56. 聖女 ~ 魔族討伐作戦 - 4
王都大聖堂は神からの力を最も受け取れる最大の聖地、とされている。
それは決して間違いではなく、勇者の聖剣を奉じ、神聖王国中にその強大な力を届かせる中心であると言うのは正しい。
しかし、正確ではない。
真の聖地と呼べる秘匿された地は、他にあったからだ。
王都の外れ、森に囲まれた場所にそれはあった。
妖精に匹敵する強い惑わせの結界により人を寄せ付けないその中心に、花の咲き乱れる穏やかな平原があった。
もし知っている者がいたなら「まるで妖精郷の様」と感想を抱いた事だろう。
しかし、この場所と妖精郷の両方を見た事がある者は、今のところこの世界のどこにも居ない。
最高位の女性神官戦士に前後を挟まれ、ある男が可愛らしい屋敷への道を歩いていた。
白い髪に目元を隠す金属の仮面、決して外さない右手の小手。
聖剣の勇者の一人≪吹雪のイオンズ≫だった。
イオンズの手には、細長い木箱が抱えられていた。
本来なら従者やメイドの仕事だが、余りの重量に高位の神官戦士でさえも持ち運ぶのは辛く、聖剣の勇者として水準を遥かに超えて鍛えられた彼ぐらいしか持つことができないのだ。
「貴方が来るのを楽しみにしていましたわ、勇者様」
屋敷の中、見るからに一流の職人の手によるものの装飾は控えめなベッドから上半身を起こしイオンズを迎えたのは一人の少女だった。
見た目は十代中頃、透き通る肌に見る角度によって反射する色を変える不思議な髪。
無垢でありながら何もかもを見通すような瑠璃色の瞳で微笑みと共にイオンズを見つめた。
「今日はこれをお返しに来ただけですよ、聖女アーフィナ」
「元々それを作らせたのは勇者様でしょう?貴方なら好きに使って構わないし、邪悪な事に使ったわけではないのは気配で分かります」
そういう訳にもいきませんでしょう、と返しながらイオンズは木箱の中から金属の筒のような何かを取り出した。
蚕か何かの繭を細長く引き伸ばしたような形状のそれを、イオンズは手慣れた手つきで室内に据え付けられた機械のような物に取り付けた。
同様の部品が円形に並んで配置されており、欠けたところに再び固定されたそれにも他と同様に力が流れ込みだした。
華美ではない物の上品な部屋、というより聖女アーフィナの屋敷全体には一見すると余りにも似つかわしくない無骨な金属の塊。
これはイオンズが黄鉄の指親方の協力で造らせ、脅しに近い事をガルデルダと教会に対して行いコネを活用、さらに効果を納得させることでここに設置することを許されたものだ。
「貴方に会える日を心待ちにするのも私の勝手でしょう?それのお陰で、私も随分と楽になっているのですよ」
「ええ、今日は約束通り一日お付き合いさせて頂きます」
普段人に見せる寡黙さからは想像もつかない柔和な笑みで、イオンズは答えた。
聖女アーフィナ。
聖域の中から出る事のない彼女こそが、神聖王国の街道結界と言うインフラの根幹をたった一人で担う存在であった。
イオンズが設置させたこの機械は、言うなればただの魔力の一時保存器である。
ただしその最大魔力容量は、記録上最大の竜にして百頭分という莫大なものに匹敵する。
これを使用する事で、聖女の体調が悪い日にも否応なく街道結界の維持に吸われていた魔力に、調子のいい日に過剰に放出されていた分を保存し充てる事が可能になった。
そして、聖女の負担を半減させることに成功した。
聖剣の勇者の一人ではあっても胡散臭い仮面を外さない冒険者であるイオンズが監視付きとは言えここに来られるのも、聖女本人の意向とこの功績あっての事だ。
アーフィナがベッドから降りようとし、側仕えの神官戦士が押しとどめようとした。
