62. GATE ~ 魔族討伐作戦 - 10
白と黒の剣が交叉し、魔力の火花をスパークさせた。
片やアルトの短杖から棒状に伸びた光の魔力の塊。
片やイプロディカの鎧のような左腕から生えた、闇の魔力と瘴気を混ぜた混沌の刃。
魔力そのものを剣として使う≪魔力剣≫は、十分な魔力とそれを安定して制御するコントロールを両立させないと使用できない高等技術である。
通常ならば適当な攻撃魔法を武器の形に形成した≪魔法剣≫の方が単純に強いのだが、ダンジョン核に街道結界と天井知らずの魔力を互いに味方につけた現状ならばその限りではない。
そして魔力剣には、それそのものは魔法ではないと言う強みがある。
つまり、魔法の同時発動は実質不可能という制限に引っ掛からないのだ。
聖女の祈りで強化されている街道結界の影響でアルトの勇者の眼も通常より精度の高い予測を可能としており、敵の動作の中に瞬間的に付け入る隙を見つけた。
アルトの空いている左手から≪光弾≫が放たれた。
それだけならイプロディカが常時張る瘴気の膜を一瞬厚くしただけで防がれるのだが、同時に現在のアルトに宿るユプシーのマスコット・スノーによる透明度の高い≪氷針≫も放たれた。
瘴気の膜はそれ程物理的防御力があるわけではなく、≪氷針≫に容易く貫かれ、盾代わりの右腕に突き刺さったところに≪光弾≫が命中した。
そして氷の中を光の魔法が素通りし、中からイプロディカの腕を焼いた。
『チッ、ユプシーのマスコットか!』
顔を歪めつつ鋭い横薙ぎの剣閃を放ったイプロディカから距離を取ったアルト。
その瞬間、アルトの四方から明らかに人の頭蓋骨が迫ってきた。
いきなりアンデッドが現れたわけではなく、人の足で踏まれると発条仕掛けで発動する罠に人骨が取り付けられていた代物だ。
骸骨の口から飛び出した杭の先端が獲物に突き刺さるという仕掛けを風魔法≪衝撃波≫を全方向に放ち粉砕したアルトは、足元から迫る物に対処が一瞬遅れた。
仕掛けに連動した刃にふくらはぎを傷つけられ飛び退いたアルトの位置を狙い、さらに隠されているボウガンからと思われる無数の矢が襲い掛かった。
それらを連続で転がって避け、立ち上がろうとしたアルトを眩暈が襲った。
『・・・瘴気入りの、毒・・・!』
『可愛げのねェ奴だな。あと2~3発食らってそのまま死ねよ』
それは、地面から突き出した刃に仕込まれていたものだ。
またアルトを狙っていた矢からも濃厚な瘴気の気配がし、あと3発も当たっていたら即死はしないものの致命的な状況にはなっていた事だろう。
この大きさの瘴気毒入りの傷を癒すために≪浄化≫≪解毒≫≪治癒≫の3つの魔法を連続で使用するのに掛かる時間は、今のアルトならおよそ1秒と半分。
回復に要する時間が長ければ長いほど、敵の目の前で隙を見せずに行うことが困難になるのだ。
『さてと、デケェ魔法の打ち合いでも斬り合いでもなかなか埒が明かねェな。つーわけで、ルール変えさせてもらうぜ』
斬り合いに入る前、初手としてアルトは全力の≪浄炎≫、イプロディカは手加減なしの瘴気砲を放っていた。
≪浄炎≫には物理的燃焼力は余りなく、核の空間にイプロディカが仕掛けていた罠も無事だった。
そこも含めて互いに戦闘力が近すぎて、現状決着のつく気配がまるでない。
『何をするつもりだ!』
『どうやらここは古代文明の遺跡があって、その末裔だか守り人だかが隠れ住んでたっぽいんだよなァ。で、ここにはどんな施設があったかっつーと――』
