110. 混戦 - 2
お待たせしました~
出来る・・・計算通りなら。
タウルキアスの頭脳はそう弾き出した。
だがこれは、取り敢えずは作ったが理屈の上では実戦でも使えるかも知れないと言う可能性に過ぎない。
現在後生大事に持っているのも、処分にも金がかかるのと、緊急時に暴走させれば一発こっきりの切り札として魔導爆弾的な使い方が出来るからに過ぎない。
しかし目の前の亜魔族の軍勢を纏めてどうにかするにはそれでは足りず、確りと本来の用途で使用し成功させる必要がある。
全くのぶっつけ本番でだ。
恐らくは自分達の生存だけ考えるなら、可能な限り粘ってアルテアやシグナムが援軍に来るのを待つべきなのだろう。
だがそれは駄目だ。
彼等にはアビス・ドラコなるとんだ大物の相手をして貰わなければならない。
負傷した冒険者を下がらせる為に≪火矢≫を放つ。
最小限の動きで躱されたが、隙を作るのには成功した。
(・・・やはり、こいつらの動きは生あるもののそれではない)
タウルキアスは戦闘の中でそれを掴んでいた。
優秀な兵や騎士、冒険者にも気付いたものは居るだろう。
亜魔族の動きは能動的・受動的によらず適切で正確だ。
余りにも正確すぎる。
あたかも、それ以外のやり方を知らない様に。
魔法防御を固めたところには剛腕やタックルなどの物理攻撃を。
魔法に対しては威力を鑑みて無視か防御を瞬時に判断、防ぐのであれば可能な限り相克系統で打ち消すのを試みる。
教科書通りの理想的な動きと言える。
その一方で、相対して戦っていながら裏をかいたり意表を突いたりと言った種類の行動は絶対に取ってみせない。
言うなれば、ゴーレムか何かに与える絶対の命令を非常に膨大、複雑にしただけのような印象を受けるのだ。
この考えが正しいのなら・・・。
タウルキアスはからからに乾いた喉に力を込め、大声で命令を下した。
「合図をしたら一斉に退くのだ!考えがある、私を信じろ!」
矢は放たれた、最早後戻りはできない。
そして負傷者が増える一方の長いのかも短いのかも判然としない戦闘時間の中で、タウルキアスはその好機を見て取った。
「今だ、退け!」
その号令に対し一糸乱れぬとは言わぬまでも、各々に最速と思われる素早い動きで亜魔族達から距離を取る兵や冒険者達。
しかしその中にあり、号令を放った本人だけは逆に一気に踏み出した。
自分に対し、地系統の物理防御魔法である≪斥甲≫を掛けながら。
この魔法は自分を中心に斥力を発生させ、敵の攻撃を反発して弾いたり威力を削ぐ、言わば不可視の鎧を身に纏うものと言える。
しかし衝撃や切断のような武器攻撃などには強くとも、火や冷気のような魔法攻撃に対しての防御効果は皆無。
合図とともに退いた一人の兵士は一瞬、タウルキアスは気でも触れたのかと思ってしまった。
亜魔族が肉体的な攻撃のみならず魔法も使いこなす恐るべき存在なのは、既に身をもって知ってしまっていたからだ。
果たして、兵士の考えは半分辺りで半分外れだ。
タウルキアスはか細い唯一の勝機の為に自ら狂気の沙汰に突っ込んだのだ。
(そうだ、私を狙え!貴様らの知能はゴーレム的であっても、敵の指揮官を見分ける程度の判断力があるのは分かっている!私がやや前に出た時には決まって優先的に攻撃を仕掛けて来たのだからな!)
五体の亜魔族は、単身前に出た敵指揮官に向きながら魔力を集中させていた。
まさにタウルキアスの予測通りに。
(そして今、私は対物理防御魔法である≪斥甲≫にて身を守っている!そこで貴様らは自動的に、殺傷力を速度にも力にも頼らぬ種の魔法攻撃を選んだッ!故に!)
