36. 英雄と魔族
氷漬けになって砕けたゴブリン二匹分の死体を前に振り返り、獰猛な獣そのものの表情でユプシーは言った。
「オラ行くぞ、遅れるんじゃねえぞアルテ・・・じゃなかったアルト!」
魔法少女モードの時にこの割と致命的な言い間違えが増えるので、どうしてもパーティメンバーを増やすことが出来ないのである。
まあ、アルテアのリハビリが済むまでの短い冒険者活動になる予定なのでそこまでのデメリットでもないのだが。
洞窟の入り口は意外と広い。
ここらの地盤は頑丈でも緩くもないが、アイアンアントは巣穴を掘る際に分泌液で土壁の強度を岩並みに強化するので洞窟自体はとても堅牢だ。
アルトは光魔法≪照明≫で自動で付いてくる光球を生み出した。
この魔法は初歩的ながらも疑似的に魔法生物を発生させるという珍しい性質で、発動自体は最初に行うだけなので暗所を照らしながら他の魔法を問題なく使う事が出来る。
地上の魔境よりも一層瘴気の濃いダンジョンは、魔法的な感覚の利きが魔眼を含めて悪くなるため、視界の確保は重要だ。
「GYAAAA!」
洞窟の奥から合図のような鳴き声があり、矢が二人に向かって殺到してきた。
二人は岩陰に隠れつつ、アルトは地形に沿って走る炎の魔法≪火鼠≫を最大速度、かつやや角度の付いた方向に打ち出していた。
洞窟の奥の方まで螺旋を描きつつ赤い光源が走っていき、弓を構えたゴブリン達の姿が僅かな時間丸見えになった。
「ユプシー!」
「っしゃ任せろ!」
元々ゴブリンの矢など目を瞑っても躱せるユプシーは、地形や敵の場所、数が分からないという不安要素が払拭されたことで思いっきり飛び込んだ。
ゴブリンの叫び声や打撃音に混じって「オラッドセァゴルルァ」などとおよそうら若き乙女が発するべきではない声がし、それらもすぐに止んだ。
「早くいこうぜ、アル・・・ト」
「待った、まずは≪探知≫を行う」
≪探知≫というのは一般には魔法とされるが正確には魔法ではなく、魔力操作技術の一つである。
魔力を広く飛ばして帰ってきた反応から地形や敵を推測するという魔力に相当な余裕が無いと出来ない技術であり、その範囲は使用者の魔力、受け取れる情報の種類やその精度は適性のある系統とその習熟度に依存し、瘴気による阻害度合いにも影響を受ける。
この技術が生み出されたことにより専門分野に侵食されたと思った盗賊ギルドと魔術師ギルドが一触即発の事態に陥ったが、それほど使い勝手がいいものでないのが知られた事で漸く事態が落ち着いたという逸話がある。
だがアルト=勇者アルテアの他を寄せ付けない魔力量と全系統への適性、そして勇者の眼という最強の分析器官があれば、たとえ瘴気の阻害ノイズ渦巻くダンジョンでも規模によっては一発で丸裸にも出来てしまう。
皆が皆このレベルで使えるなら確かにギルド間抗争は不可避であろう。
「・・・瘴気の核とキングの居る場所が分かった。ブレイク後は最終的に地魔法で崩落させるから、倒すゴブリンは順路にいる最低限だけで構わないよ」
二人のダンジョンアタックは始まった。
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通常よりは強いはずのゴブリン達がエルフの大魔法で次から次にゴミのように蹴散らされる。
アクセルのパーティが倒しているのは本当に一部の討ち漏らし程度で、全くの無為ではないが本当に少しの隙間を埋めている程度の働きしかしていない。
へろへろに弱ったゴブリンの首を刎ねるだけの楽な仕事だ。
命を天秤に載せても実入りに見合うとは限らない冒険者稼業でたまにあるこんなボーナスは、全力で享受すべきだ。
だが、それでもどうしようもなく思い知らされた気分になってしまう。
自分がどれだけ努力をしても命を張って無理をしても、凡人である限り真の英雄には決して手が届かないという事実を。
英雄に憧れ、勇者を目指して冒険者になった頃の自分が今の中途半端な街でしょぼくれた自分を目にしたらどう思うか。
『――――――』
その時、アクセルは耳元で妖しく囁く様な、人を陶酔させる極上の美酒のような蠱惑に満ちた微かな声を聞いた気がした。
だがそれは異常な厚かましさを持ち、その上やけに言い草が爺臭いエルフのでかい声によって中断された。
「そういえばゴブリンどもは一匹残らずキッチリ全滅させるんかの?それじゃと流石にこの老骨には堪える位面倒じゃが」
