15. 竜 - 勇者の代償と試練の時
注:今回ダブル主人公の一人アルテア君の株価がバブル崩壊します。
そういう展開が苦手な方はご注意ください。
まあ注意事項を置いておくしかできないんですけれども。
あらすじ
飛竜退治に出かけたアルテアは、驕りからか、黒塗りの飛竜に衝突してしまう。
胴体が凍ってくぱぁしたアルテアに残された生存の条件とは?
自分を仕留めるために追ってきた飛竜の翼を切り、どうにか止めまで刺したゼタニスは卵の入った背嚢をどこかに落としてしまった事に気付いた。
出来れば回収したいところだったが、その時轟いた轟音と閃光がそれを許さなかった。
「あの魔力・・・!アルテアの奴、早まりやがったか?!」
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息が苦しい。
全身の感覚がおぼろげで、どうにか呼吸できる息は何故か白い。
こんな時でも勇者の眼は優秀に働き、ちらつく意識と共に肉眼がぼやけても魔力的な視界が飛竜の姿をハッキリ捉えていた。
流石に大魔法多重直撃でただでは済まなかったようだ。
全身ボロボロで煙を上げ、大きかった翼は片方が完全に千切れているし頭は目が片方潰れ、角の欠損も見える。
だが、立っていた。
それでもなお雄々しく立ち、無様に転がるアルテアを見下ろしていた。
自分自身に回復魔法を掛けることは出来る・・・が、再び立ち上がって何ができる?
無理をしたツケ、尽きた体力、そして真っ二つ寸前の体の状態が重なってマナがほとんど魔力に変換されない。
回復すれば大きな魔法を一発撃てるだろうが、今度こそすっからかんだ。
それでもまだ奴が立っていたら・・・。
今にもこちらに最後の一撃をくれてやろうという巨体を見上げる視界の隅に、その時アルテアは動く影を見た。
卵泥棒の男が、物音を立てないように逃げようとする様子だった。
括られていたロープが偶然ほどけたのかナイフでも隠していたのか分からないが、兎に角逃げ出す事には成功したようだ。
アルテアは思った。
これで、安全に倒せる。
≪火矢≫。
火系統の攻撃魔法で最も基本的な物で、聖剣の補助のあるアルテアであれば現在のような瀕死の状態でも予備動作も溜めもほぼ無しで放てる。
先程までの攻防を思うとあまりに弱々しい火箭が飛竜の鱗をわずかに外れ・・・その向こうにいた卵泥棒の足元に着弾した。
「ぅひえぇっ!!」
情けない声を上げ、男は腰を抜かした。
飛竜はその方向を一瞥。
アルテアはもう一撃、今度は強力な魔法を撃とうと魔力を溜め、それに失敗して力なく聖剣を下ろした。
・・・と見えるよう欺瞞し、自分自身に高位回復魔法を遅延発動でセット。
試す暇もなくぶっつけ本番だったが、回復魔法にも無事セットできた事で他の魔法同様遅延発動が有効と確認し、アルテアは軽い安堵をおぼえた。
あとはあの飛竜がエサである卵泥棒に向かい、こちらに背を向けている間に発動の気配なく回復魔法が発動。
集中力が戻ったら背中から万全で特大の一撃を喰らわせ、それでこの戦いは終わりだ。
だが。
(・・・おい、ちょっと待てよ。何で・・・何でこっちに来るんだよ!)
飛竜は本当に一度卵泥棒に目を向けただけで、ふら付きの残る足取りでアルテアの方に接近してきたのだ。
隙の少ない低位の回復魔法を使えば無理にでも逃げられるが、それも出来ない。
回復魔法はそれ自体が他の何にも属さぬ独立した一系統であり、既にそれを遅延魔法としてセットしてしまっているのだ。
遅延設定した通りに発動するまで、同系統の魔法は絶対に使えない。
(お前の卵を盗んだのはそっちの奴だろ?なあ行けよ、行けったら!)
