70. 白銀狼牙
斧槍の先端が、唸りを上げずにガメオの眼前を通り過ぎた。
振るわれる武器の先からただ鋭く風を切る音だけが発せられるのは、十分な技術をもってしての一撃である事を雄弁に語っていた。
材質は不明だが、間違いなく現在使われている石畳などよりは頑丈な床を切っ先が綺麗に切り裂き、その勢いのまま今度は石突がガメオを押し潰すような軌道で飛んできた。
低空を飛ぶように転がってガメオは退避した。
このゴーレムは、強い。
肉体的能力はオウガよりも上で、上位種が居たらこの位だろうというレベルだ。
しかし鬼種のモンスターと言うのは、基本的に武器術を洗練させるという発想を持たない。
このゴーレムの武器の振るい方や身のこなしは、間違いなく正式な訓練を受けた手練れに匹敵する技術を持っている事を示していた。
それに加えてボディの頑丈さ、さらに古代の戦闘用ゴーレムは標準装備なのか目からの熱線もある。
赤い閃光が床を焼き、ガメオはビッグラットの動きで接近、空いた方の手によるハンマースコーピオンのハサミによるパンチを再現した拳で敢えて盾の上から殴りつけた。
だが駄目だ、僅かに角度を付けられて衝撃が逸らされた。
次いでシグナムの超一流の剣技を借りた連撃は流石に防御をかいくぐり、その堅牢な装甲に目視可能な大きさの傷をつけた。
しかしそれでもダメージらしいダメージには程遠い。
斧槍横薙ぎからの振り下ろしを避けたところに連射される赤い光弾をさらに跳んで躱し、距離を取ったその時、ガメオは今まで試していなかったものを試そうと思い付いた。
謎の剣士Xが何度か使って見せた、身体能力が異常に強化されるらしい良く分からないアレだ。
あれで膂力のみならず、足腰なども纏めて強化すれば装甲に対して不足している剣の威力は十分に補える、そう思った。
一瞬の集中の後、魔剣を通して謎の剣士Xの幻影がその身に降ろされた。
どうやらそれは魔法を打ち消す術と同様内観魔力さえあれば使用可能なようで、魔法の使えないガメオでも使える術のようだ。
コピーされた方法の通りにとおりに内観魔力を練り、皮袋に水が満ちるように全身に張り巡らせ、動こうとした。
だが、ガメオはぞわりとした感覚に動けなかった。
このまま下手に動いたら自身のパワーに耐え切れず、全身が爆発するなり骨折するなりするのが瞬時に理解できてしまったからだ。
術を解くのが何とか間に合い、隙を見逃さぬゴーレムの正確な一撃を防いだガメオは全力ダッシュで遮蔽物の裏までどうにか逃げ込んだ。
やや粗くなった息を整え、糸口は全く見えないながらもガメオは考える事を止めなかった。
あのゴーレムの戦闘力は、単純比較するなら狼の魔族よりは劣っていた。
ゴーレムらしい体の頑丈さこそ多少勝っているものの、膂力でも各種戦闘技術でも遠距離攻撃でもアイツには譲る。
ただ、魔剣内に蓄えられたリソースである魔物の生命力が圧倒的に足りない。
あの時最後に使った全部乗せの一撃なら、ちゃんと当てさえすれば地面ごと真っ二つにもできる。
だが現在それだけのリソースはなく、そもそもそのまま使っても当たらない。
他にも停止時間内で試した飛竜の突進やヴギル、そして謎の剣士Xの技による据物斬りでは、威力的に有効打にはなっても止めには至らないのが分かっている。
さらに飛竜の突進はその技の性質、ヴギルと謎の剣士Xの剣はガメオ自身との術理の隔絶っぷりによりどうしても隙が出来てしまうのだ。
『なァ相棒、まだ試してないのがあるんじゃねェか?』
