3. 血溜まりの勇者と妖精騎士
魔王。
魔物と魔族を除けばこの世界に生けとし生ける全てにとっての仇敵、そう言われている。
それ故に、本来人間と疎遠な精霊や妖精族も時の勇者の力を認めた暁には魔王軍との戦いに協力を惜しまなくなくなる。
あらゆる昔話や民話で語られている通りに。
だが今回の戦い、やや不可解なことに聖勇者アルテアに力を貸す妖精族は少なかった。
美しい蝶の羽を持つことで有名なフェアリー族に至っては、妖精の森にいつもより強力な幻惑の結界を掛けて人間を完全拒絶。
力や知恵、魂を試す種類の試練を課すどころか姿さえも見せなかった。
魔王そのものとの最終決戦が無かったのもあり、結果何とかなったのだが。
そのフェアリーが、アルテアの故郷を炎と血の海に沈めた魔剣の男ガメオに付いている。
アルテアは、一瞬ではあるが怒りを忘れるほどの驚きを覚えた。
空に浮かぶフェアリー族の中には、女王にだけ纏う事を許された衣の女性も居たのだ。
「貴女は妖精の女王!なぜ、なにゆえこんな・・・!その男はッ!」
『今世の勇者アルテア、そなたの魂には何も思う事はない。だが我々フェアリーはそなたの存在自体を認めることができぬ。理由は己の眼で確かめるがよかろう――――』
空が虹色の光に覆われて歪み、立っているのか寝ているのか、それとも浮かんでいるのか落ちているのかも分からない状態になる。
光が収まり重力の感覚が戻るとすでにガメオと妖精たちの姿はなく、アルテアにとっての絶望の光景だけが残された。
「アル・・・テア」
ふと、消え入りそうな声が足元から聞こえた。
「母様!」
愛用のドレスの腹部を赤く染め、口の端から赤い糸を垂らしながらも、アルテアの母はまだ息があった。
反射的に回復魔法を使おうとしたアルテアだが、こんな時にも聖勇者の眼は狂いなく正確に働き、残酷な真実を突き付けてきた。
・・・助からない。今の自分に出来るいかなる手を尽くそうとも。
魔剣と言うのは通常の武器より鋭く頑丈なのが常だが、加えて魔力の籠った刃で付けられた傷は凄まじい速度で悪化する。
体内のマナなどが激しく乱されるためで、これは魔剣が励起状態でなくとも変わりなく発生する現象である。
ましてやアルテアの母の肉体は多少回復魔法の心得があるだけの、特に鍛えていない一般人のそれだった。
消えようとする命に残された最期の力をもって、言葉を絞り出す母。
「アルテ・・・ア・・・貴方は私を、・・・私たちを、許さないでしょう・・・。それでも・・・私は、貴方を・・・・・愛し・・・・」
言葉は最後まで紡がれず、僅かな時間をおいて咆哮のような慟哭が燃え上がる村の夜空に響いた。
もしその人間離れした悲痛な叫びを聞く者がいたのなら、滅んだばかりの魔王が早くも復活したと思い込んでいたかもしれない。
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『――――――約束は果たされた』
「ああ、そうだな。これでお互いにお役御免だな」
妖精の森の奥深くに存在する妖精郷。
木々や建物、その住人と全てが「御伽の国」という言葉にふさわしい雰囲気をしている場所である。
そんな所に、常人の域を超えて血生臭い事に慣れているのが一目でわかる風体の青年が紛れ込んで居るのは、見た目だけを言うなら余りにも場違いであった。
女王の館と呼ぶには些かファンシーなデザインの家屋。
その中でも人間が無理なく入れる、広く頑丈な造りの歓迎の間は現在ガメオが寝泊まりする場所になっており、今はガメオとフェアリーの女王が隣あった椅子に腰かけていた。
『ガメオよ、お主はこれからどうするのだ?』
「どうもこうも、考えていた通りにするだけさ」
