45. ヒーロー
アクセルはその時、自分が望み、焦がれた高みにあり、それでいて決して自分の手が届かない遥か遠くにある塔が二本聳えるのを見たような気がした。
・・・ふざけるんじゃねえ。
ふざけるんじゃねえ。
ふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえふざけるんじゃねえ・・・・・・!!!!!!!
――――――――――――――――――――――――――――
ガメオが呼び出したのはシグナム、そしてヴギルの剣だった。
アクセルが抱えた、瘴気につけ込まれる隙間になった「それ」を断ち切るにはたった一撃。
彼の人生全てを込めた技を悠々と超える、常人には到底到達できない超人の剣をもって打ち破り「文句のつけようもない完全な敗北」を与えるしかない。
だがただでさえ安定しないヴギルの剣にシグナムの技を加えるなど、ガメオ自身賭けにも程があるという感触があった。
そこで分の悪すぎる賭けを避けるため、もう一歩だけ無茶をすることにした。
魔剣の他にもう一本ガメオの腰に備えられていたショートソードが、左手でゆっくりと抜かれた。
「まさか、二刀流!?」
二刀流と言うのはあまり実用的でないとされることが多いが、それをこの局面に出してきたのがハチェーテの驚いた理由だった。
そしてグレートソードとバスタードソードの中間ぐらい大振りな魔剣とショートソードでは、左右のバランスが少々不釣り合いだ。
だが、錘が無いよりはいい。
それがガメオには重要だった。
一方アクセルは、邪悪な何かで精神が狂いかけていても手足も同然の鮮やかな斧捌きは健在のようだ。
幻惑するような緩急のあるステップに、別の独立した生き物のように目で追う事も出来ない動きを見せる斧。
それが冒険者アクセルの対人戦における必殺の切り札であることを、ハチェーテは知っていた。
それまでの野獣のような咆哮を伴わぬまま、アクセルは鮮やかな足捌きでガメオに接近した。
一瞬アクセルの姿が消えたと思ったら、斧の斬撃が背後からガメオの足を払うように放たれていた。
最小限の動作で躱したガメオだが、斬撃の颶風が止まる事は無い。
真正面かと思ったら真後ろ、横、はたまた上。
茨の結界の中を所狭しと飛び回り、声も無いまま血の叫びのように生き様のすべてを吐き出し、叩きつけるような壮絶な斧の嵐だった。
その全てを一切反撃せず避け続けてきたガメオだが、掠り傷がいくつか出来たところで漸く動いた。
アクセルが必殺の連撃の竜巻と言う目くらましの中に仕込んだ、真に必殺の一撃を察知したのだ。
一人の男が文字通りすべてを賭けた一撃を正面から斬り伏せるのは、勇者と達人、二にして一の絶対の剣。
しかしガメオ自身が、それを使いこなせるようなレベルには程遠い。
そこで思いついたのが、左右に剣を持って強引にでもバランスを取る事だった。
そのためにヴギルとシグナムに加え、二刀流の為に巨大なノコギリを持つ魔物であるオオノコギリウサギも呼び出した。
3つ同時に呼び出すのは、使えそうもない剣をそのまま使うほどではないが賭けだった。
取り敢えず代償としてガメオが思った以上に精神力を持って行かれ、そして魔剣内に溜めてあった魔物の生命力もかつてない速度で減っていた。
間違いなくこれでスッカラカンだ。
そして、交叉の瞬間は訪れた。
それはまるで、二つの旋風がぶつかるような光景だった。
しかし一人の男が全てを絞り出したその一撃は、超人の剣を宿したガメオには残酷な程のスローモーションで見えてしまっていた。
・・・重量物が回転して風を切り裂く音がし、それは木の幹に刺さった。
それは一瞬前までアクセルの手にあった斧だった。
アクセル本人はクロスした剣が首枷のようになって地面縫い付けられ、その上にガメオが馬乗りになっている形になっていた。
「ディロラール!」
『応ッ!≪眠り姫の揺籠≫!』
ディロラールの杖から魔力が迸ると共に結界を形作っていた茨が槍のように伸び、「ちょってめこの野郎!」と飛び退いたガメオが転がると同時にアクセルの四肢が完全に絡めとられ宙に浮いた形になった。
