107. 秘剣天誅返し
「≪聖剣召喚≫!・・・無理か、アルテアは呼び出せたって聞いたんだけどね」
「私が呼び出したのは一週間程前です。何かが変わっているのかも知れません」
早く召喚しておけばよかったかな、と後悔するもそもそもこんな状況を予期できない以上それは無理と言うものだ。
「あそこは女子供の避難所となっているな。カペルを預けるには丁度良かろう」
タウルキアスが指さした先は診療所と看板の掛かった家屋があり、何人かが兵士や冒険者に守られながら慌てて駆け込んでいるのが見えた。
王都には万が一の魔物の襲撃時に備え立て籠もれる頑丈な施設が無数に造られており、診療所はその一つだった。
とは言え、王都のそういった備えが実際必要になった事は長い神聖王国の歴史の中でも数えるほどしかない。
「あ・・・あの、私は」
「カペル、君はよくやってくれた。後は我々剣と魔を振るう者の役割だよ。・・・必ず迎えに来る、待っていてくれ」
アルテアのその言葉と共に、対魔物用に鉄で補強された重く頑丈な診療所の外扉が音を立てて閉じられた。
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「げ、何だこの黒い気色悪いのは」
ゼタニスの魔剣により胴を両断された神装兵のボディから、黒くどろりとした不快な液体が流れ出した。
刀身を汚してしまったそれは見るからに切れ味に影響しそうなため、ゼタニスは剣を一度振り払うのに続き軽く≪浄化≫を掛けた。
「血、いやスライムか何かで溶かされた肉か?」
「む・・・これは動物が魔物化する変異中の様子に似ているのである。しかしそれにしては瘴気がまるで感じられん」
ヴィリアンボゥは先祖返りで妖精族としての視力を持つ上、普通の人の身の騎士ではありえない長い経験を有する。
この程度の分析は一目で出来る。
だが残念ながら現在、落ち着いてそんな事を考えている余裕はない。
右からオウガの様に怒張した元人間と思しき怪物が、左からまた別の神装兵が襲い掛かった。
しかしそれとほぼ同時に、ダンスのパートナーの様に鮮やかに体を入れ替えたゼタニスとヴィリアンボゥの動きと共に怪物の首が胴から離れ、神装兵は破砕音と共に石畳にめり込んだ。
「ここは敵さんの真っ只中みてーだな。他の種類の魔物とかは居ない・・・か」
「敵しか居らぬか。それは考える必要が無く楽でいいのである」
屋根の向こうの空では時折神装兵や怪物が弾き飛ばされたように空を舞っており、たまにそれを追うように大剣を担いだ男もぴょんぴょんと軽快な跳躍を見せていた。
時たま歓声も上がっていた。
暴れて目立つ事で味方の士気を高めるというタイプの将は存在する。
だがあそこまで派手な真似が出来る者は他にはいないだろう。
ラムザイルの心配などするだけ無駄だ、と二人が思った時だった。
天からの青い閃光が、王都を貫いた。
着弾地点は丁度ラムザイルが暴れていたあたりだ。
激しいスパークを伴う爆発、悲鳴。
ゼタニスとヴィリアンボゥ共に、起こるや否や全力疾走の第一歩を踏み出していた。
王都民の憩いの場となっていた噴水公園には、無残に焼け爛れたクレーターが作られていた。
焼け焦げたりバラバラになった死体も幾つもあった。
空からの閃光がもう一撃・・・今度は幾人もの魔法使いや神官戦士達が頭上へ向け種々の魔法の盾を張る事で空中で爆発した。
飛び散った粒子が壁や道路に穴、焦げ目を作った。
魔法で閃光を防いだ者たちは膝を突いた・・・これだけの人数で掛かっても二度、三度とは防げない威力は確実にあるのだ。
「なあ・・・アレ、何とか出来るか?」
「吾輩単独で二発は防げよう。だがあの空から光るのが、たったそれだけで打ち止めなはずはなかろうよ」
その場が絶望に支配されかけた時、ラムザイルは立ち上がって叫んだ。
