11. 閑話 - アルテアカクテル
神聖王国式ポーションが開発されたのの副産物として産まれた、指に付いた量をペロリと舐めたら一瞬正気を失って床に倒れるほどの甘味がある錬金凝縮栄養剤≪ゼリー≫。
流通を始めた新しい治療薬に配合されるために作られた、言うなれば人体が必要とする栄養の塊に過ぎないのだが、妖精の粉なしの治療薬のイメージが「必要だけど微妙」になっている原因の一員でもあった。
その壮絶すぎる味は、仲間とはぐれたある冒険者がオークと遭遇してしまった時オークの口の中に一か八かゼリーを放り込むことに成功した所、白目をむいて倒れてしまったと言う逸話も嘘か真か囁かれるほどだった。
そして魔物研究機関の実験により、逸話の真偽はともかくオーク程度なら昏倒するのは概ね事実だと確認された。
味覚を持つという前提が付くが、体の大きさに対する量によってその威力が決まるという毒物のような性質が見て取れたようだ。
一回分のゼリーを口に放り込まれた時、ゴブリンであれば三割程度の個体が心臓停止。
オウガでも明らかに嫌がって見せたが、普段を大幅に超えた力で暴れて檻が破壊されそうになったのでオウガ以上に使用するのはそれ以降禁止になった。
また一部個体は、最初は忌避反応を見せたもののそのうち病みつきになったのか依存性成分も入っていないのにいつまでも容器をペロペロするようになった。
魔物に対する兵器になるんじゃないかと言う案も出たが、ゴブリン如きを三割殺すのにはコスト的に割に合わない、味覚がヘンな個体には効かない、味覚がなかったり舌に触れずに飲まれるなどして食われたらただの栄養になる等の理由で案の時点で止められた。
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「おう気付いたか、アルテア」
「あれ、ここは・・・あー」
アルテアは簡素な兵舎の中で、ベッドに倒れて四勇者の一人ゼタニスを見上げていた。
「だからうっかり舐めたら危ないって言ったのに・・・指についたからって」
「ウム・・・」
「ハハ、済みません倒れちゃって。しかし、話に聞いてましたけど強烈な味ですね」
飾り気もなくそんなに広くもない部屋の中に、神聖王国が誇る四勇者≪光のアルテア≫≪炎のシグナム≫≪雷のゼタニス≫、そして銀の長髪に白い仮面と言ういでたちの男≪吹雪のイオンズ≫が一堂に会していた。
但し何か重要な会議か何かあったとかではなく、偶々それぞれに自由な時間が出来て何かここで集まることになっただけの話だ。
そこでアルテアが備蓄品のゼリーに年相応の興味を示した。
彼にとっては何の意味もないものだが、神聖王国で回復魔法を使う者でゼリーが要らないという人間はアルテアを除けば存在しない。
で、なんやかんや弄っているうちに指についてしまい思わずペロッとしてしまった結果だ。
これは伝説の勇者アルテアの中で生涯を通して、本当の意味で為すすべなく、一方的に敗北を喫した唯一の記録である。
「貴族生まれで甘いものに慣れていてもやっぱキツイもんか?」
「いやこれ、舌が味で甘いって感じる前にでかい鉄球で殴られる感じですよ・・・慣れるとかそういうレベルじゃないです」
「けど不思議なもんだね。これ、言うなれば人間の体に必要な栄養をメチャクチャ濃くしただけのモンでしょ?何だってこんな頭おかしい味になるのさ」
そこで曲者ぞろいの四勇者たちの中でも寡黙な仮面という一層おかしな空気を放つイオンズが、珍しく手を挙げて言葉を発した。
「濃いからその味であるなら、薄めればよいのではないか?」
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わざわざ錬金と魔法の技術を集結させて凝縮したものを再び薄めるというのは、なかなかにして不毛な遊びのようにも思える。
だがこの時は四勇者全員が揃って半日暇になることが確定しており、そんな不毛な遊戯にうつつを抜かしても問題ない状況ではあった。
まずゼリーを水で溶かそうとしたが、全然溶けず上手くいかなかった。
ではそのまま鍋で火に掛けたらどうか、というゼタニスの提案にランプ式の携帯用コンロで試したところ、部屋中にとんでもないニオイが充満して全員むせて咳き込んだのに加え後で施設管理人の超怖いおばさんに全員大目玉を喰らうのが確定したのと引き換えに、とりあえず鍋の中身は完全な水溶液になった。
ただ、それでもまだ相当に甘い。
では樽で丁度良くなるまで水で薄めて見よう、となった。
結果。
「あれ、これ・・・そんな悪くない味じゃないの」
「けどあと何か、一味足りねえ感じだな」
「では、試しに果物を絞ってみましょうか」
「ついでに冷やしてみようか。≪冷却魔法≫」
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時はやや流れ、神聖王国のみならず各国の露店や酒を売る時間ではない酒場などでは「アルテアカクテル」と称される飲み物が広く売られていた。
これはゼリーを普通に飲用できるレベルまで薄めたうえで果汁を絞ったもので、単純に美味しく甘い飲み物としてだけではなく、肉体労働者などの塩分水分補給として非常に優れていた。
遠征中の兵士たちも割と簡単に作れるという事で相当愛飲されている。
アルテアは「何で私の名前を付けたんですか!」と機嫌を悪くしたが、まあ名前のイメージが一番良いという理由でなし崩し的にそうなった。
ゼタニスあたりは「連れ込み宿の名前で定番にされた俺の苦しみの万分の一でも味わえ」と意地悪く笑った物だが、彼の場合は自業自得が半分ぐらいあるだろう。
とにかく、神聖王国式ポーションのイメージの悪さはこれによって多少は改善された。
治療薬にオークも倒す毒が混ざってるといういい加減な認識を持っていた者も少なくなかったのだが、それが根こそぎ払拭されたに等しいのは大きい。
まあ、ゼリーをそのまま舐めたら昏倒必至という事実は変わったわけではないが。
なおこのアルテアカクテルの味だが、
時空の彼方の読者諸君に分かるように例えるなら―――――
ポカ○○○ットとかアク○リ○ス、である。