99. 集い来る者達
「ら・・・ラムザイル騎士団長!?なぜこんな・・・いや、それ以前にここは・・・これは、どういった状況なのですか?」
殴られて気を失っていた王都警備兵が目を覚まし、目の前に座っていた人物に驚きの声を上げた。
ラムザイルは現在至光騎士団を率い魔王領周辺を監視しているはずなのだ。
だが色々と頭の中が纏まらず、どう疑問を口に出せばいいかも判然としない状態だった。
「まず落ち着け。俺の事をちゃんと分かる様で安心したぜ。まーアレだ、小突いたのは悪かったよ。だが訳の分からんこと言いながら剣を向けられちゃあな」
「そ・・・そうだ!私は騎士団長に何と言う事を・・・」
ここは王都を覆う霧の外、放置されていた小屋の中だ。
ラムザイルが今ここに居る発端は、≪信号弾≫の魔法により王都との定時連絡を行っていたのが、向こうからの物がある時を境に完全に途絶えてしまった事にある。
謎の殺気の放出事件も重なり、魔王の瘴気の影響を受けた強化種の魔物が一斉に沈黙して手が空いたのも鑑みて誰かを王都に送ろうという事になったのだ。
普通はこういった場合指揮官を一人で送るなどあり得ないが、ラムザイルに限れば役割的には味方の鼓舞兼個人での特記戦力と言う意味合いが強く、更に突撃以外の局面においては副官の方が指揮が上手いと言う有様なので王都の異常事態を探るのにはむしろベストの人選なのだ。
「だからそれはいい。そんな事よりも霧の中が一体どうなっているか教えてくれ」
「それが・・・さっきまでは確かにあの中で普通に暮らし任務にも就いていたはずなのに、ぼんやりとしか思い出せなくて」
「ああ、そう言うタイプのやつか。厄介だな・・・覚えている部分だけでいいから何とか捻りだせねえか?」
「確か、神・・・装兵、みたいな名前のゴーレムを天からの使いとして崇めていた様な記憶があります。後は・・・そうだ、我々は王都を外敵から守らねばならぬという強い決意を持っていました」
「・・・兵隊なら普通の事じゃねえか?」
「それは勿論ですが、賭けと酒と娼館通いの合間に兵隊をやっているような一部素行の悪い種類の者に至るまで、その、上手くは言えませんが必死さが一段も二段も違うと言うか」
忘れてしまう中でも印象に残っているという事は、少なくとも霧の中に於いてはそれだけ重要な認識と言う事だ。
それが何なのかは今の所サッパリだが。
「しかし流石ですね騎士団長。我々がおかしくなっていたのは間違いなく霧の影響です。少し離れたらこの通りですからね。なのに騎士団長は霧の中に踏み入ったのにも拘らず、正気を失った様子は見受けられない」
「・・・」
兵士がそう語った事に、ラムザイルは違和感を覚えた。
霧にそう言う効果があるとして、自らの精神力と魔力の集中で抵抗する事は強度にもよるが不可能ではない。
しかしそもそも「抵抗した」と言う感覚が無いのだ。
より正確に思い出すと、それらしき影響が及ぶ前に勝手に何かが弾いた様な感覚があったように思う。
このまま突っ込むか仲間を探すか・・・と長々と悩むよりは、直感的に正解を引くのがラムザイルの野生の勘の恐ろしい所だ。
「・・・この状況ならアイツラと合流が期待できるか」
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何もない原野に白煙を上げ、奇妙な大きな鉄の筒(?)が突き刺さっていた。
地面には抉られた、若しくは爆発したような痕が点々とあり数百m離れた湖までほぼ直線で続いていた。
カーブを描く金属の表面、扉か蓋か分からない物がガタンと開き、中から咳き込みふらつきながら二人の人物が出てきた。
一人はワイルドな風貌の冒険者風の男。
もう一人は全身を機械的な鎧に包んで顔が見えない、背の低い何者か。