「俺に近付くな!あの光線の標的は間違いなく俺だ!」
「近付くなっつってもよォ旦那、あんたがやられたら次は周りに落ちてくるんだぜ!?ここは力を合わせてだなー」
「心配すんな、『考えがある』ってヤツだ!」
ヴィリアンボゥの手甲に包まれた手がゼタニスの肩に置かれ、首を横に振って見せる事で漸く彼は引き下がった。
確かにこの戦況を見ている敵がいるなら、単騎戦闘力に加え王都の戦士達の士気を高め続けるラムザイルの排除優先度は相当高いだろう。
当の人類最強の男は≪身体強化≫を発動させ屋根の上に飛び乗り「撃って来てみやがれクソ野郎が!」と空に向けて自分の尻を叩いて見せた。
挑発が効いたのかどうか、天の閃光の発射点が再び青く輝いた。
それを見て、愛剣デスブリンガーを携えた大男は高く飛翔。
青い光の柱が一瞬で降りてきた。
「うらああああああああああああああああああああ!」
破壊を運ぶ青い光はラムザイルを呑み込むかに見えたが・・・空中にて天からの閃光は見る間に散らされてしまった。
目視も困難な高速での無尽の斬撃により、掻き消えた閃光の残滓は四方八方の城壁の外に飛んで行ってしまったのだ。
地面に降りて来たラムザイルは流石に「あちち」などと言いながら多少の煙を吹いていたが、まるっきり無事である事に驚きを抱かない者は居なかった。
しかしそれでも、取り敢えず一発ローコストで防いだだけであって空からの攻撃そのものを何とか出来た訳ではない。
どうするんだ、と言わんばかりのゼタニスの視線に対し不敵さしかない笑顔で返したラムザイル。
更なる頭上からの破滅の光は、すぐに飛んできた。
「感じは掴んだ」
魔人オルミスロにとって、ラムザイルが王都に来るのは計算のうちだった。
時空魔法で次元の狭間に弾き飛ばした筈が当たり前のように生きていた事は計算外だったが、魔王領監視に当たる至光騎士団から王都の異変を察知した誰かが来るとすれば、現在はその男を置いて居ない。
この男を仕留めるために少々無理をしてでも封印を解除したのがこの魔力加速式粒子兵器『慈悲の雨』だ。
制御が不完全なため本来の出力には及ばないが、それでも明らかにやり過ぎの類の威力を誇る兵器である。
ラムザイルの命運は尽きた・・・そう、魔人は確信していた。
しかし脇目も振らず魔法と魔道にのみ邁進してきた彼にとって、武のみで常識を覆す存在と言うのはどこまでも測りかねる者だった。
殺戮をもたらす光線を跳躍しての空中の剣の乱舞のみで散らしたなど、意味が分からない以外に評する言葉もない。
だが流石に何発も耐えられはしない筈だ。
今度こそ仕留めるため、オルミスロは眼前の水晶球の端末を操作し慈悲の雨の出力を上げた。
「感じは掴んだ」・・・そう言ったラムザイルは、今度は跳躍しなかった。
巨剣デスブリンガーを体全体ごと低く沈め、迎え撃つような構えだ。
オルミスロの見立て通り、本来ならば如何に常軌と言う枠をはみ出したラムザイルと言えど、圧倒的に敵を蹂躙する為だけに生み出されたこの青い閃光をどうこう出来るものではない。
遥か古代にはドラゴンの群れさえも塵に変えた光なのだ。
・・・但し、それはこのラムザイルにとって初見であればの話だ。
生憎と、彼にとって古代機械の放つ熱線的な兵器は初めてではない。
魔族イプロディカを討伐するために入った深緑の谷の奥・・・魔族とも違う邪悪な存在に乗っ取られたゴーレムの放つ光線に、当時のラムザイルの愛剣は為す術もなく溶断されてしまった。
聖剣でも魔剣でもないが、超人の剣技に付いて来た紛れもない業物だった。
おくびにも出さなかったが何とも思わなかった訳ではない。
それは最強の男にとって久しくなかった、切なる希求の機会。
食らった以外にも何度も見たゴーレムの光線兵器、その破壊力・・・もし仮にもう一度それを受ける時が来たなら、どうすればいい?
