48. 亜精霊と謎の剣士X
『クッソー、あの化け猪!』
腕輪の鎧を装着した状態で木陰に隠れたガメオ、そしてその横のザアレの前に異常成長を果たした巨大な猪が興奮の収まらない状態で居座っていた。
ここ数日の間、魔物狩りに出かける二人を見かけては突撃してくる謎の猪。
ギルドや妖精郷で聞いてもグレートボアと言う魔物じゃないか、という話だったが強化個体や変異体にしてもおかしい。
明らかに通常より装備などが優れたオウガ強化体が率いたゴブリンの大群さえも一撃で蹴散らす巨体とパワーがあるなど異常個体にしても誰も聞いたことがなく、何よりザアレの眼でも魔物に無いとおかしい瘴気をほとんど見てとれず、むしろ強い精霊の力を感じていた。
何にしろ問題は、奴のせいで魔物を狩るための労力が跳ね上がっている事だ。
フェアリー族と招かれた者以外が入れないはずの妖精郷への小径まで追いかけてくるなど、もう訳が分からないと言うしかない。
姿を変えたらどうだと念のため黒い鎧を呼び出してみて、声もランツェのものに変えているのにこの通り全くの無駄であった。
『ひょっとしたらあの猪、亜精霊かもしれない』
『亜精霊?』
『長生きした動物が何かの原因で強い精霊の力を得て、何百年生きる森の主とかそういうのになることがあるらしいの。あたしも初めて見たけどね』
『何だっていいけど、おれたちが視界に入ったら全力ダッシュしてくるのやめてくんねーかな・・・森のヤバイ場所を荒らしたとかそんな覚えはないんだけど』
『それがね―――別に怒ってるとか、そんな感じじゃないんだよね』
それはガメオも感じていた。
あの猪からはこちらへの殺気の様なものは全く感じられず、だから困っていたのだ。
その時、この前散々聞いた偏屈ドワーフとはまた違う意味で押しの強い声がした。
「おう、こいつはでっけえイノシシだな。ステーキにしたら何枚分だ?」
それは鳶色の髪と顎髭で、冒険者というより騎士団辺りが着そうな完全武装の全身甲冑姿、腰と背中にそれぞれ剣と言うどうにも冒険者の通う森には場違い感のある、体格のいい人族の男だった。
一目見た瞬間、ガメオはその男がヴギルとどっちが強いのか分からないレベルで遥か彼方に超越した強さの持ち主であることが分かってしまった。
僅かな所作から感じ取れるもの、そしてオーラとでもいうべき雰囲気が勇者シグナム以上のものだったのだ。
・・・あと多分、その猪は食ってもあんまり旨くないと思う。
お化け猪は興奮しているが、その男には大した興味も向けていなかった。
「オイオイ無視すんなよ寂しいなー、っとわぁ!」
男があまりにも不用意にお化け猪に近づいところ流石に激しいリアクションがあり、案の定という結果になった。
猪の巨体と超パワーにより全身甲冑の大男が遥か上空に弾き飛ばされるという、度合いを鑑みると「案の定」では済ますのが難しいレベルではあるが。
あ、ヤバイ・・・とガメオが思ったのも束の間、男は数十kgはある金属の塊に身を包んでいるにもかかわらず、まるで何度もリハーサルを重ねた軽業師のアクロバットのように鮮やかに回転し、地に着く音も僅かに抑え見事に着地してしまった。
「ハッハッハ、なかなかやるじゃねーか!焼肉はやめてうちの騎士団に入らねーか・・・お?」
その時男は、うっかり木陰からはみ出してしまったガメオに気付いた。
こんな場所なのに全身鎧と言う変な恰好なのはお互い様なのに「なんだあの変なカッコ」と先に言われた悔しさを、ガメオは感じる暇もなかった。
猪が狂乱をきたしてガメオの方に突っ込んできたからである。
ザアレは姿を消して頭上に退避したが、二本の足で地上を歩くしかないガメオはそうはいかない。
既に野犬の群れに追いかけられても余裕で撒けるガメオの脚力をもってしても、あの猪はなお追跡者として強烈すぎる。
木々や岩を破壊して一直線に飛んでくるソイツに対し、急に直角に曲がるという基本的な逃げ方をへとへとになるまで繰り返すしかないのだ。
これで持久力で猪に勝っていなかったらどうなった事か。
だが今日の追いかけっこはすぐに終わった。
いつの間にか猪とガメオの間に割り込んでいた鎧の男が、身一つで10m近く押し込まれた程度でその猪を止めてしまったからである。
「ぶもおおおおおおおおおおーーーー!」
「殺気は感じねえ、が・・・人様を襲う危険な獣なら」
