103. 王都潜行 - 2
「だから言ったじゃないですか、ヴィリアンボゥ一人なら神装兵とか言うのと間違って入れてくれるみたいな作戦ムリだって!」
「うるせー、やってみなきゃ分かんねえだろ!」
「・・・一応やりはしたが、吾輩は反対であったぞ」
アルテア達よりも先に反対側の門に辿り着いていたラムザイル一行だが、中に入るいいアイデアが全く浮かばなかった。
何故か三人とも霧で狂わされないのは幸いだったが、このメンバーに僅かなりとも潜入に向いている者はゼタニス位しか居なかったのだ。
そして現在の王都に気取られず潜入するのは、ゼタニスの能力を越えたミッションであるのはすぐに分かった。
一部城壁には抜け道があったのだが、その全てが塞がれていたのである。
「全く、正面から叩き壊せない相手は嫌な物であるな」
このメンバーであれば、城門どころか城壁まで破壊する事も難しくない。
だがここは王都だ。
殲滅しても問題ないゴブリンの大集落なんかとはわけが違う。
兎に角、今は「突如姿を現した鎧姿の怪しいヤツ」を掴まえるべく警備兵たちが走り回っていた。
この前ラムザイルが自ら鍛えたのもあって皆優秀に動いているが、今はそれが災いしていると言わざるを得ない。
隠れながら耳をそばだてる三人の聴覚に、部下に大きな声で指示を飛ばす隊長の放つ言葉が入ってくる。
「いいか、敵は霧向こうから来た悪魔だ!油断するな!あんな事はもうやらせん」
その隊長もそのうち離れていき、周囲は霧と静寂の支配が戻ってきた。
霧向こうの悪魔、あんな事があったばかり・・・。
「あたかも、霧の外は人の住めぬ地しか広がっておらぬような言い方であったが」
「・・・恐らくだが、今の王都の中じゃそれで正解だ。霧から引っ張り出して正気に戻した兵士の言っていた事もそれで説明が付く。しかしあんな事とは?」
それがラムザイルが正気にした兵士が戻らない事を指すなら、それでもいい。
だがそれにしては反応が物々しすぎる。
行方不明と言うよりもっと具体的な、殺された者でも出た様な。
この状況を調べに来たであろうアルテアやシグナムあたりが別口で何かしたのと関係があるのか?
何はともあれ、人類を超越した男の勘は戦の前兆の気配を濃厚に感じ取った。
「まー何にせよ、分かりやすい位に明らかな何かが多分すぐに起こる。それに合わせて取り敢えずひと暴れして、それから考えるか」
プランと言うにはお粗末を通り越した何かを口から吐き出すラムザイルだが、困った事にこの男はそんな感じで最適解を引き当ててしまうのだ。
そう知っていた同行者二人は苦笑し、呆れつつも否は唱えなかった。
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「・・・これは凄いわね」
シグナムは広げた紙の内容を見て、思わず感嘆を漏らした。
ネズミが持っていた紙片の暗号は、王都内のある場所を示していた。
そこに向かった一行が人の姿もない路地裏の壁で見つけた紙には、現在の王都内で最も警備の厳しい場所や状況などが詳細に書かれていたのだ。
このサイズのものをネズミに運ばせるのは難しいだろうと言う大きさの紙面に、そういった情報がビッシリと入っていた。
「間違いなくミュールソーが一緒にいたと言う人物が調べていた物なのだろうが、一体何者なのだ?事が済んだ暁には我が騎士団に取り立てたいものだ」
「斥候職の勇者クラスでしょうか・・・何にせよ、彼等の作戦に乗る以外に道はありませんね」
魔法戦士を自認する本人が聞いたら憤慨しそうな感想をアルテアは発したが、勿論言い放った当人は知る由もない。
ともかく、紙にはミュールソーと新たな同行者が何をするつもりなのかが一緒に記されており、天の目の監視のもとでは接触できない以上彼の提案した作戦に合わせて動くほかない。
現在の王都で特に不自然なまでに魔法的警備が厳しい場所は王城の地下牢、離れの研究施設らしき何か、そして大聖堂。
特に大聖堂に関しては異常で、敵そのもの、若しくは敵にとって最重要な物があるとすればそこだ。
「まず彼等が地下牢と王城離れを確認する、か。離れはガルデルダ様の研究施設よ。あの方の事だから立て籠る事に成功しているかもしれない。あとは地下牢ね・・・行方不明になっている貴族達は全員そこなのかしら」
だがだとしたら何故貴族たちが捕らえられているかがわからない。
無事である保証もない。
何にせよ、確認が済んだら向こうが≪信号弾≫を放ち、それと共にアルテア達が一気に大聖堂に攻め込む、と。
穴はかなりあるが、この時間がない中ではよく考えられたプランとは言える。