「・・・あの魔族の技か。おれには光線出したり出来ないんだけどな」
『物は試しってやつだ。それともう一つ朗報がある、俺は魔剣の中の生命力を魔力に変換する事が出来るみたいだ。つまり――』
「ザアレがいなくても鎧を呼び出せるのか。無いよりはマシだな、やってくれ」
腕輪の鎧の強度は呼び出し時に魔力を込めた者の魔力の強さに影響を受けるが、ザアレやディロラールによるとその時の消耗自体は殆ど無いようだ。
それ程の消耗も無いなら、例え布一枚分の防御力でも今は有難い。
『へっ、見て驚くんじゃねえぞ相棒!』
「・・・!?」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
突然の閃光には、今まで敵に確認できなかった魔力反応に加えて不明な力も確認された。
物陰から飛び出した敵が接近、防御及び反撃を実行、回避される。
敵の姿が変わっていた。
それまではありふれた皮革のプロテクターで要所を守った冒険者らしい軽装であったのが、同じく軽装の域は出ないものの鎧で守られる面積が若干増えて頭部を守るプロテクターも追加、そして鎧で覆われてない部分も含めた全身に魔力と不明な力の混じった光の線が走っていた。
装着型、あるいは纏装型の魔道具か。
ゴーレムは、脅威度の修正を検討した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『どォだ驚いたか!』
「あー驚いたよ、本当にチョットマシになった程度じゃねーか」
その鎧は、何故か漆黒ではなく白銀色になっていた。
意匠も変化しており、見た目だけではあるがどことなく目の前のゴーレムのような機械じみた印象がある。
しかし隙間なく全身を覆っていた状態に比べると如何にも心許ない。
全身鎧の状態でも魔法の鎧らしく動きを阻害しなかったので、現在の鎧の防御面積では純粋に下位互換にしか思えない。
だが、同時に試した狼魔族の技は悪くなかった。
いや実際の所素手が基本の技そのものは大して使いものにならなかったが、その感覚を借りた効果は相当なものがあった。
どこに、どのように攻撃を仕掛ければ的確な効果が得られるのか、本能が知っているかのように分かるのだ。
より正確には『嫌がらせの達人』としての能力とでも言うべきだろう。
対策を強い、ストレスを強い、賭けを強い、打開のための無茶を強いる。
どうすればそれが出来るか、手に取るように分かる。
・・・ゴーレムにストレスがあるかは不明だが。
(どれだけ性格が悪かったんだあの魔族)と思いながらも、ガメオにとってそれは拮抗するための生命線となった。
正直技は邪魔なので切って、感覚だけ残すことで魔剣の消耗も相当抑えられることが分かったのも収穫だ。
嫌がらせに徹しさえすれば、技は誰かから借りる必要もなく現在のガメオの素の剣技でも十分なのだ。
拮抗しながら打開点を何とか探る、それがガメオの取った方策だ。
だが、暫くの剣戟で粘ってもゴーレムを打ち破れる点は見えてこなかった。
ガメオの体力は人の域に収まるか怪しいレベルに達していたが、ゴーレムにはそもそも疲れと言う概念が無い。
先に限界が来たのはガメオだった。
膝の踏ん張りが怪しくなって来たその時、ゴーレムの盾に入った線が光を発した。
それを避けられない、と判断したガメオは時間を停止、魔法破りのために内観魔力を練った。
(・・・何だ、いつもよりスムーズに練れている?)
