111. 黄金の神装兵
閉ざされた分厚い扉の向こうより、断続的に戦闘の音が聞こえている。
たまにただの戦闘で発生する様なものとは思えない、むしろ天変地異の類の様な地響きを伴う轟音もしてくる。
それでも尚、狭い部屋に押し込められた彼等は恐慌も来さずよく辛抱した。
勇者とともに魔王や闇の軍勢と戦う為に存在する神聖王国の民とは、例え戦う力が無くともそういうものなのだ。
焼いたモリナシのような香りを仄かに纏う中年の女性がカペルに声を掛けた。
「そう言えばアナタ、見ない顔ね?たまたま王都に来た時にこんな事に巻き込まれたのかしら・・・災難だったわね」
この女性は王都にてモリナシのパイ専門店を営んでいると言う。
とは言え彼女の店は妙な霧に包まれている間に手入れを怠ったせいで設備の点検が必要になっていたし、そもそもこの襲撃で建物自体が無事かも不明な状態だ。
「こんな時だからこそ皆に振舞って元気出してほしいんだけどねえ」と心底残念そうに語る彼女を店のファンらしき誰かが「そいつは楽しみだ、こんなところで死んじゃいられねえな」と明らかな強がりの科白を吐いた。
しかしそんなやり取りでも、絶望に支配されかけていた閉鎖空間にある程度の明るさを取り戻すだけの効果はあった。
だがカペルの脳裏に浮かんだのは、余りにも不吉な記憶との符号だった。
(駄目・・・これは、あの時と同じ・・・!)
樹海の畔の集落が襲われたその時、戦う力を持たない幾人かは地下の隠し部屋で身を寄せ合って震えていた。
丁度今と同じように・・・現在居る場所の方が規模も収容されている人数も遥かに大きいが、それでも同じだった。
母親代わりになってくれたヒトが、カペルを含めた同じく幼い子らを落ち着かせようと色々語ってくれた事にも重なる。
音や揺れの様子から扉の外での激戦は新たな局面に入ったようだが、それが何なのかを具体的に知る術はない。
その瞬間は、不意に訪れた。
芯鉄が入って補強されている石壁が破砕音とともに歪み、次いで何か人ならざる大きな手により強引に引き剥がされたのだ。
聞いたこともない種類の破壊の音、逆光の中に覆い被さる様に立つ奇妙なシルエットに、流石に人々はパニックを起こした。
機械じみた変な鎧から邪悪そのものの首と手足を伸ばしたその存在は、オウガ以上の体躯の上に乗った如何にもニタリと笑いそうな造形の貌を微動だにさせずに、室内を観察していた。
全く無造作に逞しくも悍ましい腕が、カペルを狙って振るわれた。
特定の何者かと判断した上での明確な攻撃ではなく、そこにいると邪魔だからと言う程の意図による行為に見えた。
椅子に腰を下ろすのに虫でもいたら手で払うだろう。
この亜魔族にとってはその程度の行動なのだ。
弾けるような音と共に、一人の人間が宙を舞った。
「おばさん!」
跳ね飛ばされたのは、カペルに声を掛けた中年女性だった。
反射的に少女の体を突き飛ばし、身代わりとなったのだ。
「っつつ・・・今でも、意外と動けるもんだねぇ・・・」
上手く衝撃を逃がし受け身も取ったのだろう、多少流血し髪を乱しながらも彼女は無事なようだった。
一瞬胸を撫で下ろしたカペルだったが、状況は何も変わっていない。
命を一寸永らえただけで、何の意味があると言うのか。
あの時だって、そうだ。
結局全員、殺されるんだ・・・!
カペルが絶望に目を閉じるのを嘲笑うかのように、亜魔族が壁を剥ぎ取った室内に一歩踏み入れようとした。
だが、ほんの数秒ではあるが警戒し、次の一歩を躊躇した。
いくつか武器の先端が、その怪物に向けられていたからだ。
神聖王国は戦士の国である。
戦う力が無い事になっている者も、怪我や老いで引退したり才能が及ばなかったり、また護身術程度に使えたりで本職の戦闘職でないにしろ一定の戦闘技能を有する者は多い。
「ここは俺達の国だ!」
「出て行け、クソ化物が!」
緊急時用に室内に備え付けてあったショートソードや短槍を、正式な訓練を受けた構えで亜魔族に向ける男達。
しかし・・・次に戦端が開かれた時にどうなるかは、この場に居る誰もが分かっていた。
無造作に鉄芯入りの分厚い石壁を引き剥がすような相手に、勝利はおろか善戦のしようもない。
ほんの少しの静寂の間に、敵の戦力は全く脅威に成り得ないと判断を下したのだろう・・・亜魔族は体から瘴気を立ち昇らせ魔力を滾らせた。
魔法に詳しくない者でも、それが放たれたら無事では済まない事が間違いなく分かってしまう程の圧力。
ああ、これで最後なんだ。
カペルは現実感が消失していく中で、頭の隅でぼんやりとそう思った。
・・・だが、決定的な瞬間は来なかった。
軋む金属音と激しい衝撃。
そこには、二体の神装兵が亜魔族にタックルで組み付いている光景があった。
(あれは・・・私が命令を与えた機体!)
