101. 見下ろす天蓋
プシールが絞ったこの状況の主犯の目星だが、そんなに難しい事でもない。
大聖堂に居る教会関係者か、でなければ王城にいる何者かなのは間違いないからだ。
共に重要人物が固まっており、奥の方には限られた人物しか出入りできない。
そして王都が霧と狂気に包まれ出してからそう言った人物たち、中でも王族や大臣などと言った国の運営に関わる最重要なポストが人前に出て来た事がないのだ。
囚われているか、最悪の事態になっているかはまだ分からないが、少なくとも王都の民たちは王や大臣と言う存在があることさえも忘れている。
チュチュー、と甲高い鳴き声がした。
壁の穴から出てきたネズミの首には魔法金属の細い鎖が巻き付いており、それを外して餌を与えながらプシールは「ご苦労様」と労った。
一時的な使い魔契約から解放したネズミをを見送ると、プシールは懐から取り出したモノクルに今の鎖を取り付けた。
今までネズミなどを使い魔として使った調査では、特に厳重で文字通りネズミ一匹潜り込めない場所がある程度特定されている。
王城関連では地下牢、または離れの方にある研究施設らしき妙な建物だ。
大聖堂を含めた教会関連はそもそも結界が強すぎ、一般公開されている他の部分は余り使い魔を送り込めなかった。
兎に角、僅かなりとも魔法的探知の気配がある所は徹底的に避けて慎重に進めた中ではこれが限界だろうとプシールは自負している。
後はこの調査結果を情報として生かせる何者かを期待するという、天からの恵みを口を開けて待つ状態なのはもどかしい。
自分がそこまでの力を持つ存在でないことは重々承知ではあるものの、彼女は忸怩たる思いを抱かないわけではない。
異状が始まってから既に二週間。
恐らくは外からの王都への進入調査は試みられ、誰も入ってきていないという事は第一段か第二段までは失敗しているだろう。
だが折良く、王都の外には聖剣の勇者が出ていた筈だ。
彼等による何かがあるとすれば、そろそろか。
「・・・ん、何の騒ぎ?」
・・・その時大通りの方が騒がしい事に、プシールは気付いた。
人の輪に入り話を聞いていくとどうやら霧の中に警備に出ていた兵士が殺され、神装兵が破壊された残骸も見付かったらしい。
期待していた何かが起こったとも言えるが、喜ばしくはない。
兵士が殺害されたというのはどういう事なのか。
(・・・聖剣の勇者が侵入の為警備兵を殺したって言うのか?まさか・・・)
考えが纏まらず、つい空を見上げるプシール。
そこには天穹に逆さに張り付く街の様な構造体が、薄い霧の向こうに朧に浮かんでいた。
王都が霧に覆われてからぼんやりとは見えていたが、日を追うごとにクッキリとしてきている気がする。
(怪しいと言えばあれが一番だけど・・・調べようがないしなあ)プシールは言葉にも漏らさず一人思った。
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「・・・こんな形で王都に戻って来るとはね」
五人組の殿からシグナムが呟いた。
霧の中に聳える荘厳な建造物は、よく見知っているはずの王都の外壁だ。
だが今は得体の知れない何かにさえも思える。
やはりと言うか、大門は閉じられていた。
門の外側も通常は手続待ちの者達や屋台でそれなりに賑わっているはずなのだが、神装兵と門番が睨みを利かせるだけで殺風景な物だ。
「兎に角シグナム殿の魔法のお陰で問題なくここまでは来られた。火魔法単系統の使い手と聞いていたが、それの応用か?」
タウルキアスの言うシグナムの魔法とは、全員に渡した小さな魔石――採掘されても屑石扱いで廃棄されるような有り触れた物――を媒介に、外からの精神への影響をシャットアウトするものだ。
実際は火魔法ではなくホビットに習った秘術である闇魔法なのだが、敢えて言うような事でもないのでシグナムは軽く笑って誤魔化した。
ミュールソーの看破したこの霧の仕組みは、精神を狂わす作用さえ防げば問題ない。
霧で迷った者が妙な所に転送されるのは、その本人の無意識に働きかけて空間魔法に近い何らかの技術の一部を担わせると言う絡繰りだ。
「本体」の演算負荷の軽減も兼ねているらしいが、人間にはまともに使えない空間魔法に近い物を当たり前のように駆使できていると言う事にアルテアは心当たりがあった。
古くに栄えた文明・・・しかし、王都周辺にそんな遺跡などはあっただろうか。
