55. 再びの旅立ち
話をまたいだり、「~・~・~・~・~」で場面転換した場合は時間軸も多少前後することがあります。
今回のお話は大体深緑の谷攻略と平行して行われているって思ってください。
中ツ国で人族が作る家屋と違い、妖精郷の家と言うのは特に壁などで加工が最低限の木材をそのまま使っている場合が多く、気密性と言うのはほとんどない。
そんな造りなので全ての窓や戸を閉め切っても、昼間であれば隙間からまぶしい光が差し込む。
今のザアレには、それさえも堪らなく鬱陶しかった。
浅く短い眠りで辛くもあるが楽しい二人旅を夢に見て、すぐに醒めてたった一人の部屋に取り残される。
丸一日その繰り返しだ。
ドアの外では、お節介な幼馴染の子が待っているのが気配で分かる。
でも今は一人になりたい。
そのままどこかに消えてしまいたい。
・・・その時、部屋の外からあたりが騒がしくなったのが聞こえてきた。
『わーでっかい』『ナンダコレー』と、好奇心たっぷりの子供のフェアリーたちの声がだんだんとこちらに近付いて来た。
そして。
『ちょ、ちょっとなんなのよそのでっかいの!キャーッ!』
明らかに家の中までその異状が入ってきて、ザアレは流石にドアを開けた。
見ると足元には腰を抜かしているパールピンクのツインテールの女の子、そして巨大な猪の顔があった。
ザアレの部屋は家の玄関からすぐ横にある配置のため、こんなことになっていたのだ。
≪久しいな―――と言うほど時は経っていないが、また会ったなフェアリーの娘≫
『!ひょっとして、あなた―――あの時のお化け猪!?』
猪自体にも見覚えがあったし、その頭の上に載っているピンクのスライムなど忘れたくても忘れようがない。
『ザアレ、お前に客人だ―――と言う前にこうなっていたか。それと見ていてくれてありがとう、スピナ』
巨体の陰からヴギルが顔を出し、ザアレに声をかけると同時に座り込んで目を白黒させているパールピンクの髪のフェアリーに礼を言った。
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≪二つ、謝罪をさせてほしい。まずは前に会った時に驚かせてしまった事だ。あの時は精霊の力が弱っており、魔物の本能を取り戻さぬよう藁にも縋る思いで妖精族を追っていたのだ。何とか頼って精霊を回復できないか、と。結局言葉が通じずあの有様だったが≫
『うん、それはいいんだけど―――もう一つは?』
≪今回の事も、我らのせいなのだ≫
化け猪は、ヴギル達妖精戦士にしたのと同じ説明を行った。
安住の地を求めて彷徨っていたところ、突如として通常よりもはるかに濃い瘴気で狂いかけていた魔物たちに出くわし、咄嗟にピンクのスライムが行った転送魔法でこうなった事。
スライムがどうやら、以前妖精郷を襲った飛竜と同じ血を引く卵から孵った存在らしい事。
ザアレはそれを聞き、暫く黙っていた。
『―――誰もさ、悪くないんだよね。猪さんとスライムさんは今出来る唯一の事をやっただけだし、女王様も妖精郷にとって一番いいのは何かって考えてそうしているだけ、なんだよね』
『―――予定が変わる事は、恐らく無い。妖精郷を護るためには、地の果てに在る大瀑布よりも越え難い壁を築かねばならん。それは地竜の如く大きな力を糸細工を編むように繊細に操るような作業だ。そのためにはザアレ―――女王候補の一人である、お前の力は無くてはならん』
ヴギルの言葉に、ザアレは頷いた。
未だ涙の痕のある酷い顔だったが、「迷ってる暇はない」と表情で語っていた。
『分かってるよ、お父さん。あたしは妖精郷に留まる―――けど、ガメオとの紲はそんな事じゃ途切れないのをハッキリと感じてる。だからさ―――ここは、ちょっとだけずるをするよ』
そう言うとザアレは胸の前に両手を出し、強大な魔力を珠の様に丸め、多くの精霊を集め出した。
部屋の中が温かな光で目も開けられないレベルになり、数秒か数十秒か分からない時間の果てに漸くそれは収まった。
ザアレの手の上には、ザアレによく似ている小さな妖精が生み出されていた。
大きさのほかに、翅が蝶ではなく蜻蛉に似た透明で筋の入った細長い形のものである点が違った。
