118. 閑話 - 消えた聖剣は
今回は閑話的なものなので短いです。
――時は少し遡る。
亜麻色髪の女性聖職者の前に差し出された小箱は、材質に魔法金属、そして高度な術式が彫られているなど明らかに聖遺物級の何かを封じるクラスの魔道具であった。
「これは一体?」
「開けてみるがいい」
中に容れられていたのは、白い塊だ。
林檎、いやモリナシの実の一口大の欠片だろうか。
瑞々しく、そしてやけに強力な魔力を放っていた。
「遥か古代に存在した≪始原の樹≫の実、その実物だ。≪時間停止≫の箱を使い保管していた物だ」
「なんと!・・・しかし、これをどうしろと?」
「お前が食すのだ。さすれば霧の影響を受けず、王都を脱出する事も出来る。今ここにいる我等の中で若く体力があり、戦う力もあるのはお前しかいない」
若い女は固辞した。
そのような畏れ多いもの、もっと相応しい人物が口に入れるべきだと。
だが今は明らかな緊急事態であり、この果実の欠片はそう言った場合に備えて永らく保管されて来たものなのだ。
若さよりも老いの勝る男は、女性の華奢な肩を強く掴んで言い含めた。
「いいか、これは危機でもあるが好機でもあるのだ。腐敗が進む教会を我等≪聖樹派≫が正し、遍く世界に正統なる教えを今一度広めるためのな。それでこそ魔王の脅威から人界を護れるという物」
強引に背中を押されたように女性は恐る恐る果実をつまみ、意を決して自分の口に放り込んだ。
噛み締めると通常のモリナシとは違う非常に甘美な味が口腔内に広がり、喉の奥に呑み込むと何か不思議な力が湧いてくるような気がした。
始原の樹の果実と言うのが与太話ではない、そう実感するのに十分だった。
霧はすぐそばまで迫り、既に同志を含む何人もの人々がそれに巻かれ正気を失って呆けた状態になっている。
時間はない。
先程の小箱ほどではないが厳重な封の為された細長い箱が、机の上に置かれた。
「光の聖剣は言うまでもないが、雷の聖剣も何故か抵抗が強く安置台から持ち出すことは叶わなかった。だがそれでも聖剣二振り、確かに我等の手に入った。これを聖樹教会の総本山に運ぶのは、お前の役目だ。・・・頼んだぞ、ゼヴィー」
しばし時は流れる。
王都が邪悪を打ち払ったという報は既に神聖王国中に広まっていた。
聖女の魔力を用いた念信で全主要都市に伝わり、そこから各地域に知らされたのである。
その知らせに付随した情報により、ゼヴィーは王都から捜索や追手の掛からない状況に得心が行った。
アルテアを除く聖剣の勇者が全滅したというのだ。
所有者のいない聖剣を追うだけの余裕はないのだろう。
ともかく、彼女の前には旅の目的地である秘境の山が聳えていた。
彼女が忠誠を誓う聖樹教会、その中心地である。
本章はこれで終わりです。
ガメオ君4ヶ月ぐらい放置してしまった・・・すまねえ。