ともかくトリガーとなる精神攻撃を防いだ故に一行は霧の中、何事も無くここまで辿り着く事が出来た。
「さてここまでは来ましたが、どうやって中に入るのですかな?普段・・・と言うかこの状況になってからの普段を知りませんが、我らの知る平時と比べても何やら物々しさがありますぞ」
「アルテア殿がそのカペルと言う娘を拾う際に、兵士を目の前でみすみす死なせていたと言ったな。大方それが伝わっているのだろうよ」
別に反発心を捨て去ったわけではないタウルキアスの言葉は棘を隠してもいないが、反論のし様もない事実ではあった。
とは言え、この謎の霧に覆われてはいても王都自体に通常と違う魔法感知や結界が張られている事もなく、また例の神装兵とやらにもそんな機能が無いのは勇者の眼が看破している。
ならば特に問題はない。
暫くの後、門番用の扉が開いて交代の兵士が出てきた。
そして再び扉が閉じた後・・・アルテア一行は、城壁の中に当たり前のように入っていた。
「まさか・・・兵士たちの後に歩いて全然気取られんとは・・・」
「相変わらず、いえ腕を上げたわね。アルテア」
それはアルテアによる魔法でさえない光系統の魔力操作であり、景色に姿を同化させて見えにくくするという技術だ。
しかしやや離れた場所から見えないならともかく、五人纏めて至近距離から気付かれもしない程の離れ業となるとこの世界で何人出来るのか。
「皆様、頭上を」
ミュールソーが小さな声でそう、空の方を指さした。
一行は息を呑んだ。
「道理で・・・空から入る気にならないわけだ」
遥か天空にある謎の逆さ都市。
王都の外からは全く見えなかったのに、中に入った途端そんな代物が天を覆い隠し見下ろしてくるとは。
元々そこにあった物かも知れないが、そうではなく敢えて何者かが持って来たのだとしたら不遜な精神性が透けて見えそうである。
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霧を見回っていた神装兵が一機、破壊されてしまったようだ。
王都を這いずる虫共がそう騒いでいる。
一機程度はどうと言う事も無いが、そもそもそう簡単に撃破出来るような物ではない。
つまりこの報せ自体が偉大なる主上の忌まわしき仇敵やそれを支える力のある者共の、都への侵入を意味する。
神装兵が鉄屑と化したその中身を見て、奴らが何を思うかと想像すると愉快でならない。
我等にとっては下らぬ虫でも、連中には知らぬとは言え守るべき同胞を自らの手で害したと言う事になるからな。
また中身が助け出されるのもまた一興だ。
態々足手まといを抱えると言うならこちらにはむしろプラスだ。
だが・・・撃破された機体がどれなのかだけ把握する必要がある。
オルミスロは豪華な座席から立ち上がって、宮廷魔術師とは明らかに違う黒地に金モ-ルドのローブを翻すと、誰もいない室内を歩き妙な機械の前に来て何かを操作した。
機械はジージーと音を上げ、何かが書かれた長い紙を吐き出した。
「・・・妙だな、登録機体は全て正常稼働中だと?」
彼はまた別の装置の前に足音を立てて移動し、装飾のある鏡のようなものに呪文と共に手を翳した。
すぐにその様子は映し出された。
胸の装甲が損壊した神装兵が一機、王都の広場に運び込まれていた。
「何だあの機体は・・・肩の聖印が、無い!?」
オルミスロは今回使う全ての機体に対し、完全な傀儡となった魔王派達に作業させ肩部に落ちにくい特殊な塗料でマーキングを付けていた。
古代の技術によるものではあるが、それ自体に特殊な効果など無くただの目印。
漏れなく付けた事は機体登録に併せ何度かに分けチェックしている。
中身を入れる作業との照合にも不備はない。
だが鏡の中に無残な姿を晒すそれには、印が無い。
「どういう事だ?格納庫内の機体が紛れ込んだ?しかし・・・中には確かに血の跡があるッ!」
その時オルミスロは思い出した。
神装兵の起動は、その準備が完了したものを一括で行ったのだ。
あれは中身が入っていれば起動も稼働も出来る。
そして、多数の神装兵が起動し出撃する時はいちいちチェックしていなかった。
「まさか・・・そういう事なのか?起動可能なものを一括起動した際に、初めから中身の入っていた機体も同時に動き出してしまったと言う事なのかッ!?馬鹿な!」
―――そうだとしたら、あの中には古代文明時代の者が生きたまま入っていたと言う事になるではないかッ!
オルミスロさんがスタン○゛攻撃を受けたみたいになった