『ふー、心に完全な空隙が出来で魔法抵抗ゼロの瞬間じゃったから完璧に決まったわい。しかしガメオよ、アクセルの全力で最高の一撃をあんな英雄級にハイレベルすぎてどうしようもない剣で真正面からあっさり弾くとか、えげつない真似するガキじゃのう』
「うるせー!それよりその魔法、逃げなかったらおれも巻き込んでたろ!」
「ところでこの茨の魔法、効果時間はいつまでですか?」
『完全に入ったから儂がギブアップしない限りは三日三晩でも持つぞい。しかし、そこまでアクセルの方が持つわけじゃあない』
そのとき消耗して座り込んだガメオの背中に手を置いていたザアレが気付いた。
『―――あれ?強い瘴気が魂にくっついていたのが剥がれかけてる』
「妖精族の眼ってそんなものも見えるの?・・・すごいわね」
なおハチェーテはザアレの事をフェアリーではなくホビットだと思っていた。
生まれつき魂まで見通せるのは、よほど力のある例外を除けばフェアリー固有に近い能力なのだが。
『――――自身の最大の力を全部出し切った上で、こんな絶対勝てんもん出されたら諦めるしかないって負け方したんじゃ。頭の中が真っ白になって、力を求める妄執と瘴気がグルグル回って強まりながら本人と融合するサイクルが断たれたと言う事じゃよ。――――今のところは止まっている、ってところではあるがの』
「それではアクセルは、まだ・・・!?」
「つまりこれからが本番なんだろ。で、次はどうしたらいいんだ?」
ザアレの掌から暖かい力を感じ、心身の疲労がかなり癒えて傷も多少塞がったガメオが感謝の言葉と共に立ち上がって尋ねた。
触れるだけで相手を癒す不思議な力が、ヴギルの言っていた≪祝福者≫と言うフェアリーの在り方なのだろうか。
『≪眠り姫の揺籠≫はただ手足を縛るだけの魔法じゃあない。精神の鎧を取り払い、外から見やすくなったり影響を与えやすくするのがその真価じゃ。ザアレと紲を結んだ今のガメオなら、妖精の眼を借りて同じものが見えるはずじゃぞ?』
ザアレに手を握られながら集中すると、ガメオにもアクセル自身と、それに憑りついた何かの姿が最初はぼんやりと、そして段々とクッキリと見えた。
『そしてその魔剣じゃ。前に会った時、斬った魔物の生命力を吸い取っておったろう。それなら現在混ざり切っておらず人族としての生命と魔物としての生命を二つ持っている状態のアクセルから、魔物の命だけを吸い出すことができるはずじゃ』
「・・・いや、だめだ」
ガメオの答えに、一同は落胆交じりの驚きを見せた。
ハチェーテに至っては掴みかかりそうなのを何とか堪えるような有様だった。
「剥がれかけちゃいるが、二つの生命がまだ半分重なった状態みたいだ。しかもウネウネ動いていて狙いを定めにくい。今のおれには片方だけを狙うのは難しい」
ピアルザあたりの人族の限界に囚われない正確無比な刺突技でも借りれば何とかなるだろうが、最早魔剣の中には剣技再現のための魔物の生命力が一滴も残っていない。
加えてアクセルを恐れてか周囲には魔物の気配が全くせず、補給も出来そうにない。
『そんな、ここまで来たのに―――』
「・・・ねえガメオ、もう少し明確に分ける事が出来たら行けるのよね?あとディロラールさん、魔法の性質を聞くに彼はこの状態でも声は聞こえているんじゃないですか?」
ハチェーテの問いに、ガメオもディロラールもそれぞれ「ああ」「その通りじゃ」と肯定で答えた。
それを確認したハチェーテは、一人魔法の茨につながれているアクセルに歩み寄った。
「アクセル・・・私は、あなたがずっと英雄に憧れ、勇者の称号を欲しがっていたことを知っていたわ。そしてどれだけ足掻いてもその域に届かない事に薄々気づき、でも諦めきれないまま冒険者を続けてきた事も」
それでもアクセルは、誰かに必要とされている人間だ。
一つの街を固定の拠点とする冒険者たちのほぼ全員から、そしてギルド職員や街の住人達からも。
彼等が慕い必要としているのは、神が選んだ勇者でも、宿命を選ばされた英雄でもない。
ただの「アクセル」と言う男なのだ。
