12. 竜 - 無垢なる勇者
多少お待たせしました。
竜。
その存在を知らぬものの居ない魔物の中の王。
神や精霊の中ツ国における使者・仮初めの姿とされる事もあるが、如何なる説においても確かに揺るがぬものがある。
その力と、存在の強大さだ。
勇者アルテアの幼少期のエピソードの中でも有名なものとして多くの場合真っ先に挙げられる逸話に、竜殺しがある。
その時倒したのは竜種の中でも弱いとされる飛竜であったが、濃密な瘴気とともに現れたそれは、竜と言う名に人が抱く畏怖そのものを体現出来るほどに強く、生きる災害とも呼べる凶悪な怪物に成り果てていたという。
何よりこの挿話を有名たらしめているものは、勇者アルテアが初めて命の危機に陥った戦いという一点にあるであろう。
・・・ゼリーはノーカンとされる。
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「剣だけならともかく、魔法込みでも一本も取れないのは流石に悔しいです。全然当たらないなんて・・・お三方、御見それしました」
「当たり前よ、そう簡単に超えられるほど柔な鍛え方してるわけないでしょ?私達はこれでも聖剣受け取るぐらいの【勇者】なんだから」
多少は乱された息を整え、シグナムはアルテアを見下ろしてそう言った。
王都の中でも魔獣を使った闘技場だが、現在は聖剣の四勇者が訓練するために国の名前で借り切っていた。
真の聖勇者であるアルテアのみならず、四人全員が常軌を逸した戦闘力の持ち主であるため安全な訓練相手に苦労しており、加えて人間用の訓練場や闘技場を借りた場合会場を破壊してしまう可能性が高く、造りの頑丈な魔獣用を使っているのだ。
結果的にはアルテアは三人の勇者それぞれとの一対一で一方的にやられた形だが、観客席で見学の騎士や兵士たちの中でも余程の節穴以外はアルテアを軽くは見られなかった。
フィジカルが年齢相応なのもあり他より圧倒的に劣る剣ではあっても、既に一般兵や騎士の平均を確実に超えたレベルなのは一目瞭然で、年齢を考えたらこれからどれ程伸びるのか末恐ろしい程だ。
加えて一発たりとも当たりはしなかったものの、魔法の早さと威力は既に宮廷魔術師と見紛うクラスのものを地水火風の各基本系統全て使いこなしていた。
さらに最も得意とするのは光魔法であり、危険すぎるのでそれを複合系統として含む雷などは今回は封印しているのである。
「特に一番驚いたのは、ゼタニスさんの同時発動ですよ。剣を使いながら風刃と雷弾を同時に撃ってくるなんて、ちょっと聞いたことないんですが」
「あれは同時発動じゃないぜ。魔法の≪遅延発動≫だ。一方を遅延発動させたタイミングに合わせてもう一方を普通に発動させるんだ」
「コイツ見た目に依らずメチャクチャ器用な戦い方するのよね。私はやれって言われてもそんなの出来ないわよ」
「・・・ウム」
ゼタニスは専用の甲冑にも御洒落でペイント入れるような派手好きで、見た目も言動も如何にも突撃前衛アタッカー向きと見られがちで実際その戦い方が最も得意とするところだが、冒険者としての活動で多彩な環境や魔物、人間などと戦う中で生きた技術としての多芸さ、対応力を身に着けていた。
早い話、トリッキーな技が非常に得意なのである。
「遅延発動させる魔法は発動時の気配がほとんどなくなるから設置して罠っぽく使えるんだ。ハマると最高に気持ちいいぜ?まあ慣れないとその気配も隠せねえが」
本来ならこう言うカード、特に初見殺しに使える種類の物は易々と人に教えるような物ではない。
己の腕だけで世と危険を渡る冒険者なら猶更だ。
だがゼタニスはアルテアに対しては、ほとんどの手段について出し惜しみせずに教える事に決めており、今日は遅延発動のコツについて教師役となっていた。
金勇者にして聖剣の勇者の自覚が今更多少なりとも芽生えたという訳では決してなく、個人的な思いと言う実に彼らしい理由だ。
「この遅延発動って、・・・にも使えますか?」
