18. 竜 - 魔剣のもう一つの力
ガメオはヴギルたち妖精戦士団と共に道を駆けていた。
ここは妖精郷ではなく人間界。
虚の領域に向かうために一度妖精郷から外に出て、それから現在は虚となっている元妖精郷に繋がる入り口から再び入るためだ。
この道は神聖王国の王都に接続する街道で、遠くにうっすら王城も見えている程度にはほど近い。
一行にはザアレも同行し、人の目に付かないよう全員分の姿隠しの魔法を使っていた。
元々フェアリー族は姿や気配を隠す魔法などが人知を超えたレベルで得意なのだが、戦士化すると人間よりは遥かに適性が残る物の、生命線とはならないレベルで不得手になってしまうのだ。
かなりの速度で駆けているはずなのに息も切らさず着いてくるガメオを、ヴギルはちらりと見た。
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『何を言っているのですか女王、本気ですか!?この少年はザアレの命の恩人にして客人として招かれた―――』
『妾は何時でも本気ですよ、ヴギル。分かっているでしょう?如何なる要素をどう考慮してもこの子しかいないのだと』
ヴギルの激高にも微動だにせず真っ直ぐと、柔和な笑顔を崩さずに視線と言葉を返した女王メニャーン。
いきなり議論の本題にされたガメオ本人は驚きのまま固まるばかりだったが、女王の言葉は構わずに続いた。
『虚程の濃密な瘴気の中、形と心と在り方を保てるのは、その瘴気より強いような非常識な例外を除けば、魔物の他に―――』
『―――妖精を通して精霊の強い祝福を受けた者、のみ』
「・・・つまり、虚に入って竜の釣り出しが出来るのはおれだけ、って事ですね?」
人の居なくなった女王の居城の一室には、メニャーンとヴギルだけが残っていた。
『女王―――』
『いえ、言いたい事は分かっているのよ。あの子はとても―――そう、とてもいい子なのでしょう。優しく、勇気があり、とても強い心を持つ。子供たちにも懐かれている様子。自分でもそんな子を危険な場所に送り込むようあそこまで露骨に仕向けるのは、どうかしてると思うわ』
『それでも―――ですか?』
『勘違いはしないでね?最終的にあの子に行ってもらうのは、女王の判断として間違ってはいないと自信を持っているわ』
同意を持って返すしかないヴギルは沈黙した。
『そうね―――世界樹の癒しに注力していたこの十の年、四十の季節。この間は気にしなくても良かったのだけれど、妾の中にあった黒い種が消えるどころか―――逆に深く根を張っているのに気付いてしまったわ。次の十年も正しき女王で在れるかどうか、保証は何もない』
『―――私は、自分に出来る事をします。竜の打倒のためにガメオを失うことが無いように』
『ええ、そうね―――それがいいわ』
『―――っつーわけで、竜の居る虚に単身突っ込む事になっちまったガメオを生き延びさせる方策を考えないといけないわけだが』
『正直何も思いつかぬ』
『お前まだまだ弱いからな』
「言うなよ・・・わかってるんだから」
セバーとピアルザの正直すぎる指摘にガメオは流石に意気消沈した。
『いや、素手でもオーク殴り殺せる奴が弱いわけねーんだよ。ただ孵化したばかりたぁ聞いているが、竜が相手となるとな』
ランツェの戦力分析では、孵化したばかりの竜の釣り出しは一人前の戦士二人で安定するレベルの難度だ。
多少の魔法道具を持たせたとしても今のガメオでは荷が勝ちすぎる。
『―――そこで今回は、ガメオの魔剣の力に頼ることにする』
「ヴギル!この魔剣って自分ごと時を止めるしか出来ないのに、一体何を出来るんだよ」
『それは能力の一部に過ぎない。黙っていたのは悪いとは思うが、その剣を打ったドワーフが偏屈な奴でな。誰にも頼らず所有者自身のみで魔剣の力を開放した時に最大の能力を発揮するよう作ったと語っていた』
後からやってきたヴギルによるとそのドワーフの鍛冶師は冒険者時代のヴギルの知己で、とある剣士のリクエストに応えてこの魔剣を打ったという。
そしてヴギルは協力する形で、試作された魔剣の能力を試したという事だった。
結局ヴギルは剣の完成を見届ける事は無く、魔剣そのものも剣士の手には渡らなかったと剣の状態から判断したという事だった。
『既に発動自体は出来ているから別の能力を教えるのに問題はない。ここはやってみるのが早いな』
取り敢えずヴギルの指示通り、ガメオは魔剣を抜いて正眼に構え、時を止める能力を使う時の集中を行った。
『そこで、―――そうだな、取り敢えずはゴブリンだ。魔剣準備状態を維持したまま、可能な限り正確に詳しく、ゴブリンを頭の中で再現するんだ』
ゴブリン。
故郷を滅ぼしたもの。
人生で最初に手に掛けた魔物。
ある意味、最も再現するのが容易いもの。
しばらく集中していると、目の前にぼうっとした影が現れていた。
