113. フェアリーブレイドと、或る勇者達の・・・
投稿一周年のその日のうちに投稿したかったんですが、なんとか間に合いました。
タイトル回収回というやつを、です。
お陰で分量は今までで最大となりました。
三人の聖剣の勇者、人類最強と言われる騎士団長の男。
それが一堂に会し王都を蹂躙した巨悪を戦う姿を見るのは、伝説の作られる場に居合わせるのに等しい。
とは言え聖剣の勇者のうち吹雪のイオンズはこの場に居らず、また炎のシグナムは肝心の聖剣が行方不明と言う状況だ。
それでも尚、半神じみた剣戟と大魔法の嵐は余人の介入を許すものでは無い。
アルテアが多少亜魔族を掃討しながらもこの場に来ることを優先できたのは、勇者の眼には王都内の亜魔族が次々に撃破されているのが見えていたからだ。
魔力と瘴気のノイズが酷く何者がそれをしているのかは分からない。
だがそうなっている・・・それだけで十分だ。
ラムザイルを狙って振り下ろされる前股。
それは鈍重さなど欠片もない、しなやかな攻撃だ。
その一撃は大地に大きな亀裂を生み出すも・・・骨があらぬ方向にへし折れた。
回避と共に放たれたデスブリンガーの一閃だ。
またラムザイルは流れるようにアビス・ドラコの腕を駆けのぼり、今度は胴に対して振り上げを浴びせた。
体格差やサイズ差どころかスケールの次元の差さえも無視されたかの様に、赤い筋の走る竜の巨体が10メートル近く跳ね上げられた。
単純な膂力であれば、例え≪身体強化≫を使おうともヴィリアンボゥの方が相当に上回っている。
だが一見雑で無造作だがその実精妙を極め過ぎた技で繰り出される剣勢は、筋力差を埋めて逆転したうえで比べるのも馬鹿馬鹿しい位に突き放すのだ。
デスブリンガーの打撃で割れた胸部にシグナムの≪灼熱弾≫、治りきっていない首筋にゼタニスの雷を纏う斬撃が直撃した。
更に空中で回避行動の取れない所に、絶大な光の魔力の込められた聖剣が襲い掛かった。
数瞬の後、幾閃も切り裂かれた鱗と肉塊の全身の体表がパックリと口を開き、大量の青黒い血が撒き散らされた。
そこへアルテアが再び聖剣を円を描くように振り、≪浄化≫を発動。
どんな毒性物質が含まれるか分かった物ではない汚物の雨は、球形に広がった光に触れると殆どが空中で只の水煙に変化した。
大きな損傷を負ったアビス・ドラコの体から強い魔力が発せられた。
回復能力を持つ魔物によく見られる兆候ではあるが、それに留まらないエネルギーがある。
ただ肉を盛り上げて傷を塞ぐのみならず、さらなる力を発揮する本気、切り札、或いは奥の手的な変化を試みているのだ。
見る間に傷口がグロテスクに開き、グチャッグチャと音をたてながら筋肉や粘膜が露わになった追加の腕、目玉や口が生物の基本を冒涜したような出鱈目な配列で生えてきた。
「もう竜の形にすら拘ってねえのかよ・・・気ッ色悪いな!」
ゼタニスがそう吐き捨てた通り、アビス・ドラコの姿は最早竜とは呼べない、ただ邪悪なナニカとしか言えないグロテスクなモンスターのものと成り果てていた。
それが、動いた。
しなやかで無駄を省いたドラゴンの眷属の動作と言うよりも、台所に出没する黒光りした素早い虫の動きが絡繰り仕掛けの玩具で再現されたようだ。
命が命である事そのものを愚弄する様なガチャガチャした動きながらも・・・今までよりも素早い。
新しく出来た口の一つの内側が赤熱し、悪臭を伴う炎が放たれた。
もう一つの口からは多数の触手がうねうねと伸び、幾つも出来た目玉がバラバラに動いたかと思うと一斉に一点に視線を止め、瘴気の光線を撃ち出した。
「ったく、何でもありって奴ね!ニオイが取れなくなったらどうしてやろうかしら」
一瞬前にいた地面が赤熱して泡立った上に明らかに毒性の悪臭を放ち、思わずシグナムは毒づいた。
しかし熱はともかく、意識を奪われそうな毒のニオイについては城壁から飛んできた魔法の≪浄化≫ですぐにマシになった。
攻撃として有効な火力は出せずとも、瘴気の浄化や行動阻害目的の援護は王都の城壁の上から引っ切り無しに飛んできていたのだ。
隙を突き、触手の一本が狙撃するように城壁を狙った。
しかし地の魔力で打撃力が高まったハンマーの一撃により、弾かれつつ先端が千切れ飛んでしまった。
「こちらは吾輩が守る!後顧の憂い無く存分に力を振るのである!」
ヴィリアンボゥは、城壁で援護する者達を守る役割を買って出ていた。
彼女は聖剣の勇者達に騎士団長を加えた四人と共に、前線でアビス・ドラコと戦おうと思わなかった訳ではない。
しかしいざ敵と対峙しようと前に踏み出そうとした時、あまりに凶悪な重圧に足が一瞬止まってしまったのだ。
自分と同程度の戦力であるゼタニス、専用の聖剣が無い故にその点で譲るシグナムが刹那の逡巡も無く駆け出したのにだ。
その一瞬の躊躇の差を感じた故に、敢えて留まった。
聖剣の勇者と、それ以外を決定的に分ける何かの要素がそこにあるのかも知れない・・・それが、知りたくなった。
(あの魔剣の少年であるなら、迷いなく飛び出しただろうか・・・それとも止まっただろうか?)
