40. ガメオ対シグナム - 2
離れて話している時は霧で大きさが分かりにくく、また声もあまり幼い感じはしなかったため剣の届く距離に近づいてシグナムは少し意外だった。
鎧の男は、少年と言うか子供と言えるぐらいの体格だったのだ。
この背丈はアルテアより少し大きい程度、前日会った不思議な黒髪の少年ぐらいではないだろうか?
いや、アルテアは半年以上会っていないから多少背は伸びているかもしれない。
それよりも、鎧男の使ってくる剣術にシグナムは驚かされていた。
あの日、戦乙女騎士団が地上から消えてなくなったその時に一度だけ共に戦った妖精の戦士達の技だったのだ。
その一人が鎧男の中身という訳でもなさそうだ。
体格こそフェアリーと大差ないが・・・いや一人、妖精戦士の中に例外的に異常にデカイ男がいたがそれは横に置いて、鎧男は彼等の使った剣をミックスし、淀みなく剣筋を切り替えて使ってくるのだ。
弟子というにはその技の一つ一つの再現度はあまりにも高く、まるであの時見た本人達を複数同時に相手しているようだ。
誘い出された妖精の魔法やこの結界、それに妖精の粉とかなり深くフェアリーに関わる人物なのは間違いない。
そしてフェアリーにはない目を見張るような身体能力で壁を駆け上がり、絶対にこちらの攻撃が決まったと思ったタイミングで異常にいい動きの回避を見せる。
最も目を見張るのは、妖精の剣術に混じって時折飛んでくる異常な殺気の籠った一撃だ。
フェアリーらしからぬ荒々しいその剣はシグナムにオウガの斧や魔犬の咬み突きのような魔物による攻撃を思わせ、殺す気が無いのが分かっているのにも関わらず思わず本気で避け、本気の反撃を返してしまった。
それも謎の反応によって防がれ、回避されるのだが。
そして、その全てがシグナムの剣戟の壁を越えていない。
使ってくる技があまりにも特殊な物が多いために分かりにくいが、恐らくこの鎧男には剣の才能はない。
このフィジカルにこの反応速度、この完成度の技に危険なプラスアルファもついて尚こちらに届かないと言うのはそうとしか言いようがない。
そう、才能はない。
だがその底が見えない。
思わず(ここで叩き潰すべきではないだろうか)と頭をよぎるほどに。
勇者である前に騎士、魔法剣士として道を本気で歩んできた彼女には、剣を交えた相手の事が何となくではあるが分かる。
勇気と意志の強さ、優しさ、決して拭えない深い悲しみ、そして憎悪。
剣を通して見る彼は決して悪性の人物ではなく、むしろ好人物と言える。
なぜ、叩き潰すべきなどと言う発想が脳裏に浮かんだのだろうか?
技はともかく内面は戦士として完成しかけているのを感じ取ってしまったから?
・・・才能の煌めきが無いのは剣に関してのみで、多分素手同士の殴り合いならもっと肉薄されるし、単純な体力勝負なら普通に負けそうではあるが。
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以前は使うたびに振り回されていた妖精の剣技が、まるで自分の手足のように使えている。
まだガメオ自身との間に薄皮一枚ほどの違和感を隔てている感じはするが、魔剣からのイメージの呼び出し速度の向上と相まって何かに足を引っ張られている感覚はない。
魔剣を通して魔物の動きを少しずつ取り入れていった事で身体感覚の理解が強まった結果、身体操作の巧みさに繋がり、剣を真似るのに致命的に足りない隙間が埋まっていったのだ。
ただヴギルの剣だけは相変わらずガメオとはレベルが隔絶しすぎていて、まだまともには使えそうにない。
振るおうとした瞬間にその隙を突かれるだろう。
そして、今使えるカードを総動員してなお遥かにシグナムには届かない。
二人の剣士だけの霧の世界、足音と金属音が鳴り響いた。
エルフの鎧は丈夫な布の服か何かの様に軽くて動きを阻害せず、継ぎ目が擦れた時の音もよく注意しないと聴こえないレベルだ。
ガメオはいくら全力で掛かっても全て叩き落してくるシグナムの剣に、全てを護る荘厳な城壁の堅牢さ、そして誇り高さを見ていた。
妖精戦士たち、それにギルドの訓練所で相手にしてきた冒険者や兵士たちの技の中にも様々なものを感じ取ってきたが、ここまでスケールの大きい剣はヴギル以外には初めて出会った。
それが人を護り魔物と対峙する勇者、そして騎士と言うものなのだろう。
数多くのフェアリーをその手に掛けたのは、ザアレが言うのなら事実だろう。
最早彼女の神聖ささえある剣に、その理由を尋ねる気も消え失せていたが。
そして閉ざされた城門の奥にはまだ隠された剣を感じるが、それを開かせる事は今のガメオには叶うまい。
ガメオの僅かな隙を突かれ、実戦であれば食らえば胴体が真っ二つになるであろう一撃がシグナムの剣から放たれた。
最早防御も回避も間に合わぬそれに対し、魔剣による時間停止を発動。
このタイミングに体勢では、ランツェの回避術を借りてもダメだ。
ならそれと同時に・・・パイロトードの反射神経を引き出す!
