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フェアリーブレイド ~旧き約定の剣と、新しき紲の剣~  作者: エキストリーム納豆
七. 蜃気楼幻都
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106. 戦士の国

 アルテアによる大規模な≪大浄化≫の光が段々と薄まっていく。

 凄まじい魔力的ノイズも弱まり、光が消え切るより先に阻害力を失った。

 その瞬間、オルミスロはその命令を王都内の全配下に下した。

 別にやらなくともいいが、勇者共に絶望を味わわせるその為だけに。



 ――≪終わらぬ夜は開かれた≫



 通った・・・確実に全傀儡、全神装兵にコマンドが届いた事を水晶玉は示した。


 しかし数十秒の後、浄化の光が晴れたその後の光景は、彼が期待するものとは違っていた。



「な・・・何だと!?」




 ・・・時間はほんの少し巻き戻る。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




『大いなる神聖王国の民よ!』



 アルテアの放つ≪大浄化≫は上空から降りてきて、そのまま王都のほとんどに被さる光の半球となっていた。

 その中で力強く響く、男の声による演説。



『私は聖角魔法騎士団団長、タウルキアスである!神聖王国の民よ!勇敢なる兵士達よ!誇りにて剣を振るう騎士達よ!見よ、偽りの安寧にて邪悪を覆い隠していた霧は勇者アルテアの力によって焼き払われた!』



 この大音声による演説は、王都のあちこちの物陰などから聞こえていた。

 音源は、その辺の石ころと大差ない魔石だ。

 これは一行が限られた時間の中で王都中を走り回り、シグナムが何かの備えとして鞄の≪収納≫に大量に入れていたのをばら撒いた物だ。

 価値のない屑石同然の魔石を媒介に魔法を広げるのはホビットが得意とする技術で、使いでがありそうなのでシグナムはついでに習っていたのだ。


 声を拡大する魔法自体は系統の無い簡単なもので、タウルキアスの声をシグナムが制御しあちこちの魔石に届けていた。



『精神を惑わす霧が晴れた今、諸君らの心には隠しようのない違和感が浮き上がっているはずだ!商人であれば商品の仕入れ先がどこなのか思い出せない!鍛冶屋ならここまで大量の武器をどこに納入していたか分からない!僧侶であるなら天帝なる神を本当に信仰していたのか確信が揺らいでいるだろう!他にも日々の生活の中、おかしな事はいくつも出て来ているのではないか!?』



 人々はその演説に、混乱を抱えながらも顔を見合わせた。


 ――そ・・・そうだ、俺の露天に並べるモリナシのパイの材料が全然手に入らねえんだ。誰かから買ってたのは確かなのに、その相手が思い出せねえ。

 ――私も・・・昔旦那と死に別れたんだけど、墓が共同墓地にないんだ。一緒に住んでた場所の事だって覚えているのに、草原の真ん中の家なんてこの都にあるわけないんだよ!


 動揺の輪は最初に気付いた何人かを中心に広がっていく。



『だが狼狽えるな!それは正しい記憶が偽りを駆逐しているがゆえの正しい反応だ、時間を置けばいずれあるべき記憶に落ち着くだろう。しかし・・・残念ながら、それを待つ猶予は無い。王都はすぐにでも戦場になろうとしている!邪悪の尖兵は今まさにそこに居るのだ!』



 それは普通なら一笑に付されるか、収拾のつかぬ恐慌を生みかねない宣言。

 だがこの状況は普通ではなく、また『神聖王国』と言う国自体もある意味普通ではなかった。

 人々が生存と発展のために自然発生的に集まった集団ではなく、勇者と共に魔王と戦うためと言う余りにも合目的的な存在として興された国。

 言い換えるなら、戦士の国だ。

 起源をそこに持つ国の民もまた、緊急事態への心構えが魂近くにまで刻み込まれているのだ。



『生き残るために各々最善を尽くせ!以上だ!』



 その言葉が放たれた時、既に王都民達の表情に混乱は無かった。

 力あるものは武器を取り、力無き者は足を引っ張らぬよう己の生存に専心する。

 一人一人がその場で自分自身で決めた方針に従い動き出すのは、都市の規模を考えると異常に早かった。




「お、おい。この神装兵様子が・・・まさか!」



 ついさっきまで天の使いとして崇めていた神装兵とか言う人形が「邪悪の尖兵」である可能性に気付きかけた彼は、次の瞬間には振り抜かれた金属の拳で壁まで吹き飛ばされてしまった。

