102. 王都潜行
天から間断なく降り注ぐ死の火箭。
朱に染まった地平を歩み往く魔鉄の甲冑の軍勢。
逃げなさいカペル・・・そう声を発した口が数秒後に断末魔の叫びを上げ、肉の潰れる音と共にそれも止んだ。
泣きわめきながら逃げる、逃げる、逃げる。
どれだけ走ったか分からず足の感覚も無くなった頃、いつの間にか自分自身が甲冑の中に入っていた。
そして同じ魔鉄の甲冑達を率い、片腕を前に出し合図。
焼かれていく。
焼き尽くされていく。
何もかも。
「・・・・・・ペル・・・カペル!」
「・・・!」
輝きを背負う少年の声に、カペルの意識は現実へと引き戻された。
とは言え今は現実の光景自体が良くも悪くも夢幻じみてはいるのだが。
人の行き交う都の通りのあちこちに、カペルが嫌と言うほど知っている魔鉄製の自動甲冑が警邏や監視しているかの様に立っていた。
今は「神装兵」と呼ばれているようだ。
「大丈夫かい、一度休もうか?」
「いえ・・・問題ない、です。迷惑はかけられませんから」
果たして、都の内部は外に漏れ出ていた雰囲気通りあたかも凄惨な事件か何かがあったかのように物々しい、或いは重いものがあった。
どうやら騒ぎの中心は大聖堂のようだった。
既に現在の王都がどうなっているかについてはカペルから凡その話は聞き出しており、要領を得なかった部分も聞き手側の知識や想像力で十分に補われていた。
『天帝』なる存在がアルテアたちの知る神に替わり信仰を集めている事。
その使いの様な存在として神装兵もまた崇められている事。
カペラが入っていた以外の機体には誰が乗っているか彼女は知らない事。
天に見える構造物はカペラが朧に意識を取り戻した時点で既にあった事。
国王などの存在が民達の意識にない事。
城壁の外は人一人住んでいない闇の世界が広がる、と認識されている事。
これだけ有意義な情報が聞き出せてしまった以上、正直カペルは王都に進入する上で役割を果たし終えてしまいある意味お役御免と言える。
しかし行き場のない娘一人を放り出すような不義理も出来ない。
身寄りがないだけでなく、何より今は魔法の指輪で人族の姿をしているが本来の彼女は種族不明のキメラ的な姿であり、居場所などどこにもないのだ。
現在の同行者でこの事情を知らないのはタウルキアスだけだ。
「私が一人で大聖堂の様子を見てきましょう」
「貴方一人でですか、ミュールソー?」
「お気遣い感謝しますシグナム様。王都の民は勇者や王侯貴族の存在を忘れていますが、何かの拍子に有名人の顔を思い出されたらまた別の騒ぎになる可能性があります。そこに来て私の顔と名前は元々大して知られてはいませんから」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ミュールソーは一人離れ、本来は神を奉っているその大きな建物へと向かった。
彼が大聖堂の中に入ると、中央の床に胸部装甲を破壊され動かなくなった神装兵の残骸が置かれて、それを多くの人々が囲んでいた。
アルテアが破壊し中からカペラを助け出した物だと一目で察した。
まるで葬儀の様に多くの人がそれを取り囲んでおり、実際に悲しみを嗚咽や涙で表す者も居た。
だが、妙な違和感が拭えない。
葬儀が既に始まっているのに、そこに突っ立っている神官に至るまで誰もその儀式の手順や進め方を知らず泣いているだけのようなおかしな状態なのだ。
また兵隊による調べ物や検分のような事の為された形跡もない。
あたかも残骸だけを運び込んで皆で悲しんでみるだけの薄ら寒い「葬式ごっこ」のような印象を、ミュールソーは抱かずにいられなかった。
「もし・・・貴方は、外から来た方ではありませんか?」
ミュールソーが小さな呼び掛けに振り返ると、目立たぬ物陰に魔術師風の人物が居た。
なるべく人の目を盗むよう注意しつつ、同じ物陰に入った。
「何故、私がそうだと?」
「人の顔を覚えるのは得意です。それにこの異常な葬式遊びをちゃんと『おかしい』と思っておられる様子も見て分かりました」
「・・・もしそうでなかったら?」
「そうですね・・・では一応。あの神装兵の壊れた装甲の中に何が見えますか?」
「座席に赤い血が付いていますね。人間であれば命にかかわる量に思います」
魔術師はミュールソーに向き直り、油断は切らさない中に僅かに安堵の浮かぶ表情を見せた。
「やはり問題はないようですね。今王都内にいる人はあれを有人の乗り物である事に思い至る事も、その乗っていた誰かが致命傷を受けた可能性も考えません。そもそもそこに血が付いている事も認識できていないみたいですから」
事態の深刻さの一端が垣間見える情報で、ミュールソーは逆に緊張感が増した。
