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フェアリーブレイド ~旧き約定の剣と、新しき紲の剣~  作者: エキストリーム納豆
五. 魔族イプロディカ
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67. 幕間 - 影と光、別れと旅立ち

 魔王の領域と人が呼ぶ漆黒の球体、その中心。



 巨大な瘴気の深淵に揺蕩うその意識は、混濁した泥睡の中に覚醒の時間が挟まると言う状態を繰り返しているが、時を追うごとに僅かずつではあるが覚醒の時間が長くなっていた。

 それに伴い、力が蓄積していくのも彼には自覚されていた。

 人界、妖精界、あらゆる世界を焼き尽くし絶望と混沌の海に沈めるための力。

 未だ記憶は霞がかった向こうに朧気なままだが、その力の使い方も確かに知識として保持している事だけは確信がある。


 溢れ出た力の一部が本体を離れ、自ら意思を持ち動き始めていた。

 それもまたいい。

 その時が来れば、全ては開闢以前の無へと還元されるのだから。


 今はまだ浅い眠りの中に居よう。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




『イプロディカは妙な物を残してくれたね』



 急峻な岩場の頂点に座って雲の下に平野を見下ろすフォーリムの手の中には、黒く輝く石があった。


 蝶を通じて彼に直接止めを刺した時、白く燃え上がるその躯から飛び出した≪何か≫があった。

 何となく蝶に回収させたそれは魔王由来の力が戦いの中で育ち、それがエネルギーとして固まったものとフォーリムは考えていたが、それにしては力の形として整い過ぎている。

 魔王領から汲んだ瘴気というのはもっと混沌としていて、そう簡単に制御の効くようなものではないのだ。

 だからこそそれを飲んだ者は、たった一人の例外を除いて知性の無い魔物やスライムにしかならなかった。


 そう言えば獣人だった頃は無かったイプロディカの左腕が妙な籠手に置き換わっていたが、魔法的な存在なのだろうか、致命傷を受けたと同時に消えてしまっていた。

 それと関係あるのかどうかは分からないが、この塊をどう使うにしろ今しばらくは慎重になった方が良い。



 ―――自分の考えに気付き、フォーリムは片口だけで笑った。


 どうせ最終的には何もかもを滅茶苦茶にしてやるつもりなのにそのための慎重さと言うのも、考えてみれば余りにも滑稽と言う物だ。

 個々の思惑はどうあれ無邪気に魔王と言う名前のもとに集っている魔王派、彼らの方が余程純粋で矛盾がないと言える。


 どの道、彼女はいずれの意味でも戻れない。

 かつて無邪気に信じ、慎重さが無かった結果が今の有様なのだから。



 今にも暮れようと言う空を背に、フォーリムは立ち上がった。

 黒い翅からの鱗粉が風に乗り、黄昏を反射して銀河の様な輝きの帯を作った。





 魔王派の連中は、所詮は烏合の衆だ。

 一部本気の深い殺意や恨みをその裡に抱く者は居るものの、ほとんどの構成員には能力もなければ覚悟もない。

 楽を求めて集まった者は、一度事が起こればそれ以上の楽を求めて平気で脱落するだろう。

 逃げる奴は逃げ、好きに生き延びればいい。


 ・・・フォーリムはそう思っていたが、既に異変は始まっていた。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




 賞金稼ぎの冒険者合同パーティが、山賊の拠点の一つに踏み込んだ。

 最近派手に暴れまわり荒稼ぎしている勢いのある山賊と言う事で合同と言う形にはしてあるが、それでもどうせ冒険者にさえもなれなかった程度に過ぎない。

 楽な仕事・・・そのはずだった。


 そこで待っていたのは、明らかに危険な薬物で正気を失い狂暴化した山賊たち。

 それもただの凶暴化に留まらず、全身の肌に黒い血管のような物が走り、筋肉は異常に盛り上がっていた。


 戦闘、と言うより一方的な虐殺の音をBGMとして、その現場となった小屋の見える地点で一人の男が呟いた。



「皆さんは私の研究のために非常に有意義な結果を残してくださいました、ありがとうございます。名残惜しいですが、お別れです」



 抵抗者の音が消えたのをよく確認した上で手袋を嵌めた手の中にある何かが握り込まれると、小屋からオークのような呻き声がして全ての音が無くなった。



「魔王の瘴気の力と言うのは十分に薄め、薬物と洗脳を併用する事である程度制御が効く。しかしあの程度しか持たないのでは実用性と言う物がない」



 男は一度頭を掻いた。

 これでは、折角集まっている魔王派を最強の軍団に変え()()()()()()を迎えると言う計画が進まない。


 夕日を浴び長く伸びた影は、イプロディカが≪魔王の影≫と呼んだモノによく似ていた。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




 初めて出会ったときと同じ旅姿。

 いや正確に言うとアルテアが最初に見た彼女は、カラフルや鮮やかという言葉を通り越したレベルで原色とフリルだらけの野生魔法少女(ベスティチャール)スタイルだったのだが、それを解いたユプリシア―――ユプシーは一般的な冒険者と比べて非常に身軽だった。


 アルテアの屋敷に滞在する間はメイド姿だったり村人の服を貸してもらっていたり、また冒険者アルトの相棒である殺戮氷牙(チルドジャッジメント)として動くときはアルトから貸与された装備だったので、アルテアがこの姿の彼女を見るのはかなり久し振りであった。