 哀れにも頭から上を無くした彼が、最初の犠牲者であった。


 返す拳でその隣にいた者も殴ろうと身を翻す。

 だがそれは・・・意外にも、別の神装兵が立ち塞がる事で止められた。



「ッ・・・まさか神装兵同士で戦ってるのか?チクショウッ、何が起こってるのかわからねえが、今のうちに逃げるんだ!」



 また別の場所でも血は流れ始めていた。



「な、なんだこいつら!どこから湧いて出やがったんだ」



 面で顔を隠した何者かの集団が、王都の民を襲っていたのだ。

 服こそ身に纏っているがそのの躯体は筋肉が余りにも怒張し、オウガなど鬼類ともまた違う気味の悪さを放っていた。

 そしてその膂力は見た目通り、いやそれ以上の魔物じみた物だ。

 言葉など発さず奇声と共に人間を纏めて吹き飛ばし家屋を破壊する様子も含め、やはり魔物に近い何かのようにしか見えない。


 逃げ遅れた女性の頭上に振り下ろされんとした拳。

 しかしそれは、間に割り込んだ兵士の槍が阻んだ。



「早く逃げなさい!」


「は・・・い!」



 標的を取り敢えずの邪魔者に変えようとした化物だったが、次の瞬間には胴に剣が生え、手足が切り裂かれていた。

 冒険者達による集中攻撃だった。

 つい十分前まで何故自分が武器などを所持しているのかもわからず、疑問も無くギルドのサロンで無為に安らぎの時間を過ごしていた彼等だったが、もう既に完全に覚醒していた。



「よくもやってくれたなクソ化物が!あんなわけわかんねえ連中をこれ以上のさばらせるな!」




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




「な、何故だ!?なぜ組織的な抵抗が出来ているのだ?大規模な襲撃がいきなり街の中から始まってあそこまで対抗できるだと!?頭がおかしいのか!それに・・・神装兵の一割、100体ほどがこちらに歯向かっているッ!一体どういう事だ!」



 魔人オルミスロが神聖王国の本質である『戦士の国』を見切れなかったのは純粋に彼の眼力不足と言える。

 魔王の影と融合してしまったが故に曇った部分はあるだろう。

 だがそれを置いても運が無かった。


 まず現在、彼の元にはある程度自ら考え、判断を下せる手駒と言うのが存在しない。

 少し前ならば魔王の影が取りついた人間が王都のあちこちにいた。

 しかしその全ては謎の殺気の波動により全滅してしまった。

 それ故に、敵の行動を監視し適切に妨害する事が困難となった。


 また出撃させた神装兵の中に混じっていた異物もあった。

 これもまた、チェックに回せるだけの知恵ある手駒を使ったなら防げたろう。

 しかし情報漏洩を極限まで防ぎたいオルミスロにとっては、そこに知能を持つ魔王の影を使うわけには行かなかった。



「何故命令を受け付けぬ!貴様らの敵は王都の全人間どもだぞ!む、これは・・・私より上位の権限で命令を受けている、だと?ふざけるな!」



 問題はもう一つだ。

 かつてオルミスロが人を操る実験の一環として人格を弄ばれた一人の男が、現在の勇者一行に混じっていたのだ。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




「タウルキアス殿、貴方に演説を任せたのは最大の正解だったかも知れない。しかし偽の記憶から本来の記憶に戻る部分、なぜあんなにも真に迫っていたのかしら?まるで実体験の様な・・・」



 演説のための≪拡声≫魔法を解除し、剣を抜きながらシグナムはタウルキアスに尋ねた。

 返ってきた答えはシンプルだった。



「訓練として体験したからな。我が騎士団員は全員だ」



 以前タウルキアスは、何者かの術に掛かりアルテアへの不要な殺意を抱かされた事に気付きショックを受けた。

 そして今後同様の何かをされた際に対抗する訓練の一環として、魔法により記憶を一時封じると言う事をやったのだ。

 精神操作を目的とした魔法は人間にまともに扱える難度でない事は知られているが、ただ気分を高揚させたり鎮めたり程度は初心者でも難しくはない。

 そして単純に記憶を一時封じる物であるなら銅勇者レベルの魔法使いなら難なく、後遺症もなく施す事が可能だ。

 故に記憶が段々と戻る様子を、経験者として手に取る様に理解し語る事が出来た。


 このような傍目から見て特殊すぎる訓練を隠密や暗殺者でもないのにやっているのは、聖角魔法騎士団位しか存在しない。

 そしてこの体験が無ければ王都民を目覚めさせる演説で触れる事もなく、覚醒が遅れた故に神装兵や人型の化物が暴れ出したのに対応するのが遅れ、より多くの犠牲者が出た筈である。



「本当に変な事ばっかやってるのね、貴方の騎士団・・・。あとカペル、貴女の仕事もうまく行った様ね。よくやったわ」


「いえ、そんな・・・」



 神装兵の中に反旗を翻した機体があるのは、シグナムの提案でカペルが行った仕込みによるものだ。

 王都を駆け回って演説用の魔石を撒きながら、目に付いた神装兵にこう命じたのだ。

『王都とその民を何があっても全力で守れ』と。

 上手くいく保証はなかったが、実際カペルに命令を受けた神装兵はそれを忠実に実行していた。


 ≪大浄化≫の光が段々と掲げられていた聖剣に収束し、それがようやく収まると同時にアルテアは片膝を突いた。

 乱れた呼吸を整え汗を拭うと、若き勇者は一拍置いて立ち上がった。



「では行きましょう。王都を取り戻しに」



 それは伝説の一幕を飾るのに相応しい、神々しい立ち姿だった。

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