え去ったその日のうちに王都内で行われた、魔王派のアジトとして以前から目星を付けられていた十ヶ所以上への一斉立ち入り。
しかし既に魔王派は全ての拠点を引き払っており、後から入った手配中の盗賊団がたまたま見つかったためにちょっとした捕り物があった程度で終わった。
魔王の瘴気の痕跡を敢えて残し、匂わせる事で魔術的探知の類も攪乱すると言う誰の手引きか分からない多少とは言え手の込んだ手段により、魔王派の捕捉は完全にロストしてしまった形となる。
人材の層的にはそこまで優れていないとされる魔王派とは思えない鮮やかな退き方も驚くべきだが、魔術犯罪やその気配に対して宮廷魔術師よりも強い勇者二人が居なくなったタイミングなのは偶然か否か。
この問題に対する議論は、やはりガルデルダにとっては愉快な流れにはならなかった。
あれだけの兵を動かしたのに結果としてコソドロが少し捕まっただけと言う結果は国家の威厳に傷が付く、それをどう取り繕うかと言うのが最終的にその主題になってしまったのだ。
取り敢えずは以前から不正を敢えて見逃していた一部大商会の罪を裁くためにその商会の一部幹部を引っ立てる、と言う形に対外的には示す事で決着がついた。
その大商会自体が揺るがぬ程度に配慮はしながら。
(相変わらず保身の為なら頭がよく回る連中が多い)と言う考えの発露を、ガルデルダは多少眉を顰める程度のアクションに抑えた。
或いは、支配者階級を含む国民たちの保身、言葉を飾るなら安定への希求を護るのがそもそも国と言う物の存在意義なのだからそれはそれで正しいのだろう。
だがこの国は、神聖王国なのだ。
神の使命を得た勇者と共に魔王に立ち向かうが為に在るこの国は、ある意味において真っ当な国であってはならないのだ。
(・・・いや、それを今の王に継承させなかったのは儂自身だな)
自分自身の手で、とは言わずともこの代で全てに決着をつけ、どんな形にせよ普通の国となった神聖王国を未来に残す・・・それでいいではないか。
自らの意思で凄絶な生き方を選んだために実年齢に比べ白髪の目立つ頭を軽く横に振り、ガルデルダは自分にとって実の無くなった会議の席を立った。
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「これはこれは、栄光ある我らが勇者アルテア殿ではないですか」
王城内の通路で、一人の人物がアルテアに声を掛けた。
声のトーンと表情にに明らかに嘲り、挑発の類が入っているその発した主は、宮廷魔術師の一角にして聖角魔法騎士団を預かるタウルキアスという青年だった。
聖角魔法騎士団は団長以下全員が王立魔法学校を優秀な成績で卒業した貴族の子弟で構成されており、まさにエリート中のエリートと言っても過言ではない。
そんなタウルキアスは以前からアルテアに対し当たりが強く、直属の部下たちもその度合いはともかく同じような考えを持っているのは有名であった。
顔の造形自体は悪くないのだが、悪意を持って嫌味が9割を占める言葉を垂れ流す現在のその表情は見る者にとって気持ちのいいものではなかった。
「・・・何か御用でしょうか、タウルキアス殿」
「いやなに、その名誉に傷が付いてしまった事を心配して差し上げているのですよ」
流石にここまで露骨な皮肉を言われるとアルテアも面食らってしまうものだが、自業自得に巻き込んでしまった人が命の恩人となり、しかもその人物が追放となったのは言い逃れようもない事実なので反論はしなかった。
しかし、続いての言葉にまでは黙ってはいられなかった。
「これでは貴殿を庇って去ったゼタニス殿も浮かばれぬというもの。まあ、元々素性の怪しい冒険者では聖剣を預かるに相応しい人物では無かったのかも知れませんが」
その時、タウルキアスは明らかに隠しようのない怒気を立ち昇らせているアルテアの様子に気付いた。
