66. 幕間 - ラムザイル帰還する
兵士の野外訓練に顔を出したその人物に、一同はざわついた。
全騎士団のトップにして、現在は麾下の至光騎士団を率いて魔王領の監視任務に当たっているはずの騎士団長ラムザイルが木剣に簡素で頑丈な訓練用の服で登場したのだ。
「つーわけで、全員相手してやる。まとめて来てもいいが一応訓練だから一人ずつ来いよ」
ラムザイルは連続で来る彼らに太刀を浴びせながら「軸がぶれている!ビビるな!脚が出来てない!」などと手早く一言ずつ掛けていた。
暫くの時間の後、訓練参加者の兵士数だけ見渡す限り死屍累々の状態が出来上がっていた。
最後には隊長クラス4人がまとめてラムザイルを囲んだ形で開始する多対一の変則地稽古を行った。
隊長級は一人一人が一般兵が束になっても敵わない技量の持ち主・・・しかし、一人の側が全員制圧するまで一分と掛らなかった。
「最強の剣、光栄です。勉強になりました」
憧れの剣の頂の一端に触れた彼らは、自らの道への思いを新たにした。
その時、訓練の場に一人の男の声がした。
兵士達の発する空気が急に冷たくなった・・・何故なら、その男は元々の素行の悪さに加え、一年近く前に自ら案を出した作戦で仲間に重傷を負わせた事で聖剣の勇者の中でも評判が未だに最悪のままだったからだ。
「久しぶりです、ラムザイルの旦那。俺も一手いいですかね?」
何をぬけぬけと、と言う衆目の氷点下の視線などものともせず雷の勇者ゼタニスが木剣片手に歩み出た。
「へー、あのチャラ男がしばらく見ねえ間に随分と雰囲気変わったモンだな」
「人間の訓練相手見つけるのには苦労してましてね。折角だ、付き合ってもらいますよ」
以前のゼタニスは、勇者としての能力の研鑽は欠かさないものの見た目も趣味も私生活もまさにチャラ男と言う言葉に相応しく風体にもそれが現れていたが、現在はむしろぼさぼさの髪を後ろで縛り無精髭の手入れも雑で、都会的な印象の強かった少し前とは真逆の野生的な精悍さの勝る外見に変貌を遂げていた。
それも騎士や兵士達からしたらただのポーズにしか思えないものだったが。
人型の災害ともいうべき勇者の訓練には通常魔獣用の闘技場を借りるのだが、魔法抜きであればそこまでの準備も必要なく、木剣同士のぶつかる軽い音が響きだした。
ゼタニスの剣は、変化していた。
ハイレベルなもののトリッキーさに偏重していたが、その強みを残したまま疾く鋭く重くぶれない、隙の無い剣技に。
ラムザイルの剣にもまた変化があった。
並ぶ者のない孤高の超人の完璧な剣筋の中に、初めて剣を振るう事に目覚めた少年剣士の様な無邪気さと同時に野生の魔獣の様な自由さが加わっていた。
そんな互いの技量の向上振りに「一体どんな経験を積んできたんだ」と双方疑問を抱きあったが、横から見て分かるような変化ではなかった・・・よほどの眼力がなければ。
剣戟の音は暫く続いていた。
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「空間魔法で飛ばされた先でたまたま魔族との戦いに参加し、魔族同様に邪悪な何かを撃破、終いには古代遺跡のゲート事故で飛ばされて王都に帰ってきた・・・報告したのがあの男でなければ信用に値しない与太話だな」
しかし騎士団長ラムザイルが関わったならどんな事態でもあり得る、と言うのを付き合いの長いガルデルダは知り尽くしていた。
「シグナム、お前は稽古を付けて貰わなくてよいのか?デスブリンガーなる剣の鞘も含めて各種用意が出来、再び任務に戻るまで一週間程度しか無いのだぞ」
「それは折を見て必ず。しかしやるべき事も多いですからね」
シグナムがガルデルダの研究所の執務室に来たのは、瘴気に関する資料を閲覧するためだ。
邪妖の楔がその身に打ち込まれているシグナムは、それに対し長らく力と意志で無理矢理抑え込もうと試みて来た。
だがより効果的にそれに抗するためには、まず瘴気と言うものについて知る必要がある事を最近になって強く意識するようになったのだ。
本当なら邪妖を知る事が一番近道かも知れないが、それに関する研究と言うのは教会により邪悪な智とされ禁じられている。
資料なども全て燃やされてしまい、現存していない。
故に瘴気そのものについて調べるしかないのだが、関連の知識もいつ邪妖同様の扱いになるか分からず、ガルデルダの元で学ぶしかないのだ。
それはそうと―――魔族討伐でラムザイルが共に戦ったという黒い鎧の少年が自分の知る「彼」である事を、シグナムは確信していた。
団長同様にどこかで生きているであろう事もまた。
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ラムザイルが持ち帰ったデスブリンガーと言う巨大で珍妙な剣の鞘を作るべくドワーフたちの工房に持ち込まれたが、現在の技術では作れない素材を使った実質半アーティファクトと言う事で非常に注目を集めていた。