時間が再び動き出した一瞬後、ガメオは小手に小さい傷をつけられたもののシグナムの剣の射程外に低くなった姿勢で離脱していた。
石畳はすり足の軌跡に僅かな土埃を巻き上げていた。
「今のを避けられるとは思わなかったよ」
『・・・偶然だな、おれもだ』
ガメオは今まで魔剣の能力に慣れてきた事、そして身体感覚が研ぎ澄まされてきた事で二つの幻影から同時に技を引き出すことが可能になっていた。
だがそんな他人の技の拝借に時間停止といういんちきの使い方が多少向上した所で、本当の技には及ぶべくもない。
片や量産品の剣、片や完全に個人に合わせて最適化された剣と言うハンデを以てしても覆しようのない絶対の差。
そんな現実を容赦なく突き付けてくる剣戟が、今は心地いい。
出来ればずっとこうしていたい気もするが、この霧の結界が効くのは直射日光が大通りに入るまでとザアレが言っていた。
グズグズしてはいられない。
炎を二つ名に持つ目の前の勇者が救いようのないゲスとか、そういう存在でない事はとっくに分かっていた。
だがそれはそれとして、いつか殺し合う事になるかも知れない。
その時のため隠しておこうと思っていた奥の手があるが、そんな小賢しい事を考えるようになっていた自分に苦笑いが出そうになった。
おれは弱い。
出し惜しみ出来るような身分じゃないだろ?
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『この霧は日が差せば消える。ってわけで、そろそろ終いだ』
「そう・・・名残惜しいけど仕方ないわね」
しばしの静寂はすぐに破られた。
離れた間合いから、ガメオは左右に揺れるようなステップでシグナムに素早く接近した。
飛行する虫の魔物に多く見られる、相手を幻惑する動きだ。
左右どちらから飛んでくるか分かりにくい剣をシグナムは難なく防ぐも、剣の出処に既に相手はいない。
ガメオは音も無くシグナムの視界の下方に潜り込みつつ、蛇のように後ろに回り込んでいたのだ。
気配だけを頼りに剣を振ったシグナムの手に、手応えは返ってこない。
今まで洗練された妖精の剣だったのが、まるで魔境で魔物を相手にしているような感覚に変化しているのに、シグナムは相手が切り札を切っているのを察した。
だがそれでは足りない。
次にその姿を補足した時、私の剣がお前を捉える。
それで決着だ。
―――――――――――――ゾワッ。
刹那、シグナムは全身が総毛立つのを感じた。
どこだ?
このプレッシャーはどこからだ?
・・・・・・・・・上だ!
それは、以前王都に迫った飛竜の顎だった。
街灯を蹴り、頭上から飛び込んで来ながら上段斬りを放つ黒い鎧の男の姿が、一瞬よりも短い時間、あの飛竜に重なって見えた。
切っ先はもう、目の前だった。
大きな破砕音と共に、石畳が煙を噴き上げた。
「・・・・・・私の勝ちよ」
『・・・ああ、そうだな。おれの負けだ』
魔剣が深々と突き刺さった石畳は、剣の延長方向およそ10mに渡り亀裂が生じ、それに沿って舗装の石が浮き上がっていた。
片膝を突いた黒い鎧の首筋にはミドルソードの刃先が当てられ、シグナムの頬には赤い線が付けられていた。
「そんな威力の一撃で女の顔に傷を付けるのは感心できないわね」
『悪い、他に届きそうな技がなかった』
辺りは明るさを増し、霧が眩しい程に陽光を乱反射していた。
立ち上がった鎧の男は、どこから出てきたのかのかシグナムには全く認識できない所から小さな籠を取り出した。
シグナムが子供の頃はフェアリーが編んだ可愛らしい籠がたまに売られていたのだが、それに似ていた。
中には約束通り妖精の粉の小瓶と、モリナシのパイが一切れ入っていた。
『ありがとう。また会う事があるかは分からないが、元気で』
「こちらこそありがとう・・・さようなら、≪妖精の友≫」
まばゆい光に包まれ、シグナムが目を開けるとそこはいつもの朝の大通りだった。
黒い鎧の姿はどこにもなく、代わりに早起きの住民が何人か歩いていた。
石畳が破壊されていないのは、霧の結界が彼の言った通りに働いていたからだろう。
ともすると、それこそ妖精に化かされていたような夢のような経験だ。
だが夢ではない証拠にシグナムの手には籠があり、それを持つ手は思った以上に限界を試されたために震えていた。
「私はまた君に会う気がするよ・・・不思議な黒髪の少年」
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「あたた・・・ヴギルの剣と飛竜を同時に呼び出すのはやっぱ無茶だったか」
『あんまり無理ばっかしてると死んじゃうよ?そんなのあたし嫌だからね』
珍しくザアレは眉をひそめ、ガメオを強く責めていた。
今回の事に付き合わせるのは本当に悪いと思っていたので、ガメオはそれを黙って受け入れていた。
「まあ・・・収穫はあったよ」
『魔剣のこと?』
「もちろんそれもだけど、例えそれに失敗しててもアイツと戦ったのは良かったと思ってる。・・・きっと悪い奴じゃない。フェアリーを大勢殺したのも、何かどうしようもない事情があったんだろう」
『―――そう、かもね。悪いひとじゃない、かもね―――』
それは人の心の清濁もある程度見通せるフェアリー族のザアレであれば、理解できない事ではなかった。
それでも不安、納得がいかない気持はなかなか晴れるものではないが。
「とりあえずさ、用は済んだし帰ろうぜ。妖精郷の連中と一緒にもらったパイ食おうぜ」
『―――うん!』
ちょっと小説のレイアウト設定ページを色々弄りたい気分になって来たので、次は遅れるかもしれないし遅れないかもしれない




