21. 竜 - 生まれながらの戦士
「うおおおおおっとおあ!」
セバーの横薙ぎで幼竜の突進を牽制したガメオだったが、そのままつんのめって倒れそうになった。
基礎も無い状態で無理矢理技を使う危険性はこういう所に出るのだが、足腰の強靭さやバランス感覚自体は優れているため踏みとどまるのは容易だった。
だが対峙するこの竜が、次はこの隙を見逃してくれる保証はない。
(コイツ、どんどん動きとか反応がよくなってやがる)
最初のうちは、愚かで貪欲で動きも単純だったので対処も容易だった。
簡単なフェイントで面白いように動きを誘導できたし、囮の幻を出す魔法の卵を叩き割るだけで一気に1kmぐらい距離を稼げた。
≪粘着≫の卵で思いっきりずっこけさせた時は、逆に視界から消えないように気を付けなければいけない程離してしまった。
それも攻撃を喰らったら常に即死の可能性がある以上、決して楽ではないが。
それが今ではガメオの動きから機を読もうとする慎重さを見せ、あまつさえ逆に単純ではあるがフェイントまで使いだしている。
もちろん、通常の動物ではありえない執拗な殺意は変わりないのだが。
鉄より硬く鉄より軽い木の実をフェアリーの秘密の製法でくりぬいたプロテクターが、既に何か所か破損していた。
それでもガメオが何とか戦えているのは、魔法の卵を警戒させることに成功したのと、本当に危険な時は姿隠しの木の葉で一時的に姿を隠せる事、そして何より魔剣の力が大きい。
魔剣で呼び出した竜の幻影はその攻撃や移動の動きや癖などを、実際に動かれるより以前につぶさに観察させてくれるし、避けられそうもない攻撃が来た時も時間を停止させて次の瞬間にすればいい行動をある程度落ち着いて決定できる。
しかし竜の動きや振る舞いが向上するたびに幻影を呼び出して情報を更新しないと先手は取れなくなるし、時間を止めるのと併せて魔剣内に溜めた魔物の生命力は驚くべき早さで減少している。
既に今まで溜めてきた分の半分以上が吹き飛んでいた。
脛当てを鋭い牙に引っかけられ、咄嗟に時間を止めた上で思考したガメオは左脛のプロテクターの留め具を外すことに決めた。
もし第三者の目があるなら、噛みつかれた脚が持ち上げられたのに合わせ、予めの決め事のような迷いのないスムースさで脛当ての留め具を剣で斬って、自分は勢いのままトンボを切って着地し事なきを得ると言う、曲芸じみた光景を見ただろう。
鉄より硬いはずの脛当てが竜の顎の中で、容易く咬み砕かれた。
「これ見よがしに見せつけやがって・・・」
ニヤついた目と口元から一瞬で表情が消え、これまでで一番鋭い突進をしてきた。
しかし、その技は初見だがもう見た。
脛当てを失う際に動きがまた鋭くなっていた気がしたので、時を止めるのと同時に念のためまた幻影を呼び出して観察していたのだ。
妖精戦士たちから借りた技の中で唯一竜に真正面から当たり負けしないヴギルの上段切りが、その突進を真上から地面に叩き付けて止めた。
土煙と同時に竜の頭頂部から鼻にかけて赤い筋が生じたが、そんなもので倒せるなら苦労はない。
本来の使い手が放った技なら一刀両断も出来ただろうが。
ガメオは強靭な腕力と足腰でヴギルの剣の反動を無理やり抑えているが、本当なら技の中で吸収される物なので抑える必要すらない。
道具や体力も含めたリソースが削れる一方のガメオに対し、まだ幼い竜は残忍さと獰猛さに狡猾さを加え、攻撃の鋭さも増していく一方だった。
飛竜と言うのは、竜種の中では弱いとされる。
ブレスや魔法といった竜を象徴する力を、何かの原因で変異や強化でもしない限り使えない以上、それは間違いではない。
実際他の竜種と戦えば多くの場合負けてしまう。
だが、飛竜と言うのは生まれながらの戦士である。
本能に戦いが刻まれ、そして戦いの中で知恵と技を磨き大きく成長する。
これは他の竜にはない特徴で、かつて伝説的な剣士と共に生きた飛竜は、最強の竜種の一角である聖石竜の喉を咬み千切って殺したという逸話も存在する。
