109. 混戦
「ちょっと化けたぐらいでッ!」
一人の冒険者の振るう斧槍が亜魔族なる状態に変異を果たした神装兵に襲い掛かった。
既に単独で何体もの神装兵を破壊した斧頭の一撃は空を裂き唸りを上げつつ・・・しかし、何も捉える事は無かった。
亜魔族は目にも止まらぬ速度でその場から移動していたのだ。
「舐めてんじゃないよ!私の魔法なら!」
魔法使いの杖が石畳を叩き、氷結が亜魔族を捕らえる網のように広がった形で高速で舗装の上を駆けた。
異形の体は跳躍して凍結を避け・・・そこに冒険者たちの無言のままのコンビネーションによる矢などの飛び道具、魔法が殺到した。
その瞬間、悍ましい咆え声とともに瘴気が噴き出した。
濃い瘴気の波は放たれた魔法を呑み込み、その威力を大幅に低減した。
矢弾の威力までは減衰しなかったが、装甲や固い皮膚に阻まれそもそも大きなダメージになっていない。
・・・この僅かな時間で、既に誰もが理解していた。
変わったのは姿形だけではない。
パワー、スピード、そして悪寒を伴う圧力。
明らかに唯の魔物の枠に収まらない。
何人かの腕利きの冒険者は、魔王領付近で出会った通常より遥かに強化した魔物に近いものを感じていた。
一瞬攻撃の手が止まったのを、亜魔族は見逃さなかった。
次の瞬間、斧槍使いの冒険者は横薙ぎの一撃で壁まで吹っ飛ばされた。
恐ろしいスピードで瞬く間に肉薄され、辛うじて防ぎはしたもののそんなもので何とかなる程軽い打撃ではなかったのだ。
次なる標的を魔法使いの女と見定め、さらなる一撃を加えんとする。
しかし次の瞬間、亜魔族の首筋がスパークと共に爆ぜた。
意識の間隙から飛んできた対応不能の魔法に続き左手に聖剣、右手に魔剣を携えた一人の男による十字に斬り裂く鋭い斬撃が、装甲の奥まで深々と切り込んだ。
「堅い・・・それに速いか」
亜魔族は瞬時に身を躱す事で損傷を最小限に抑えていたのだ。
颯爽と現れた元聖剣の勇者ゼタニスは叫んだ。
「お前ら、死にたくなきゃボーッとするな!コイツラは厄介な敵だが、見ての通り攻撃は当てれば効く!光を使える奴は手が空いたら≪浄化≫で瘴気を晴らすんだ!」
ゼタニスと言う男は、飛竜襲撃事件の際に自分が助かるためにアルテアを見捨てようとした恥知らずとして知られている。
少なくとも公式にはそう喧伝されているし神聖王国民の間でもその様に認識され、また本人もこの事実を否定していない。
だがこの場に居合わせた冒険者や兵士達には関係なかった。
噂が本当だろうが嘘だろうが、この男がこの戦いに不可欠なのは一瞬で理解してしまったからだ。
亜魔族の瞳が赤く輝いた。
その表情が秘めた感情は、正気を保った者に読み取れるものではなかった。
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青炎に包まれようやく崩れ落ちるも尚動こうとする亜魔族の姿を前に、シグナムは戦慄を覚えていた。
ついさっき自らの身で存分に理解した戦闘力とタフさと、そして王都のあちこちから感じられる同様の気配に。
あの声が正確ならコレと同じものが50体も居て・・・そして、魔族に近しい能力を有していると言う。
シグナムは魔族と戦った事はないが、呼び名からそれに近しくも及ばない程度と察せられる亜魔族が通常の魔物とは一線を画しているのは分かった。
魔物で言うなら討伐に勇者級は必須なクラスの強さだ。
そんなものが大量に街中に出現し、極めつけにアビス・ドラコとかいう災厄そのもののような巨獣だ。
暴れて街並みを破壊する様子が遠くからでも視覚と轟音とで否が応にも分かってしまう。
物陰から一体の亜魔族が強襲して来た。
しかし闇魔法を体得し瘴気の感知能力がこれまでになく上昇したシグナムにとっては、奇襲でも何でもない。
闇と金属の混じったような不気味な鉤爪を軽く避ける。
幸い此処に人目はない。
・・・アレが使える。
一瞬にして炎の名を冠する勇者の背に展開される、黒い粒子の翅。
(掴んだ!)と言う感覚とともに、亜魔族の体から離れて周囲に漂う濃い瘴気はシグナムの支配下に置かれた。
