63. 刹那の交叉
それは、半壊したゴーレムだった。
アルトの勇者の眼はその巨体に宿る何か強力な邪悪な存在を捕捉していたが、その隣に見えており同時にこちらに落下してくる謎の剣士X、つまりどういう経緯で正直辺鄙な街に来たのか全く不明な騎士団長ラムザイルがおり、さっきから何に驚いていいのか困惑しすぎていい加減麻痺しそうだった。
さらに一緒に落ちてくる全身鎧の人物は初めて見るが、魔法の鎧に魔剣と言ういでたちからしてただ事ではない何者かである事は確かだった・・・あの騎士団長と一緒に居られる時点で少なくとも只人ではないが。
何より今気になるのはあのゴーレムだ。
内在する瘴気の量がイプロディカに匹敵し、また質が似てもいる。
仮に魔族でなくともそれに類似又は匹敵した何かが宿っているのは間違いなく、イプロディカともどもこの場で撃滅しておかないといけない邪悪な相手だ。
得体のしれない圧力の強さで言うなら、現在対峙している魔族の男よりも上に思える。
だが、アルトにとってはむしろ比較的「与しやすい相手」と判断された。
イプロディカはパワーこそ人間大プラスアルファのサイズに囚われているが(それでも既存の魔物の枠に収まらないものがあるが)技を持ち、それにも増してとにかく何をしてくるか分からないという怖さがある。
一方あのゴーレムは、完全な状態ならあの時の飛竜以上の力だったかもしれない。
しかし勇者の眼がその躯体について現在は無理な修復、無理な戦闘、そして無理な移動が重なり元来一方的な蹂躙を可能とするスペックに瑕疵が生じているのを見破っている。
アルトの魔力であれば、魔法金属であろうボディによる多少の耐性を容易く貫通し、宿る邪悪な何かに致命傷を与えるごり押しも難しくはない。
『――――――≪浄化≫』
突然アルトが放った強力な≪浄化≫に、イプロディカは目眩ましを伴うダメージとともに『うおァッ!?』と叫び声を上げた。
その隙を突いて、アルトは足元に魔力爆発を発生させたのに上手く乗り高く飛翔した。
風魔法を連続で発動し加速、加速、加速。
十分に速度が乗ったところで一度加速を止め、一つの魔法を遅延でセット。
再び加速を開始した。
(うまく合わせてくれよ、ユプシー)
≪今の私はアルト様の手足も同然です、お任せください!≫
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『あれがダンジョン核!?』
「・・・いや、核があるはずの場所だが違う!空間魔法のなんかデケエのが古代遺跡に生み出されてる、ってところか!」
プシールによる風魔法で包まれて飛行している二人は、ゴーレムの逃げる先がとんでもない状態になっているのを目撃した。
空にいても聞こえる地鳴り、あちこちから上がる噴き上がる土煙。
見るからに高度そうな技術による大規模な人工物、核の代わりにある魔法の塊。
そこで戦っている二人・・・恐らくは冒険者アルトと魔族。
ディロラールに押し付けられ黄鉄の指親方が調整した腕輪の鎧は、集中すればバイザーに覆われた目の視力を強化すると言う機能もあった(今気付いた)ため、遥か眼下の砂粒程の人影もくっきり見えていた。
『・・・なあ、おれを先にあそこまで投げ飛ばしてくれないか』
「流石に難しいな。あのゴーレムまでは飛ばしてやるからそれを足場に跳べ。着地は自力で何とかしろよ」
訳を聞くとか止めるとか無駄な事を一切せず、謎の剣士Xは魔力の光を体から発しながらミリオンの足を掴んだ。
僅かな時間の後に出来ていたのは二人の足の裏同士を合わせ、片方が発射台、片方が飛翔体になると言う姿勢だった。
唯一無二の≪身体強化≫による蹴り出しで、ミリオンの体は空中にいながら凄まじい勢いで飛び出した。
謎の剣士Xの体はプシールの風魔法では受け止めきれない反作用で上方に浮き、落下速度が大幅に減衰した。
そしてゴーレムの腹部の下の丁度いいポジションまで飛ばされたミリオンは、重厚で堅牢なその胴体を蹴り、跳ね返るように地上に向けて加速した。
それと同時に、地上では現在遺跡が露出している円形のスペースを覆いつくすような魔法の閃光が迸った。
刹那、二人の少年が空中で交叉した。
一方は狼の面を被り、一方は魔法のエネルギーラインが入った真っ黒な全身鎧でお互いに珍装にも程があると言う印象を抱いたのは言うまでもない。
さておき、彼らは高速で一瞬交わるだけの初対面でありながら互いの意図を言葉を交わさずとも明確に汲み取っていた。
戦う相手の交換だ。
勇者アルテアと魔剣のガメオは、この時互いが何者かを知らず背中を預け合ったのだ。
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ユプシーを仲間に加えてアルトが思った事の一つに、やはり光系統と氷結系統の魔法は相性がいいと言う再確認があった。
腕のいい術者により生成される魔法の氷は透明度なども思いのままで、光を減衰させずに通したり自在に反射させたりといった用途で使えそうだと、全くうまくいかない魔法の同時発動で試行錯誤していた頃は思っていたものだ。
そしてその想像は正しかったと、氷結魔法を得意とするユプシーに出会って確信を得ていた。
アルトのポーチは≪収納≫を掛けてもらっており、大きく開くよう工夫されていた口から樽入りの水が丸々一つ取り出された。
氷結魔法は、何もない所から氷を生みだすようなものではない。
