5. 聖剣と魔剣 - 聖剣
『このような、事・・・許される、などと・・・思うな・・・!我等、の・・・禁言は・・・千度、万度の冬を越そうと・・・貴様等の軛となり・・・決して外れぬ・・・外さぬ』
「許さないのは私だけにしなさい、どのような物であれあの子には届かせない」
悪臭漂う暗い地下室。
この世の闇が集まりとぐろを巻いたかの如く一層見え難い一角から投げ掛けられた呪詛に対し、感情を殺したような表情と声で女は答えた。
やがて闇の中の生命の気配が消えると同時に、流れ出た魔力が2つの塊となった。
1つは女の方に飛んできて、女は避ける事もなく受け止めた。
もう1つは地上を求め飛んで行こうとして、女の放った光の網に捕らえられた。
「届かせないと、言ったでしょう」
両の魔力を体内に取り込むと同時に、女は立つこともままならぬ重い病のような不快感に襲われた。
叫び出したいほどの全身の苦痛、悪寒と四肢の震え、吹きあがる脂汗。
内臓からの出血を口の端から零し、女は安堵と共に清潔とは程遠い床に倒れた。
これで、あの子を傷付け得るものはこちら側にはもういない。
王都にて儀式に臨んでいる我が子の顔を、女は痺れる脳裏で思った。
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予言された魔王に対抗するための選定の儀が、大聖堂にて行われていた。
これは現在認定されている勇者の中から神託により四人を選び、それぞれに聖剣を与えるという儀式だ。
但し、これは言うなれば茶番である。
儀式を執り行う中で重要な立場に就く者、また勇者四人のうち三人にとっては最初から承知の事である。
魔王に対抗しうる真の勇者【聖勇者】はただ一人しかおらず、またその武器である真の聖剣も実際は一本しか存在しない。
厳粛に演出された雰囲気の中、大神官の口から四人の勇者の名が呼ばれた。
その名の一つに対し、厳粛な式典の場はどよめきを抑えられなかった。
半分驚き、半分納得と言った雰囲気だ。
まだ子供と言ってもいい年齢のその少年は類稀なる光の魔力と剣の才能を秘め、実戦経験どころかさしたる訓練もないまま人里に現れたオークを撃破したと言う。
それを見込まれ神官戦士の見習いとなり、修行中の身ながらいくつかの対魔物戦で手柄を挙げ史上最年少で銅勇者となった話題の人物でもあった。
四人の勇者はそれぞれ指定された聖剣の刺さる台座の前に立った。
しかし、儀式を執り行う中で聖勇者と聖剣について真実を知る者の多くは内心、気が気ではなかった。
既に衆目の前に出て来たものの、実は肝心の『真の聖剣』の準備がまるで不十分だったのである。
太古から伝わる聖剣は、普段は柄も外された状態で台座に刺さって封印、あるいは休眠状態にある。
これを覚醒状態にまで持っていくためには、一度も血を吸っていない魔剣を数多く消費する儀式が必要となる。
だが、魔王に与すると思しき集団の襲撃により各地の工房から集められる途中の魔剣の一部が破壊され、数が足りなくなってしまった。
集められた魔剣は、真の聖剣覚醒儀式と同時に、その応用で開発された三本の偽の聖剣を強化する手法でにも使われる。
そのため偽の聖剣も並みの魔剣では及びもつかない強力な魔法兵器となる。
その位でなければ真の聖剣を欺瞞する存在にさえならないからだ。
だが襲撃事件により肝心の聖剣覚醒に回す魔剣が無くなった。
今回偽の聖剣の強化作業を優先し、また各工房もフル回転で漸く収める量が準備できた状態だったのだ。
鍛冶を得意とし、人に混じり生きる妖精族ドワーフたちが何故か余り協力的でなく、既にある分の魔剣の拠出は何とか了承させても新しく作るのに同意はしてもらえなかったのが何より痛い。
取り敢えず国内最高のドワーフ職人に柄だけは作らせたが、それだけだ。
式典のクライマックスは、勇者たちによる聖剣の励起である。
それが失敗となればどれだけの影響があるのか、想像に難くない。
しかしこの有様でありながら全く動揺のない様子で式典のゴーサインを出したのは、神聖王国に於いて勇者に関してのみ実質最高権力の先王にして王兄・ガルデルダだった。
台座の前に立つ幼い勇者は、先月ゴブリンに襲撃され滅んだ村の事を思い出していた。
彼が神官戦士部隊の一人として駆け付けたときには、既に動くものは醜いゴブリンどもを除いて全く見当たらなかった。
そこで少し前まで自分より幼い少女だったと思しき何かが辛うじて原形を留めて居るのを目にした時、若すぎる勇者は人生で初めて本気でキレた。
普段は我先に飛び出し気味な自分の暴走を諫める隊長や先輩たちも、その時に限っては叱る言葉が少なかったように思い出された。
恐らく皆通ってきた道なんだろう、とも思った。
だがしかし今回は単に魔物が暴れたのではなく、瘴気をばら撒いてそれを起こしたという明確な悪意の存在がある。
魔王に忠誠を誓い暗躍する組織だ。
(もう二度と、やらせはしない)
真新しい柄を握る手に光の魔力を注ぎ込むが、なかなか励起しない。
聖剣とはそういう物かも知れないが、既に他の勇者三人は励起して魔力と圧力を放つ剣を台座から抜き払っている。
遅れるわけには行かない。
多少送り込む魔力を強めたところ抵抗を貫通した手ごたえと共に台座の聖剣が励起、同時に右手の甲に何かの力が集まり熱を持ち、光と共に生まれた時から皮膚の上にあった紋章がよりくっきりと形を持った。
そのまま抜かれた聖剣は、聖堂の天井まで届く神々しい光の柱を作り出した。
実はこの時天井どころでは済まず、神聖王国のあらゆる場所からこの光の柱を見る事が出来たのだが聖堂の中にいては知る由もない。
この式典会場に居合わせていながらガルデルダはただ一人、この結果に対し最も感情の動きの少なかった男であったろう。
いくら魔王の眷属が蠢いて多少魔剣の数が足りないところで、歴代最強と最初から分かり切っていた幼い勇者の魔力の前では文字通り何の意味もない。
村が一つ地図から消えた事を含めても、真なる聖勇者の資質の前にはプラスの意味でもマイナスの意味でも欠片ほどの影響もないのである。
斯くして、史上最年少の銅勇者アルテアは聖剣に選ばれた。
金勇者の称号を与えられ、本当の意味で勇者としての道を歩み始めたのである。
元は一つだった話を二つに分けてみました。
交互にエピソード入れるんならこの形式でもいい気がしますし、何より個人的にこのぐらいの分量の方が読みやすいんですよね(せっかち感)。
そんなわけで次回のサブタイは『6. 聖剣と魔剣 - 魔剣』です。