アルテアは気付いていなかったが敵の親玉を倒しても王都が戻るとは限らず、最悪重要人物を何人か連れて逃げ出すと言う選択肢も念頭に置いているのだ。
その場合は派手に暴れるアルテア達が囮、と言うわけだ。
だがどうせなら事を始める前に成功率を上げるような準備は何か出来ないか・・・一行がそう思っていた時だった。
「ひっ!」
カペラが悲鳴と共に振り向いた先に、一機の神装兵が立っていた。
明らかにこちらの方を見ていた。
迂闊な事に、アルテアの魔力操作による光学迷彩が薄くなっていたのに気付いたのはその時だった。
迷彩を強めるよりも前に、神装兵が一歩踏み出し近付いてきた。
撃破は訳ないが、それは目立ちすぎる。
どうする?と目まぐるしくアルテアが考えていた時だった。
「いやっ、来ないで!」
恐慌寸前のカペラが思わずそう叫んだ。
すると・・・・・・神装兵はその場でピタリと歩を止めた。
「・・・どういう事なのだ?この娘の声に従った、のか?」
「これは・・・ねえカペル、他の神装兵でも試してもらえる?その時、こんな風に言ってほしいんだけど・・・」
「え、わ、わかりました・・・やってみます」
――果たして他の神装兵も同様に、問題なくカペルの命令を聞くことが分かった。
何故そんな事が出来るのかは疑問は尽きないが、それを考えている時間は無い。
出来る事は神装兵に片っ端から『仕込み』を行う事だけだ。
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何者かが侵入してきたのは分かっている。
王都内に居た、何故か正気を保っていたと思しきネズミと協力を始めた事も。
だが何もかも遅い。
貴様らから見れば手遅れと言うべきだろう。
もっとも、私から見たら大願成就確実と言う表現になるがな。
む、都の様子が見えなくなった・・・随分大規模な探査妨害だ。
せいぜい無駄な足掻きをするがいい。
城壁外は観測範囲外だが、兵士共の動きからそこにもネズミがうろついているようだ。
何故この霧の中でこうも平気で動き回れる奴が出てくるのかは不明だが、大した事ではない。
加えて登録外の神装兵と言う謎も残っている。
――それら全ての要素を加味して尚自らの、偉大なる主上に捧げる勝利は揺るがぬと、そうオルミスロは改めて確信した。
元々対応する余裕などない、些事に惑わされず仕上げに注力すべきだ。
オルミスロの前には、巨大な脈動する何かがうずくまっていた。
まるで時を待つかのように。
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「ぐっ・・・大したジャミングですな」
ミュールソーは一瞬の頭痛と眩暈に耐え、前を行くプシールの魔法技術を称賛した。
「そうでもないですよ。こんな事もあろうかとで王都のあちこちに仕込んでいた使い捨ての共振器が上手い事働いただけです。・・・天の目がどれだけ高度であっても魔道具であるならば、恐らくジャミングは効いていると思います」
「そうですか、では急ぎませんとな」
そこはドワーフの鍛冶師たちが居を構える工房街だった。
プシールが以前発見していた裏道を通り、その一番奥で一見すると行き止まりに見える場所に二人は出ていた。
「いえ、少しだけ待ってください。僕の武器を取って来ます」
そう言うとプシールは、そこにあった廃屋にしか見えない家屋のドアを開いた。
それはドワーフの工房と店舗を兼ねているらしく、ミュールソーにとっても見る事が稀なレベルの素晴らしい武具が揃っていた。
この歳まで生きても王都についてさえまだ知らぬことが多いものだ、いつまでも見ていたい・・・と、本来なら感慨に耽っている状況でないと気付くのに数秒掛かった程だ。
肝心の工房の主はと言うと、まるでうわごとのように『天帝様』への祈りをぶつぶつと捧げるドワーフがそこに座っていた。
彼からは、ドワーフらしい情熱と言うか物作りに向けた異常な覇気と言うか、そういったものが一切感じられない。
「その爺さんドワーフ一の名工だそうですよ。信じられますか、本来なら普通にしゃべるよりも怒号ぶちまけてる時間の方が長いんですよ?それが段々と日を追うごとにこんな感じに・・・っと、見つけました」
「もうよろしいのですか?」
「ええ、急ぎましょう」
プシールは、新たに腰に一振りの剣を差していた。
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ちょっと複雑になってきたので現在のアルテア君たちの状況を図にしました。
汚くて余計分からなかったらすみません。
たまにはwindowsペイントも使いたいんです。