左手のみで完全に巨大な獣を抑えながら、右手は腰に下げた剣の柄に伸びた。
ザアレの(殺させてはダメ!)という言葉の形も結ばぬ思念を受け取るのとほぼタイムラグなくガメオは動き、男の右手首をガッチリと掴んだ。
『斬るのは待った!正直ソイツは殴りたいけど殺しちゃダメだ』
「・・・ほう?」
ガメオはその男の異常な膂力で抜き打たれようとする剣を止めるのに全力を振り絞らされていた。
男は殺気の方向を巨大猪からガメオに変え、ついでに何故か感心したような笑顔交じりの視線を向けていた。
「殺すのは駄目だとして、どうする?」
ガメオはどうするかは全く考えていなかったが、何となく当てのようなものはあった。
開いた左手でポーチをまさぐり、ザアレの≪収納≫で収めていた巨大なモリナシの実を取り出した。
魔力が高く腕のいい収納屋による≪収納≫なら、食料が通常の十倍以上日持ちする事がある。
そしてもしもの時の栄養補給にモリナシを≪収納≫しておく冒険者と言うのは多く、通常は凄く酸っぱいが非常に疲れている場合は甘く感じられるのだ。
そしてザアレによる≪収納≫の場合、突っ込まれていたモリナシを一週間ぶりに取り出したら小ぶりなメロン位の大きさに膨らんでいて、宿る精霊の密度も増すというのを以前発見していたのだ。
味もやや食べやすくなっており、ザアレによるとフェアリー族がしばらく身に着けた花や実、種などにしばしば起こる現象だという。
「お前ひょっとしてコレが目当てだったんじゃないのか?」
「ぶー、ぶもっ、もーーーーー!」
差し出された巨大モリナシに、巨大な猪がシャクシャクとがっつく。
なかなか豪快な光景である。
いつの間にか男は猪の鼻頭を抑えるのを止め、ガメオも男の手首から手を放していた。
そして猪は膝を折り、その巨体をゆっくりを地に降ろした。
「ん?コイツの頭の上に何か乗ってないか・・・スライム?」
猪の毛皮に半分ほど埋まっていたが、そこには男の言う通りピンクでプルプルしたスライムらしき小さな生物が乗っかっていた。
だがそのスライムは魔物らしくない下の猪同様に瘴気を全く持たない事を、身隠し状態のザアレは密かにガメオに伝えてきていた。
大体、落書きみたいな気の抜けそうな顔の付いたスライムなどというのは見た事は勿論、話にも聞いたことがない。
『えーと・・・コイツにも食わせたらいいのか?』
「ぶもー」
幸い≪収納≫には以前のちょっとした冒険の結果モリナシを突っ込んであるため、もう一個出すぐらい訳はない。
そのピンクのスライムは、スライムの通常の捕食方法である全身で溶かすのとは違う、子供の落書きじみた口で普通にモリナシをガリガリと食べた。
食べ終わったスライムは、ガメオに対して何か人間の言葉のように聞こえるようなそうでもないような、妙な長めの鳴き声で鳴き掛けた。
それは非常にゆったりと間延びした、それでいてかなり高い音という聴いた者の心と体を驚異的な勢いで脱力させる、それはもう変な声だった。
スライムによる何か挨拶らしきものが終わると、小山の様な巨体の猪は踵を返し、今までの暴れっぷりが嘘のように大人しく去った。
「やれやれ、王都に向かう途中で戦の匂いを嗅ぎ付けて参じてみたがとんだ珍体験だったぜ。なあお前、最近ここでデカイ戦とか無いか?」
ああそう言えばまだこの変な男が居たんだった、とガメオはフルフェイスの下で思いながらも答えた。
『ああ・・・今度大規模な魔族討伐が予定されてるってよ』
「魔族、だと!そいつはマジか!?」
『詳しくは街のギルドで訊いてくれ。まあがんばれよ』
そう言って背を向けたガメオだが、次の瞬間には両脚が宙に浮いていた。
鎧の襟首を器用に掴まれ、持ち上げられていたのだ。
「何言ってんだ?お前も来るんだよ」
『・・・・・・ハァ?』
「俺の剣を腕力で止めて殺気まで受け流すような面白え奴、逃がすわけねえだろ?オイ、そこに隠れてる仲間もいるんだろ?着いてこい!」
ザアレはその男に、優れた魔法的能力の類は全く感じなかった。
当然魔眼のような何らかの特殊能力を持っている気配も。
なのにバレた、と言うのが全く意味が分からない。
何はともあれ今は、高らかな笑い声と情けない悲鳴を一緒に放ちながら高速で遠ざかりだしたそれを追いかけないといけなかった。
ボイロ界隈なら知ってる例のスライムのようなそうでもないようなものを薄っすらぼかして出したかった
後悔はない




