47. 黒い爪
「今お前の店から完全武装で出て行ったの、アルトじゃないか?」
街の武具屋に馴染みの冒険者が尋ねた。
「ああ、金に糸目は付けないって言ってな。すぐ出せる中で、体と手に合う装備で一番いいのを買って身に着けて行ったよ。剣に至っては二本もだよ、まるで傭兵だな」
「そう言えば相棒の獣人が居なくなってこのところ様子がおかしかったが・・・」
「まあ何にせよ、初めて見た時からあいつの所作は剣を使える奴のそれだったしな。魔法使いと言う役割上今まで使わなかっただけなのかも知れん」
「あれだけ魔法が使えて剣も、か・・・本当に何者なんだろうな。存外療養中の何とかって勇者が勘を取り戻すためにバイトで冒険者してるとか?」
ハハハまさか、と言う笑い合う声が大通りの空に吸い込まれて行った。
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そのダンジョンは、鉱山を試掘した際大規模崩落が起こり発見されたものだ。
瘴気のある洞窟でしか育たない珍しい苔などが採れ、また棲息する魔物も資源的価値が高い種類が多かったが、探索拠点となる最寄りの村が山賊に焼かれたためにここを指定する依頼者も立ち入る冒険者も少なくなっていた。
そして現在は瘴気の密度に比べて魔物の影が少なく、ただでさえ少ない彼らも可能な限り物陰からじっと動かない。
気分一つで処刑を執行するような暴君の圧政、または何もかもを更地にして通りそうな圧倒的な侵略者に怯える力なき民衆のように。
そんな洞窟内にはかつて冒険者たちが簡単に整備した通路があり、そこを常人ではありえない殺気交じりの魔力を隠しもせずに、一人の少年が悠々と歩いていた。
ホビットサイズの皮鎧の要所要所を金属板で保護して、剣を一本と盾も備えた如何にも冒険者然としたスタイルは「≪彩色魔術師≫アルト」としての姿とはかけ離れたものだが、それでも余りにも堂に入っていた。
洞窟の最深部、ダンジョン核である巨大な瘴気の球体が浮かぶその空間に、狼の獣人に竜のような翼を生やした姿のそいつは待っていた。
『よォ、意外と早かったじゃねーか』
「・・・ユプシーを放せ、魔族」
『兄妹水入らずの時間を邪魔しにきたのかァ?無粋な奴だな』
「水入らず・・・だと?」
魔法少女装束も解けているユプシーはすぐそこの壁に鎖付きの首枷で縫い付けられており、何とか生きてはいるがボロボロの状態である事が、肉眼でも勇者の眼でも明らかだった。
「お前みたいな奴が、ユプシーの家族を騙るなあああああーーーーーッ!」
アルトは常軌を逸して短い術構築からの≪炎槍≫を、黒い太陽のようなダンジョン核を背負う魔族・イプロディカに対して放った。
一流の射手が放った矢と変わらない速度で迸る火箭を余裕をもって躱したイプロディカだが、ほとんど間隙なく頭上から第二の魔法≪雷雨≫が降り注いだ。
威力そのものは高くはないが魔力障壁による防御を強いられて動きも止まったところに、一流に多少足りない程度と言っていい剣の一撃が飛んできた。
だが全力で固めた獣人ベースの魔族の筋肉は、鍛造した鋼を同じ量だけ固めたよりも堅く強靭であり、その程度で叩き切れるものではない。
ぎん、とまさに金属同士が勢いよくぶつかったような音が鳴り響き、閉鎖された空洞内に反響した。
『それがテメーの≪牙≫かよォ、なかなかイカしてんじゃねーか!隠してたんじゃねえ、無くしてたのを取り戻す途中、ってところか!』
右腕で剣を止めていたイプロディカが笑みを浮かべながらも胸に瘴気が集めたのを感知し、アルトは飛び退いた。
