23. 胎動
いつから私が私であったのか、定かではない。
ただ、意識を得た瞬間には既にあったであろう衝動が、未だこの場に縛られ動けぬままのこの身を焦がしている。
殺せ。
滅ぼせ。
心有るものに絶望を教えよ。
光の下に在るものを全て穢せ。
だが、今は何もできない。
私と対を成すかのような強き光が生まれているのを感じ、それは時を追うごとに忌々しき輝きを増している。
間違いなく滅ぼしあう宿命にある、そう確信を持っている。
その刻が来るまではこの揺蕩いの中で力を溜め、私の中により深く潜り黒き力を学ぶとしよう。
そう言えば、私の元に集って何やら動き、力の一部を汲んでどこぞに持って行く小さきものどもを暫く見ない。
どうでもいい事だ。
総て滅ぼすのだから。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「今日も魔王の領域には目立った変化は見られません。我々の警備が厳重なためか魔王派の接近も確認できません」
「つまり順調に育っている、って事だな。忌々しい事に」
報告を受けている完全武装の集団のリーダーは鍛え上げられた体躯が鎧の上からでもわかり、鳶色の髪と顎鬚をした、逞しさという言葉をそのまま人の形にしたような人物だった。
ただ乱暴さや粗暴さを人に感じさせないだけの静かで優れた知性は瞳に宿していた。
それもその筈。
そんな愚かな人間に、神聖王国騎士団長と言う大役が務まるはずがないのだ。
騎士団長ラムザイル。
それが彼の肩書と名前である。
「余り記録に残しにくい発言はしないでいただけると助かりますね。あと我々部下が斬る分も残していただかないと・・・実戦を重ねるのも任務のうちなので」
「しょーがねーだろ、何か俺に向かってくるんだからよ」
ラムザイルの足元には、キマイラやマンティコアと言った大物を含む多数の魔物の死骸が転がっていた。
ふと、死骸の山の中から二つの影が飛び出した。
目にも止まらぬ速度と鮮やかな技でラムザイルと副官の首を狙ったのは、濃密な瘴気と多くの戦闘経験で異常な強さまで進化したシャドウゴブリンと呼ばれる魔物だった。
しかし、振り向きもしないままの二人の無造作な剣閃が、飛んできた勢いのままに転がった魔物の死骸を新たに二つ増やしただけだった。
至光騎士団。
神聖王国騎士団長直属の、最強の騎士団である。
その最強の騎士団の任務は、目下ただの監視である。
魔王の城を中心にした異常に濃い瘴気の領域は、人が踏み込めばそのまま魔物か魔族に堕ちるしかない以上、偵察さえも出来ない。
そして周辺領域も瘴気が多く、多数の凶悪な魔物が常に発生し続ける。
そこでは予言での復活が近い魔王をただ単に見張るためだけに、この人類屈指の戦力が必要となる。
地平に見える瘴気により形成された大きな黒い球体の縁あたりが、常に陽炎のようにゆらゆらと歪んで見えていた。
「【真の勇者】以外を拒む領域か・・・そう言えばその肝心の勇者の坊主が飛竜退治でヘマして負傷したそうだな」
「団長も聖剣を持たぬとはいえ金勇者なのですから、他人事ではないですよ」
「人類の希望を背負うなんて俺には似合わんよ。団一つの世話が精々さ」
「そうですか。山ほど溜まっている書類の決裁もお世話願えませんかね」
ラムザイルは偽の聖剣の勇者として内々に決まるところだった。
魔法は多少不得手なものの、闘技大会のエキシビジョンでシグナムとゼタニスが二人掛かりでも圧倒された剣技は誰もが認めざるを得ない物だったのだ。
だがそうなっては騎士団長としての任に影響が出て、至光騎士団の軍団としての力を最大限引き出せなくなると言う本人の主張が妥当なものだったのと、加えて代わりに偽の聖剣の勇者候補を団長自ら推薦してきたのとがあり、辞退が認められたという経緯がある。