五方向より殺到する灼熱、極冷気、雷光、瘴気の奔流。
光景を見る者の誰もが、次の瞬間にタウルキアスが跡形もなく消し飛んでしまう事を疑わなかった。
・・・実際に起こった事を目にするまでは。
「ハハッ・・・よくぞ、よくぞ誘った通りにエネルギー系の魔法を使ってくれたなあ!」
集中砲火された魔法は全て、激しいスパークと閃光を発しながらタウルキアスの差し出した右手で止められていた。
彼の手には取っ手付きの鏡が握られており、それは魔道具によく見られる術式を兼ねた装飾のある外見をしていた。
魔法的センスが一定以上ある者であれば、亜魔族の魔法に含まれる魔力が猛烈な勢いで鏡面に吸い込まれているのが見えていただろう。
それだけではない。
発動終了まで魔法本体と術者を結んでいる魔力線を通じ、五体の亜魔族からも恐ろしい勢いで魔力が吸い上げられていた。
マジックユーザーは魔法の使い過ぎで魔力が欠乏すると、倦怠感や震え、意識レベルの低下など様々な症状に見舞われる。
人であればそれで死ぬことは余りないが、生命や存在そのものと魔力の強さがより近いと文献にある魔族であればそれは致命的だろう。
正確には王都で暴れているのは「亜」魔族だが、魔族に近しい何かと言う事は魔力欠乏で受ける影響は極めて重大な筈だ。
現に亜魔族共はそれまで見られなかった苦悶の様子を見せ、抗えぬ苦痛にただのたうち回るだけの状態になってしまった。
タウルキアスが一旦下がらせた兵や冒険者たちに視線を遣る。
歴戦の戦士たちはその意図を察し、今度は動けなくなった亜魔族の一団が殺到する矢や魔法に晒される事になった。
「≪無垢者の鏡≫と私が名付けた魔鏡だよ。効果はご覧の通りだ」
その威力を身をもって思い知った者達は、既にそのタウルキアスの言葉を聞けるであろうだけの形を留めてはいなかった。
この鏡は、ある魔法使いの名家から放逐された人物の放棄された研究施設をたまたまタウルキアスが伝手で手に入れ、途上にあった成果の一部を何とか形に出来た物だ。
しかし受けた魔法を通じて魔力を強制的に吸い尽くすのは、起動したごく短い時間のうちに敵の魔法を受ける必要がある。
如何なる工夫をしてもそれが可能な時間はこれ以上長くならず、実戦での使い道はほぼ無いと見切りを付けていた。
また材料も彼の家や権力をもってしてもそう数を揃えられない貴重な物ばかりで、これ以上開発にリソースを割けないと言う事情もあった。
タウルキアスはこの成功に心から安堵していた。
・・・しかし、安堵はしても油断はしていなかった。
勝利の歓声に沸いていた兵や冒険者たちの即席混成部隊を、更なる数体の亜魔族が頭上から襲い掛かった。
敵が最も油断するであろうタイミングを何かの基準で判断し、隠れていたところから奇襲を仕掛けるように思考を作られたグループなのだろう。
だがタウルキアスは慌てない。
新たに襲ってきた亜魔族の集団に対し、無垢者の鏡を向けた。
「魔力解放!≪乱空爪≫!」
魔鏡内に溜め込まれた魔力量は超一流の魔法使いでも捻出のために儀式を必要とするレベルであり、それが一つの風魔法の発動に一気に放出され尽くした。
この魔力貯蔵がそれなりの時間効くならまだ開発は続けたかも知れないが、生憎と数分程度しか持たないものだった。
発動した≪乱空爪≫は、広範囲に獣の爪を思わせる風の切り傷を無数に付けると言う広範囲低威力版≪風刃≫とでも言うべきものだが、凄まじい魔力が込められたなら話は違う。
空中にいた亜魔族の集団の肉体は目視困難な刃で瞬時に切り刻まれ、小間切れになって青白い火の雨となり落下した。
この魔法を選んだのは、王都の建物に余計な傷を付けない為に敢えて威力を抑えたい意図もあった。
が、それでも周囲の壁には大きな爪痕が幾つも刻み付けられていた。
乾いた硝子質の音と共に、魔力を使い果たした魔鏡は砕け散った。
「ぐ・・・流石に、来るな・・・」
一瞬を見切る究極の集中力が求められた直後に負荷の大きい大魔力操作での魔法行使が重なり、タウルキアスは一瞬気が遠くなり膝を突きそうになった。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
・・・その隙は、男を少年時代から支えてきた側近がこの場に居れば生じなかったものだ。
だが今、タウルキアスを守るミュールソーはこの場に居ない。
もう一体隠れていた亜魔族の鉤爪がタウルキアスの視界で踊った時は、既にあらゆる対処対応が意味を成さぬタイミングであった・・・。
この鏡の魔法吸い込み受付時間はダライアス○゛ーストのカウンター並みにシビアです