13. 竜 - 勇者と悪意と飛竜
「・・・ゼタニス、持っていけ」
「こいつは、妖精の治療薬?いいのか?」
作戦開始前に寡黙なイオンズがゼタニスに手渡したのは、今や最低でも一瓶金貨十枚でも買えない程に高騰している妖精の粉使用のポーションの、さらに最上級に近い品だった。
これだけの物であれば、全身をバラバラにされても使用すれば瞬時に復活出来、また次の瞬間には剣を普通に振るえてしまう程だ。
栄養剤を大量に配合した神聖王国式と違い時間で変質腐敗する成分がないため、妖精の粉が供給されなくなって十年以上経ったこの頃になってもまだ「妖精の治療薬」と区別される高級品としてたまに市場に出ることはあった。
「おそらくは使う事になる・・・返す必要はない」
「まあ、有難く貰っておくよ」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
≪お前から奪ったのは誰だ≫
≪お前から奪うのは誰だ≫
≪殺せ≫
≪その肉を引き裂き骨を砕け≫
≪奪うものの血と臓物で地を満たせ≫
迎撃ポイントに向けて駆けていたゼタニスは、後ろを付いて走っていたアルテアが頭を押さえて蹲ったのに気付き足を止めた。
「オイどうした、怖気づいたわけじゃないだろ?」
「何でも、ありません。ただ恐ろしいほどの憎しみを感じて・・・」
勇者が生来持つ魔眼の一種≪勇者の眼≫が、前方から迫るものが放つ巨大な憎悪をまともに受け止めてしまった結果だ。
だが奪うものとは何だ?とアルテアが疑問を抱いていると、前の道から這う這うの体といった感じでこちらにヨタヨタと走って来る男の姿があった。
「た、助けて、くれぇ~~~!竜が、竜があーー・・・・ぜぇ、はぁ」
「飛竜に追われてきたんですね!大丈夫です、我々が来たからには」
大きな背嚢を背負った旅姿風の男の表情が明るくなりかけたが、表情のほとんど変わらないゼタニスはアルテアと全く違う対応をした。
「・・・待ちな。アンタ、随分とその背中のモンが大事そうじゃないか」
「あ、当たり前でしょう!全財産が入ってるんですよ!」
「そうですよゼタニスさん!今にも飛竜が来ようって時に!」
「旅人か商人か知らんが、普通は財産の多くは嵩張らない金貨か宝石に変えて分けて持っておくもんだ。例えば魔物に襲われた時逃げるために重い荷物を捨てても最悪すってんてんは避けられるように、とかな」
「・・・!」
救いの手に明るくなったと思ったら追及されて露骨に顔に焦りを浮かべ、表情筋が超過労働気味な男は不意に、覚悟を決めたような顔になった。
訓練された者が剣を抜き払うが如き速度で懐から何か取り出すも、勇者ゼタニスの反応速度には敵わず打ち据えられた手から何らか消耗品の魔道具らしきものを落とした。
「≪閃光麻痺弾≫たあ随分と物騒なモンを使おうとするじゃねえか。おいアルテア!背嚢を開けろ」
名前を強めに呼ばれ、一瞬の呆然とした時間から立ち直ったアルテアは男の背嚢を手早く開けた。
やめろやめろという抗議の声に構わず開けた中身は・・・。
「飛竜の、卵・・・!一体何と言う事を!」
「チッ、嬉しくないビンゴだぜ」
この男は、卵泥棒なのだ。
飛竜にも種類があるが、神聖王国に生息するものは群れで卵を守る生態をしており、もしそこから卵を奪う様な者がいたらその末路の多くは言うまでもない。
それでも飛竜の卵密猟者が絶えないのは、非常に高値で取引されるからだ。
だがそれだけでは、こちらに向かっている飛竜が瘴気に汚染され強化されているという情報の説明がつかない。
「クソッ、詮索は後だ!とりあえずこの男はその辺の木にでも括り付けて置く」
「放置するんですか、この王都を危険に晒した悪党を!」
「いいか間違うな、そいつは生かして連れ帰って人の法で裁かれるべきで、俺達【勇者】はそれが人である限り魔物から守るもんだ。どんなクソ野郎でも、こっちに剣を向けない限りな。グズグズすんな!」
暴れない様に麻痺と睡眠魔法を掛けて男を縛り付けて陰に隠した頃には、空間が螺子くれるが如き憎悪の混ざった瘴気が目視できる所まで迫っていた。
そしてゼタニス、アルテア共に強い戦慄を覚えた。
飛竜は一頭ではなく、大小の二頭だったのだ。
恐らく斥候は強すぎる瘴気で視界も遮られ魔力感知も乱され、しっかりとは確認しきれなかったのだろう。
シグナム隊とイオンズ隊の安否に一瞬思いが向くが、この場を生き延びなければ人の心配などできない。
「・・・アルテア、今から俺達二人とついでに後ろのクソ野郎も同時に生きて帰る唯一の作戦を言うぞ」
今までに無いゼタニスの真剣過ぎる声に、アルテアは迷う事無く頷いた。
竜と戦ったことがあるゼタニスは、瘴気で黒く変色し姿もどこか凶悪になっている飛竜の大きな方の強さが中~上位の竜に匹敵すると見ていた。
これは、目安としては金勇者級が五人いれば安定して確殺できるが一人だとこちらが確実に殺される程度の強さだ。
感じられる魔力量から、本来飛竜が使えないブレスも使えるかもしれない。
与えられた聖剣を使いこなせれば話は別かも知れないが、今のゼタニスでは一対一ではやはり高確率で死ぬだろう。
だが小さい方なら今のゼタニス一人でも倒せる確信がある。
そして、アルテアであれば絶大な魔力で防御と妨害に徹すれば大きい方の攻撃でさえもしのげる。
そのためにはあの二頭を分断しないといけない。
高度な連携が取れるであろう二頭が一緒にいる限り、今のところ連携の練度がそれ程でもないゼタニスとアルテアが組んで戦っても普通に危ない。
ゆえに大きい方をアルテアが抑えている間に、小さい飛竜をゼタニスが仕留めて改めて二人で大きな方を倒す。
大きい方でも二対一でなら問題なく狩れる。
「この作戦はアルテア、お前の負担の方が大きい。それでもやれるか?」
返答は、力強い頷きだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
小さい飛竜は、首に雷の衝撃を感じ気付いた。
この雷は小さい生き物の中に放つ者がいるアレだ。
我らの愛しい卵を持った、矮小な虫がいる。
――――――追わねば。
「よっしゃ、掛かった!」
男から奪った卵入りの背嚢を背負い、ゼタニスはその場から全力で駆け出した。
小さい飛竜から少し遅れて大きな飛竜も不届きな泥棒を追い始めようとするが、その鼻先に特大の火球が炸裂した。
それを放ったアルテアの幼い声が、火炎の轟音を切り裂くように響いた。
「お前の相手はこの私だッ!」
どんどんサブタイが直球になって行く