既に激しい戦いを潜り抜けて来たのだろう、二体とも表面装甲がボロボロだった。
恐らくは中の機構も無事ではないのだろう。
だが魔法金属の機械腕は体格で一回り勝る亜魔族の首を済め上げ苦悶の呻きを上げさせ、人々を薙ぎ払おうと魔力を込めた腕もガッチリとホールドしていた。
それは、名も知らぬ人々が決死の覚悟で稼いだ数秒間が手繰り寄せた奇跡。
また同時に、カペルは思い出した。
なぜ自分が神装兵に対して命令を下す事が出来たのかを。
何の力もないと思っていた自分に、力があるという事を。
「≪覚醒・戦闘機動形態≫」
まだ幼さのある少女の声に呼応し、神装兵が金色に輝き出した。
その光は装甲の繋目や関節の部分でより強く、内側から溢れ出しているようだった。
だが、亜魔族の首を絞めていた側の機体は自らの力に耐え切れなかったかのようにバチンと放電し、床に落下して派手な音と共に砕け散った。
最早光など宿していない。
しかしもう一体の方は尚も光を強めた。
亜魔族は空いている方の手で神装兵に掴まれた腕を握ると、その手中で小規模な魔力の爆発が起こった。
腕を自切して自由になったのとほぼ同時に跳躍し距離を取る。
切断された亜魔族の腕が燃え散るのと同時に、神装兵のシルエットは光の中で変化を始めていた。
ずんぐりむっくりの何かの容器のような形から、あたかも鍛え上げられた戦士の様なスリムさを持つ体型に。
亜魔族の手と口に魔力が集中し、炸裂した。
敢えて散弾型にし、避ければ後ろの人々に当たるようにした魔力弾・・・しかしそれは、黄金の手刀が描く十字により完全に叩き落とされてしまった。
そのままの勢いで黄金の神装兵は高速でダッシュ、次の瞬間には亜魔族の背中から金のエネルギーを纏った拳が生えていた。
今までのものを全て覆すような圧倒的な力に、その場にいた王都の民達は息を呑んだ。
しかし。
「まだよ!ソイツ自爆する気だわ!」
それは中年女性の声だ。
彼女はモリナシのパイ専門店を始める前の冒険者だった時代に、魔力暴走で自爆する魔物と戦った事がありその経験をもとに一目で判断したのだ。
魔力暴走による自爆と言う攻撃手段は、とにかく許容量を超えて魔力を活性化させさえすればいいので感じ取れる魔力量が異常に増大するのだ。
さっきとは逆に、亜魔族の方が神装兵に万力のような腕力でしがみ付いた。
一瞬にして瘴気交じりの魔力が膨れ上がった。
が、その瞬間は来なかった。
神装兵が何か素早く回転したかと思うと、邪悪な存在の肉体はバラバラになって青白い炎に変わってしまったのだ。
これは、強大な力だ。
忌まわしい力だ。
搭乗者の苦痛と命を引き換えに発揮される凄まじい戦闘能力。
それを命じる力を持つのが、カペルと言う存在なのだ。
神装兵の中に居る誰かの苦痛が加速すると同時に、命が磨り減り始めているのが手に取るようにわかった。
(ごめんなさい・・・なるべく早く終わらせるから)
そう心の中で謝罪するカペルに、先程庇ってくれた中年女性が声を掛けた。
「あ、あんた・・・大丈夫なのかい?」
「ええ、平気です。それでは私も戦いに行かなくてはなりません。――その為の力を、持ってしまったのだから」
亜魔族よりは小さいが成人男性よりも確実に大きい神装兵が、カペルの軽い体を肩に乗せた。
少女の合図とともに、それは駆け出した。
その場には、呆然と見届けるしか出来なかった者達が残された。
「大丈夫そうに見えないから言ったんだけどー!あーもう」
「アンタも平気じゃないだろ、腕折れてるぞ」
「・・・あ痛たたた!何てこった、今になって痛んできちまったよ!」
――あの時とは違う。
私には力がある。
どんなに忌まわしい、赦されない力でも。
ひょっとしたら碌でもない結末が待っている事は同じかもしれない。
それでも。
「あの空の城だけは、私が何とかしないといけない」
――それが私に出来る、ただ一つの償いなのだから。
最後の独白部分を書かないで間違って投稿したので追加しました。
すまねえ。