『―――その身体でか?』
ガメオの左手の甲にある、薄く焼け爛れた紋章のような何かを女王は見ていた。
「自分のヘマで食らった下らない呪いだからな。こんなもん持った人間を妖精騎士として置き続けるのは、女王の立場としても良くはないだろう」
『そのような、そんな――事は――』
無い、と言えば嘘になる。
だがそんな賛成も反対も消極的な物、女王の強権でゴリ押せばどうとでもなる。
妖精郷に留まる限り、いずれ命を奪うこの凶悪な呪いも強い精霊の影響で進行は止まってくれるのだ。
ガメオをここに留める事の出来る心に届きうる言葉を、方策を、ありとあらゆるものを女王の頭は全力で考えていた。
その全てが無駄になるであろう事を心の底から理解しながら。
「考えてみれば、俺がここに住み着いてから結構経つんだな。生まれた村で過ごしていた頃よりも長いくらいだ。妖精にしてみれば一瞬みたいなもんか」
イヤだ。聞きたくない。
そんな今までを振り返る話なんか。
「・・・どうした?今日はやけに静かだぞ」
『―――少し疲れてしまったようだ。ここいらで休ませてもらうとする』
このままここにいたら、みっともなくボロボロ泣いて喚いて縋り付いて騒ぎになってしまうに違いない。
女王としての尊厳などどうでもいいが、ガメオにだけはそんな姿を晒したくはなかった女王は淡い光を纏った翅を翻し、自室に戻っていった。
『―――女王の妖精騎士にして我らの英雄ガメオ。どれだけ感謝の句を継いでも春を千度超えるまで言葉は尽きぬ』
「俺はあなたの教えのおかげで生きてこられた、ヴギル」
『なんの、剣で私が教えられる事などとうに何もないよ』
フェアリー族と言うのは、大人になっても人間でいう思春期前後の少年少女程度の背丈にまでしかならない。
また男性も華奢と言う言葉を形にしたような女性ほどではないにしろ線が細く、中性的な印象がある。
戦士長ヴギルはその中でも体格と見た目が人間の成人男性の平均ぐらいあるので、人間基準では筋骨隆々の見上げるような体躯に相当するのかも知れない。
『―――左手を』
ヴギルの言葉にガメオが左手を差し出すと、宙空に濃厚なハチミツを固めたような色の宝石が浮かび、カラフルな文様型に編み込まれた紐でもって勝手に腕に巻き付いた。
『妖精族が生まれるより昔に枯れ、石となった世界樹から採れた琥珀の守りだ。その身を蝕むものも幾分はましになろう』
「いいのか?貴重なものだろ」
『この程度の物では送り出す友へは足りぬさ。しかし本来なら女王たるあれが作り渡せばいいのだが、この手の魔法は本当に昔から不得手でな』
ヴギルは現在のフェアリーの女王の父でもあった。
この女王というのは血族で決まるのではなく、時の力ある女性の中から何となくというよく分からない基準で選ばれるものである。
その女王の姿が、ガメオの見送りの場には見えない。
呪いゆえにガメオが妖精郷にとどまるのに反対の者でも追い出す形になるのは不本意なわけで、見送りの場には主たるものが顔を揃えているのにだ。
だがこの手の事には烈火のごとく怒るのが常であるはずのヴギルが、今日に限っては静かだった。
妖精郷と外の世界を繋ぐ門はいくつかあるが、妖精郷側には一つしかない。
その妖精郷側の出入り口である花の門まで来たガメオは、木に体重を預けた格好の一人のフェアリーを見た。
「ザアレ・・・」
『知ってる?気に入った冒険者の旅にずっと付いて回る妖精の話って、結構珍しくないんだよ?』
女王になってからのザアレは常に、幻影の魔法で威厳のある大人に化けていた。
しかし今は魔法を解いて、他のフェアリーと比べてもやや幼さの勝る本来の姿をしていた。
また変身を解いたついでに、女王用の口調もやめていた。
