42. 亀裂
国や領主が予算を組み、ギルドを通して冒険者たちに大規模な依頼を呼びかける事がある。
それは開発予定地の調査だったり、あまりにも数が増えてきて人里にも頻繁に現れるようになってきた魔物の間引きだったりする。
いずれにしろ辺境や秘境で大量の魔物との戦いは避けられず、専門家である冒険者たちを広く募らないといけない。
そして現在広く冒険者を募集され始めた依頼は、魔境化した領域の瘴気が凝り固まりすぎて屋外ダンジョン化した深緑の谷のブレイクだ。
元は間引きで予定されていたのだが魔族が出現したという事で急遽変更され、魔族の塒になりうるダンジョンの中でも厄介そうなものは念の為先んじてブレイクすべしとなったのだ。
件の魔族を発見した冒険者がダンジョンブレイク可能なクラスの光の魔法の使い手と言う事で、それを中心に据えた計画となった。
「と言うわけでこの討伐はアルト、お前さんがいないと成立しないんだ。何とか考え直しちゃくれないか?」
「私は一刻も早くユプシーを見つけ出さないといけないんです。正直、この長丁場になる依頼に参加している余裕は・・・」
「書置きがあって、探す当てもないんだろう?今回の討伐で鉢合わせる可能性だってあるじゃないか」
その討伐依頼が暗礁に乗り上げかけていた。
ほぼこの計画の前提となっている、ダンジョンブレイク可能な魔力を持つ冒険者≪彩色魔術師≫アルトが参加に難色をしているためだ。
パートナーである獣人の少女≪殺戮氷牙≫ユプシーが行方不明になってしまい、討伐よりも彼女を探す事を優先したいと譲らないのである。
実際アルトにしてみれば、もしユプシーが問題の魔族の肉親と知られてしまった場合、彼女がどんな目で見られる事になるか分かり切った事なのだ。
だから誰にも知られずに、ユプシーが兄イプロディカに接触する前に見つけ出し説得するしかないと判断していた。
深緑の谷にその魔族が現れるような都合のいい展開でもない限り、とても大規模討伐と並行できるものではない。
ギルドマスターがアルトを説得していたのは奥の部屋ではなく受付ホールなので、多くの冒険者たちにその様子は見られていた。
荒くれの巣だけに野次の一つも飛ぶのは当然ではあった。
「もういいでしょうマスター、やる気がない奴を無理に引き入れても危ないのは一緒に参加する連中です。大体元の予定じゃブレイクまではなかったんでしょう?」
それを言ったのは武器の手入れ用スペースで斧を整備していたアクセルだった。
野次と言うには理屈が通ってはいるが、アクセルの口からこんなトゲを隠さない言い方がされたことにギルドマスターは驚いた。
周りからはアクセルに呼応するように「そうだそうだ!」「もういいからくんな!」などと声が上がっていた。
とりあえず大討伐の方針は先延ばしにするとして、ギルドマスターは薬師に胃薬を処方してもらう事だけは鋼の意思で決断した。
アクセルが長らく愛用してきた斧はもう亡くなったこの街の鍛冶屋が腕によりを掛けた逸品で、土下座までして取り置きを頼んでやっと手に入れた物だ。
魔法的な効果こそないがよく冒険に耐え、磨くと今でも鏡のように背後が映った。
今日の手入れを終えたアクセルは、そこに映った自分の顔に黒い血管のようなものが薄く浮かび、目は僅かに赤く光っているのを見た。
ぎょっとして瞬きすると、それは消えていた。
「・・・どうしちまったんだ俺は、らしくねえ」
そんな頭を振る彼の様子を、眼鏡の受付嬢は見つめていた。
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一度妖精郷に寄ってからようやく拠点の街に戻ってきたガメオとザアレは、ギルドの雰囲気が妙に悪くなっている事に気付いた。
それで冒険者たちに話を聞いて、大規模討伐に関する揉め事を知る事になった。
一部「出て行った女のケツが気になって何も手につかねえとかガキのくせに男だなガッハッハ」などの擁護意見もあったが、多くがアルトを批判する声だった。