「ゲェッホ・・・これ人員輸送用とか嘘だろクソッタレ!魔法で衝撃を防がなけりゃ挽肉のデリバリーだろこんなん」
「・・・本来は大河の対岸程度の距離を飛ばすものとマウギスは言って居ったからな。無理に試験用に飛距離を伸ばしたものを使った結果・・・やはり減速装置が働いておらなんだか」
マウギスと言うのは鎧に身を包んだヴィリアンボゥの武装を扱う技師の名前だ。
ヴィリアンボゥのための駐留基地を工房化し色々妙な物を作っており、その為人は初見であった冒険者風の男・ゼタニスにとってインパクトが絶大ではあった・・・方向性はともかく。
ともあれ馬車をいくつも乗り継ぐ旅程を一発で飛び越えるのは多少強力な魔法でも不可能であり、それを為すマウギス恐るべしである。
「どうあっても急ぎたいと言ったのはゼタニスであろう。無事五体満足で生きておったのだし受け入れよ」
「あーそうだよチクショウ。だが何よりムカつくのがよ」
ゼタニスは、平原の向こうに目を遣った。
この湖の畔は冒険者としても勇者としても、安全な休憩地点として記憶にある場所だ。
この位の天気でここから王都が見えないという事はまず無い。
だが神聖王国の中心地があるはずのその先は、妙な気配の充満する異様な霧ですっぽりと覆い隠されているのだ。
都だけを狙って包むような霧など、聞いたことも無い。
「勘が当たっちまってどこにも八つ当たりできねーって事だぜ」
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樹木に囲まれた幻想的な緑のトンネルを抜けると、そこは見知っているはずの場所が異状に見舞われている光景があった。
王都に巨大な綿でも被せた様な霧が存在する、見た事もない景色だ。
炎のように赤く波打つ髪をした女性が一瞬の驚きに立ち竦んでいると、前を歩いていたホビットの老人が目を見開きつつやや甲高い声を発した。
『おほっ!まさかあんな代物まで引っ張り出す愚か者がいるとはの』
「御存じなのですかポポン老師?」
そう問うたのは炎の勇者の称号を持つシグナムだ。
『ワシらは≪智者≫たるホビットじゃからな。今まで通ってきた森の小径も中ツ国を居と定めたワシらには本来立ち入れんが、通り抜けるだけなら旧い知識でチョイチョイっとな』
ホビット自治区までは念信の届く街道結界が整備されておらず、王都の異変は近隣の神官戦士が予め決めておいた「王都に異変あり」の意味を持つ≪信号弾≫を使うことで一日遅れではあるが知る事が出来た。
そしてシグナムが単身王都に赴く事に決め、そこにポポン老師が協力を申し出たのだ。
「確かに馬車でもそれなりに日数のかかった道のりをたった数刻とは驚異的です。それで・・・あの霧は一体」
『それは―――むう、言えんようじゃ。闇の者の気配がするのは確かじゃが、人族自身の意図に端を発する部分を些か強く感じるからの。人族同士の争いに直接は関われんのじゃ、スマンのう』
「いえ、既に過分な厚意を受け取っております。しかしこんな魔王の復活の迫る状況でも人間同士での戦いとは・・・得意分野なのは皮肉ではありますが」
ポポンは苦い笑顔を浮かべ、シグナムに振り向いた。
『ま、ワシに出来るのはここまでじゃ。お暇させて貰うぞい―――どうも長居は出来んようじゃしな』
長居が出来ない、の部分が心なしか声を潜め気味なトーンだった事をシグナムは僅かに訝しんだが、それでも感謝の言葉と共に森へ消える老ホビットを見送った。
シグナムは、闇魔法を習得した結果今までよりも鋭敏になった魔力感覚を持って一帯を探った。
すぐに少し離れたところに強い光の魔力の持ち主が見つかった。
間違いなく、彼だ。
「・・・取り敢えず単身突撃は考えなくてよさそうね」
特別付録
新キャラのカペルちゃん
人間砲弾はロマン