「・・・女王がそれをやるのは流石に珍しいんじゃないか」
『そうね、女王の妖精騎士を解かれた相手に女王が付いていくのはおかしいよね――――――――――――でもさ』
ガメオは、不意に顔を近づけてきた女王、いやザアレに思わずのけぞらされた。
『女王じゃなければ問題ないよね?』
「おま・・・お前!」
『女王が軽い立場とは言わないけどさ、代わりならいくらでもいるからね―――知ってる?一番早く辞めちゃった女王って、昼に決まったのが夕方に野イチゴ泥棒がバレてクビになったんだよ?それに比べたらアタシなんか―――えっと、何倍だろう?えへへ』
「・・・道理でヴギルが静かだと・・・知ってやがったな」
流石に根負けしたガメオは、ザアレの同行を了承した。
ざわざわと音を立てて色とりどりの花の門が開くと、木漏れ日が溢れ精霊の小さな光が舞う森の小径が姿を現した。
一体何度この二人でこの径を通ったろうか。
ボロボロになったガメオをザアレが魔法で強引に引きずった事もあったし、傷を負ったザアレをガメオが背負っていた事もあった。
お化け猪に追われて二人で全力疾走した事もあった。
だがこうしてこの径を、この二人で歩くのはこれが最後となるだろう。
ザアレには、今ここを歩む一歩一歩がどんな綺麗な宝石、瑞々しい命を湛えた果実よりも価値ある、とても愛おしい物に思えた。
例え、この旅の行先がどうであろうと。
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邪魔するものがあれば蹴散らしかねない乱暴な足音が、堅牢ながらも国中の名工の粋を集めた豪華な造りの謁見の間に響き渡る。
「ひ、控えよ勇者アルテア、そのような汚らわしい格好で王城に足を踏み入れるなど!」
怒気で誤魔化してはいたが、そうしないと大臣の声は恐怖で震え、上ずっていただろう。
血や土で汚れた警備服姿のまま王城に現れたアルテアは、かつて剣の師であった騎士団長を喪った時のような、いやそれを遥かに凌駕する凄まじい何かを立ち昇らせていた。
気の弱い新人メイドの一人は見ただけで失神してしまった程だ。
「よい、火急なのだろう勇者アルテアよ。そなたをしてその様子と言うのは、何か只ならぬ事があったと戦を知らぬ余でも分るぞ」
大臣を諫め、ほぼ闖入に近い金勇者アルテアを赦し報告を促す国王に、アルテアは答えた。
「魔王以上に強大な邪悪が出現し、私の故郷が滅ぼされ母も死にました。この汚れは私の手で村人たちを簡単に埋葬していたためです」
報告者である勇者を除く、広い室内に居る全ての人間に一様に戦慄が走った。
そんなバカな、世迷い事を、いやあの清廉なる勇者が嘘を吐くなど・・・。
ではまさか、本当に真実だと言うのか?
「わかった、まずはそなたの故郷に葬儀のための聖職者と調査団を送ろう。しかし彼の魔王以上、となると俄かには信じがたいが・・・仮に報告を信じるとして、恐らくは勇者であるそなた以外には対処できぬだろう。その上で問うが、勇者としては何をすべきだと思うか?」
「まずは我が父にお目通り願いたい」
「先王に?何故だ?」
「陛下は王位を譲られるにあたり多くの物を引き継がれていたのでしょうが、勇者に関わるものの幾つかは未だに引継ぎがないと聞いております」
「確かにその通りだが・・・その中に必要な物があるというのか?」
「勇者の試練、だな?」
しわがれているのに良く通る声がホールに響いた。
金細工の入った杖を突きながらも、眼光は未だ猛禽か狼のごとく鋭い白髪の男が、そこには立っていた。
フェアリーがメインヒロインになってるのってあんま見ないなーと思いながら書いた
ワイ書いてるよ!って人がもし見ていたらスミマセン