その時ラムザイルが身元を保証した上で候補に立てたのが、仮面姿の怪しい冒険者イオンズだった。
その能力および冒険者ギルドにおける信頼が確かだった所に騎士団長の保証が付き、まあ反対意見はあったものの認められた。
その反対意見というのも、聖剣の勇者の中で騎士が一人だけと言うのは沽券にかかわるとかそう言ったレベルではあったが。
「しかし・・・魔王と言うのは何なんでしょうね。この世の全てを敵に回して滅ぼすために暴れ、その先に何があるんでしょうか」
「さてな。存外誰かに言われた通りやってるだけで、本人もその理由を知らんのかもな。・・・少なくとも、魔王派が夢想するような理想郷を作ろうとしてないのは確かだがな」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「復活の時は近い」
薄く瘴気の混じった香の焚かれる中、暗く広い広間のような中に大勢の人間たちが集まり壇上の黒いマントの男の声に耳を傾けていた。
聴衆は人間に限らず獣人や妖精族など多種多様で、また人間も黒い肌だったり黄色がかった肌をした明らかに神聖王国の外の人種も混じっていた。
「その時こそ、この世界が真に一つになる時だ。神の美しい教えを説くも実体はその威光に頼り切り腐り落ちる寸前の世を破壊し、一から理想郷を築く嚆矢となるのだ」
ここにいる者たちは人種や種族も様々だが、その内心や抱えている背景もそれ以上に様々だった。
純粋に魔王の力で世界を変えられると信じている者。
むしろこの世の破滅を願っている者。
暴れて人殺しなどの犯罪が出来れば何でもいい者。
中には信心深い教会関係者で、魔王信奉者との融和の可能性を探っているためにわざわざ入ったような者も混じっていた。
そのほとんどに共通するのは、この世への深い絶望。
そして彼女、≪堕ちた妖精女王≫フォーリムは復讐者だった。
復讐者には本懐を遂げた後の事を考えている者といない者がいるが、彼女は後者であった。
信じていたものと守るべきものの全てを失った者が本心から選べる道と言うのは少ない。
その復讐対象は、光に守られた凡て。
しかし今は妖しく美しい漆黒の翅はゆったりとした服の中に隠され、瘴気の鱗粉が漏れないようにしていた。
「さて、今宵我らの英雄とならんとする者が名乗りを上げた」
壇上には3人の男たちが昇り、手にはそれぞれ銀製に見える杯が握られていた。
決意した表情で一斉に杯の中身をあおると、3人とも苦しみだして足元に杯を落とし金属音が鳴り響いた。
苦痛にのたうち回る腕や顔に黒い血管のような物が浮かび、それがどんどん広がっていった。
すべてが終わった壇上には、黒く濁ったスライムとオーク、そしてオウガが立っていた。
「残念ながら、彼らでは魔族への転生は成らなかった。しかし彼らが勇気をもって踏み出したその一歩が、明日の我々の礎となる。天に地に黒き祝福あれ」
壇上の魔物たちは脇に控えていた武装した男たちに捕らえられ、見る間に檻に入れられた。
あの杯の中身は、フォーリムの黒い鱗粉を溶いたワインだった。
魔王の領域から採取した強すぎる瘴気を人の手に使える物にするのは、今の所彼女が瘴気を取り込んで鱗粉として出す以外に方法はない。
ゆえにある意味、この集団の首魁よりも重要な人物であった。
(―――お遊戯会ね)
それがフォーリムの、この集団に対する率直な感想だった。
しかし邪妖に堕ちた自分がこの世界を直接自分の手で地獄に叩き落す手段と言うのが、生憎と他には思い当たらない。
兎に角、ぽっと出の魔王なんかを待つ気はない。
『私の憎悪は―――私だけの憎悪は、誰にも穢させない。その為には、人間だろうが魔王だろうが利用してやる』
やっと話が進んだぜ!