アルトの言葉など無視するかのような様子のイプロディカは渦巻く闇であるダンジョン核に歩み寄り、鎧のような戦装束の左腕の爪を伸ばして核を掴み、五分の一ほどを千切り取った。
これだけ大量の核を一度に掴んだにもかかわらず、以前やった時とは違い特に力や気合を入れた様子もなく『よっと』と軽くあっさりと行われて、左拳に集中させた膨大な黒いエネルギーをイプロディカはそのまま地面に叩きつけた。
ズン、という重低音を含む破砕音とともに大量の煙が吹き上がり、少し間をおいてとても立っていられないほどの凄まじいまでの地震が発生した。
思わずアルトは風魔法で体を浮かせたが、イプロディカはあちこち地割れの発生していく地面の上に微動だにせず立ったままだった。
数十秒かけて地表部分の割れ目が広がり全貌が段々と露わになっていく。
『人や物を遠く離れたあちこちに転送する≪ゲート≫とか≪ポータル≫とか呼ばれたシロモノらしいぜ』
丁度ダンジョン核を囲むような形で、金属とも石材ともつかない数本の柱が屹立していた。
土の剥げた地面もまた、それと似たような材質の床となっていた。
アルトは驚きを隠せなかった。
人一人を任意の場所に飛ばす空間魔法の転送でさえ人には御し難いものなのに、嘗てあった古代文明はそれを大規模に、且つ安定して行う設備を持っていた事。
そして目の前のそれは高いエネルギーを発しており、現在も使える「生きている」状態であることが何よりも驚愕すべき事だった。
『強いエネルギーさえ叩き込めば起動するとは聞ィていたが、上手くいったよォだな』
『お前・・・こんなものを使って何をする気だッ!』
『あン?決まってんだろ――デスマッチってやつだよ』
グオン、と空間そのものが揺れたような気がした。
同時に、千切られた分多少縮んではいたもののそれでもなお直径にして10mはあるダンジョン核がぐにゃりと歪んだ。
瘴気の塊である核と重なったままゲートが開いたのだ。
『行き先の開いてないコイツに呑まれるとどうなると思う?まあ言うまでもねェか』
空間魔法は、アルトのような例外を除けば人族にとっては移動速度の多少の向上の他には大出力で意図的に暴走させ攻撃魔法として運用するしかないものだ。
つまり今このゲートの向こうに放り込まれた者の運命も、そうなると言う事だ。
既にダンジョン核の瘴気は、玉虫色の輝きを放つ繭型の穴を通じ時空の彼方に全て吸われ消え去っていた。
『つーわけで、続きだぜ!』
突き出された黒い剣を避けたアルトの背後から、腐った丸太が襲い掛かった。
伸びた剣先で突き刺され引っ張られたその丸太を屈んで避けたアルトの髪が掴まれ、膝蹴り。
地の魔剣と氷の障壁で咄嗟に防いでもなお内臓に響く重い衝撃。
イプロディカはそのまま、全力でアルトをゲートに向けて放り投げた。
アルトは≪光壁≫で空中に足場を作りブレーキを掛けようとしたが、イプロディカが瞬間的に魔力を高めているのを見て発動魔法を変えた。
自ら放った≪衝撃波≫で真横に飛ばされたアルトの居た場所を凶悪な瘴気砲が通り過ぎ、ゲートの境界に触れるとそのまま吸収されてしまった。
アルトは着地しながら、街道結界からの魔力がいつの間にか切れていた事に気付いた。
さっきの地震でどこかの杭が抜けたのだろうか。
一方イプロディカはダンジョン核の一部を取り込んだことで、さっきより速く鋭くなっている。
これは流石にマズイな、とアルトが思った瞬間、太陽の光を何かが遮った。
アルトたちの頭上からは人の形をした歪で巨大な何か、それに続いて人影が二つ落下して来ていた・・・。