「ん~、どうだろうな?俺は適正が全然で使えねーからな。つーか遅延させる意味がわかんねーんだが」
その時であった。
伝令がけたたまい足音と共にその場に現れ、突然の飛竜の襲来を告げたのは。
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対魔王軍戦が本格的に始まってからはアルテア含め四勇者たちは、常にそれぞれの聖剣を携えるようになるのだが、この時はまだ平時である。
聖剣が腰にあると言うのは個人で軍隊や艦隊を所有するに等しい状態であり、出陣の前に簡略化された儀式により勇者たちがそれを一時的に与えられる形となる。
聖剣は根本的に銘を持たず、一般的にはアルテアの≪光の聖剣≫を始め≪炎の≫≪雷の≫≪吹雪の≫と呼ばれているか、またはそれを持つ勇者の名前を頭に付けて呼ばれている。
強大な光の魔力を持って生まれる聖勇者に対応する真の聖剣以外は、選ばれたそれぞれの偽の聖剣の勇者に合わせてカスタムして造られている物だ。
現れた飛竜は三頭。
通常とは違い不自然に異常な瘴気を纏っており魔王派との関連も考えられるが、まずは脅威を排除しなくては調査も何もない。
バラバラの進路で王都に向かって侵入してきており、迎撃側を分けてそれぞれ勇者を中心とした隊とする方針が決定した。
対人はともかく対魔物では最も強力な個人のアルテアではあるが部隊指揮の能力はなく、シグナムは勝手知ったる騎士部隊、冒険者や傭兵に謎の信頼のあるイオンズは志願兵部隊を率い、最も動きのランダムな飛竜個体に対してゼタニスとアルテアが二人で組んで身軽に対応するという形になった。
作戦行動開始前にシグナムがゼタニスに尋ねた。
「最初はあの子を一番面白く思ってなかったアンタが随分入れ込むじゃないか?」
「あいつはな・・・普通に子供なんだよ。そして俺はその兄貴分にして大人なわけだ。なんとも分不相応な事にな」
「・・・兄貴分はともかく、言いたいことは分かるわ」
アルテアは聖勇者としての力を神から授かったからこんな場所にいるが、あくまでも年齢的には子供なのだ。
いくら貴族の子弟の中でも群を抜いた利発さ、聡明さを開花させていても。
戦いを選んだ多くの者にとっての関門である「人生最初の死ぬかもしれない戦い」を、彼はまだ知らない。
才能あるものが万端の準備でゴブリンと対峙してもその時は失禁も珍しくなく、そのまま玩具や餌や苗床というコースも実にありふれたものだ。
その点アルテアは初戦闘がオークという二段は上の相手だったにも拘らず、「動きは見えたし思ったより怖くなかった」とかすり傷一つ受けず言い放ったという。
その命がけの戦いの相手が、異常な瘴気の飛竜になるかも知れない。
とある村を滅ぼしたゴブリン少なくとも二百匹以上の群れを一撃で消し飛ばしたと言う雷爆魔法のように、キレたら何とかなるかも知れない。
今後遭遇するであろうほとんどの敵も最悪どうにかなるだろう。
それが聖勇者と言うものだから。
だが今度の敵はそうじゃないかもしれない。
また戦いの場でなくとも、人間の世界は思った程に綺麗ではなくオークをゾンビ化した方がまだマシに見えるんじゃないかと言う醜悪な人格を持ったり、そういう行為を躊躇なく行う輩がゴロゴロいる。
そういう種類の人間と魔物を比べて、人間を守れるのか?
信頼していた相手にもし、例えば命に関わるような裏切りをされたら?
そこまで打ちのめされて、心折れずまた立ち上がれるのか?
あんな年齢の子供は普通知らないようなことばかりだし、知らずに屈託なく笑えるのは普通で、当たり前で、いい事なのだ。
だが、アルテアは勇者だ。
神により勇者に選ばれてしまった。
それを避けられないならばせめてその時、独りにならぬよう誰かが傍に居てやらないと。
「・・・あんなのはもうゴメンだからな」
やっぱ剣と魔法のファンタジーで始めて竜を出すエピソードは描画に必要なカロリー高いっすね。
でもまだそこまで行ってないのは言いっこなしだ!