98. カペル
液タブを注文するかどうか無駄に迷っている時間のために投稿遅れました
一晩経っても王都を覆う霧が晴れる様子は無かった。
朝日が水蒸気のスクリーンに描く複雑なグラデーションは幻想的な光景ではあったが、それを吐き出しているのがあの奇妙な神装兵なる有人のゴーレムと知った上で同じ気分で見られるものではなかった。
アルテアは足元に付いた木の蓋の様な扉を開け、梯子を下りて再び閉じた。
すると外からは何の変哲もない草むら以外の何物にも見えなくなった。
下の方には快適に居住するに十分な設備の揃ったスペースが存在した。
以前ディロラールから押し付けるように譲られた≪悪戯者の舞台袖≫と言う魔法道具による空間だが、役に立つ日が来るとは思っていなかった。
少女は未だベッドの上で眠ったままだ。
何者なのかは知らないが、じっと見ているとそのまま心を持って行かれそうな異形の美しさを湛えた少女だ。
彼女をどこかの街か村に連れて入るのは恐らく無理である。
人間や妖精族、獣人族で血が混じり複数の特徴を発現する事はあるが、例外的に多くて3種と言われる所に、あそこまで多種多様な特徴が同時に出てしまってはどんな目で見られるか。
勇者の眼にはキメラの様な強引に結び付けた様な痕は見えず、彼女は在る様に在ってこの姿に生まれ付いたのは分かっていた。
しかし魔眼など持たぬ普通の人がそう判断する可能性はまず無い。
時期が時期だけに魔族か何かとして殺されてもおかしくはない。
一体彼女はどの様に生きて来たんだ?とアルテアが疑問を頭に浮かべたその時、ベッドの上の少女が声を漏らすのと同時にもぞりと動いた。
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私は死んだのだろうか。
天国か地獄か知らないけど柔らかいベッドがあるのなら、そうかも知れない。
でも多分違う、体の感覚がある。
忌まわしいこの身の感覚が。
私は、安堵を覚えてしまっていた。
自らの命などどうなってもよかったと言うのに、まだ生があると気付いた途端浅ましい事に安心してしまったのだ。
「・・・どうして泣いてるんだ?」
どこからか聴こえてきたその声に、私は漸く涙が顔を伝っていることに気が付いた。
この寝室の主だろうか、声からしてまだ大人に達していない男の子か。
ぼやけていた目の焦点が合っていく。
そこには声から一瞬想像した通りの綺麗な少年が立っていた。
まるで天から降り注ぐ祝福を独り占めにしたかのような。
自分自身でも言葉の整理できない涙の意味を問われて固まっていると、先に彼の方が言葉を続けた。
「私はアルテア。神装兵の中で負傷していた貴女を見つけ治療させてもらった。悪いとは思ったけど、その・・・服も」
見ると、私の服は貫頭タイプで膝まである簡素な寝間着に変わっていた。
女性の裸に触れたから謝っているんだろう・・・変わった人だ。
こんな醜い体を見せつけて、却ってこちらが謝りたい位なのに。
不思議な事にここ数年で珍しいぐらい体調のいい体をベッドから起こすと、アルテアと名乗った彼は訊ねて来た。
「それとそろそろ聞かせてもらえないか?君が誰なのかと、一体今の王都がどうなっているのかを」
「私・・・の、名前は・・・カペル」
王都と言うのは、私が変な人形に載せられて中から見ていたあの大きな町の事だろうか。
どうなっているかと訊ねられても、そちらに関しては普段を知らないのでどう答えたらいいのか分からない。
そんな私の言葉より先に、彼は何かを察知した様子で梯子の方を見上げた。
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アルテアの気配察知と勇者の眼に引っかかったのは、二人の人物。
一時拠点を≪悪戯者の舞台袖≫で作ったこの場所は最寄りの街も王都もそれなりの距離がある地点にあり、街道が街道としての用を為してない以上人通りは無く、食い詰めた山賊すらもいない。
この状況で来たと言う事は何らかの意図があると言う事だ。
例えば王都方面の情報を探りに来た、など。
何よりその二人の持つ魔力はアルテアがよく知る・・・と言う程でもないが、知っている相手の物だ。
王都の逆方向から来ているようなので、死なせてしまった警備兵達の様におかしな事になっている可能性は低いとは判断したが、一応警戒しながら接触を図ることにした。
街道には若い貴族風の男、それに付き従うように何らかの達人のような雰囲気を纏った白髪の老兵が歩いていた。
「そこに居るのはアルテア殿か!だから言っただろうミュールソー、ある程度近付けば向こうから見つけてくれると」
「慧眼感服致します、タウルキアス様」
その二人連れが記憶の通りの様子である事に、アルテアは安堵した。
タウルキアス率いる聖角魔法騎士団は、たまたまオウガの群れの討伐に出ていて王都の異変に巻き込まれなかったと言う。
現在タウルキアスと側近のミュールソーだけが他の騎士達と離れて行動しているのは、七人づつ七つの隊に分けて近隣の街の治安に当たらせているからだった。
全員が銅勇者クラスであり、更に隊として高度な連携を取れる七人ともなると戦闘力的には人間相手であれば大抵は無敵に近い。
懸念される領主たちの暴走への睨みにもある程度はなるだろう。
従来はなかった柔軟さを求めて隊の形を作り上げたのがこう生きるとは、タウルキアス自身も予想はしていなかったが。
「しかし実際にあの面妖な霧を見て初めて分かりましたが、アレは魔法や術の類ではないですな。転送や精神操作と言った作用を、魔法によらず魔法の様に行う絡繰りのようです」
「分かるんですかミュールソー殿!?私の眼でもそこまでは見抜けないのに」
「ミュールソーはホビット族の血を少しだけ引いているのだ。彼の妖精族は血の中に旧き知識を蓄えており、己自身が知らぬことも血が答えてくれるらしい」
純血のホビットならばより正確に分かるでしょうがね、とミュールソーは付け加えた。
しかしホビット族にそんな能力があるなどと知らなかったアルテアは、ふと気が付いた。
彼に見せれば、カペルと名乗った少女について何か分かるかもしれないと。
また回収した神装兵の破片からの情報も期待出来る。
「時に、霧向こうの情報を持っていると思しき人物を保護しています」
「何っ!?」
「ただその・・・言い表す言葉にも困る難しい状態ですので、出来れば刺激の少ない道筋で協力を取り付けたいのです。そこでミュールソー殿の力を拝借できればと」
「ふむ、私の一存では・・・如何しますかなタウルキアス様?」
「・・・私はそんな面倒そうなヤツの相手は好かん。好きに使うがいい」
言葉自体は吐き捨てる様だが、タウルキアスは自分や部下の適正、そしてここには三人しかいないという状況から賢明な判断を下せる人間だった。