 まだ日が昇り切る前、青白い空の中に金色の光を浴びて輝く彼女は、世界の美しさそのものを体現したかのようにアルテアには思えた。



 ・・・そのための理屈や言葉はありったけ考えたが、何一つ彼女に刺さる気はしなかった。

 飾り立てようとする心は朝の光の中に全て焼き尽くされ、何も出てきやしない。

 アルテアは勇気だけを振り絞った。



「ユプシー・・・ユプリシア。これからも、私の傍に居てくれないだろうか?」



 ユプシーは少しだけ驚いたような顔を見せ、それから柔らかく微笑んだ。



「引き留めていただきありがとうございます。でも、私は行きます」


「どうして!?私では君の主として不足だと言うのか?」


「ふふ・・・逆ですよ。私の実力では、これからアルテア様に付いていけそうにないのです。あの戦いで確信しました。今はまだ何とかなっても、近いうちに私ではアルテア様の足手纏いにしかなれなくなって行きます」


「そんな事は!・・・いや、仮にそうだとしても・・・」



 それは、アルテアにとっても否定し切れる事ではなかった。

 人の水準から隔絶しすぎた大きすぎる力を持って生まれてしまった自分では、共に歩み得る者は余りにも少ない。

 一度は彼女にそれを求めた。

 いずれは破綻するであろう事を心のどこかで理解しながら。



「もう一つ。アルテア様にはアルテア様の成すべきことがある様に、私にとってのそれも見つけてしまいましたから」


「・・・イプロディカの事、か」


「私の兄が魔族と言うバケモノに成り果てるまでの経緯は、本人の口から聞きました。灰色狼の氏族のみならず、獣人全体が力こそすべてと言う考えで居続ける限りいずれまた・・・例え形は違っても同じ原因で悲劇は必ず起きます。そして今度は全てを巻き込んだ破滅になるかもしれない」



 同じ神聖王国内であっても、彼女が自分自身の戦場と定めた獣人領は遠い。

 恐らくはアルテアの戦いもこれから本格化していく。

 二人の道は道は完全に分かたれ、もう交わる事は無いのだ。

 それを漸くにして悟ったアルテアは、苦渋に満ちた顔を俯けた。


 太陽が稜線を離れた。




 その時、アルテアの唇に柔らかい物が触れた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」


「遠く離れていても、心はアルテア様と一緒です。それでもまだメソメソ泣いているようなら・・・いつでもケツを蹴っ飛ばしに飛んでくるからな!」



 最後の方は、魔法少女に変身中の口調だった。


 数秒の沈黙の後、二人は同じタイミングで吹き出した。

 昇る太陽を浴びながらお腹が痛くなるまで笑い、思わず涙まで出て来た。


 これはきっと笑い過ぎたせいだ。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




 深緑の谷と呼ばれたダンジョンがある。

 いや、もはやダンジョンではない。

 先の戦いの結果ダンジョンをダンジョンたらしめる核が消滅し、数日間強力な光の魔力で谷底の瘴気を散らされ続けたために魔境ですらなく、魔物さえもいなくなった。

 徹底的に浄化された結果、今後100年間は自然にはダンジョン化する可能性が無いという見立てをしている者もいる。



『ちょっと、なんなのコレー!』



 ピクシーのゾオレは、驚きに怒りの混じった叫びをあげた。



≪ゾオレよ、本当にガメオの気配の跡がここで途切れているのか?しかしこれでは、まるで―――≫


『死んでないよスプー!ガメオはぜったい生きてるのー!場所は分からないけど青い石のネックレスでつながってる感じはしてるのー!』



 お化け猪(スプーボア)という呼び名を「スプー」に縮めた大猪は、元ダンジョンの最奥に広がった目の前の光景に圧倒されていた。

 オリジナルであるザアレに比べてより子供っぽいゾオレにキーキーと体毛を引っ張られ、何もガメオの生存を疑っている訳ではないのを説明するのに苦労していた。

 そこでスプーの頭に乗っているピンクのスライム―――本当にスライムと呼んでいいか疑わしい謎の存在だが―――が自身の見解を述べた。

 彼、あるいは彼女もまたピンクの果実を付ける植物から「モモ」という名を得ていた。



「コノ場ニハ、非常ニ強イ空間魔法ノ様ナ何カガ使ワレタ形跡ガアル」


『分かるの、モモ?』


「空間魔法トイウノハ、破壊ナド物理的ナモノヲ別ニスレバ、アラユル魔法ノ中デモ特ニ魔法的ナ使用形跡ガ残リヤスイ。シカシコレハ余リニモ規模ガ大キスギテ、本当ニ魔法ナノカハワカラナイガ」



 半球、あるいはすり鉢状に抉れた巨大な穴。

 ガメオはここで空間魔法の向こう側に消えたものの、おそらくどこかで生きている。

 しかしどこに居るのか、どこに行けば再会できるのかと言う肝心な事が全く分からない。


 一人と一匹と一頭は、その見た目だけは壮大な光景を前に立ち尽くした。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




 手に当たる硬い何か。

 無力さと絶望の底にいたその瞬間を思い出すようだ。



 目を覚ましたガメオは、自身はうつ伏せに倒れた状態でまさにあの時と同じ魔剣が手に当たっているのに気付いた。

 鞘の外にあったはずなのに、いつの間に鞘に収まっていたのか・・・それも魔剣としての機能なのだろうか。

 また、装着していた鎧も腕輪に戻っていたようだ。


 そこは砂地とも土とも言えない地面、青空とも曇り空ともつかない天気、そして暑くも寒くもない不思議な空間だった。

 体に大した怪我が無いのを確認し、立ち上がるガメオ。


 その時、どこかで聞いたような声がした。



『ようやくお目覚めか、相棒』

ユプシー「ああああああああああああああああああああああああああああ(地面割りバキィ)恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいい(その辺の岩ドカーン)何で私あんなことおおおおおおおおおおおおおおおお(一般通過オーク首チョンパ)!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ゾオレ『ナニあのおねーさん』

スプー≪年頃の女性には色々あるのだろう≫

モモ「拳圧デ時空ガ歪ミカケテイル」

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