19. 竜 - 狂える幼竜と写しの剣
胸元に隠れた青い石が暖かい光を灯すと同時に、ガメオの体は薄い虹色のヴェールのような膜で覆われた。
それに伴い、濃すぎる瘴気による不快感がかなり和らいだのを感じた。
小径と旧妖精郷を隔てる花の門に当たる部分までは辿り着いたが、果たして門は開きっぱなしになってしまっていた。
花や草木は毒々しくグロテスクにネジくれていたが、これも濃密な瘴気の影響だろう。
「・・・おれの知ってる妖精郷とはかなり違うな」
常に精霊の淡い光に満たされる妖精郷とは違い、空は泥水にインクでも垂らしたようなものが渦巻き、植物は枯れるか気色悪い何かに変異するかしていた。
頭上に太陽のような光源らしきものはないのに、視界は普通に天気があまりよくない日程度に利くのがなお気持ち悪い。
気のせいレベルだが、暑くも寒くもなく適温なはずの空気もどこと無く粘り付くような気がするせいで気分が良くはない。
魔物に関しては気配の欠片も感じられない。
瘴気は生物を魔物化する空気で、瘴気の定在する魔境は魔物の生息域だが、虚程にまで濃くなると普通の魔物程度では逆に寄り付かなくなるらしい。
ここに至る小径でもゴブリン一匹見なかった。
腕輪の宝石には2つの光点が映っていた。
後ろを指す緑の点は花の門―――もはやそんな可愛らしい名前で呼ぶのは憚られる状態だが―――だろう。
するともう一つの赤い点が、竜だ。
これだけ異常な様子の虚の領域も、世界樹が在る限りいずれは瘴気も薄らいで精霊が戻って来るという。
そのためには永い時は必要ではあるが。
しかし瘴気を纏って魔物化した何かがそこにいると魔物と瘴気は相乗作用的に強化され、領域は拡大していく可能性がある。
竜ほどの存在であれば確実だ。
成竜ともなればその勢いは留めようがなく、竜自体もより強い魔物となって猛威を振るい結界を容易く破壊、妖精郷は全てが虚に沈むだろう。
故に、幼竜のうちに討たねばならない。
ガメオが腕輪の宝石の示す方向に進んでいくと、そこにはかつてフェアリーたちの住んでいた町があった。
足跡、と言うよりは何か大き目の物が引きずったような跡が地面にあり、それはこの町の部分に伸びていた。
破壊された、いや喰い荒らされていた。
往時の面影を死体のように残し、フェアリーたちが作った美しかった町並みは何らかの存在によりグチャグチャの廃墟にされていた。
ゴリゴリと何かが削られ、砕かれる様子のように思える音が続いていた。
その姿はガメオが竜と言う言葉から連想するものとは大きく違っていた。
正確には前肢が翼と一体になった飛竜であるとか、そういう細かい事ではない。
竜と言えば子供たちが憧れる英雄物語の敵役になることが多いが、それでもその強大さ、スケールの大きさは英雄や勇者たちの敵として立ち物語のクライマックスを飾るに相応しいものだ。
だが目の前の黒くて丸い塊から受ける印象は、何も考えないで欲望のまま暴食に走っていると言うものでしかない。
他に竜など見た事がないガメオにはそれが生来の姿なのか、瘴気に狂っているからなのかは判断など付かなかった。
ただハッキリとしている事は、この領域で自分以外に唯一動いている禍々しいその存在こそが、倒さなければならない≪竜≫と言う事実だ。
(火矢)と念じながらポーチに手を入れ、何か掴んだ感触がしてから引き抜くと赤い印の付いた卵が握られていた。
魔法を込めた卵の使いかたは簡単で、叩きつけて割るだけだ。
攻撃魔法など敵に直接影響をもたらす魔法については標的に投げつけて命中させる必要がある。
これを投げつけたら、もう後戻りはできない。
ガメオは目を閉じ一度深呼吸、そして意を決し腕を振り上げ・・・
ギ ロ リ