ガメオの精神に伴い多少揺らぐ中、段々と鮮明な像として結ばれていった。
それは、ゴブリンだった。
魔剣の力が再びガメオに語り掛けていた。
≪剣で命を奪った相手を正確に再現可能≫
≪命を奪わずとも血を刀身に吸わせればある程度の再現は出来る≫
≪維持には時を止める力と共通のリソースを消費する≫
≪時を止めるのと同時に使用可能≫
イメージのゴブリンに(襲ってこい)と念じたところ、拾ったのか作ったのかも分からない粗末な武器で、何度襲われたかも分からない踊りかかり方で襲ってきた。
魔剣の一撃と共に黒い血の花を咲かせてそいつは倒れ、幻と消えた。
『い、いきなり何もない所で本気の素振りをやるんじゃねー!ビックリするだろ!つーか今、何か実戦みてーな空気があったんだが』
『上手くいったようだな、ガメオ。そしてその能力には続きがある』
≪像を結ぶとき自らの体に重ねれば、その動きを自らの体にて再現できる≫
ヴギルの言葉と魔剣からの言葉にならない声に従い、ガメオは今度はイメージで出来たゴブリンを自らに重ねた。
そのまま体を自然に動かしてみると、何か普段と違和感があった。
剣を振ってみると、やはりいつもと違う感じがする。
『何かガメオのその動き――ゴブリンにソックリじゃねーか?つーか、まんま』
「え、本当に出来てる?むしろいつもより体の動きがスムーズな感じがするんだけど」
『魔物には魔物の身体の理合いがあるという事だ』
それは如何にガメオが自分の体を上手く使えていないかと言う事でもあり、つまりは自分の技術がゴブリン以下だと気づいた少年はまた少し落ち込んだ。
『魔剣のこの能力で、ガメオに戦う力を得てもらう。本当はもっと剣の型が定まってからの方が良いのだが、時間が無い』
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人間界を駆ける妖精戦士団の一行の前に、完全武装の物々しい集団が現れた。
率いているのは白い髪に仮面と言う妙ないで立ちの男で、集団もそれに合わせたように傭兵団か冒険者かと言った具合に種族や装備も様々で非常にバラエティーに富んでいるが、統率は意外と取れている様子だ。
『少し離れて速度を落としてすれ違えば問題はない。フェアリーの本気の姿隠しを魔眼もなしに見破れる人族など、真冬に飛ぶ蜻蛉より少ない』
しかし変な格好だな、とガメオが仮面の男を見ながらすれ違うその瞬間、仮面の男の視線がこちらに合わせて動いたように思えた。
不思議なことに、初めて見るはずの相手なのにどこかで会った気がした。
「どうしたんですかいイオンズ隊長?」
「いや・・・これからの戦いの事を考えていた」
仕事熱心なのか血に飢えてるのかわかんねーですねワハハ、と言う言葉を妖精の一行は背中で聞いた。
森に入り妖精郷の入り口という場所は、ガメオがザアレと初めて出会った場所に似ていた。
ただ薄っすらと瘴気が漂っており、それは奥の方から来ていた。
「ザアレ、平気か?」
『最初から防ぐ魔法を使っているから平気だよ!ガメオの血ももらったし』
指に針で小さい穴を開けそこから血を舐められる、というのは正直ガメオは相当恥ずかしいのだが、ザアレの方は全然気にしている様子が無い。
小径を進んで行き、一行はこれ以上フェアリー族が進むのは危険と言う場所まで到達した。
丁度広場のように開けた場所で、キャンプ地には最適だった。
ガメオが渡されたのは、かなり昔に人間界で入手したポーションに更に鱗粉を足したものを数本、投げると魔法が炸裂する卵色々、姿隠しの木の葉数枚。
それら消耗品はザアレによる≪収納袋≫の魔法で纏められ、腰の小さなポーチに収まった。
この魔法で纏めたものは、念じながら手を入れると望みの品を取り出せると言う優れものだが、再び纏めるには同じ魔法を使わないといけない。
つまり魔法の使えないガメオは取り出したらそれっきりだ。
そして腕には女王の眼と連動して竜の場所と花の門を指し示す宝石の嵌った腕輪。
『ねえガメオ、ちょっと首を出して』
ザアレに言われるままに首を差し出すと、ふわりとモリナシの芳香が鼻をくすぐると同時にネックレスが掛けられた。
ガメオの母親が保管していた鱗粉で魔法を取り戻してから、ザアレは常に仄かなモリナシの匂いを纏っていた。
「この青い石は、シィタの・・・」
『勝手に作り直してごめんなさい。この石は遠くから妖精の魔法を受け取れる力がある物なの』
「いや、ありがとう。・・・シィタはあの時置き去りにしたおれを、許していないかもしれないな」
『―――大丈夫だよ。今でもお兄ちゃんの事を想っているってさ。だからこの石は二人分の想いでガメオを守るよ』
ザアレの笑顔はいつも力をくれる。
それが今日は、百人力な気がした。
ザアレちゃんは魔法で器用な事をするのは不得意だけど手先は普通に器用だよ!