≪何と―――ピクシーを生み出したのか!?これが妖精族の中でも精霊そのものに最も近い、フェアリー族の力なのか?≫
『こんな真似ができるのは歴史を紐解いても数えるほどしかおらんよ。我が娘ながら―――凄まじい力であるな』
『あたしは妖精郷が閉じる前に、あたしの分身の≪ゾオレ≫を中ツ国に送り出す。この子を通していつだってガメオに会えるように』
『まかされましたー!』
そこにいた一同は、ザアレの行動とそれに続く発言にあっけに取られていた。
ただ一人がパールピンクのツインテールを揺らし、興奮した様子でザアレに賛同した。
『そう、そうよ!それでこそ私の終生のライバルよ!この私と次期女王の座を争うんだからそのぐらいじゃないと!』
スピナは、幼い頃から何かとザアレに張り合うと言うフェアリー族としてはやや珍しい気質の持ち主の女の子だった。
ヴギルが戦士長となって森一つ隔てた集落から女王の居城の近くに引っ越した際は、ザアレを泣いて引き留めようとしたものだ。
そして現在は修業を重ねた結果、次期女王候補の一人にまで数えられるほど実力をつけていた。
『ふふ―――ありがとう、スピナ。大好き!』
『べべ別に、そういうんじゃないんだから!』
「少シ・イイダロウカ?」
会話を遮ったのは、化け猪の頭の上のスライムだった。
「ソノピクシー・一人・デ・行カセル・ノカ?」
『そのつもりだけど』
「私タチ・モ・ソノ旅・ニ・ツイテイク・事ハ・デキナイカ?」
『―――いいのか?確か安住の地を探して彷徨っていたのだったな。此処は間違いなく亜精霊にとっての安住の地となり得るのだと思うが』
≪確かにそうだが、もうそれはいい。此処の水と風と食物は余りに強く、最早飲まず食わずでも100年は平気で生きられる身となった。旅も悪くは無いものだ。それに、我等はこのフェアリーの娘に詫び代りに何かをせねばならぬ≫
何より気になる事があるしな、と続けた分は化け猪は思念の言葉に直さなかった。
あの瘴気の影響で狂化寸前の魔物の群れを見つけたのは、偶然ではない。
一人の男が現れたのだ。
彼は猪とスライムを導くように歩き、そこに魔物たちが居たのだ。
(今すぐ妖精郷に送り込めば彼らは、いや全てが助かる)
そう、ピンクスライムは直感的に理解した。
しかし生まれつき使える高度な空間魔法はあっても、大規模なそれを可能にする魔力は持っていない。
そこに急に流れ込んできたのが不自然なまでに強い魔力で、それが妖精郷までの一挙転送を可能にした。
どこをどう考えても偶然などではなく、あの男が何者かの企みを化け猪とスライムに見せつけ、破らせたという結論にしかならない。
だがあの男は何なのか。
魔物達を捕らえ、狂わせていたのは誰か。
取り敢えず覚えているのは、その場まで導いた男のいでたちである妙な仮面と、白い髪の毛だけだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『―――どこのどいつか知らないけどさ、やってくれるじゃないの』
フォーリムは一人、森の中である仕込みをしていたはずの場所に怒りと共に立ち尽くしていた。
既にそこはもぬけの殻で、瘴気を過剰に流し込み完全に狂う寸前の魔物たちを結界で閉じこめていたのが、結界の痕を残して何も残ってはいなかったのだ。
招かれず妖精郷に入った者は発狂し、戦えなくなる。
しかし最初から狂っている場合はその限りではない。
あと一日も放置すれば最高の状態に仕上がり、そのタイミングで妖精郷に送り込んでやれば今度は嫌がらせではなく文字通り壊滅的な打撃を与えられたはずだった。
転送の為に必要な莫大な魔力は、魔族と化したイプロディカ討伐の為に街道結界の魔力が増すのが分かっていたのでそれを使う予定だった。
最早フォーリムは魔王派など当てにはしていない。
今回の事は完全に独断だ。
だがそれも何者かによって完全に挫かれた。
まるでこちらの手の内を見透かされた、いや初めから知っていたかのように。
『こうなったらイプロディカ、アンタのお手並み拝見と行くよ。アンタが勝てばそこが魔王派の聖地だ』
最近空気気味だったザアレちゃんを泣かせたり落ち込ませたかったがためにこんな事になってしまった(素直にゲロ)。
まじですまぬ。