「あ・・・いや、潰せるだけ潰すって方針だから、大方片付けた後は目に付いたらやるって程度でいい。後は巣に入った彼ら次第だ」
「その辺は問題ないじゃろ。何せマジモンの――――まァええわい。おっとまだ居おったか≪泥濘≫」
杖の尻が地面を突くと、ゴブリンの一隊の足元に泥沼が発生して一瞬で腰まで沈み込み、混乱の声を上げた。
「さあサッサとトドメを刺すんじゃぞ。どうせゴブリンと雨季のカビは尽きる事が無いんじゃ」
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「そう言えばアタシはブレイク目的でダンジョンに入るのは初めてだが、何か違いはあるのか?」
「最後に核を浄化する以外には何の違いもないね。大抵は力を維持するためにその近くにダンジョンの主に当たる魔物が陣取っているけど、キングは間違いなくそこにいる」
「ああ・・・道理で強い瘴気と一緒になんかデケエ気配があるわけだぜ」
今まで大量の返り血を浴びてもおかしくない戦い方のユプシーだが、その恰好は意外と綺麗に保たれていた。
と言うのも凍らせて砕けば殆ど血に濡れる事はないし、仮に服が汚れても水系統魔法の使い手であれば≪水操作≫で内側から水を染み出すように汚れを落とす事ができるからだ。
実はこの辺り、ケダモノの動きで敵を屠るような彼女でも水に適性を持って生まれた事を幸運に思っていた。
通路を通ったすぐそこには広い空洞と強い瘴気があり、またユプシーが感じている通り強大な気配がある。
またアルトはそれと一緒に、今まで見なかったゴブリンメイジと思しき魔力の気配をいくつも感じ取っていたが、いずれも妙に弱っていた。
その時だった。
『――遠慮しねえで早く入って来いよ、俺様を殺しに来たんだろ?』
殺意と憎悪と嘲弄、様々なネガティブなものを煮詰めた様などす黒い声が二人を招いた。
音には当然色も形も無いが、その声を耳にしたものは黒い汚物のような粘性の何かがどろどろと渦を巻いている様子を幻視しただろう。
開けた空間は思った以上に大きく、その中央に浮くように直径十メートルほどの球形をした瘴気の中心核が浮いていた。
そこに腰かける一人の男の周辺には、数十に及ぶゴブリンメイジと思しき干からびた躯が打ち捨てられるように散らばっていた。
ゴブリンメイジの何匹かはギリギリ息があるようだが、首や胴体にある傷やミイラ寸前の様子からすぐに死ぬであろうことは明らかだ。
『せっかく俺様がエサにするために育ててやったつーのに、やっぱゴブリンはクソマズイな。けどま、お陰で魔力もまあまあ付いてきたぜ』
声と人型のシルエットからアルトは「男」とは判断していたが、世間一般的にその分類が適用される種族かどうかは微妙だった。
青黒い肌に獣化した獣人の男のような顔と体躯、そして背中にあるコウモリの羽と尻尾。
何より、勇者の眼が捉えた「瘴気そのものを魔力として持っている」と言う余りにも歪な魔力の在り方。
・・・あれでは、まるで伝説にある・・・!
「・・・魔族!魔王の尖兵としてこの世を闇に沈めんと企む邪悪の権化!」
『ご名答だよお坊ちゃん、多少の誤解はあるがこの素晴らしく漲るパゥワァーでやっぱりわかっちまうか。で、このまま話しててもいいんだがどうすんだ?ヤんのか?ヤんねェのか?――ま、お前のツレはそれどころじゃねーみてェだが』
そう言われてアルトがユプシーを見ると、今まで見た事が無い様子の彼女が居た。
全身怒気に満ちているのがハッキリと分かるのに、俯きがちの顔に表情はなく、目の焦点はどこにも合っていない。
ただ、いつ爆発してもおかしくないほどに魔力を漲らせていた。
「・・・ディカ・・・!イプロディカアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「よ、よせユプシー!」
アルトの制止など耳に入らず矢のように飛び出したユプシーは、自らがイプロディカと呼んだその魔族に飛び掛かり殺意の籠った拳足による連撃を加えた。
だがその激しい攻撃の全てが軽くあしらわれる様子は、まるで大人と赤子のようだ。
ただ、真っ当な大人は赤子の腕を掴んで振り回し、あまつさえ固い岩壁に放り投げて叩きつけたりはしない。
ドゴゴオオオオオーーーーーン!