戦いの中で成長するという恐るべき性質は、翼が未成熟で空も飛べぬほど幼い時点ですでに備わっているのだ。
そしてガメオだが、戦う術はあるが戦士でも何でもない。
今回の役割は言わばエサだ。
花の門を境にあからさまに瘴気の濃度が変わっており、虚の領域と外界を隔てるのは間違いなくそこだ。
そこまで竜をおびき出せればあとは妖精戦士たちが止めを刺して終わりだ。
狙いすましての最後の≪火矢≫が、竜の脚の指を高温で焼いた。
次の瞬間、指先のような末端程痛みに対して敏感なのは竜も人間も同じだという事が、明らかに苦しみを訴える鳴き声で証明された。
『キャアアアアオオオオオオオオオオオウウウウウウウウ!!!!』
「ハッ、追い付いてみろよクソ野郎」
人の言葉が分かるとは思えないが、自分自身を奮い立たせるためにも挑発するセリフを吐き、ガメオはまた駆け出した。
走るルートは可能な限り障害物の多い林の中や、岩が連なったり高低差のあるような場所を選ばなければならない。
駆ける速度は竜の方がはるかに速く、何もない平地の追いかけっこでは僅かの時間で追いつかれてしまうからだ。
そんな場所を走るものだから、ガメオ自身の消耗も半端ではない。
ガメオは走りながらもたまに時を止め、魂の視点を回して背後の竜を確認していた。
これが一番多用している使い方かも知れないが何度目かわからない時間停止の時に、心臓が止まるかと思う程驚いた。
後頭部のほんの手前まで、振るわれた前肢の鉤爪が迫っていたのだ。
これが分かったのは本当に偶然としか言いようがない。
ランツェの技を借り、後ろ髪をほんの少し切られながらも前転で躱す。
防御の体捌きはランツェが一番上手い。
直後、口から内臓が飛び出るかのような衝撃がガメオの腹を襲った。
竜の後足によるキックだった。
踏みつけを狙ったのが逸れたのかも分からないが、とにかくガメオの体はすぐ近くの繁みの中まで蹴り飛ばされてしまった。
「がっっ・・・はぁ・・・・っ!」
痛いとか苦しいとかが悶絶するほどあるのはもちろんだが、それ以上に体中が混乱していた。
呼吸ができず、ガメオは命の危機を今までに遭遇したどんな時よりも強く感じた。
無理矢理苦痛と混乱を制しながら(ポーション)と念じながらポーチに何とか手を入れ、小瓶が取り出された。
意識が遠のくほどの激痛の中全身全霊の力を絞り出し、小瓶の中身を口に含み一気に呑み込んだ。
わずか数秒のうちに腹の中から出て全身を痺れさせていた激痛は綺麗さっぱり消え、呼吸をする力も完全に取り戻せた。
治療薬は消耗した体力も同時に回復させるようで、足の疲れも取れた。
しかし恐らくランツェの身のこなしにより衝撃を受け流していなかったら、心臓が一撃で潰されてポーションを取り出す余裕もなく即死だったに違いない。
残っているポーチの中身は、治療薬が一つ、魔法の卵が三つ、姿隠しの木の葉が一枚。
余裕の欠片もないが、ここからなら花の門もほど近い。
一度深呼吸し、ガメオはまた飛び出した。
『ウゴアアアアアアアアアオオオオオオ!』
「テメーのヘボキックでくたばるわけねーだろ!来いよ!」
戦士としての勘を「しつこくて厄介な敵」との戦いの中で磨いてきた幼竜は、今まで以上に鋭い動きでガメオを追い始めた。
最早障害物の中を突っ切る隙も許されず、ガメオは剣を交え牽制しながらの誘導と言う無理にも程があるやり方を強いられる状態だった。
腕輪の宝石によればもう先の道を曲がれば花の門だが、近いが遠い。
ここまで一番多用してきたのは、最も正道な技と言えるセバーの剣技だ。
ヴギルの技は強力だが使いこなしきれず体に負荷が大きいため硬直が避けられず、ランツェの技術は防御が優秀だが攻め手に欠ける。
ピアルザの剣は元々魔法と組み合わせる度合いが大きくガメオにとっては死に技が多すぎる。
だからこそガメオはセバーの剣を多用し、違和感も無くなってきたのだが・・・それは、戦いで成長する飛竜にとってもより多く見た技と言う事でもある。
ガギンッ!