水があちこちにあり湿度も高い地上の深緑の谷なら心配はなく、また状況が許せば敵の体内の水分にも影響を与えられるのだが、このように水が使えない状況と言うのもあるのだ。
そんな万が一に備えられていた樽の蓋が開き、ユプシーの≪水弾≫で操作された中身の水が猛烈に渦を巻きながら頭上のゴーレムめがけて飛び出した。
樽本体を下に吹っ飛ばしつつ飛んでいった≪水弾≫がゴーレムに着弾すると、追っての≪水操作≫により装甲の隙間などから躯体内に浸入した。
ゴーレムが多少手足を動かし足掻いたところで、抵抗しようもなかった。
≪プリティ・アイシクル・ロオオオォォォォズッ!!≫
初めて会った時にヒポグリフを体内から引き裂いたえげつない技名コールとともに、ゴーレムの首や肩口の隙間を叫び声の様な金属音を出しながらこじ開けつつ、あの時と同じように見事な氷の花が綻んだ。
魔法としては一瞬のうちに水を凍らせつつ形を与える≪氷柱≫や≪氷槍≫に近いもので、本来の魔法名は≪氷晶花≫だった。
そのタイミングで、アルトが遅延セットしていた魔法が炸裂した。
『≪光嵐星弾≫!』
少年の両手に構築された魔法陣から大量の光の弾丸が四方八方に飛び出した。
それぞれが輝く軌跡で大きなカーブを描きつつ、落下してくるゴーレムに殺到。
その全てが狙いとタイミングをあやまたず氷の花が咲いた部位に命中。
一瞬の閃光とともにゴーレムの躯体がガクガクと大きく動き、しばらく後に目から光が消えたのと同時にそれきり力を失ったように落ちるに任せるような姿勢になった。
ゴーレムの中にいた邪悪な何かは透明な氷を通して世界最強の使い手による光の攻撃魔法に晒され、最早現世に存在することを許されないレベルで灼かれたのだった。
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突然の閃光にダメージを受けつつ防御態勢を固めていたイプロディカは、やっと視力が戻ってきたタイミングで魔力を感じる突風に見舞われ更に踏ん張る事を強要された。
背中にぞわりとしたものを感じた時には、既に遅かった。
体格的に少年と思しき全身真っ黒の鎧の何者かが、手に持っていた魔剣でイプロディカの右の翼を切り裂いていたのだ。
さらに骨が断たれて切り離され膜で何とか繋がっているところを無造作に掴まれ、思いっ切り引きちぎられた。
『ぐわあああぁぁぁぁッ!テンメエェェェェェェ!』
さっきまで戦っていた相手とは明らかに違う襲撃者に、狼の貌を苦痛に歪ませ混乱しながらもどうにか状況を分析するイプロディカ。
魔族になる以前から狼の獣人として持っていた鋭い感覚に引っかからず接近可能な隠遁能力、鋼を遥かに越える強度を誇る魔族の骨を叩き切る剣勢、骨ほどではないにしろ魔族だけあって動物や魔物のそれよりも圧倒的に頑丈な羽の膜を強引に引き千切れる握力と腕力。
何より無視してはならないのが、イプロディカが“畏れ”を感じさせられた事だ。
食らったダメージなどの具体的に起こった事実そのものの謎は今は不明だとしても、タネを承知したうえで見たなら何の驚きもない事なのはイプロディカには分かり切っていた。
―――それはその通りで、突然の突風はミリオン=ガメオが一度妖精郷に帰った際に持って来た≪突風≫の魔法の卵を叩きつけて落下のブレーキにしたためだし、接近が分からなかったのはアルトの≪浄化≫直撃で感覚が麻痺していたのに加えミリオンが気配を隠すのがうまい魔物の幻影を自分の身に呼び出したから、翼を叩き切られたのはヴギルの剣技を借りた威力で、さらに強引に羽をむしり取れたのは技込みではあるがオウガの首もへし折れるだけの膂力が単純にあるからと言う、それだけの事なのだ。
だが、“畏れ”させられたというのだけは頂けない。
イプロディカは、自身の中にある“畏れ”というセンサーが全く働かないという事を以前から自覚していた。
それは生命の危機などに対する生存本能としての恐怖ではない。
自身どころかこの世そのものに対して圧倒的な存在、例えば目に見えない神などの超越的な何かに向けるような宗教性などとも深く結びついた、感情としての畏れだ。
小さな頃は昔話の化物でも泣いていたので、その時は正常に働いていたのだろう。
だが、いつの間にか壊れた。
罰と称して叩きこまれ、長老と父を害する現場となった≪始祖の胃袋≫ではその事に気付けなかった。
ただその時はいい大人が揃いも揃って居もしないお化けか何かを怖がっているようにしか思えなかった。
それがイプロディカ自身の異常性と自覚されるのはしばらく後の事だ。
聖職者などが光魔法を使う時、鋭い者なら神の様な大きく温かい何かを感じるという。
山奥の古い社に何か超常的な物を感じ近づけないのもそうだろう。
魔王の影などを気の弱い者が目にしたら発狂して失禁するかもしれないし、何より魔族であるイプロディカ自身が人の“畏れ”を誘発する何かを放っている。
しかし彼自身がそれを感じる事は無かった。
だからこそ、裏でやってきた仕事の中で聖職者や呪術使いなどを惨たらしく殺す事にも何の躊躇もなかった。
現場が聖堂や太古の神殿だろうがお構いなしだった。
イプロディカと言う男は、“畏れ”を持たなかったから。
その“畏れ”を、たった今目の前の敵の剣を持って叩きつけられるまでは。
長くなったのに作中時間経過はそんなでもない
≪光嵐星弾≫の絵的イメージはTA○TOの有名ロックオンシューティングゲームのやつですが、発射弾数的にA○UBISの方かもしれない