「ユプシー!」
『オイオイ、感動のお兄ちゃんとの再会だろ?昔みたくデッキー兄ちゃんって呼べよォ寂しいじゃねェか!』
「兄」という言葉が目の前の魔族から出て、思わずアルトは魔族の男と、土煙の中に何とか立ち上がるユプシーを交互に見比べた。
「黙れッ、手前ェなんか兄貴でも何でもねえよクソ野郎!≪クリスタル・バインド≫!」
ユプシーの気合の籠った魔力のパーストと共に、イプロディカと呼ばれた男の腕や肩から氷の蔓が生え、瞬時にその身体を凍り付かせながら縛り、包んだ。
だがそれも僅かな時間だけだった。
『カァッ!』という咆哮と共に氷は砕け散り、蔓の根元となっていたために黒い血を滴らせた大きな傷口も青白い炎と共に塞がってしまった。
そして顔というのはここまで歪ませられるのか、というほどにとんでもない造形となった表情を見せてイプロディカは返した。
『クソ野郎?合ってるじゃねェか。一族の誉れユプリシア様の兄はどーしよーもねェ無能で、愚図で、物陰に隠れて息してるだけで石投げられるようなゴミだったのを忘れたか?あァン?』
「だからって・・・だから長老と親父を殺したのかよ!!」
『強くなる事しか頭にねェ灰色狼氏族のトップ2がナメクジ以下の一族のゴミに殺られちまったんだ。愉快痛快アメアラレだろォ?』
「手ン前ェえええええええええええ!!!!」
獣人であるユプシーの兄であれば獣人のはずで、それが何故か魔族となっていて、しかもユプシーにとっての仇という情報の洪水に少し呆然としていたアルトも、ここに来て立て直した。
「≪星光鎖≫!」
伸ばされたアルトの両手から、先に大きな光弾の付いた数本の光の鎖が生み出され、うねりながらイプロディカに襲いかかった。
殆どが躱されたが一本が左脚に絡みつき、光が破裂音と共に炸裂した。
『ぐ――なんつー光の魔力だ!手前も【選ばれた存在】って奴か、本当にムカつくぜ。あーもう仕方ねェ』
そう言うとイプロディカは翼を広げて浮き上がり、ボロボロに千切れかけて煙を吹き骨も見えている左脚を気合いの声と共に瘴気の核に突っ込んだ。
そのまま数秒間苦悶していたが、引き抜かれた脚は元通りになっていた。
『オイお前、その魔力なら目的はダンジョンブレイクだろォ?この用済みダンジョンはくれてやるよ、どうせこの世にゃダンジョンなんか腐るほどあるんだ。そのうち妹共々また遊んでやるからよ』
「待て!」と叫んだのはユプシーだった。
だが急に増した頭上からの重圧に、それ以上声を上げることも動くことも出来なかった。
『あーそれと何で獣人が魔族になってんだ、とか思ってるだろ?答えは簡単だぜ、覚えとけよ生まれついての英雄に天才様。どんなゴミカスのウジ虫でもなァ――やりゃあ出来んだよ。こんな、風になァァァァァァァァァッ!』
イプロディカの左手の指を延長するように巨大な魔力の爪が発生し、瘴気の核の一部を掴んで千切り取った。
瘴気の核の直径が僅かに、だが目に見えて減り、左手が力強く握り込まれるともがれた方の瘴気は圧縮され拳を包みスパークする力場となった。
天を突き上げた拳は瘴気溜まりの広間を衝撃で満たし、咄嗟に魔法の防御壁で身を守ったアルトとユプシーは十秒近く経ち煙が収まって、漸く目を開ける事ができた。
すると天井からは光が差し込み、たった今出来たばかりの長さ数十mはあろうかという竪穴の向こうには青空が覗いていた。
何とか落ち着きを取り戻したユプシーが補助をし、瘴気の核を囲むように打ち付けたミスリルの針によりアルトの≪浄化≫を儀式的に強化した≪大浄化≫で瘴気の核は消滅した。
だがこのダンジョンブレイク成功の報は、前回の魔王が滅んで以来初めての魔族の登場というあまりにもショッキングなものと同時に上げられる事となったのである。
どこで出そうか迷ってたキャラでした
やる夫スレなら多分できる夫を当てると思う
Q:デッキー光魔法一発で大ダメージ受けてた割には天井パンチ強すぎね?
A:光チートとはあまりに相性が悪いのと、ある程度カラテの素養があったのを自己流で鍛えたので天井瘴気パンチの威力が倍率ドンしました。
≪探知≫補足:例えば火系統適性があったらサーモグラフィー的なものが感知できるとかそういう感じです
お知らせ:現在の展開に合わせてイプロディカが瘴気パンチ行ったのを左手にしました。全話追ってくださっている読者様なら理由はお分かりかも知れません。しかし脳内ビジョンでは左手でやってたはずなのになぜ右手でやったことにしたのかすこし不思議(SF)