「それに私にとってあなたは、例え英雄なんかじゃなくてもこの世でたった一人の≪ヒーロー≫よ。・・・ここまで言ったんだから、いい加減気づきなさいよね!」
そう言うと白魚のような手・・・に見えて元冒険者らしく意外と鍛えられているハチェーテの両手がアクセルの顔をガシッと掴み・・・そのままキスをした。
「!!!!!!」
『っほへえぇぇぇぇ~~~~!』
突然の事態に変な顔と声で驚いたガメオとザアレを尻目に、ディロラールは起きている現象を正確に把握していた。
『見るんじゃ!アクセルの生命が活性化して魔物の生命を追い出しておる!』
「ッ!そうか、今なら!」
ハチェーテが静かに横に退き、そのままガメオの魔剣がアクセルの胸に切っ先2センチほど刺さった。
それは肉体に可能な限り傷を付けず、なおかつアクセル自身から追い出されて纏まった魔物の生命のほぼ中心部に当たるところだった。
その時、それまでアクセルの全身に走っていた黒い筋が一斉に動き出して魔剣の切っ先が刺さったところに集い、そのまま刀身側に吸い取られてしまった。
それらの動きも完全に止まり、ガメオは慎重に魔剣を抜いた。
「・・・ほとんど吸い取ったけど、少し黒いのが残ってしまったな」
『想定内じゃ。そして仕上げはこれじゃ!』
そう言うとディロラールは鞄の中から小瓶を取り出し、蓋を開けた。
魔法を使っているのかその中に詰まっていた光の粒子が勝手に飛び出して渦を巻き、アクセルに降りかかった。
「そ、それってまさか≪妖精の粉≫・・・そんな大量に・・・いえ、そう言う場合じゃないけど・・・」
ガメオには見慣れた物だったが、妖精の粉と言うのは現在人間界では入手困難を極め、元々高価だったのが今や一瓶売れば貴族屋敷さえも新築できるレベルにまで高騰していた。
ハチェーテが思わずパニックを起こしかけるのも当然だった。
アクセルの体に残っていた瘴気が完全に消え、擦り減っていた魂も回復すると同時に彼は目を覚まし、そのタイミングで魔法の茨も煙のように消えた。
「・・・気づいてたさ、ハチェーテ。だけど俺は勇者の称号を得てから、お前を迎えに来たかった」
「まだ勇者になりたい?」
「いや・・・俺はただの≪ヒーロー≫でいい」
たった今愛を確かめ合った男女の抱擁を前にし、ザアレはガメオの横で顔を紅潮させながらアワアワしていた。
因みに、愛の告白にフェアリーが立ち会った時その二人は幸せになるという古い言い伝えが存在するのだが、ザアレ自身は全く知らなかった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
この事件は公には、魔族の影響でおかしくなったアクセルがハチェーテの説得とディロラールの何かイイ感じの魔法的な浄化、あとオマケの子供冒険者二人の手伝いで何とかなったと言う事で決着がついた。
アクセルは牢屋を破壊した修理を金銭と肉体労働で請け負ったぐらいで、実質お咎めのような物はなかった。
それが人望と言うものである。
「・・・ところでガメオ、あなたは間違いなくこれから二つ名持ちになるわ。そこで考えたんだけど」
「あの・・・ハチェーテさんの好意はうれしいんですけど、その」
ギルドの受付で依頼を選んでいるガメオとザアレに、アクセルと婚約を結んだ事を堂々と発表したばかりの眼鏡の受付嬢ハチェーテが声をかけてきて、雑談からのおかしな流れになっていた。
「≪変幻百剣≫と言うのはどうかしら?それとも≪破邪の剣≫の方が良かったかしらね」
『ミリオンミラージュだって!カッコイイね!』
「勘弁してくれよ・・・いつにもまして絶好調っすね・・・」
普段の二割増しで眼鏡が輝くハチェーテは、胸を張って笑顔を見せた。
なおハチェーテが考えたガメオの二つ名であるが、真っ先に考え付いた名前は余りにも大袈裟に思えて彼女自身でボツにしてしまっていた。
例え将来どれだけ強くなろうとも流石に言い過ぎに思えたからであるが、なぜこんな名前が最初に思い浮かんでしまったのか彼女自身不思議であった。
―――≪全ての剣を超える者≫などという名を。
また長くなっちまったぜ!
一話の長さを揃えた方が良いのは分かるんだけど!