ガメオの方に気付く素振りも見せなかったそいつは、予め察知していたかのように赤く濁った光を湛えた目で睨み付け、次の瞬間には奇声を上げながら突進を開始していた。
寝そべって何か食べていた様子は黒い肉団子にしか見えなかったが、駆ける姿は幼いが確かに竜のそれだった。
背の高さはガメオと同じぐらい、つまりゴブリンと同程度だが、翼や体長を考えると体重はオークとオウガの中間ぐらいか。
もともとこの成長速度なのか、瘴気の影響があるのかは判然としない。
自分自身でも驚くほど冷静なガメオは咄嗟に飛び退きながらも、咬み付こうと開けられた竜の口の中に卵を叩き込んだ。
「閃光と衝撃」と言葉で書くと簡単だが、視界が光で塞がれて空気や地面を通しての振動が内臓まで響くのを人生で初めて体験したガメオは流石に短時間固まった。
これが、魔法。
選ばれた勇者あたりなら湯水のごとく垂れ流し、自分には一生使えない力。
そして瘴気の影響か生まれつきなのか分からないが全身真っ黒の竜はその程度の衝撃からはすぐに立ち直り、鼻と口から煙を噴きながら再び駆け出そうとした。
その初動より前にガメオは腰のポーチから一枚の木の葉を取り出し、素早く頭に貼り付けた。
姿隠しの木の葉は効果を発揮し、竜は煙の中で数瞬の間にガメオの姿を見失った。
姿を隠した状態のまま、ガメオは背中の魔剣を集中しながら抜いた。
そして現在の彼では到達し得ていないはずの高みにある技量でもって、あまりにも鮮やかな突きを繰り出した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『そしてここからが本題だ。―――これは腕を磨き、技を練り続けてきた戦士達にとってはある意味冒涜に等しい―――だが、それでも協力してほしい』
『ま、コイツに死なれちゃあ碌な夢も見られなくなりそーですしね』
『他に渡せるものもない、持っていけ』
『けどその代わり!ちゃんと帰ってくるんだぜ』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
切っ先は幼い竜の首の鱗をしっかりと貫き、中の肉まで届いていた。
魔剣の鋭さあっての事だが、それでも確かに刀身は≪竜の血を吸った≫。
痛みをこらえきれない竜は、狂気の上に復讐心を足した目でガメオを睨んだ。
攻撃を当ててしまうと言うのは、フェアリーの手により作られた姿隠しの木の葉を以てしても気配を隠せなくなる行為だ。
振るわれる鉤爪を円舞のように鮮やかに打ち払い、ガメオはその動作から≪煙幕≫の卵を取り出し、叩きつけた。
(これは強力だけど・・・やっぱり体と、頭が違和感どころか混乱しそうになるな)
ピアルザから借りた刺突剣の技の実戦における威力と、それとガメオ自身とのズレに、あまり一度に長く使えるような手段ではないと改めて確認した。
ヴギルの発案によりガメオの魔剣にはヴギル、ランツェ、セバー、そしてピアルザと一緒に実戦を経験をしたことがある4人の血を、指先を少し切るぐらいの傷で吸わせている。
魔剣の力で技を再現する際の違和感は、共に戦ったり殺し合ったりした相手であれば相当軽減されるからだ。
狂気をそのまま音にしたような叫びを聞きながらも煙幕に紛れて取り敢えずその場から退避したガメオは、魔剣の時止めを発動させた。
さらに止まった時間の中で、黒い幼竜のイメージを呼び出した。
(さあ、色々と見せてもらうぞ)
あまり使いどころのない能力であるためほとんど使わずにゴブリンやオークにその他弱い魔物を狩り続けた結果、単純に時を止めるだけなら感覚的に一週間は停止できる程度には吸った生命力が溜まっている。
だがイメージの呼び出しは思った以上にリソースを食う。
竜以外には魔物も居ないため補給も出来ない。
覚悟はしていたはずだが、それでも思った以上に厳しい戦いになりそうだった。




