XX. 砕け散った物語の欠片
元々不定期ですが、このお話の後ちょっとだけ休むかもしれねえ
「ここは一体?そしてお前は・・・どこにも姿は見えないけど、誰だ?」
不思議な空間の中、ガメオは自分を相棒と呼ぶ声の主を探した。
しかし人や魔物、獣の気配に凄まじく鋭敏になったガメオをしてもその声の出処が分からない。
『どこ探してるんだよ。すぐ近くにいるだろォ?』
「・・・まさか!」
声は、腕輪を嵌めた右手首からだった。
ドワーフが作りエルフが弄った魔法道具だけあって随意に手首にフィットさせる事が出来、魔法の鎧の強度確保のために手首を護る小手を付けたその下にあったのだが、小手を外すと腕輪の装飾のラインがピカピカと光っていた。
『よォやく見つけてくれたか、相棒』
「・・・相棒って言うほど付き合いも長くないと思うけど、いつから喋れるようになったんだ?あとお前の声、聞き覚えがある気がするんだが」
『そりゃー気が付いたらさっき、としか言えねェな。獣人の姿をした魔族を斬ったろ?あの時、魔剣を通して流れ込んできた生命力に加えて妙な力がたまたま俺に封じられた、って感じみたいだな』
「オイオイ・・・それじゃあその声・・・」
ついさっきまで本気で殺し合っていた相手、しかも瘴気のビンで故郷の村を滅ぼした奴らの関係者の声で相棒呼ばわりされても完全に平気なメンタルは、流石のガメオも持ち合わせていない。
『オット誤解するなよ、俺はあくまでも腕輪で、奴の声と記憶の一部となんか変な力っぽいものを受け継いでるだけで本人じゃァない。親と子は別の人間だろ』
「ん~~~まあ、それなら・・・」
半分詐欺みたいな理屈でもなんとか自分を納得させ、仕舞う場所の無い小手を再び着け直し、腕輪の声がそれでも普通に聞こえる事を確認してガメオは立ち上がった。
「で、ここはどこなんだ?」
『俺も知らん。歩いていけば分かるだろうさ』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
・・・いちゃん・・・・・・・お兄ちゃん!
「・・・ああ、シィタか」
妹のシィタの声で、慣れない狩りで疲れて木陰で眠っていた俺は目覚めた。
ここいらじゃ誰もが振り返るだけの美人に育ったが、俺の後をちょこちょこ付いて来た小さな頃の印象が未だに強いだけに変な気分がする。
シィタは黒く長く艶やかな髪を風になびかせ微笑んでいた。
それにしても、よく思い出せないが酷い夢を見た気がする。
常にヘロヘロになりながら魔物の血と泥に塗れて走り回る様な。
・・・剣も使えないのに、おかしな話だ。
緑の中を白い線のように貫く道路を一緒に並んで村まで歩く俺達。
いつも通りシィタは他愛ない話が尽きず、その辺は完全に母さんの血筋を感じる。
しばらく歩き、向こうに村が見えて来た。
あの村は俺が子供だった数年前に一度ゴブリンに襲われて焼かれたが、たまたま訪れていた神官戦士と魔法使いの冒険者二人組コンビによりほとんどの村人は無事だった。
それまでは俺も冒険者とか勇者にうっすらとした憧れの様なものはあったが、あの人間離れした戦い方を見てそれは諦めた。
どこまでも凡人の自分では、一生かかってもあの水準の強さには到達できそうにないと嫌でもわかってしまったからだ。
とにかく村が無事だったお陰で、今日も母さん手作りのモリナシのパイが味わえるのだから二人には感謝してもし切れない。
そう言えば俺が生まれる前に母さんからパイ作りを習ったって人から手紙が来て、王都で大評判の店になっているとあった。
店を出せばいいのに、と周りから薦められても母さんは「食べさせたい人の口に入る分だけ作れたらそれでいい」と固辞していた。