盾から発せられた電撃をもろに浴びるも、それに合わせた体内魔力のスパークで完全に防ぎ切った。
だが電撃に付随する痺れ自体は防ぎきれず、動けない瞬間が生じた。
その完全な隙を、ゴーレムの斧槍は見逃さない。
横殴りの柄の部分がガメオの小さな体を吹き飛ばした。
距離的に斧頭で叩き切るのは無理があったためだが、そもそも槍は戦場においては鈍器として使われる事の方が多く仕様通り十分な殺傷力のある攻撃である事には変わりない。
咄嗟に魔剣からランツェの防御術を呼び出したが衝撃を殺しきれないのが分かり、ガメオは左腕を犠牲にしていた。
固い物がへし折れる音が体内に響くと同時に激痛が走るのは、飛竜戦で味わったアレと同じだ。
ガメオの左腕は、確かに折れた。
しかし。
「・・・どういう事だよ、これは」
転がされた壁際で、ガメオは自分の左腕に痛みはある物の普通に無事であった事に驚いた。
代わりに左腕を覆っていた鎧の小手部分が受けた衝撃以上に無残に砕け散り、光の線がうねって魔剣内に溜められた魔物の生命力を消費して鎧を修復し始めていた。
「!そうか、これは・・・!」
『おうとも相棒。今の俺は、普通に防ぐだけじゃなく肉体の損傷をある程度肩代わりするのさ。そして食いもんがあれば無限に修復できる、スゲェだろ?』
自慢げなデッキーの声に素直に感心するガメオ。
確かに凄い。
加えて、多分だがこの鎧を装着していると魔力の制御がスムーズになる。
やっと光明が見えた。
しかし相変わらずぶっつけ本番ばかりだな、と思いながらガメオは立ち上がってゴーレムに向き直り、魔剣の力で一人の幻影を呼び出して自身に重ねた。
謎の剣士X。
しかし今はその剣技は使わない。
止めを刺そうと斧槍を振り回し、ゴーレムが突進してきた。
獅子頭の目から光線を出してこないのは、恐らく全て避けてやったので確実を期しているのだろう。
ガメオもまた剣を車に構え駆け出した。
全身から溢れるような光を発しながら。
魔剣が盾に触れるが、相手にはどうにかなる打撃力や技術が無い事をゴーレムは今までの戦闘で見切っていた。
体勢が崩れたところを突き殺す、それで終わりだ。
だが大型機と同じ高密度装甲を使ったはずの盾が、何の抵抗もなく切り裂かれているのをゴーレムの目は見た。
ゴーレムが記録できた映像は、そこで最後だった。
ゴーレムの躯体を両断した姿勢のまま、ガメオは暫く動かなかった。
残心ではなく、普通に動けない状態である。
やがて体から発していた光が収まると、全身に稲妻のような衝撃が走ると同時に鎧の全パーツが弾け飛んだ。
「・・・うまく・・・行った」
その場に倒れこんだガメオは、全身の痛みと不自由な呼吸に少しの時間耐える事になった。
鎧が無ければ飛竜と戦った時並みに酷い事になっていただろう。
≪身体強化≫というその魔力操作技術の名前を知らぬまま、ガメオはその使い手となった。
思った通り、内観魔力操作はいつも以上の精度で出来、技の反動を鎧でもって受け止めるのが可能なレベルに抑える事に成功した。
しかし、たった一閃でガメオの集中力は底をついていた。
魔剣から余計な技を借りることは出来なかった。
そこにまで制御を回せば≪身体強化≫は暴発を免れなかっただろう。
借り物ではない自分自身の剣技を、どこまでも極限まで丁寧に。
この一撃は、それでしか成しえなかった。
もう動きたくないが、ここで意識を失うのはまずい。
ガメオは自身の体を引きずるように出口に向かい、どこかの森らしい場所に出て安全そうな岩陰を見つけたところで意識を失った。
胸元のネックレスが青く光り始めてるのには気付かぬまま。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
遠くから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえている気がした。
それはどこか懐かしさのある、ずっと聞きたかった声に似ていた。
『―――――ォ!―――メオ!ガメオっ!』
そうして目を開けたガメオの視界一杯を・・・巨大な猪の顔が埋め尽くしていた。
「どぅわあっ!」
『やった、ガメオ!やっと起きたんだね!よかったよー!』
首元にザアレが抱き着いて来た、と思ったらそれは随分と小さい何かだった。
顔も声もザアレによく似てはいるが背中の翅は蝶ではなく蜻蛉に似ており、さらにそのサイズ自体が人間の肘から手首まで程の背丈もない。
「えーと・・・・・・ザアレ?」
『ちがうよ、アタシはゾオレだよ!』
ゾオレと名乗った小さな妖精は、元気いっぱいに笑いかけた。




