41. それぞれの幕間
黄鉄の指親方が実はアルテアの使う真の聖剣の柄を担当した国一番の職人と言う事をゼタニスが知ったのは、その工房で新しい剣と盾を入手して暫く経ってからの事だった。
何故か妖精族が勇者と言う存在に協力的でないのは分かっていたが、流石に魔王に世界が滅ぼされるのは困ると言う事で腕を振るう事になったのだろう。
つまり親方は勇者と言う存在そのものに何か隔意があり、それを承知の上であの業物を譲ってくれたのだ。
妖精族は今代の勇者に協力する気がない理由について、黙して語らない。
事情を語る事が無いよう全ての妖精族そのものがその総意に基づいて緘口のギアスを掛けているようで、大抵のことについて口が軽いホビットでさえもこれについては沈黙している。
フェアリーに至っては、たまにあった交流や目撃例さえも絶えた。
かつての邪妖事件でシグナムが共闘したのが最後だ。
そんな状況にあって一揃いの武具を渡してくれた以上、どの程度かは分からないがゼタニスは親方の眼鏡に強く適ったか期待されているのだ。
裏切れない、と思った。
目の前の沼には瘴気が渦巻いていた。
沼の主は一つの胴体から多数の頭を生やした巨躯の魔獣・ヒドラである。
背には本来ない鉄の塊より硬い甲羅があり脚は通常の4本よりも多い6本で、明らかに瘴気により変異体として強化されていた。
あれこそがギルドで上位冒険者パーティ用に貼りだされていた討伐対象である。
ゼタニスは現在ソロだ。
勇者としての任務がない時は勘の維持と小銭稼ぎのためギルドで依頼を受けるというのは以前もやっていた事だが、共にいたアルテアが負傷した飛竜襲撃事件以降組んでくれる冒険者が居なくなったのだ。
以前は声を掛けずとも一緒にクエストしてくれと引っ張りだこだったのが、評判と言うのは恐ろしい。
何より一夜のアバンチュール的なものも撃墜率がめっきり低下していた。
それでも、負ける気はしない。
一見すると何の変哲もないドワーフのの剣は、魔剣だった。
雷の聖剣と違い何の魔法の力も持たないが、やはり雷の聖剣と違って真の意味での魔剣だった。
使えば使うほどに手に馴染み、意思が完全に伝達されるような使い心地の剣と言うのは生まれて初めてだった。
そして、僅かに欠けた刃が鞘に納まっている間に直ると言う事もあった。
親方に尋ねると、これは魔剣と魔盾のセットとして作り上げた物だったと言う。
使っているうちに剣と盾が目覚め、それでようやく親方から詳しい説明がなされたのだ。
この剣と盾は本来手入れが殆どいらないと聞いたが、ゼタニスはより一層日々丹念な磨き掃除をするようになった。
あのヒドラは、聖剣の勇者となって以降も聖剣無しならスルーしていたレベルの強敵だ。
だが今なら勝てる。
魔法発動体にはならないものの信じられない精度の剣技を可能にする鋭く強靭な剣と、理想的に力を受け流し熱にも腐食にも耐え、傷ついても魔力を通すと修復する盾。
しかしより感覚を研ぎ澄まさないとその性能は生かせず、この従順なじゃじゃ馬を完全に使いこなす為には今より上のステージの技量が求められる。
変異ヒドラがゼタニスを睨み、殺意のこもった笑みを浮かべた。
邪魔者の居ない決闘が始まった。
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生来あまり丈夫ではないベルターナは、領主代行としての業務も有能な家人のサポートにより最小限に抑えていた。
その元々の体力にある事情が加わり、一般の水準からすると遥かに病弱と言わざるを得ない体質となってしまっていた。
書類を見ていた時急に咳き込んで倒れる、と言う事も珍しくはなかった。
だが何もない時に口を押えた手のひらに赤いものが付くのは流石に初めてで、ベルターナはそのまま気が遠くなった。
「・・・あの子が家にいない時でよかった、と言うべきね」
ベッドの上から弱々しい声で世話のメイドに言葉を漏らしたベルターナ。