瘴気に狂ってもなお戦士としての判断が曇らない飛竜は、厄介と見定めた敵に決して油断はしない。
今無視していいものといけないものの判断は過たない。
これでもう終わっただろうとか、引っかかってくれるだろうとか、そう言う期待や予断は絶対に抱かない。
倒れ臥してもなお切り札を残しているかも知れないし、見透かされた罠は逆にこちらを危機に陥れるかも知れない。
ゆえに、飛竜は強敵に確実に止めを刺すための歩を緩めなかった。
アルテアが遅延セットした回復魔法の発動よりも、鋭い爪の付いた脚に踏み潰されるのが確実に早いであろうペースで。
迫る死の歩みが時間感覚を引き延ばす中、身じろぎ一つできぬままアルテアは訪れるであろう瞬間を待つしかなかった。
・・・これで・・・終わり、なのか・・・
「ウオオオリャアアアアアアァァァァァァァーーーッッ!!!!!」
刹那、勢いよく飛んできた雷を纏う斬撃が飛竜の首を叩いた。
ドン、と大きな首が多少ぐらつくも、大したダメージではない。
だが雷の勇者ゼタニスは、風魔法で足場を作りつつ連続の追撃を敢行した。
剣がミスリルの塊並みに固い牙に弾かれ、甲高い音を発した。
一瞬体制の崩れたゼタニスを逃さず振るわれる爪。
何とか避けるも激しい乱気流で完全に無防備となったゼタニスに対し、飛竜は万物を凍てつかせる凍気の息吹を浴びせた。
ゼタニスは頭を抱える姿で凍り付き空中に放り出される形となり、飛竜は見た目以上に器用な前肢でそれを捕らえた。
城壁をも砕く爪に掴まれ、抵抗する術などあるはずも無かった。
硬質だが濁った破砕音が、大きな爪の間から漏れた。
開かれた鱗だらけの手からは、甲冑のためか人の形を保ったものが落ちた。
邪魔者が居なくなったところで、改めて飛竜は真に厄介な敵であるアルテアに止めを刺すための歩みを再開しようとした。
判断の早い飛竜は、多分倒したという種類の予断はしないものの「確実に仕留めた手応えのあった」相手にはその限りではない。
確かに手の内で砕いたものが、数瞬の間をおいて自分の首に剣を突き立てているなど予想出来るはずも無い。
(イオンズから貰ったポーションがマジで役に立ちやがったぜ!)
ゼタニスは、ブレスが飛んでくる寸前に頭の周りを全力で固めて腕の中でポーションを飲めるスペースを確保、死守に専心していたのだ。
冷気という割とレアなものが来るとはちょっと思わなかったために握り潰しと言う二度と喰らいたくないオマケが付いてきたが、まあ結果オーライだ。
死んでさえいなければ瞬時に、後遺症なく治ってしまう驚異のポーションの力で落下中に全身を治したゼタニスはそれまで隠していた体捌きで跳躍、さらにそれまでの力任せっぽい荒々しい斬撃とは全く違う、怖ろしく洗練された突きにより飛竜の首に雷の聖剣を突き刺したのだ。
剣をそこに残して飛び退いたゼタニスは、視線だけを動かして眼下のアルテアにサインを送った。
丁度そのタイミングで高位回復魔法は遅延発動完了、アルテアが全力の魔法を放てるコンディションが整った。
「≪雷爆≫!」
雷魔法を増幅させる聖剣を通し、膨大なエネルギーの激流が飛竜の体内に流れ込み巨体の全身をくまなく灼いた。
世界の終りのような断末魔。
しばらく続いた断続的な爆発音を伴う激しい閃光がようやく治まり、見上げるような巨体が轟音を立てて倒れた。
「・・・」
「や・・・やりましたゼタニスさ」
ん、と続けようとしたところにゼタニスはアルテアを片手で無理矢理持ち上げ、無言無表情のままに殴った。
「立て、もう一発だ」
予告通りゼタニスはアルテアをぐいっと立ち上がらせ、再び殴り倒した。
一体何を、と抗議の声を上げかけたアルテアを制し、ゼタニスは言葉を発した。
「アルテア、お前は二つやっちゃいけねえ事をした。これはその分だ」
「二つ・・・?」
「まずお前は、守るべき相手を囮として利用し、危険に晒した」
ゼタニスは助けに入るタイミングを計り、その時に火矢が卵泥棒の足元に打ち込まれたのを見てしまっていたのだ。
その卵泥棒は少し離れたところで気絶している。
「面倒だから悪党はその場で斬る」は実際よく行われている。
だが自分が助かるために誰かを差し出す、と言うのはまた別の事だ。