この場に居ない人物についての想像はすぐにアビス・ドラコの叫ぶ様な咆哮で掻き消され、ヴィリアンボゥの意識は現実に引き戻された。
今は、果たすべき役割がある。
それに集中しなくてはならない。
激しい攻防に、アルテア達も無傷では済んでいない。
あれだけの超巨大な存在と戦うとは、腕や尻尾を軽く払う動作でさえ建造物か何かで殴られるに等しいという事だ。
そこに、さっきまでは使わなかったブレスなども惜しみなく投入して来ている。
またその頑丈さこそ軟鉄程度で古代ゴーレムや魔族に劣るものの、サイズに加えて見る間に傷が塞がる程の再生能力を有する事で常軌を逸したタフネスとなっている。
とは言えタフネス度では勇者側も負けてはいない。
大きな飛礫を避け切れずにゼタニスの左腕が折れたが、数秒後に飛んできたアルテアの回復魔法ですぐに痛みも無く治った。
その前にはシグナムの胴が一瞬千切れ掛けているし、アルテア自身も回復しなければ致命傷となるダメージは何度か受けていた。
・・・ラムザイルだけはほぼ掠り傷しか作っていないが。
そしてこの点、奇妙な事だがアルテア達の方に軍配が上がる。
間断なく≪浄化≫を食らっているため、ブレスなどを使用したりダメージを受けたりで体外に流出した瘴気を再吸収出来ず、回復にも攻撃にも限界があるからだ。
ここがダンジョンや魔境であれば話は違うだろうが。
それが分かったが故、本気を出せる醜悪に捻子くれた形態を早々に出したのだ。
その短期決戦の姿で膠着しているという時点で、決着は決まった。
魔力欠乏により僅かに崩れたその巨体を、ゼタニスが上空から襲った。
迎撃の触手や瘴気の光線は神懸った紙一重の回避で全て躱し、聖剣を使い≪大風刃≫ともう一つの魔法を遅延セットしつつ、魔剣を抜く。
剣の一閃と≪大風刃≫を完全に重ねたエアスラッシュを更に工夫し、敵に≪電網≫を貼り付け帯電させもう一段剣先を加速させる魔法剣技。
「サンダースラァァァァァッシュ!」
魔剣の斬撃は以前戦った沼の魔物に使ったエアスラッシュよりもさらに広く、深くアビス・ドラコの肉体を切り裂いた。
苦悶に呻くその期を仲間は逃さない。
「どりゃあぁッ!」
いつの間にか腹の下に潜り込んでいたラムザイルによる一撃は、崩しや浮かすのを目的とした先程のものとは違う。
衝撃のほぼ100%を逃がさず敵の肉体に押し付ける、命を奪うための打撃だ。
サンダースラッシュで付けられた傷の反対側からの衝撃で、切れ込みを中心にアビス・ドラコの背中側が広く全体に渡って爆ぜた。
筋肉や骨、内臓などが混ざって飛び出し、醜悪な大輪の花を咲かせた。
「次は私よ!≪暗球≫!」
衆目の前で禁断の闇魔法を使ったシグナムだが、言い訳は明日の自分に丸投げだ。
ここを決めなければ、その未来さえも無いのだ。
アビス・ドラコの頭上に発生した≪暗球≫は、噴出する大量の瘴気を吸い上げ見る間に肥大化して行きつつ半分程肉の花の中に埋まった。
そこに、ミスリル合金の剣を投げつけた。
ミスリルの剣は、使い捨てにするならば高品位の魔法の杖と同等の魔法発動体としても使うことが可能なのだ。
つまりこの一発に限り、炎の聖剣と同じ力で≪浄火≫を放てるという事だ。
「――≪虚爆鱗≫」
黄金色の≪浄火≫が≪暗球≫を包んだ次の瞬間、そこを中心とした大爆発が一帯を揺るがした。
爆心地で直接地面とのサンドイッチになった巨大な体躯の様子は、長く漂った煙が晴れると明らかになった。
跡形もなく消し飛ばしてしまったらそれはそれで厄介かも知れない、と言うシグナムの危惧を余所に、殆ど肉塊状態ではあったが原形を留め、あまつさえ怨嗟の呻き声まで上げていた。
「・・・なあ、シグナム。お前の≪爆裂≫って、あんな威力だったっけか?それにその直前・・・」
「ま、その辺は『裏技』って事でよろしく」
最後に、アルテアが眩い程の光の魔力を込めた聖剣を構え、駆け出した。