「いいじゃない、たまには私だって外でお日様を浴びたいのよ。明日から三日間は何も出来なくなるんだし」
見た目の歳相応に見える笑顔に、神官戦士は頷いて杖を差し出して肩を貸すことに切り替えた。
イオンズはその様子に一瞬ではあるが見入っていた。
「・・・どうしたのですか、勇者様?」
「いえ、病弱で伏せることが多かった母の事を思い出していました」
「そう・・・きっと私は、勇者様のお母様よりも年上なのでしょうね」
イオンズには答えに詰まった。
世から隔絶された孤独を湛えたその表情の意味を、彼は誰よりも理解していた。
少なくともアーフィナは、五十年以上今の姿のまま聖域の中で重い役目を負いながら生きていると、そうイオンズは聞いている。
それでもやはり、彼女と彼のそれはイコールではないのだ。
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「わちゃ~・・・これはどうにもならんな」
深緑の谷を行く謎の剣士Xたち一行は、たった今盛大に崩れて塞がった道の岩や土砂を見上げていた。
ずんぐりした体形で地中を掘って進む鳥という未だ名前も知られていない魔物と戦った結果、穴をボコボコに空けられて脆くなった岩壁がかなりの範囲に渡り崩れてしまったのだ。
「多少ぶっ飛ばしても端から新しく崩れそうだな。どかすのは無理か」
「僕の地魔法でも、最低限の安全を確保して固めながらトンネル掘るにしても丸一日はかかりますね」
つまりは出力的に出来ない訳じゃない、と言う超人的な暫定パーティメンバーにミリオンは劣等感以前に呆れていた。
そんな事よりも何よりも、崩れてしまったのが帰る側の道というのが現状最大の問題として立ち塞がっているのだ。
「ひとまず≪浄化≫で瘴気を払い、魔物の気配は遠ざけた。一度休憩にしないか」
ファイの提案に、とりあえず一同は賛成した。
その場でリラックスしながらも警戒のためのアンテナをほぼ無意識に張る、それができていたミリオンに他の三人は密かに感心していた。
これは初心者や下級冒険者のうちは出来ない奴が怪我をする、上級ともなれば一人出来ない奴が居たばかりに全員死ぬという冒険者必須の姿勢だ。
まるで張り詰めた糸のように始終極限まで集中するのではなく、疲れを回復しながらできる塩梅を見極める。
これが実に難しく、戦闘技術においてはほとんどの点で未熟さが目立つ黒い全身鎧の少年を同行者たちがある程度信頼しているのはこういう細かい点にもあった。
プシールが持っていた地図を広げ、ファイが≪照明≫を発動しそれを照らした。
「地形に関して既にほとんどが踏破されているのは良いとして、すぐに流れが変わる水や現在の大まかな植生、魔物のいそうな場所まで事細かに記してあるのはどういう事なのだ?」
「ああ、件のアルトという少年冒険者が≪探知≫を強化した魔法をあの凄腕エルフと共に作り出し、通常のダンジョンよりも広いこの深緑の谷の大まかな事を調べたそうだ。それをいくつも複写してパーティーごとに持たせると」
ファイの疑問にプシールが答えた。
何とも大盤振る舞いだな、と謎の剣士Xは思いながらもアルトと言う冒険者の正体に思いを巡らせていた。
ここまで強力な魔法をホイホイ使える者など、そうはいないという水準を通り越して全人間や妖精族、獣人まで含めて何人いるか?と言うレベルなのだ。
『地図で見ると、今までと同じぐらい進めば他の道と合流できますね。その頃には聖女の・・・祈り?が始まってるかな』
「む・・・ミリオン君、その鎧だが自動修復でも付いているのか?」
ファイの指摘した通り、ここに来るまで無傷ではなかったミリオンだが鎧はある程度修復されていた。