次の瞬間、スパークを纏った黒い光線が空間を切り裂いた。
着弾点からは爆発音とともに煙が吹き上がった。
アルトは、ほんの少し掠った鎧の皮部分が腐ったようにボロボロになっているのに気付いた。
「!」
『クケケケ、じゃあ今度は俺様の番だぜェ!?』
広間のような空間全体が軋む程の、剣と拳の激しい攻防が始まった。
現在はフィジカルも技量でも圧倒的に劣るアルトだが、どうにか食いついていた。
本来は魔法の入る隙の無い間合いではあるが、アルトが購入したのはクラスは低い物の地系統の魔剣であり、それを発動体として足元から≪石弾≫を飛ばしたり瞬間的に剣自体の硬度・弾性を変えたりして差をカバーしていたのだ。
防戦になることを見越して盾を持ってきたのも正解だったが、破壊されるまでは存外短かった。
アルトは、自分自身でも驚くほど冷静だった。
飛竜との戦いで味わったこれ以上ない無様な敗北に始まり、ほとんど動けないベッドの上で学んだ知識の数々、ユプシーと共に積んできた冒険者としての経験の全てが彼を成長させていたのだった。
イプロディカは、残念ながら強い。
ダンジョンの瘴気を浴びてきたためか以前会った時より力を増していた。
一方アルトはまだ万全に快復したとは言い難い。
考えることはこの魔族を倒す事じゃない、ユプシーを安全に取り返す事だ。
だが今はその隙もない。
おそらくは何とかこの攻防を凌ぎながら、相手が焦れてアクションを取ってくるのを待つしかない。
やがて狙い通り、その機会は訪れた。
『ケッ、埒が明かねえな!』
イプロディカは地面を足で思い切り踏みつけた。
衝撃波が岩の破片と共に発生してアルトを吹き飛ばし、投げナイフよりも長い間合いとなった。
翼が広がってより邪悪さの増したシルエットに瘴気が集まり、僅かの間をおいて炸裂するように弾けた。
『避けてみろよオォォォォーーーー!』
四方八方に飛び散った黒い弾丸が、カーブした軌跡を描いて全方位からアルトに襲い掛かった。
まるで巨大な化物の口が矮小な獲物を腔内に呑み込むように。
その瞬間、地の魔剣を持っていない方のアルトの手に光の剣が発生した。
冒険者ギルドには、妖精だけが使える魔法で商売をしている妖精族―――主にホビットである―――が常駐していることがある。
アルトの拠点の街には人間には使えない≪収納≫の魔法で冒険者の荷物を圧縮する「収納屋」をやっているホビットがいた。
それほど多くの荷物を仕舞えるわけではなく、取り出したらその場で再び収納する事も出来ないが相当に重宝されている事は確かだ。
例えば、予備の武器を≪収納≫するなど。
それはやや品質が良く、多少魔法の通りがいい程度の普通の鉄の剣だった。
だが魔法ですらない光の魔力を物理的圧力を伴うほどに集中させ、元の刀身の三倍近い光線の大剣となったそれが振り回されると、それは光で作られた大きな渦となった。
黒い弾丸を全て掻き消しながら高速で全身しつつ勢いを増し、渦というより光球に近くなったそれは、力を放出した直後でほんの少しだけ発生したイプロディカの隙を突く形となった。
『グハアアアアアアアアアアッ!』
効いている、だがこんなもので命に届くわけがない。
動けない状態のイプロディカに対しダメ押しで≪浄化≫を放ちつつ、アルトはユプシーに駆け寄った。
ユプシーの首枷は、本来は鍵となる魔力型を知った上で正確に頭に思い浮かべ、精密に調整しないと解錠出来ないと言う厄介な仕組みだ。
しかし勇者の眼の前では全くの無意味だ。
アルトの指から流れ込んだ魔力でがちゃりと音を立て、首枷は外れた。
ユプシーは全身くまなくボロボロだが、それ以上に消耗が激しい。