僅かに気圧されながらも(掛かった、あの者の言う通りだ!)と内心でほくそ笑むタウルキアスはさらに言葉を繋いだ。
「時にアルテア殿、やはり現在は訓練相手に不自由しているように見受けられますね。一手どうでしょうか?」
大切な人に次々に去られ、魔族イプロディカに止めを刺した魔王と戦う大きな戦力となったであろう顔も知らない冒険者を目の前でみすみす失い、また自分の手で決着を付けられなかったなど色々な事が重なっていたアルテアは、有体に言えば鬱憤が溜まっていた。
そこに来て事情を知っているうえでの恩人への侮辱を吐いた眼前の人物。
多少暴れてもいい気分にはなっていた。
「・・・いいでしょう。私も魔法を使う敵を同時に多数相手取る戦術を試したいと思っていた所ですからね」
今度はその言葉にタウルキアスが顔を引き攣らせた。
「まるで・・・一人一人が銅勇者に相当する我が騎士団を丸ごと相手取るかのように聞こえましたが、気のせいですかな?」
「文献によれば、魔族には個として強大なものもあれば多数の眷属を従える集団戦を得意としたものもあったそうです。お互いに利のある訓練になると思いますが?」
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王都から少し離れた場所には、魔法の試し打ちなどの試験場として使われている開けた平原がある。
あちこちにクレーター跡があり、また魔力が常に大きく乱されている影響で広い面積に渡って草木も生えない荒野と化していた。
魔法使いの軍団同士の実戦形式の訓練の場としても利用される。
タウルキアスは後ろに聖角魔法騎士団を50人従えながら、顔に出ない程度に内心でほくそ笑んでいた。
アルテアと訓練でも戦う機会と言うのは、今まで得られなかった。
無論、通常であれば例え戦っても勝ち目はない。
だが向こうは命さえも危うかった状態からの漸くの病み上がり、一方こちらは仮にアルテアと戦うならばどうすれば良いかを研究してきた。
基本的に「一対一ならどうするか」ではあったが、念の為自分の騎士団を率いて全員でかかるならどうかと言うのにも少なくない時間を費やした。
・・・今なら、勝てる!
いや、今でなければ勝てない!
タウルキアスがアルテアに粘着するのには訳がある。
まず単純に気に入らないと言うのがある。
彼は、聖剣の勇者の一人として選ばれるのは自分だと思っていた。
若くして宮廷魔術師の地位を得、騎士団まで持つに至った彼の実力は確かに相当なものがあると言っていい。
しかし、自負に対して釣り合ってはいなかった。
アルテアが神に選ばれた唯一の勇者であると言う真実を知らされていないのがその証左だ。
故に、自分を差し置き若くして、と言うより幼くして聖剣を抜いたアルテアに一泡吹かせなければ気が済まないと言うのがある。
もう一つが、その反発心とは別にアルテアこそが最も高い確率で魔王を倒し得る存在であると強く信じている事だ。
訓練とは言え「魔王を倒した勇者にかつて土を付けた事がある」と言う実績が仮にあれば、それは山奥に入って危険な人食い竜を退治した以上の名声となるだろう。
家や部下達を含め戦後の立場や利益まで睨んだ考えは、良くも悪くも貴族らしいと言える。
また魔族との戦いに備え強大な個との戦いを体験して置くべきと言うのも確かに認めざるを得ない。
おそらくアルテアは、飛竜と戦った時点の程度まで強さを取り戻しているだろう。
そのレベルであれば一対一で勝てる。
アルテアをその強さで想定し、勝つ方法を研究してきた。
騎士団を率いていいのならばさらに確実だ。
時が来た。
立会人の騎士が開始を告げた。
「・・・いつでもどうぞ」
「後悔するなよ、アルテアアアアアアアアアア!」
高貴な生まれの仮面を脱ぎ捨てたタウルキアスが、吠えた。
この世界観ではニヤニヤ嫌味系ヘイト悪役も筋肉式解決法を最も重視しています(趣味)