その答えを体得するだけの時間、それを可能にする新たなる剣。
既にラムザイルは両方とも得ており・・・そしてまさに今、完成を見た。
「どおぉっせえええええええい!」
閃光の先端を狙いすまし振り上げられたデスブリンガー。
次の瞬間、ゼタニスやヴィリアンボゥ、その他此処にいた武に優れる幾人かの騎士や冒険者の瞳には確かに映った。
人間数人を余裕ですっぽり包める太さを有する青い光の柱の中を、天に遡るように衝撃か稲妻か分からないものが一瞬で最上まで駆け上ったのを。
閃光本体は生木が引き裂かれるように霧散して、その始点、天に浮かぶ都市の閃光の発射体と思われる場所で大爆発。
轟音は十秒近く遅れて地上の王都に届いた。
この光景を目にした者は言葉もなく固まるのみだが、やらかした本人は「ふぃー、ぶっつけだが何とか上手く行ったな」これである。
「だ・・・旦那、今何やった?」
「何って・・・あの光線を使って向こう側を殴ってやったんだが」
「・・・お主を理解するのは諦めた筈であるが、まだ吾輩の諦め方が足りぬか」
「それよりも、だ」
ラムザイルは今の愛剣を地面に挿すと一度、手を叩いた。
「王都にはまだ化物共がウヨウヨいるんだ。まずは俺達の王都を取り返そうぜ」
眼前で神話すらも吹き飛ばした男の言葉に、この場の戦士達の心は一つになった。
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タウルキアスは天空の逆さ都からの攻撃に「兵たちや騎士の指揮をとる」と別れた。
アルテアも一瞬向かおうとしたがシグナムに今すべき事を強く諭され、互いに援護し合いながら騒乱の王都を駆け大聖堂の前まで辿り着いていた。
聖堂正門に詰める何十体もの神装兵と言う守りの厳重さが、まさにここに最重要な何かがある事を示していた。
中の様子を窺う事は出来ない。
「やはり聖堂を中心とした街道結界の魔力の流れがおかしいですね。合わせてください、一先ず結界で分断します」
シグナムはアルテアの意を組み、目も合わせぬまま同じタイミングで駆け出した。
ミスリル合金の刃に魔法の炎を纏わせ目の前に立ち塞がる神装兵を切り裂き進む女勇者、その後に続き舗装された足元を聖剣の切っ先で削りながら走る少年勇者。
聖堂の正門前で横に逸れて更に加速しながら駆け、最後には巨大な建物の周囲を一回りして再び正面に戻ってきた。
聖剣が地面に描く線が魔力交じりの火花を放ちながら始点と交わった瞬間、アルテアは一つの魔法を発動させた。
「≪神聖結界≫!」
光の魔力が勢いよく立ち上る柱として神装兵の群れを巻き込み跳ね上げ、大聖堂を囲む巨大障壁を作り上げた。
それは圧倒的物量の物理攻撃さえも防ぐ盾であるのに加え、術者の許可しない魔力の流れも完全に分断する大魔法。
何者かが街道結界の一部を乗っ取り、王都中から力を集めていたのは取り敢えずはこれで止められた。
しかし同時に街道結界までも止めたため、ここから先は時間との勝負だ。
神装兵の一体が腕部内蔵の刃を伸ばし、アルテアに躍りかかった。
勇者の眼には、その中には確かに人間が入っているのが見えていた。
カペルがそうだったように。
しかし光を纏う聖剣は何の躊躇もなく、魔法金属のボディを中身ごと真っ向両断していた。
中に入っていた人間が何者なのか、アルテアは知らない。
善人なのかも悪人なのかも判然としない。
しかし、人を斬った経験は無に近いにも拘らず彼に逡巡は無かった。
手遅れだったからだ。
神装兵の中に人間が居るのは、勇者の眼で最初に見た瞬間から分かっていた。
そして何故そうなったかは知る由もないが、魔法金属の容器中に入れられている人間たちの肉体は、既に如何なる癒しの術を以てしても手の施しようがないものだった。
場合によっては原形さえも留めておらず、一様に苦痛からの解放のみを一心不乱に願うだけの状態だった。
故に、躊躇いは無かった。
・・・何故カペルだけが無事かと言う疑問もあるが、今は時ではない。
大聖堂の扉が重い音と共に開かれた。
コイツだけやってる事の世界観が違うなあ的な