神装兵の時には無かった不気味な口を開け、鋭利な先端を持つ舌を飛ばし追い打ちを敢行した亜魔族は次の瞬間金色の≪浄火≫に包まれた。
カウンター気味に直撃したこの魔法は、≪浄化≫に近い性質上瘴気と強く結びついている程威力を発揮するが、シグナムが今放ったものの真価はそこには無い。
多少のダメージには怯まずに追撃を試みる亜魔族の目論見は、体の芯に響く様な炸裂音と共に永久に中断された。
煙が晴れ、ズタズタながらも辛うじて原型を残した黒焦げの巨体が立っていたのがゆっくりと倒れた。
衝撃で砕け散ったそれは、先程撃破したのと同様に青白い炎を噴き上げた。
「・・・≪虚爆鱗≫とポポン老師が名付けて下さった必殺技よ」
そう膝を突きながらシグナムは独り言ちた。
支配下に置いた瘴気を適切に制御しながら自らの魔法で浄化すると、そのエネルギーは非常に効率よく物理的破壊に変換されてしまう。
その現象を利用した、正に必殺の一撃だ。
今の世界では瘴気を支配すると言うのがそもそも魔族や魔物のやる事とされており、その浄化も一人で行えるとなるとシグナムの他に一部ホビット族しか存在しない。
そしてこの理合いに達したのはシグナム唯一人で、この世界でも彼女だけが使える唯一の技と言う事になる。
とは言え簡単ではないコントロールを命の奪い合いの中で正確に行うのは至難の業であり、シグナムは思った以上の疲労に襲われていた。
自らを叱咤しながら他の場所の戦況に思いを馳せていると、自分を呼ぶ良く知った少年の声がした。
「シグナムさん、大丈夫ですか!?」
「私は問題ないよアルテア。それよりも大聖堂地下はどうなったの?」
「片付きました。しかし敵の真の居城は、やはり・・・」
空に霞む逆さの都に視線を向けるアルテア。
そう言う手合いは一番高い所なり一番深い所なり、兎に角大体そう言う所に陣取るものなのでシグナムは一瞬で納得した。
「状況は御覧の通りよ。もう一度、さっきみたいな≪大浄化≫は使えないかしら?」
「それが・・・」
アルテアが光の魔力を込めた魔法文字を聖剣で天空に向け描こうとしたところ、見えない何かに掻き消されてしまった。
間違いなく天空からされてる何らかの仕掛けであり、恐らくは規模の大きい魔法陣を阻害してしまうものだろう。
魔法文字一文字でそれ扱いになるのはアルテア位であろうが。
「これが出来ないために、さっき使ったのの十分の一程度の直径でしか発動できません。そして発動中、私は戦えなくなります」
瘴気やそれ由来の害を払う≪浄化≫の魔法は強力な魔物相手にも阻害程度の威力は発揮するが、逆に言うとその程度だ。
王都全ての亜魔族、アビス・ドラコなる化物を呑み込むならやる意味もあるが、そうでないなら話は違う。
二人は一瞬目を合わせると、一番近い瘴気の気配に向けて走り出した。
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タウルキアスはよく指揮していたと言える。
所属がバラバラの兵や騎士、冒険者をどうにか纏めて脅威的なまでに効率的に運用していた。
しかし、たった五体の亜魔族相手には辛うじて拮抗を維持している状態だった。
亜魔族一体の戦闘力は、仮にソロで討伐するならば金勇者クラスの者が必要だとタウルキアスは見立てていた。
勇者と言う称号は、常人の枠に収まらぬ冒険者に送られるものだ。
中でも最高の金勇者となると、最早人の域に収めていいものか迷わしいレベルの力を持っている。
ともするとそれに匹敵するのが五体も徒党を組み、連携を取って戦ってくるというのがどれだけの脅威なのか、この場に居る誰もが身をもって思い知らされていた。
この場に居たのが聖角魔法騎士団であれば、タウルキアスは遥かにうまく戦えただろう。
犠牲者もこれ程出さなかった。
だが今この場にはいない。
勇者アルテア相手にさえも善戦して見せた、彼の騎士団。
・・・ふと、タウルキアスは思い出した。
以前アルテアと模擬戦をした彼だったが、元々は騎士団を使わず一対一にて行う予定だった。
そしてその為に用意してしまった物は、今もタウルキアスは所持しているのだ。
「ひょっとしたら、使える・・・か?」