俺達家族にとってはそれが有難いが。
丸太と一緒に良く分からない器具を乗せた荷車が遠くに見えた。
この前からこの村を通る道路を拡張して石畳にする工事の調査が始まっているって話だが、その関係だろうか。
道が川の増水ですぐ沈むような粗末なものでなくなれば通る旅人も増え、村も賑やかになっていくかもしれない。
無理に慣れない狩りで獲物を狙うよりもその工事の人夫になった方が稼げそう、という考えが頭の中に浮かんだ。
こんな田舎だっていうのに、時が経つにつれ色々と変わっていく。
でも永久に変わらないとさえ思えるあの匂いが、前の方からしてきた。
モリナシのパイが我が家の窯で焼かれる、何度嗅いだか分からない芳香。
ふと、視界の隅の草の陰で何かが動いた気がした。
光の粒子を纏った蝶の翅のような、それにしては大きすぎる何か。
「どうしたのお兄ちゃん、早く帰ろうよ。お父さんやご近所さんに全部パイ食べられちゃうよ?」
「あ、ああ・・・何か妙なものを見た気がして」
「ふふ、変なの。先に行ってるよ、ガメオお兄ちゃん」
その時、穏やかな青空の下優しく吹いていた温かな南風が止んだ。
意識のどこか自分でも知らない場所に僅かに引っ掛かっていた、しかし気付けない程度だった小さな違和感に確たる形が与えられてしまった。
もう、誤魔化すことは出来ない。
「シィタ・・・いや、お前は誰だ?そして此処は何処だ?」
その時、シィタの姿をした何者かが振り返ったままで固まった。
見れば見るほど、そして声も仕草も生き写しだ。
俺の記憶の中にある妹が、そのまま成長したような。
しかし目の前の人物が、俺の知るシィタであるはずがない。
なぜなら・・・。
「ガメオって名前をお前が知ってるはずがない。それはシィタを守れなかった後で、ヴギルに付けられた名前だからだ」
シィタによく似た何者かは流石に少しだけ吃驚した表情を見せ、またすぐに貌に微笑みを浮かべこちらに体ごと正面を向けた。
「フェアリーに付けられた名前はそれが世界樹に刻まれちゃうからね。そこはもうしょうがないっていうか」
「なあ教えてくれ。ここは、この世界は何だ?そしてお前は?」
「確かにここはお兄ちゃんの故郷で、私は妹のシィタだよ。・・・時の幹にまでたどり着いたガメオお兄ちゃんがこの世界を選べば、時を遡ってそれが真実になる。嘘じゃないよ」
再び風が吹いた。
今度は草原と木立をざわざわと冷たく鳴らす風だった。
「・・・俺がそれを選ばなかったら?」
「あり得たはずだけど結果として実現しなかった時の線として、そのまま砕け散った物語の欠片のひとつ、忘れ去られた存在になる」
「・・・俺が元の世界に戻るには」
「簡単だよ?後ろを振り向けばわかるよ」
今まで来た道を振り返る。
すると通って来た時とは明らかに様子が違う、荒涼としてなおかつ瘴気に満ちた世界があった。
蠢く魔物の鳴き声、遠景には魔法によると思しき戦火と閃光がちらついていた。
「あれが今までお兄ちゃんが居た場所だよ。・・・それでも戻るの?こっちの世界を選べば何もかも忘れて、みんなも私も助かって、お兄ちゃんだって最初から戦いの世界なんかに身を投じなかった事になるのに?・・・お兄ちゃんがここに辿り着いたのはね、幾重もの偶然が積み重なった言葉通りの奇跡なんだよ。広い森のどこかに落ちた小さなガラス玉を目隠しで探し出す以上の、ね。・・・それでも、それでも私を・・・私達を置いていくの?」
・・・暫く二人の間の空気を沈黙が支配した。
ああ、分かる。
分ってしまう。
シィタの話は嘘じゃない。
俺がここに留まれば、この世界が真実だったことになる。
誰も死んでないし傷付いてない、平和な村の光景が。
・・・それでも、それでも俺は・・・おれは!