ブーツにも魔力を込めると白翼が展開、アビス・ドラコを見下ろせる位置まで飛翔した。
「ハッ!」と言う気合の声と共に聖剣が複雑に振るわれ、光の魔力が眼下に飛んで『光』を意味する魔法文字を息も絶え絶えの怪物を囲むように刻みつけた。
今度は、先の様に見えざる作用には掻き消されなかった。
ただ単に、消せないだけの魔力を強く込めれば良いと気付いたのだ。
「これが、私が貴方達に与えられる救済です・・・≪大浄化≫」
巨大な光の柱がアビス・ドラコを包んだ。
この巨体をこの世から消滅させるだけなら、もっと適した魔法がある。
しかし彼が選んだものはこれであった。
浄化する魔法と言うのは、瘴気を祓う他に小さな服の汚れ等も落としたり、行き場のない死者の無念の感情を苦痛を与えず清める効果もある。
出力を上げたなら理論上は瘴気を呼びえる生者の負の感情も霧散させる事が可能だが、出来る者となると極めて限られる。
そして邪悪に弄ばれた無数の魂を撃破しつつその場で救済するのは、勇者アルテア以外の何者にも不可能な事なのだ。
光の余波が、戦いにより周辺に作られた毒沼などを綺麗に消し去っていく。
絶望が存在したその事実までも塗り潰し、消し去る様に。
流石に地面に幾つも開いた大穴まではどうにもならないのだが、土木事業ですぐに人の生活圏に戻せる程度のものだ。
しばしの沈黙の後、勇者たちの勝利と自分たちの生存を祝う歓声の波が城壁側に広がった。
皹が入った城壁にあまり多くの人が乗るのは危険な気もするが・・・当の勇者たちは、誰一人喜びの表情を見せていなかった。
終わっていないのだ。
王都を本気で滅ぼし掛けたその主犯が、未だ無事だからだ。
そして天に逆さに張り付く都もそのままだ。
何も、終わってなどいない。
・・・。
それは、アルテアに宿った勇者の眼だけが僅かな予兆として感じ取る事が出来た。
何もかもが間に合わないタイミングになって、やっと。
「ズッ」
ゼタニスの胸から、金属質の棒状の何かが生えた。
雷の勇者と呼ばれた男は、恐る恐る振り返った。
それをした何者かと、目が合った。
何かを言おうとしたが「ごぷっ」と、喉の奥から上がってくる血に阻まれた。
弾かれたように飛び出したのは、ラムザイルとシグナム、そして城壁の上から跳躍したヴィリアンボゥの三人。
アルテアはこの時、どうにもならない精神の未熟さに両脚を掴まれたように、一歩たりとも動けなかった。
フードとマントで全身を隠す黒ずくめの男はゼタニスの体からレイピアを引き抜くと、その場に落ちた雷の聖剣に瘴気交じりの魔力弾をぶつけた。
激戦で傷だらけになっていた雷の聖剣は、甲高い音を立てて砕け散った。
シグナムが何かを叫びながら最速の≪火矢≫を放つが、片手に張った魔力の盾で悠々と弾かれた。
ラムザイルの斬撃とヴィリアンボゥの打撃が届く範囲に肉薄した時には、既に黒ずくめの男はその場に居なかった。
瞬きの間に、シグナムの目の前にそれは立っていた。
鋭い剣が袈裟切りに振るわれた。
抵抗する術も回避する暇もなく、炎の名を冠して呼ばれる女勇者の体は肩口から深く切り裂かれた。
「貴ッ・・・様あ!」
シグナムにガッチリ刀身を掴まれたレイピアをその男は何の躊躇もなく手放し、何の感情も無いとでも言わんばかりに蹴りを入れて女勇者を転がした。
赤い水溜りが二つに増えた。
静寂の中で、男が独り言のように呟いた。
「ああ・・・始めからこうすれば、よかったんですね・・・。欲張って全てを成し遂げようとするから、アビス・ドラコまで敗れてしまったんです。私自身が・・・魔族の核を使いさえすれば・・・こうも簡単に、勇者を殺せてしまうのですからねェ!」
「テメェか、オルミスロ!」
ラムザイルの恐るべき剣の一撃が、まるで見えない壁が生み出されたかのように宙空で止められた。
波打つ空気の膜の奥、オルミスロのフードが風圧で開けた。
その頭部は、面影を残しながらも青白い肌に無数の赤黒い線、そして角の生えた物となっていた。