「なっ、鉤爪で!」
魔剣の一閃を防ぎ、そのまま刀身を掴んだ竜は鮮やかに流れるようにガメオの頭に咬み付いてきた。
あまりにも自然な動作過ぎて、ガメオは避ける、防ぐなどの反応も出来なかった。
気付いたときには牙が髪に触れていた。
バ チ ン
瞬間、青い光点を中心として虹色の光がガメオの胸元で弾け、少年の体は見えない手で引っ張られるようにその場から吹き飛ばされた。
呆然としていた状態から空中で立ち直ったガメオは、ポーチから最後の木の葉を取り出し着地と同時に姿を消した。
(青い石から出ていた魔法の膜が消えた・・・奥の手の仕込みか何かに助けられたんだな。ありがとう、ザアレ・・・それにシィタ)
既にそこは花の門の前だった。
後はあの竜が門の中までおびき出されてくれるかどうか・・・とガメオが考えていると、竜はゆっくりと歩いて花の門の前に陣取ってしまった。
明らかに、狙いが読まれていた。
花の門の向こうまで竜をおびき寄せたらガメオの勝ち、出来なければ竜の勝ち。
それが見破られた以上、最早釣り出すという手段は使えない。
門の向こうに何があるか知らなくとも「罠」であることさえ分っていれば、態々掛かってやるような事をするはずがない。
それを分かっているうえで花の門の前に居座る理由は、一つしかない。
挑発しているのだ。
『俺はここにいるぞ、お前の望み通りにな!出来るもんならその変な門に俺を叩きこんでみろ!』と。
今までの戦いで、そんな威力のある攻撃手段がないのを見越した上で。
小さく厄介な敵が姿を消したまま逃げる可能性がある。
だがそれでは我慢ならない。
だからこそ挑発するのだ・・・確実に仕留めるために。
全てを賭けた攻撃を正面から防がれた時には容易く心が折れるのを、彼らは血の記憶として知っているのだ。
そしてガメオは、その見え透いた挑発に乗るしかない。
幼竜のうちにここまで引っ張ってこれるチャンスは恐らく二度と来ない。
残された手札と言えば、いくつかの魔法の卵か。
フェアリーの秘術により作られた魔法の卵とは良く出来た物で、触れるだけで封じられた魔法の使い方や効果が分かる。
言葉にならない言葉で何故か分かってしまうと言う感覚は、以前魔剣の力を理解した時によく似ていた。
≪雷弾:触れると数秒間持続する電撃が発生する≫
≪突風:卵を割った地点を中心に全方向に突風が発生する。最大風速になるまで2~3秒掛かり10秒前後持続する。木で出来た小さな小屋程度なら吹き飛ばせる≫
≪滑油:恐ろしく滑る見えない油を魔法で作り出す。地面に撒けば有効な広さは畑一面の半分程度で、10分前後持続する。使用時に使用者も対象になるかどうか選択できる≫
今ガメオの手にある卵はこれだけだ。
(多分・・・使える。だけど絶対不動を決め込まれたら足りない。あと一歩押し込むならヴギルの剣か?いや、おれが使っても当たり負けしないだけで押し込めるようなパワーにはならない。あと何か・・・何か無いのか?)
そこまで考えて、ガメオの頭には碌でもないアイデアが閃かれてしまった。
最後の最後でぶっつけ本番のギャンブルに頼るしかないとか、それはちょっと漏れた笑みに自嘲も混ざると言うものだ。
頭の木の葉を剥がし、姿隠しを完全に説いたガメオは片膝の状態からゆっくり立ち上がり、竜の方を向いた。
「最後の勝負だ・・・竜!」
終わらなかった