「・・・なーんてね」
「!?」
「始めからわかってたんだよね、お兄ちゃんがどっちを選ぶかなんて。だってずっと、すぐ近くでお兄ちゃんの事を見てきたんだから」
気が付くとおれの首元には、シィタのブレスレットについていた青い石をザアレがネックレスに作り直した、さっきまで無かったはずのものが輝いていた。
「でもさ、自分でも結構美人に成長したって思ってる姿をお兄ちゃんに見せられたのは、それだけで超嬉しいって思ってるよ。本当にね」
「・・・ああ、スゲー美人でビックリしたよ」
少しずつ少しずつ、前方にあった村の光景が解ける様に滲んでいった。
「・・・お兄ちゃん、私はずっと見守ってるからね」
「・・・ああ!」
おれは踵を返し、駆け出した。
瘴気渦巻く戦場の待つ世界に。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『・・・棒!おい相棒!』
腕輪の声が、ガメオの意識を現実に引き戻した。
と言ってもこの空間自体が夢現定からぬ奇妙な場所なのだが。
そのただでさえ奇妙な空間に、これまた現実離れした光景が繰り広げられていた。
輪郭のおぼろげな多数の丸い窓、あるいはシャボン玉のような大小の何かが空中に浮かび、その中に様々な光景が映し出されていたのだ。
『一体、コイツは何だって言うんだよ』
腕輪は余りにも当然で散文的にすぎる感想を口にしたが、ガメオはそれが何なのかをシィタからの話で察しがついていた。
「・・・砕け散った物語の欠片」
光景の一つには、ガメオが知るよりもだいぶ若い頃の勇者シグナムが、どこかの街で黒い翅のフェアリー達と戦っているものがあった。
シグナムは奮闘虚しく敗北し、殺されていた。
しかしガメオが知るシグナムは成長し、勇者にまでなっている。
この光景は実現しなかった世界なのだ。
また別の光景では、命からがら村から逃げたガメオが魔剣を拾うはずの所で、ただのその辺の棒切れを手にしていた。
そのままゴブリンを追い、魔剣を持つよりは苦戦せずに勝ってザアレを助けていた。
どれだけ剣の才能がないんだ、とガメオは自嘲が零れた。
ガメオの代わりにシィタが助かり、神官戦士団に保護されるものもあった。
しかし兄妹二人同時に助かる光景は見つからなかった。
どこか知らない狼の獣人の集落らしき場所、体の弱い妹を兄が支えている光景があった。
双子なのだろうか、二人の顔は良く似ており歳も同じぐらいに見えた。
若い、と言うか幼い勇者が全身凍り付いた半死半生の状態で仲間の犠牲を目にし、怒りで何かの力に覚醒して大地を焼き尽くす雷の魔法で巨大な黒い飛竜を灰にする光景があった。
その黒い飛竜は、かつて虚で戦った相手と似ていた。
アクセルが手遅れの状態になり、討伐するしかなくなった光景もあった。
引導を渡すのはガメオと年が同じぐらいの少年冒険者だったが、顔は見えなかった。
多分アルトって奴だろうと判断した。
冒険者活動の拠点にした街が魔族の男によって火の海になる光景と、妖精郷が突如現れた大量の魔物に蹂躙される光景は流石にガメオは直視できなかった。
起こらなかった事と言う事で安堵する確かな理由にもなるが、それでも見たくないものは見たくないのだ。
しかし魔物を妖精郷に送り込もうとしたのはどこの誰なのだろうか。
その全てが、起こらなかったもしもの光景だ。
しばらく見ているとその光景が一つ消え二つ消え、最後の一つが消えてなくなった時にはガメオの前に光る門が現れた。
その輝きはこの空間に飛ばされたあのゲートと言うよりも、妖精郷で毎日見たフェアリーたちの鱗粉やその魔法特有の光によく似ている気がした。
この先に進めば、恐らくは元の世界に帰れる。
それだけは分かる。
時と言う大きな流れは軋みを上げ、砕けながらこれからも続いていくのだろう。
しかしその中で必死に生き足掻いている限りは、こんな場所に落ちてもしもの世界が見えてしまうような事は決してない。
ガメオは、しばらく会っていないフェアリーの少女の顔を思い浮かべた。
今はただ、君に会いたい。
ifシィタ「不評だったら二度と出ない的な事を言ったな。あれはうそだ」
魔剣『それどころか本編に出てしまってるが』
シ「魔石ネックレス内のシィタの感情のコピー体も混じってるから完全なイコールとも言えないのでセーフ」
魔『逆に何ならアウトなんだ』
シ「今すぐお兄ちゃんに色んな意味でアウトな事をしたくなるからそれは聞かないで」
魔『セーフ』