「何をおっしゃいますか!早くアルテア様を呼び戻すべきです」
「いえ・・・私はあの子の足かせになるわけにはいかないの。孤独な勇者が常に心の中に持つ暖かい故郷を維持する。紙に目を通すのもまともにこなせない私にできる、唯一の事よ」
このメイドは比較的新しく入った娘で、ベルターナがこの村に屋敷を与えられた時からいる古参ではない。
最終的には巻き込めない人間だ。
「だったら可能な限りご自愛いただくほかありません!ベッドを抜け出して勝手に庭の手入れに行くとか絶対にダメですよ、いいですね?」
「ふふ。貴女の監視があっては難しそうね」
ベルターナは、主人の性格によってはクビどころか斬り捨てられてもおかしくない性格のこの若いメイドの事を、むしろ好ましく思っていた。
幼い頃の最大の親友を思い出すからかも知れない。
瞼を閉じ、僅かな微睡みの中で見るその頃の思い出は、あたたかな精霊の力に満ちた虹色の光の粒子と共にあった。
最早夢に見る事さえも許されなくてもおかしくはないが、黒い断罪の手もさすがにそこまでは回らないようだった。
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「・・・お疲れのご様子ですね、ガルデルダ様。ご無理をなさらずベッドで仮眠を取られてはいかがでしょうか?」
側近の声に起こされ、ガルデルダは仕事机に突っ伏して寝ていた自分の様子に気付いた。
部屋の壁を埋め尽くすには所狭しと魔王と勇者、それに関する物の書物が所狭しと詰め込まれていた。
「まだまだ平気だ・・・と言いたいが、これでは説得力の欠片もないな。ここは素直に忠告に従った方が良いようだ」
「確かに時間はありませんが、無理をしてお体に障っては元も子もありません。ガルデルダ様の代わりはいないのですから」
「儂は勇者ではないのだ、代わりはいるさ・・・いくらでも、とはいかんがな。」
ここの書物は王の座を退き研究に専念し始めてから集め出したのではなく、ガルデルダが王座に就く前から収集を始めていたものだ。
順当にいけば魔王との戦いが自身の治世と重なる時期に来るのが分かり切っていたためで、王位にある間も勇者と魔王に関する知識は集め続けていた。
信仰と事実がバッティングすれば信仰を優先させる教会は必ずしも頼れなかった。
魔王に関する文献の中でも都合が悪い物は古くから教会により秘密裏に処分され続けてきたことは、密偵を通して知っていたのである。
魔王との戦いの被害を可能な限り抑えるのから「魔王の完全消滅」に方針が変わったのは、王妃と王子が魔王に与する者どもに暗殺されてからだ。
乱れる世から妻子を護るために新たな親衛隊の創設さえも準備していたのに、全てが無駄になった無力感は憎悪の道を歩むことによってしか埋められなかった。
魔王完全消滅の研究専念のために王位を退いて数か月、ガルデルダのもとにある予言の報がもたらされた。
次なる聖勇者の母となる者が示されたのである。
秘密裏にその相手を確認しに行ったガルデルダは、王妃暗殺事件に巻き込まれ数日前に結婚したばかりの愛する夫を失い、未だ悲しみの底に沈んでいた一人の女に出会った。
彼女こそが勇者の母として予言に示された人物、ベルターナだった。
同じ悲しみ、同じ憎悪を背負う男女。
惹かれ合うのに時間は掛からなった。
そしてベルターナはガルデルダの素性と目的を明かされ、自らの決断でその最大の同志となった。
どんなに手を汚そうとも、全ての元凶である魔王を永久に葬り去るために。
「・・・いかんな、昔に浸っていては休むどころではないな」
少しの間の記憶の旅から帰還したガルデルダは、漸く思い出したように仮眠用ベッドの備え付けてある隣室に歩いて行った。
(ガルデルダ様・・・我々にとって、主君と定めたあなたこそが最も替えが効かぬのですよ)
側近の心の中の呟きは、当然ガルデルダの耳には届かなかった。
閑話と言うより幕間。
現在のメインの展開に組み込むのが難しいのでこんな感じになりました。