そこで魔術師が初めて名乗った。
「申し遅れました。私はプシール、銅勇者の称号を持つ魔法戦士です」
「私はミュールソー。聖角魔法騎士団副団長をしております。時に・・・外に同行者を待たせています」
「!」
それ以上の会話は不要だった。
顔を見合わせ互いに頷くと、歩き出したミュールソーに続きプシールも大聖堂を出た。
人は多かったために特に目立つ事も無かった。
アルテア達は少し離れた場所に魔法で隠れた状態で待機しており、少し歩く必要はあった。
・・・だが二人はそこに真っ直ぐ向かわず、全然関係ない道に入って行った。
人通りのない裏道に入ると、すぐにそれは起こった。
顔を隠した集団による襲撃だ。
しかしミュールソーもプシールも、魔法を使わずとも常人を圧倒する技量の必要となる生き方をしている。
実の所尾行者の存在とその凡その技能も二人には丸わかりであり、傍目には示し合わさない無言のままこの場所へと誘い込んだのだ。
襲撃者の数だけ気絶者が転がるまでに、1分と掛からなかった。
そのうち一人の面を引っぺがして数秒見た後、ミュールソーは白眉白髭の顔に驚きを浮かべた。
「これは・・・行方不明になった魔王派の構成員?まさかこ奴らは全員!」
「魔王派!?・・・いやそれもですが、どうして僕が貴殿と出遭った途端に補足されたのでしょうか?それが分からないうちはミュールソー殿の同行者との合流も・・・」
「・・・迂闊でした。答えは、あれです」
ミュールソーは苦々しそうな様子で、指だけで頭上を指して見せた。
彼らの、王都の天上に現在存在するものと言えば、あの謎の逆さ都市しかない。
「!そうか、現在の王都に人の出入りは存在しない!空から全ての民を識別しているから侵入者は一目瞭然、それと一緒に行動を始めた僕も一緒にマークされたのか!クソッ」
「御明察ですな。しかしこの状態で彼等と合流するのは難しそうです」
天に居座る監視の目をかいくぐっての合流は実質不可能と言う事だ。
しかしその時プシールは、一つの事に思い至った。
「・・・合流せずに、空の目にもばれないように情報を伝える、と言うのは?」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「敵に見つかるのが早すぎる、やはり敵の懐と言う事か・・・!」
一行は念の為アルテアの魔法で身を隠すのを継続しながら、ミュールソーの帰りを待っていた。
しかし大した距離でないにも拘らずミュールソーは戻らない。
それもそのはず、襲撃者に尾行されていたのに気付き敢えて襲撃を受けていたのだ。
そしてその戦闘の気配を含めた一部始終はアルテアの勇者の眼が捉えていた。
とは言え会話の内容が聞こえたり顔が見えるようなものではないので、ミュールソーがどんな人物と出会い一緒に行動を始め、何を話したのかまでは分からない。
「ミュールソーなら心配は要らん」と力強く太鼓判を押すタウルキアス。
問題はなお彼を待つか、動くかだ。
動いてしまえばミュールソーからの合流は難しくなる。
「キャッ!」
その時女性の一瞬の軽い、と言うか可愛らしい悲鳴が上がった。
発生源は・・・何と意外な事にシグナムだった。
「昔から、その、ネズミは苦手で・・・。ダンジョンとかならともかく、町や自室に出られると・・・」と取り繕う彼女の言う通り、足元にはネズミが鳴いていた。
しかし妙なネズミだ。
わざわざ人前に出て来て動きもしない。
しかもよく考えると一行はアルテアの魔法で姿を消した状態で動物にも感づかれにくいのに、明らかにこのネズミはアルテア達の事を分かっている。
「あの・・・この子、何か銜えていませんか?」
カペルが気付いた通り、ネズミは小さく丸めた紙片を口に挟んでいたようだ。
警戒しつつもそれを取り上げ広げると、中には短いポエムっぽい文章が書かれていた。
しかしその表現と来たらロマンチックを通り越して余りにも恋に恋する乙女チックが過ぎると言うか、見てて赤面を堪えたくなる文面だ。
「む、これは我が騎士団で使う暗号だ。ミュールソーからの伝言のようだが、ネズミは・・・誰かの使い魔か?」
「貴方の騎士団って、妙な方向の工夫に注力してるわよね・・・」
しかしその工夫が今まさに役に立っていた。
紙片を手に取ってから数瞬の間を置き、タウルキアスの様子が険しくなった。
「アルテア殿、我らの姿を消す魔法を決して絶やさぬよう。彼の姿は天から捉えられてしまったようだ」
「!」
「付いてくるがよい、優秀なる我が従僕の得た更に詳しい情報を取りに行く」
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