一度は氷魔法の直撃も受けて派手な破損個所もあったのだが、その穴も小さくなっていた。
『魔剣と繋がってるんですよね、これ。魔剣内に溜めた魔物の生命力を使っちゃうからもっと上手く立ち回らないと』
低位とは言え魔法の直撃を受けて耐える、と言うのは本来魔力放出や防御魔法が使えないような魔力を持たない、低いとされる人間にとっては如何に鍛えようと不可能とされる。
但し、謎の剣士Xことどこぞの騎士団長に教えを受けたのなら話は別だ。
しかしそれにしても、直撃の場合も本来即死のところ何とか回復が間に合う傷に抑えるのがせいぜいだ。
食らった次の瞬間に剣を振るって反撃、と言うのは彼をしても自分以外の誰かが出来るなど想像の埒外だった。
つまり致命傷不可避のその刹那に合わせて、外から観測不可能な体内魔力を相当集中させていると言う事になる。
ミリオンの黒い鎧はそれ程魔法防御能力が高いような代物には見えない。
相当な能力隠蔽が掛かっている可能性もなくもないが。
(コイツならもしかして・・・)そう、現在の世界に並び立つ者の無い剣士の脳裏をよぎった。
が、それも一瞬で断ち切られた。
『あ、そうだ。≪収納≫に山ほどモリナシがあったんだ。皆さんもどうぞ』
ミリオンの腰のポーチから取り出されたそれは、一般によく食べられているモリナシよりも遥かに巨大な実だった。
「お・・・おい、何だそれ。本当にモリナシなのか?デカイ・・・と言うか、あり得ないぐらい魔力が籠ってないか?」
「この清浄な・・・まさか・・・いや、よく見れば確かにモリナシの実には違いないが、いや・・・何でもない」
「お、コイツはあん時と同じモンだな。何でもいいから食おうぜ」
それぞれに驚くプシールとファイの反応を横に置き、謎の剣士Xは適当にシャクッとかぶり付いた。
「うお、甘ェ!うんめえなコレ」
獣の様に甘美な食い物を貪る、そんな鳶色の髪の同行者の様子に二人の勇者もゴクリと喉を鳴らし、思い思いに一口目に挑んだ。
工夫された菓子類よりは甘くない、が野趣あふれつつ瑞々しい果実の風味は疲れを感じる体にはインパクト十分なものだった。
「魔力が多少ではあるが回復している・・・魔力ポーションはガブ飲みすると不自然に力を流し込まれるようで気持ち悪いけど、染み渡るように僕の体に果実の魔力が馴染んでいくな。いやそれだけじゃない、力が湧いてくる気がする」
「プシール殿の言うとおりだが、私はどちらかと言うと神聖な温かさを強く感じている。一体ミリオン君はこれをどこで・・・いや、やめておこう。ミリオン君、道は違えど人とも魔物とも多く関わる先達として忠告しておこう。このモリナシの実は、その鎧を脱いで素顔の状態では我々の前にさえも出さぬ方が良い。それ程の品だと言えば、わかるだろう」
ヘルメットの目を覆うバイザー部分は開けないが口の部分だけは開閉可能で、それで自分の分のモリナシに齧り付こうとしていたミリオンは神官戦士ファイの言葉で凍り付いた。
『あー・・・これもそうなのか・・・あ』
失言に自分の口を押えたが、もう遅い。
「・・・私も職務や立場上少なくない秘密を抱えざるを得ないが、恐らく君には負けるな」
「僕たちが詐欺師や泥棒しなくても食えている事を神に感謝しなよ」
『・・・オッス』
その瞬間、不意にミリオンは仮面の下で何かがざわつくような感覚を覚えた。
魔物の襲撃の予兆とも違う、しかし、それ以上に重大な何かが起こってしまったような・・・。
どのみちこの時の少年には知る由も、また知ったところでどうしようもない事態が発生していたのだが。
もう一人の『アルファ』を出してしまった。
考え付いたはいいけど取り返しがつくだろうかコレ(創作上の不安)。