即座に魔法での回復を試みるも、妖精の粉いらずのアルトの回復魔法でも体力まで戻るわけではない。
『――やって――くれるじゃねえかッ!』
白い煙の中から、魔力に耐え切れず刀身が完全に蒸発して柄の部分だけになった剣が投げ捨てられ、カランと軽い音を立てた。
本番はユプシーの身を確保してから、とアルトは最初から考えていた。
しかし覚悟はしていたが、当初のプランであるイプロディカに魔法≪光の杭≫を打ち込んで封印、地の魔剣を発動体に落盤を起こして二重に閉じこめると言うのは簡単な話ではなさそうだ。
全身至る所から青白い火を上げ傷を癒すイプロディカだが、左肘から先が無いのが癒える様子はなかった。
いや、元々無いのだろうか。
『――ああ、この腕はお前にやられたんじゃないぜ、元からだ。瘴気を固めて再現してたのが今ので散らされただけだ』
イプロディカは今まで以上に隙の無い様子で、その輪郭をゆらりと歪ませた。
『魔族に転生してもこのまんまだったが、それはいい。「今」を自分の意思で掴み取った証で、俺様の誇りだからな。だが不便っちゃー不便だ――ってーわけで、だ』
イプロディカの左腕を中心に、瘴気と共に光が集まりだした。
しかし瘴気と一緒に放たれるその気配に非常に似ているものを、アルトは知っていた。
あれでは、まるで・・・!
『――変身』
・・・光が収まると、左肩から先が禍々しいカラクリ仕掛けの甲冑のような腕になった、イプロディカが立っていた。
「ッ・・・その気配は、ユプシーの魔法少女姿と同じ獣人の戦装束!なぜお前が!?」
『何か勘違いしているようだが、これを使えるのは女だけじゃねーんだぜ?ただ男は魔力が低いから使っても意味がねーってだけでな。そして――』
アルトの視界から、何の予兆もなくイプロディカが消えた。
次の瞬間、アルトの体は衝撃とともに反対側の壁まで弾き飛ばされていた。
「っぐ・・・はあっ!」
『俺様が使うと、こう言う事になる』
キックの体勢からゆっくり足を下ろしつつ上体を起こすイプロディカの動作は、今まで以上に洗練を極めた格闘家のそれだった。
魔族の身体能力は、人族や妖精、動物や魔物と違い自身の魔力の影響を大きく受ける性質を有していた。
そして獣人の戦装束は、防御力とともに魔力操作を大きく補助する。
勝てない、そうアルトは悟った。
そんな様子のアルト、そして足元のユプシーを交互に見たアプロディカは何か思いついたのか、悪戯と言うにはあまりにも邪悪な笑顔を浮かべた。
『――良い事思いついたぜ。確かお前ら、深緑の谷ってダンジョンの攻略があるんだったな?このまま終わっても面白くねェ、ゲームをしようぜ。景品は――コイツの命だ』
「やめろーーーーーーっ!」
イプロディカが甲冑のような左手の黒い爪のうち小指の物を取り外し、それがユプシーの胸に振り下ろされるのを止める術などなかった。
力無く横たわる彼女の胴体には、余りにも痛々しいそれが深々と突き刺さっていた。
『安心しろ、殺しちゃいねーよ――今のところな。だが言うまでもねえ、ほっときゃ死ぬ。この爪は抜けねえし、仮に抜けても爆発して瘴気をまき散らす。呪いじゃねえから解呪も無意味だ。そして、俺様が変身を解いても消えねえ。唯一の方法は――ククッ、わかるな?俺様が死ぬ事だけだ』
深緑の谷で待つ―――そう言い残し、フワリと浮いたイプロディカは炸裂する魔力と共にその場から消えた。
「ああ・・・わかったよイプロディカ。お前を・・・殺す!」
大変なことに気付いた
フェアリーブレイドに改題してからまだフェアリーブレイド=妖精の剣たるガメオ君の魔剣が出てきてない