何はともあれ、ダンジョンブレイクの有無は不明なものの大規模討伐が行われる事自体は決定しており、当初の予定よりも冒険者を集める必要が出てきてギルドマスターはガメオとザアレにも声を掛けてきた。
なおザアレは普段はミノムシみたいなローブに身を包み、対外的にはちょっと変わり者のホビットの盗賊と言う事になっている。
その話を受けるかどうかで迷っている時に、アクセルがガメオを訓練所に誘ってきた。
「すまないな、チョット汗を掻きたい気分なのにどいつもこいつも付き合いが悪くってな」
「おれでよければいつでも付き合いますよ」
実際ガメオとしても、今の自分の素の実力を確かめるのに渡りに船だった。
魔剣に覚えさせたシグナムの幻影は、自身で使う技としても訓練相手としても、今の彼にとっては最高のものだった。
それは正道を突き詰めた剣技の極めてハイレベルなものであり、達人域すぎて心身での理解が追い付かないヴギルの技と違い教科書として理想的なのだ。
そして今までのガメオの経験がシグナムの幻影との訓練により底上げされた強さは、妖精戦士達相手ではお互い慣れすぎて参考になりにくい。
魔剣の能力を使えば話は違ってくるのだろうが、アクセルは現在のガメオ本来の実力で勝てるような相手ではない。
彼は英雄と言えるような存在ではないが、なんだかんだ言ってギルド全体から信頼を集めるようなかなりの実力者なのだ。
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双方の軽い気合の声とともに模擬戦は始まった。
格下らしくガメオから軽いフェイントとともに斬りかかるも、訓練用に綿を巻いた木斧でそれは鮮やかにいなされた。
元来斧は防御に向いたものではなく、何かされる前に強烈な一撃を入れるのを信条としている武器だ。
だがアクセルは柄を持つ長さをくるくると頻繁に変え、斧頭だけでなく柄の部分もフルに使い攻撃や防御を自在に行う。
それは棍術や杖術に近い技術だが、かなりの部分が彼自身によるオリジナルだ。
そして確実に格上ながら、そんなアクセルにガメオは食いついていた。
シグナムの剣を知った結果今まで漫然と使っていた体の形、技の繋がりの意味がより確かに分かり、明らかに自身の剣が向上しているのが実感された。
木のぶつかり合う音が次第に激しさを増していく。
やがて、異状が顕れた。
「ちょ・・・ちょっと本気すぎねえ?」
打ち合っているうちに段々とアクセルの顔から表情が消え、それに伴い斧の振り方が激しく、そして一撃一撃に殺意さえ感じられるようになっていた。
その斧から激しい「嫉妬」が感じられるのに、ガメオは戸惑った。
ついには木剣の切っ先が地面に食い込んだ形の斧に絡めとられ、さらに刀身を踏みつけられてガメオの手から完全に木剣が離れた。
訓練なので通常ならここで終わりだが、さらにアクセルは足払いによりガメオを転ばせ、両膝でガメオの両肩を抑え込むように馬乗りになった。
さらに確かな殺意を込め、斧が振り上げられた。
『だ―――だめッ!』と、ザアレが叫ぶより先に飛び出した人影があった。
パン、と人の手が頬を叩く乾いた音が訓練場内に響き渡った。
アクセルの顔を張って最後の一撃を止めたのは、ギルドで受付を担当する眼鏡の女性だった。
「アクセル、いい加減にしなさい!」
荒い息遣い以外の音がしない中、血走っていた眼から表情が普段通りに戻ったアクセルは、それ以上ガメオにダメージが無いように慎重に立ち上がった。
「すまなかった・・・ちょっと、頭冷やしてくる」
背を向けたままそう言い残し、アクセルは訓練場の外に出て行った。
それをガメオとザアレ、それに見学していた冒険者たちは呆然としたまま言葉もなく見送った。
唯一人、受付の女性だけが背を向けていた。
『あっあの―――すごかったですね、今の受付のお姉さんのダッシュ!』
この空気に一番耐えられないザアレがとりあえず口火を切った。
「ありがとう、こう見えても元冒険者で盗賊だったの。あと受付のお姉さんでもいいけど・・・ハチェーテ、って名前で呼んでもらえると嬉しいわね」
怜悧そうな眼鏡の奥に、悪戯な光がひらめいていた。