素材を入手して、あるいは素材を再現して何とか似たものができないか、あるいは緊急に作ったとはいえあまりにも飾り気がない事を残念がる声などが上がったが、黄鉄の指親方は見方が違った。
元の良く分からない素材の物を地魔法で圧縮したうえで成形したという話だったが、その仕事が非常に丁寧に見えたのだ。
まず間違いなく初見の材質だというのに圧縮の仕方にむらがなく、全身魔法金属の様な何かで出来たゴーレムの腕を刃の無い刀身でぶっ飛ばしたという話なのに歪みも見えないのは、その仕事によって相当安定した強度が確保されたからに他ならない。
デスブリンガーの性能の異常さが素材の強力さと聖女の魔力に全て依存しているわけではないというのを見抜けている職人は、残念ながらこの場のドワーフたちの中でも少数派のようだ。
まあ、彼にしても『その場に居たのが儂じゃったらもっと上手く造ったがな』と言うドワーフらしい考えはしてしまうのであるが。
いずれにせよ、鍛冶屋でもないのに半ば真の魔剣と化しているこの武器を手掛けた人物の存在は非常に興味を惹かれるものを感じていた。
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そんな一人の偏屈ドワーフに目を付けられたとは露知らず、一度大きなくしゃみをした魔法使いの銅勇者プシールは魔族討伐成功を祝う酒盛りに参加していた。
とは言え実質決着をつけた人物、そして異常に強い剣士と言う一度はパーティを組んだ二人が生還しなかった事であまり酔う気にはなれず、その場の空気を白けさせない程度に嗜むに留めていた。
神官戦士勇者のファイは一刻も早く報告したいのだろう、既に街を離れていた。
魔族とは直接戦えなかったがゴーレムに取り憑いた謎の邪悪な存在、アレは魔族や魔王と何らかの関係を疑わざるを得ない以上急ぐのも当然だろう。
眼鏡の受付嬢が尻を触られて、そこに飛んできた冒険者が触っていた酔っぱらいを殴り飛ばし喝采が上がった。
彼は魔族討伐に参加していて、その魔族相手に一矢報いた程度の実力者だ。
尻を触られていた受付嬢と今度結婚するらしい。
冒険者という身分でしかも女となるとそういうのも含めたトラブルも多く、また守ってくれる者もいないため、プシールは自身の性別を男と偽っているのだ。
銅とはいえ勇者にまでなった今は隠す必要もないのだが、数年間の習慣と言うか惰性と言うものは中々抜けないものだ。
・・・隠すのに苦労の少ない体型と言うのもあるが。
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「・・・勇者の魔法と言うのは凄まじいものがありますね」
大地を覆うような大量の押し寄せる魔物たちが、魔法による極低温で凍り付き微動だに出来ない状態となっていた。
魔王領拡大と魔物の増加・狂暴化に伴いその監視の任に当たる至光騎士団は前線を下げており、予め用意されていた砦に駐留していた。
それを改造して要塞化が完了する前に何度も魔物の暴走に襲われ、犠牲者こそ出ないものの手を焼いていたのだが、現在最大個人戦力である団長を欠いた至光騎士団に聖剣の勇者の一人である吹雪のイオンズがヘルプとして入っていた。
聖剣を賜った勇者レベルであれば、単身であれば早馬に乗るのの倍以上の速度を維持したまま数十kmを駆けるのも難しくはなく、こう言ったフットワークの軽い事も可能なのだ。
「いや、まだだ」
「!あれは・・・≪人型の影≫!」
イオンズの隣で身構えた副団長が見たのは、凍った魔物の間をすり抜けて現れた何体かの人の形をした影。
少し前から見掛けるようになった魔物で、手強さこそ多少警戒が必要な程度に納まるが、ただの魔物にしては余りにも強い瘴気を発しているためかずっと対峙していると気分が悪くなってくる。
影がそれぞれの腕をウネウネと歪め、武器に変形させていった。
「しかし問題は無い・・・≪光槌陣≫」
伸ばされたイオンズの左手の指先から小さな光の弾が発射され、影達の足元の地面に着弾した瞬間に巨大な光のサークルが広がった。
密度の濃い魔力を湛えた眩い光が円柱形の柱を作り出し、中に閉ざされた影達は苦悶と怨嗟の叫びと共に全て燃え尽きるように消滅してしまった。
「・・・何と言う威力だ・・・!しかしイオンズ殿、貴方は勇者として≪吹雪≫の名を冠しておられたのでてっきり私は・・・」
「ああ、俺は一応全系統の魔法を使える。今は最も得意なのが氷結系統だがな」
仮面の下で見えないはずのイオンズの目に、なぜか至光騎士団副団長はほんの僅かな自嘲や後悔を見た気がした。
本作は余りにも女っ気がないのに気づいたので、プシールさんとファイさんは片方どっちか女性にしようと思ってました。
であるっ娘と僕っ娘が戦った結果私の中で後者が勝ちました。