遊びに行った森でゴブリンに遭遇し生贄として友達を一人置き去りにしてきた、剣を突き付けられて盗賊に娘を差し出した。
そういった場合の必死の弁疏をする時に、今のアルテアの表情は似ていた。
相手がケチな小悪党だとしてもアルテアのやったことはそういう事なのだと、自分でも無意識に理解しているからに他ならない。
力無き者が生き足掻くためのそれを、必ずしも非難は出来ないかもしれない・・・だが、他の誰がやろうと勇者だけは、特に真の【聖勇者】だけはそれをやっては駄目なのだ。
「そしてもう一つ、功を焦って自分自身の命をいらん危機に晒した事だ。どうやら隙を突く作戦を思いついて回復魔法を遅延発動させることに成功したみてえだが、遅延の意味がわからんと俺は言ったよな?アレは、仮に意味があってもリスクの方が遥かに高いって意味だ」
全身火傷や重度の凍傷、体の断面を晒し腸をこぼすレベルの重傷などは、魔法や治療薬で即時対処するから致命傷にもならず後遺症も残らないのであって、それを放置する時間が1分でも1秒でも長ければ長い程に治らなくなるリスクは高まる。
これは妖精の粉が普通に流通し、回復魔法も治療薬も現在よりも効果が高かった頃から変わりはない。
だからゼタニスは即死攻撃を食らった後でも治療薬を飲める体制を、直前に無理矢理にでも作っていたのだ。
「まあ、その代償はすぐに支払う事になるだろうからこれ以上は言わん」
その直後、アルテアの全身を激しい痛みが襲った。
腕を、脚を、内臓を見えないナイフで滅多刺しにされ間断なく抉られるような痛みがいきなり襲ってきたのだ。
「うあっ・・・・がぁ!ぐっっうううう!」
「それがお前のやらかしのツケだ。我慢しなくていいが、暫く続くぞ」
命に届き得た余りに重い傷をある程度以上の時間をおいて魔法などで治した時は、治療が完全に正しくてもこう言った苦痛が発生する。
場合によっては後遺症もあるものだ。
ゼタニスは≪信号弾≫の魔法が封入された魔道具を取り出し、空に向けて打ち出した。
≪負傷者あり、救援求む≫の意味を持つ信号は、すぐに王都でキャッチされた。
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強力な瘴気を身に宿した飛竜が十頭。
対するこちらは装備、魔力、体の大きさとあの時のままだ。
加えて今回は味方の加勢も絶対にない。
「これが≪勇者の試練≫か。成程、私には因縁の相手だな」
魔剣の男ガメオと戦う力を身に着けるべく迷宮の奥深くの試練に挑んだアルテアを待っていたのは、人生で初めて死の淵に追いやられかけた戦いを十倍苛酷にしての再現だった。
あの醜態を晒した死闘から生還し、しばらく故郷で床に臥せていたアルテアが再び剣を普通に振るえるまでに一年掛かった。
そこでアルテアを待っていたのは、卵泥棒は果たして魔王派らしき連中に「王都まで持ってくれば相場以上の高値で買う」と唆されていたと言う事実だった。
巣では飛竜たちが完全に眠りこけており易々と卵を盗み出せたものの、しばらく経つとあの様子の飛竜が追って来たという話であった。
そこに重なったのが、責任を問われたゼタニスが聖剣の勇者の座を去ると言う決定だった。
アルテアが重傷を負った責任があるものの勇者の席が二つも空くのはまずいと言う事で暫定的に留め置かれていた、と言う事のようだった。
その時のアルテアはまだ、自分こそが唯一の【聖勇者】であることを知らされていなかった。
如何なる抗議も無駄に終わった理由を、その時は知りようもなかった。
また、飛びぬけた光を別としてオールラウンドに得意だったアルテアの魔法だが、恐怖が残ったためかしばらく氷結系統だけ全く使えなかった。
今に至っても他と比べて苦手なままだ。
(ゼタニス、今の私を見たら貴方は何と言うだろうか。勇者としてではなく、完全な私心のために勇者の力の神髄を欲している私を)
飛竜が一斉に吼えた。
試練が始まったのだ。
当初の予定じゃモノローグで死んでたはずの人が活躍してしまう
あると思います。
後遺症の苦痛ってあれ麻痺魔法とかで何とかできない?
→長時間麻痺させること自体に後遺症がありえるんですって作中で書かないといけないねドハゲ