「・・・人間を、辞めやがったか!」
「これは素晴らしい・・・完全となった私にさえも衝撃を伝えるとは、流石は人類最強の男と言う所でしょうか。ああ、人間ですか?貴殿と初めて会った時点で私は下らぬ人間如きでとは違いましたよ」
もう一撃、今度は魔力機構で瞬時に重量を増したヴィリアンボゥのハンマーが壁を思い切り殴りつけた。
「フフ・・・フハハ・・・!人どころかオウガでさえも粉々の威力ですねえこれは恐ろしい!しかし、私には効かん!」
見えない壁が弾け、ラムザイルとヴィリアンボゥを吹き飛ばした。
それと同時にオルミスロのマントも破れて散った。
黒い蝙蝠のような羽が、男の背中から生えていた。
瘴気の混じる魔力を滾らせ、オルミスロはゆっくりと浮上した。
「ではデモンストレーションがてら、ゴミを掃除しましょう」
やはり人間とは違うものに成り果てていた腕に異常なまでに強い魔力が集まり、それを横に振るった。
黒いスパークを伴い、地面を土煙が走った。
ゼタニスとシグナムが倒れている所を巻き込む形で。
器具を使ったように滑らかに抉られた大地の上には、何も残ってはいなかった。
倒れ動かなかった人間の躰も、そこから流れ出た血の池も。
「私の時空系統の魔法もより強力になったようです。まあ、偉大なる主上の御影と融合してからその素養を鍛えて来たのもあるのでしょうがねェ」
今まで陰に隠れて暗躍してきた鬱憤を晴らすかのように、自らの主以外の森羅万象を嘲る様な口調と態度を崩さぬオルミスロ。
次は何を口にするのか。
「では死ね」か、「王都が全て瓦礫に変わるのを見ていろ」か。
そんな事をさせるつもりはないが、最強の男にも異形の騎士にもそれを確実に止める自信など無かった。
それだけの力を身をもって体験したのである。
「・・・フム、ではあそこで動けなくなった未熟な勇者から始末しましょうか」
「させん!」
しかし、ラムザイルとヴィリアンボゥの足は動かない。
左腕から超高速で射出された棘が二人の脚を貫き地面に縫い止め、さらに赤黒い根を張って地と一体化してしまったからだ。
右腕を呆然として動かないアルテアに向け、殺意の籠った魔力を充填させて行くオルミスロ。
「こうなるとただの子供ですね、詰まらない。ではさらばです」
瘴気の光線が、アルテアに襲い掛かった。
仲間を守れなかった彼は、力なくその場に片膝を突いていた。
引き延ばされる時間の中、少年勇者は迫る力の奔流をぼんやりと見ていた。
それは狼の獣人族の姿をした魔族イプロディカと戦った時とほぼ同じもの。
即ち、直撃が死を意味する攻撃だ。
だが刹那、大きな人影がアルテアの前に立ちはだかった。
炸裂・・・。
「・・・まさか、貴方が邪魔に入るとはね」
その様子を横から見ていたラムザイルが、驚愕と共に口を開いた。
「あ、あんたは・・・ガルデルダ殿下!」
「知っての通り、儂に戦う力は殆どない・・・が、それでも勇者と魔族の最大の専門家よ。この程度一発防ぐなら訳もない」
ガルデルダの目の前に浮いていた札が燃え散った。
それなりに高価な素材と手間をかけた、力の無い者でも使用できる≪盾≫の魔法の封じられた札だ。
「な、何故・・・どうして、王兄殿下が私などを」
ガルデルダのその背中は、よく見るとそれほど大きくはない。
運動から離れたそれなりに年配の男であれば、普通の事だ。
だがアルテアには瞬間、大きく感じられたのだ。
どこか朧気ながら、懐かしい記憶と共に。
「立て!立って戦うのだ勇者アルテア!魔王の尖兵を倒せるのは、お前を置いて他には無い!」
その言葉にアルテアは立とうとしたが、同時に地面に落ちているあるものに気が付いた。
封のされた白い手紙だ。
時が来るまでは開かない・・・そう、これをアルテアに渡した聖女アーフィナは言っていた。
それが開き、中の紙に書かれた文字列が勇者の視界に入った。
――――聖剣の真の名を呼べ。
――――【フェアリーブレイド】と。