115. 最後の一手を
必殺の斬撃によりバラバラに切り刻まれたオルミスロの肉体。
それは輪郭がぶれながら徐々に薄くなって行き、最後には空気の中に溶けるようにして完全に消滅した。
「・・・!」
・・・終わった。
今度こそ。
この事件に関する首魁は、勇者アルテアに騎士団長を始めとした戦士達、そして犠牲となった者達の奮戦によりここに潰えた。
しばし誰も、何も言葉を発する事が出来なかった。
それだけの人智を越えた戦いであったし、聖剣の勇者のうち二人が為す術もなく死体も残らず死んだというのもあまりにも重すぎる。
だが、勝った。
神聖王国王都は、戦士も戦士で無い者も文字通り一丸となって巨大な邪悪を討ち滅ぼしたのだ。
静寂の帳を、誰かが怒号の如き叫声で「我々の勝利だ!」と破った。
そこから波が広がる様に、次々に勝鬨が上がって行った。
それに応えるように、気絶したままのアルテアに替わりラムザイルが巨剣デスブリンガーを天高く掲げた。
一層の歓声が場を包んだ。
だが神聖王国の、勇者たちの勝利を讃えるその声を聞きながらも、騎士団長ラムザイルの心は晴れなかった。
埋める事の出来ない余りにも大きな犠牲もある。
天の都の問題が何一つ解決していないのもある。
だがそれだけではない。
倒れたアルテアの体を聖剣ごと抱え、王兄ガルデルダに歩み寄ったラムザイルは、書物での研究に限るなら魔王や魔族に最も詳しい男に小さな声で尋ねた。
「・・・俺は、魔族が死ぬところをこの目で見た事がある。その時は、青白い炎になって燃え尽きていた。だが、オルミスロの奴は・・・」
「お主も同じ疑問を抱いたか」
騎士団長と同じ表情で答えたガルデルダもまた知っていたのだ。
魔族は滅ぶ際、青白い炎と噴き上げ燃え尽きることを。
だが、オルミスロはそうではなかった。
掻き消えてしまったのだ。
絶命不可避な致命傷である事は間違いないが、それでもあのような死に方はラムザイルの経験でも、ガルデルダの知識でもあり得ないものだっだ。
その時、小さくはない魔力を伴う気配が空を切り裂き空へと昇って行った。
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針金が螺旋を描き、空に向かう数m程の高さの塔を形成していた。
その中心にはイオンズとカぺル、そして黄金の神装兵。
すぐ外ではタウルキアスが魔力を高めていた。
「射出準備は出来た。1、2、3で発動させるぞ」
その言葉に二人は頷いた。
カウントの3と同時に、螺旋の中にある者達の体が浮きあがった。
地魔法を利用したカタパルトであり、本来は飛翔体が凄まじい衝撃と反動を受けるところを、タウルキアスの工夫により人でも運べるようにしたものだ。
イオンズとカペルは衝撃を感じぬままに加速。
言葉通りアッと言う間に王城の天辺の高さを過ぎ、街はぐんぐん足の下に小さくなって行き上空数百mのあたりでその速度は最大になった。
「流石の腕だな!では行くぞ、≪風≫!」
この魔法で空を飛べる高さは術者の能力によっても違ってくるが、どれだけの能力があっても空の構造物の高度までは届かない。
故にタウルキアスのサポートを請うた訳だが、それでも届くのはおよそ1km上空までが限界である。
そしてそこから先は、加速の勢いをそのまま利用して風魔法で飛翔。
大地が霞がかり、それに伴い天の都がはっきりとして行く・・・そんな中。
「チッ!迎撃か」
黒い点の様なものが幾つも現れ、降下して来た。
それは円盤状のボディに腕を取り付けた形状のゴーレムの群だった。
それぞれの腕部が光り、魔法とは違う原理らしき光弾の攻撃が飛んできた。
「任せてください・・・お願い!」
カペルの言葉で黄金の神装兵が二人の前に出ると、衝撃と共に無数の光の弾丸を受け止めた。
続けて全身を大の字に開くと、受けたものと同質のエネルギーにして遥かに強力な光線を放った。
その軌跡にあった空からのゴーレムは消滅し、大きなXを描くように道が現れた。
神装兵は急激に金色の光を失い、ボロボロの灰となって下方に落ちた。
力を使い果たしそのまま風の中の塵となったそれを見ながら、カペルは「ありがとう・・・ごめんなさい」と呟きを漏らした。
ともかく、道は開いた。
だが今の攻防で勢いが減じたため、このままでは天の都まで届かないのがイオンズには分かった。
「少し無茶をするぞ」
「え・・・?」
義手である右手を下に向けると、火の魔力が発生。
そしてイオンズは、一つの魔法を発動させた。
「≪爆裂≫!」
掌から発生した小さな光球が爆発に変化、衝撃で二人を加速させた。
「きゃあっ!」と言う声も掻き消し上方に吹き飛ばしたその速度により、迎撃ゴーレムの陣形の穴を苦も無く通り抜けたイオンズとカペル。
――≪風≫を制御しながらの≪爆裂≫、それは勇者アルテアでさえも聖剣フェアリーブレイドの真の力を借りねば不可能な魔法の同時発動なのだが、カペルは知る由もない。
それに、仮に気になっても気にする余裕はない。
手加減なく加速し過ぎたために恐るべき速度で空の構想物が壁――いや天井と言うべきか――が迫って来ているのだ。
カペルは手をかざし、叫んだ。
自らの知識をなぞる通りに。
「≪命令・開門≫!」
激突するかに見えた部分が開き、二人はそこに吸い込まれるように入った。
撃墜対象を見失ったゴーレム達は、混乱したように動きを止めた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
闇のしじまの中、死に瀕してなお定めに抗う獣のような呻き声が響いた。
それは人の言葉ではあった。
だが聴く者がいたとして、そう認識するのは困難だったであろう。
『ぐ――オ――おのレえ――!』
ゴーレムの一種として、死体の肉を使用したフレッシュゴーレムと言うのが存在する。
本来とは違う形でパーツを繋げる事が出来るためキメラ的な姿や冒涜的な形にする事さえも可能であり、研究心や好奇心、嗜虐心のために禁忌に手を染めた者達の格好の玩具となる技術であった。
その中に、バラバラにした死体を兎に角滅茶苦茶な繋ぎ方をしてゴーレム化するという実験を行ったものがいた。
蠢く肉塊は、それに似ていた。
オルミスロは、そのようなフレッシュゴーレム実験が存在することは知識として知っていた。
まさか自身がそれと見紛う姿になるとは、その手の書物を読み漁っていた時分には思ってもいなかっただろうが。
オルミスロは魔族の核を自らに使用するのと同時に、分身したごく一部を天空の都に残していたのである。
地上に降りた側が消えたのは、切り刻まれた分身の片割れが完全に死ぬ前に空にある側に全存在率を移したからだ。
これは敗北してしまった場合に備えではあったが、備えが生きても致命的なダメージのフィードバックは極めて重い。
肉塊は自身を引きずるようにして、コンソールの前を目指した。
こうなってしまった場合に、すべき事をするために。
動きながらも、思考がどんどん朧気になってく。
魔族の核の適性は当然ながら自分自身についてもテストしていた。
結果は、適性は『皆無ではないが極めて低い』という惨憺たるものだった。
使えば一刻と持たずこうなるのは分かっていた。
それでも、最後の一手だけは必ず完遂するという執念が、辛うじて人格を保った彼をそこまで辿り着かせた。
天の都を、神聖王国王都に墜とすのだ。